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7-3


数日後、サスケは特殊な安静室から普通の個室へ移された。
しかしまだ意識が戻った訳ではない。
酸素マスクは外されたが、点滴と心電図のコードは繋がったまま昏睡状態が続いている。
真白は、任務の内容を聞く毎、任務の報告書を出す度に火影にサスケの容態を尋ねたが、肩を落とすしかなかった。


只働き最後のAランク任務を終えて、暗部の格好のまま真白は火影の元へやって来た。
三日ぶりにここへ来たため、少しの期待を胸にして。


「失礼致します。報告書、提出に参りました」
「ああ。御苦労だった。次からは給料が入るからな」
「はい。…ところで、サ…じゃない、彼の容態に変化はありましたか?」


誰に聞かれるか分からないこんな場所なので、真白はサスケの名前を出すのを控えた。
もはや日課になった質問に、火影はいつもと同じ答えを返す。


「いや…まだ眠ったままだ。落ち着いてはいるがな」
「…そうですか」


また同じか、と落胆する。
用事が終わったので、真白は執務室から出て行こうとドアに手を掛けた。
するとドアの向こうに人の気配を感じたので、そこから慌てて退いた。


「失礼します」


入って来た男は、白衣を着ている。
真白にはその顔に見覚えがあった。


「火影様。例の患者の、意識が戻りました」
「!」
「何、本当か?」


その顔は、サスケの担当医に違いなかった。


「ほ、本当なんですか!?」
「え、ああ、真白さんですね。本当ですよ。…ただ…」


面を着けていたため、一瞬誰だか分からなかったらしい。
医者の男は、文の最後を濁した。
真白が面の下で綻ばせた表情は、その瞬間また硬くなった。


「…“ただ”…何なんですか…?」
「……彼の様子が、少しおかしいんです」
「おかしいって、サ…彼のどこかが、悪いんですか?」
「…まだはっきりとは申せません。取り敢えず、火影様…それに真白さんも、一緒に来てください」


面会謝絶で、事情を知っている医者と看護師以外は入れなかった。
そんなところに、火影はともかくとして、真白まで入れるとは。
一体サスケがどうしたというのか。
真白は不安で仕方ない。

火影は留守をシズネに預け、席を立つ。
真白の横へ来て、肩に手を置いた。


「…何せ雪崩に呑まれたんだ…。何か後遺症があっても、不思議じゃない」
「……後遺…症…」


サスケは眠ったままだったが、経過は良好だと聞いていた。
だからそんなものの可能性など、すっかり頭から飛んでしまっていた。
“後遺症”という言葉が、何度も頭の中で再生される。
固まってしまった真白の肩を軽く叩き、火影は真白に動くよう促した。






木ノ葉で最も大きな病院。
その病室の一つに、『面会謝絶』と書かれた札が掛かっているものがある。
そのドアの前に三人が立ち、白衣の男がノックしてドアを開けた。

ベッドの上に、横になったままこちらを見るサスケの姿がある。
十数日前とはだいぶ変わって、割と元気そうだ。
どこかが悪いようには見えない。


「気分は、どうですか?」
「…特に」
「そうですか」


医者は笑顔で応対する。
サスケの腕にはまだ点滴が刺さっているが、もう中身もなくなる。
真白はサスケが喋っている事に感動し、今すぐにでも抱き付きたかったが、病み上がりで怪我も治っていないのでぐっと抑えている。
それより、サスケがこちらを見る目がいつもと違うようで、疑問を抱く。
面を着けたままだからだろうか。


「…サスケ…?」
「……」


名を呼んでも、あまり反応してくれない。
確かに、サスケの様子がおかしい。
ドク、ドク、といやに心臓が高鳴る。
面の紐を、解いた。


「…サスケ」


もう一度、名前を呼んでみた。
すると、気付いたように、反応を示す。



「…ああ…悪い。…それは俺の名前だったな」

「……え…」


サスケが何か、意味の分からない事を言ったように、真白には聞こえた。
火影は、まさかと目を細める。


「…ど、どうしたの、サスケ。何言ってるの?」


声が震えた。


「……それより、お前は誰なんだ」



薄々、薄々分かってはいた。
だけど、

だけど、


ここまで来て、これはないでしょう、神様


ガクンと膝の力が抜けて、白い床にへたり込んだ。


「…そ、んな……こんなの…っ、ないよ…!」


カラン…と乾いた音を立てて、面が床に倒れた。
両手で顔を覆って、絶望に打ちひしがれる。
それを見たサスケは焦って、上半身を起こした。


「わ、悪い……泣くとは思わなかった」


フルフルと首を横に振って、否定する。


「ううん…っ、サスケの所為じゃ、ないから…っ…」


そう分かっているのに、ダメだ、涙は止まらない。
必死に拭って、せめて床に落とさないようにした。


「…記憶喪失か…」


火影は呟き、サスケと真白を交互に見た。
医者はそれに自信なさげに頷く。


「…まだはっきり断定は出来ませんが、おそらくそのようです。一時的なものなら良いんですが、実際のところ直るのかどうかも…」


分からない、と最後まで言わずに言葉を切った。
それを言ってしまうと、どこまで真白を傷つけてしまうか知れないから。


「…少し、二人きりにしてやろう」


火影は医者に言って、ドアを開けた。
医者も同意し、後に付いて出て行った。


部屋に残された二人。
泣き続ける真白に、サスケは戸惑っている。


「…取り敢えず…ここ、座れよ」


ベッドの端を指して言う。
真白は服の袖で目を擦って立ち上がり、そこに座った。
俯いたままなるべく涙を流さないようにしている真白に、サスケは話しかける。


「…俺は…お前にとって大切な奴だったんだな」


真白が過去形の言葉に首を振ると、また涙が一筋零れた。


「…今も、大切だよ…」


頬を滑り落ちる水を、自分の手で止める。


「……俺は、相当なバカだったみたいだな」


自嘲気味な声。
表情を見ても、同じだった。


「…こんなボロボロんなって、死に掛けて…挙句、お前の事泣かせてんだからな…」


自らの腕を見て肩を見て、真白を見た。
自嘲と謝罪の混同した目。
時間が経つ毎に、謝罪の方が濃くなっていくように思えた。

二人ともが辛い思いをしているようで、真白は堪らなくなって、


「…こんなことなら…っ、あの嵐の夜に、出会わなければ良かった…!」


こう、言った。


「っ、…今、…何て言った…?」


真白の言葉にサスケが反応した。


「え……“出会わなければ良かった”…?」
「違う、その少し前だ…」
「…“あの嵐の夜に”」


何かを思い出すかも知れないと思い、真白は言われたとおりに言った言葉を繰り返した。
サスケは頭で何度もその言葉を繰り返し考える。


「…あらしの……よる、に…?」


サスケはそう呟いた瞬間、急に苦痛に顔を歪め、頭を抱えた。


「ぐっ、…っ! ツッ…っ、うゔ…っ!」
「だ、大丈夫!? サスケ!」



あ ら し の よ る に

あ の 嵐 の 夜 に


 俺 は   誰 に 会 っ た



「あ゙あ゙あ…っっ!!」
「サスケ、しっかりして…! 誰か!!」


真白はサスケの片手を取って握った。
痛みに耐えるように、強く握り締められる。
真白の声を聞きつけた火影と医者が慌てて中に入って来た。

嵐の夜
木の葉の門
霧の岩山
谷底の激流
満月の眺め
吹雪の雪山

そして、 大切な人



ふっ、と、白くなるほど握っていた手の力が、抜けた。
頭を抱えていた手も、重力に従って布団の上に落ちた。
苦しそうだった呼吸も次第に落ち着いていく。


「……サスケ…?」


真白はサスケが心配で、何か言ってほしくて、名前を呼んだ。
期待と不安が入り交じる。
完全に息が整うと、サスケは口を開いた。


「……真白…? …俺は…どうしてこんな所に居る? …というか、ここはどこだ」

「…っ、…サスケェッ!」


真白は我慢できなくなって、サスケに抱きついた。
今度は哀しいから、辛いからじゃなくて、嬉しいから、嬉しすぎるから、涙が出た。


「お、おい…真白……痛ぇ」
「ごめんね…でも…っ」


強く抱き締めすぎて、サスケの傷に響く。
それでも真白は離れようとしないから、仕方なくサスケもそっと真白の背に腕を回した。
どうやら、記憶を失っていた時の事は覚えていないようだ。


「…記憶が、戻ったのか…」


火影がそう呟いた時、サスケは初めて真白以外の二人に気が付いた。
その内の女の方の顔を見て、今自分が居る場所を知った。


「…五代目…。…ここは、木ノ葉か…」
「…そうだ」


瞬間暗くなった表情と声に、真白は少しだけサスケから離れた。


「…ごめんね。折角あんな所まで行ったけど…サスケが雪崩に呑まれて、重体で…」
「……そうか」


静かに目を閉じる。
少し考えてから、また目を開いて、火影を見据えた。


「もう刑罰は決まっているのか」


覚悟が出来ている目だった。


「ああ。…お前はもう二度とこの里を裏切らないと誓えるか?」
「…? どういう事だ」


訝しげに目を細めて火影を見る。
ただ罰を科すだけなら、こんな事を問う意味はない。


「いいから答えろ。どうなんだ」


サスケは一度真白を見て、また火影を見た。


「…誓う」


サスケがそう言うと、火影は笑った。
真白も医者も、嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあお前は…これから再び木ノ葉の一員として、働いてもらう」
「…!?」


困惑の表情に変わったサスケに、真白が御咎めは無いのだと補足する。


「しばらくは只働きだけどね」
「…本当にそれだけで良いのか…?」


何日か前の真白と同じ質問をする。


「まあ念の為に、少しの間監視も付けるがな」
「…恩に着る」


目を伏せて、少しだが頭を下げた。
自尊心の強いサスケがそこまでするほど、この罰は軽かった。

サスケが頭を上げると、真白がじっとサスケを見ていた。


「サスケ…これから先、ずっと、一緒に居てくれるよね?」


何度も、この願いは潰えそうになった。
それを越えて、今度こそ実現できる事を、真白は確認したかったのだ。


「…ああ。勿論だ」


そう答えるとまた、真白は抱きついた。
やはり痛かったが、まあ良いかと、サスケも真白を抱き締めた。


国境を越えて、沢山の困難も乗り越えた。
そうしてやっと手に入れた安息。
それは決して、一人で手にしたのではない。
大切だと思い合う二人でだからこそ、ここまで来れたのだ。

これからはもう、決して離れてしまわないように。
固く手を取り合って生きていこう。


「愛してるよ」

「俺も、愛してる」




END


(20060625)
しろいやみのはてで


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