6-3 いつの間にか周りは雪だらけになっていた。 白。 白の世界。 他には何もない。 吐き出せば、息までもが白い。 雲が低くなり始め、この上更に雪が降ってきそうだ。 「真白、兵糧丸だ」 「ありがと」 巾着から取り出して渡す。 食料はもう無い。これで凌ぐしかない。 サスケが巾着の中を覗くと、あと一粒しか残っていなかった。 「…」 口に入れていた兵糧丸を噛み潰すと、独特の味が口の中に広がった。 ガリガリと音を立てながら、ポーチの中に巾着を入れる。 真白ももう持っていないと言っていたので、この中の一粒で最後だ。 雪の中を進む。 雪に足をとられ、寒さで更に体力が落ちる。 悪いことに、雲から雪が降り落ち始めてしまった。 山の向こう側へ行くには、まだかかりそうだというのに。 だが、引き返す訳にもいかない。 昨日見た音忍達もきっと、この山に登って来ているだろうから。 山道は険しくなっていき、天候も悪くなるばかり。 風は強くなって、ビュウビュウと大きな音を立てながら雪を狂ったように暴れさせる。 それはどんどんと体力を奪い、体を弱らせた。 口から白い空気を出しながら、必死で道なき道を進む。 息も切れ切れで、辛いなんてものじゃない。 「…はぁ……はぁ……」 「…はぁっ…はあ……も…だめ…」 「!」 真白はガク、と膝をつき、進むのを止めてしまう。 「真白、しっかりしろよ…」 「…はあ……置いて、先に行って…」 「、バカやろ…っ」 サスケは言いながら真白の片腕を肩に掛けて、雪を踏み締めた。 舞い狂う風と雪に邪魔をされながらも懸命に進む。 こんな所で…こんな所で死なせて、堪るか…! 雪が山のように積もっている場所。 その横に一度真白を降ろし、鞘に入った剣を手に持って雪を掘る。 人が入れる大きさの穴を開け、その中に真白を寝かせる。 これならまだ風が入り難い分、マシだろう。 「真白、真白…おい、大丈夫か?」 目を閉じた真白の頬を軽く叩いて呼びかける。 顔色が妙に白っぽくて、雪に混ざってしまいそうで、怖い。 数回それを繰り返すと、ようやく、真白が目を開けてくれた。 「…ん、…」 「…良かった。気が付いたか…」 「……サスケ…」 安堵し、ほっと溜息を吐く。 「…俺を一人にするな…」 二人ともがすっかり冷えてしまっていたが、手を取り合えば少し温かい。 その少しの温かさはサスケを酷く安心させ、また冷たさが強く不安にさせた。 ポーチから巾着を取り出し、そこから兵糧丸を取り出す。 「真白、食べろ」 真白の口に丸薬を近付ける。 しかし真白は軽く首を横に振った。 「っ…どうしてだ、食べろよ、真白…!」 それでも真白は、口を開こうとしない。 片手でサスケの手を押し退けて、拒否した。 「……それは、…サスケが、使って…」 「何言ってる! 今死に掛けてるのはお前なんだぞ!」 弱々しく言い放たれた言葉に、サスケは声を荒らげる。 その声に対して、“体力を使うから”と真白は注意した。 自分の死を覚悟し切ったような真白に、サスケは脱力する。 「…私…足手纏いだから…」 「……そんな言い方…するな」 真白の白い手を握り締めて、首を振る。 穴の外は猛吹雪。 今の真白を連れて行けば、確かに足手纏いだった。 「……サスケ…」 「…何だ」 「…お願いが、あるの」 「………何でも言ってみろ」 この状況での頼み事。 もう真白は自分が死ぬと決めてかかっているようで、サスケは嫌だった。 真白は弱々しく、サスケの手を握り締めた。 「…私を、殺して」 「!?」 サスケはバッと顔を上げて、驚愕に混乱が雑じったような目を真白に向ける。 真白は、薄く笑っていた。 「何…バカな、事…!」 「……うん。…ごめんね…」 儚い笑顔で謝る。 「…でも、…お願い」 しかし、一歩も退かない。 「…お前…っ! ……俺がそんな事、…できると、思ってんのか…?」 一瞬荒らげかけた声を抑えて、サスケは言う。 ここまで来て、今更、愛する人を自らの手で消せと言うのか。 今握っている手を、圧し折ろうと思えば簡単に出来る。 それをしない訳を、お前は分かっている筈なのに。 「……出来るよ。…その刀で、“ココ”を刺すだけ」 真白は自分の左胸に手を当てて、そう言った。 いとも簡単に出来る事だと言いながら。 「…何が“刺すだけ”だ…。無理に決まってんだろ…!」 「……サスケ…お願い…」 両手でサスケの手を取って切願する。 「…ここで凍え死ぬくらいなら…サスケの手に掛かって死ぬ方が、ずっと良い…」 「……真白…」 「…もう、…眠い…の……」 「…真白…!」 兵糧丸さえ食べてくれれば、真白は生き延びられるのに。 そうして真白が生き延びさえすれば、自分がどうなろうと構わないのに。 どうしてこうも、思い通りに行かないのだろう。 「………少し、…眠れ」 「…?」 「……お前が寝てる間に……苦しくないように…殺してやるから」 「……ん……分か…た……」 スッ…と、目を閉じる。 その真白の髪を、そっと撫でる。 優しく、唇を重ねた。 …冷たかった。 少しして、真白は眠ってしまった。 それを確認するとサスケは、 手に持っていた兵糧丸を、真白の口の中へ入れた。 更に上着を脱いで、真白の上に被せてやった。 「……今更なんだよ…。今更、お前を殺せねえよ…」 無駄な事なのかも知れない。 だが、少しでも真白が生きる術があるのなら、それに縋りたい。 その一心だった。 サスケは立ち上がって、まだ吹雪いている外に出た。 入り口に雪で壁を作って、中に雪と風が入りにくいようにする。 そして、何か食べられそうなものはないかと探す。 真白が目を覚ました時のために。 「……狐の一匹くらい居ねえのか…」 寒さに体力を奪われながらも、懸命に探す。 崖の下をついでに覘くと、そこには音忍数人と、カブトが居た。 咄嗟に身を隠し、様子を窺う。 もう、こんな所まで来ていたとはな… 雑魚数人とカブトが、風に押されながらこちらに近付いてくる。 相手が気付く前に倒してしまう方が楽か。 そう判断するや否や飛び出し、一気に三人の音忍から血飛沫を上げさせた。 「! サスケ君か…。まだこんな所に居たのかい?」 「…」 戦闘体勢になった下っ端を他所に、カブトだけは余裕そうだ。 その実力は、サスケより下だというのに。 「く、そぉお!」 臆した音忍の一人が、無闇にサスケに立ち向かった。 それを合図に他の忍もサスケに襲い掛かったが、全員成す術もなく一本の刀の前に倒れ、雪を赤く染めただけだった。 残ったのはカブトだけ。 「…フフ…、バカだなこいつらは」 「…」 自分の手下を見下し、嘲った。 何を考えているのか。何故笑っていられる。 眉間に皺を寄せて睨みつけた。 「さて、と…」 「…」 カブトが巻物を取り出した。 何をするのかは知らないが、反射的に身構える。 「そんなに怖い顔して殺気を出さないでくれるかい?」 「…」 「僕は君に危害を加えるつもりは無いよ」 「……どういう事だ…」 カブトは少し印を組み、巻物を開いて手をかざした。 少量の白煙が現れ、それと共に何かが巻物から現れた。 「! それは…」 「そう。君の剣だ」 カブトが巻物から取り出したのは、藍の混じった黒に漆黒の線が入った鞘と柄の、刀だった。 「これを君に渡しておくよ」 「……何故だ」 敵であるサスケに武器を与える。 それは、自殺行為とも取れる。 「僕は、君を殺したくはない。かと言って、殺されたくもない」 「…」 「勿体無いと思ってね。君をこの世から失うことが」 意味のない笑顔のまま、そう言った。 「…お前の力程度では俺には敵わないと分からないほど、頭は悪くないと思っていたが…」 カブトはまるで、サスケのことを倒せるという口ぶりだ。 「まあね。…それでも、だよ」 「………」 カブトはサスケに向かって刀を投げ、サスケは片手でそれを受け取る。 代わりに今まで持っていた忍刀は、雪の上に放り捨てた。 「さあ、もうすぐ僕が用意した追っ手が来る。倒すなり心中なり、好きにすれば良い」 「…フン」 死なせるのは勿体無い等と言いながら、多勢の敵を連れたらしい。 つくづく考えの分からない奴だと、サスケは思った。 音忍の群が、塊となって近付いてくるのが見える。 その数、優に五十を超えているようだ。 「じゃあ僕は、避難でもさせてもらうよ」 それだけ言うとカブトはその場所から消え去った。 正直な所、かなり体力が落ちた今の状態であの人海戦術を突破する自信はない。 カブトに戦意が無くて、少し助かった。否、助かっていない。 「……済まない真白……約束、守れなくなりそうだ」 二人で生き残るという約束。 これから先、共に生きるという約束。 実現、出来そうにない。 一度目を閉じ、少ない体力を使って体内でチャクラを練り上げ、刀を腰に差した。 瞼の下から緋色を覗かせ、敵軍を見据える。 先頭の者は、サスケから見て高さ数メートル坂の下に居る。 その者が、声を張り上げた。 「どうしたあ! 大蛇丸様からもらった呪印は使わないのか!? それとも、使えないのか!!」 人数が人数なため、強気な発言。 それに士気を煽られて、他の者達も余裕のある表情。 しかしサスケには、少しも気圧されている様子はない。 「…奴の力…? …そんなものはもう必要ない」 「はんっ、強がりやがって!」 「…俺は、俺の力で戦う…!!」 黒い鞘から、輝く白銀の刀身を抜き、構える。 己が命に代えてでも、背中の向こうに居る大切な人を守るために。 「この数に勝てる訳がない!やれぇえ!!」 雪の坂を、一斉に上ってくる。 「…悪いな、この先は誰一人通しはしない!!」 雪の坂を、敵に向かって突き進んでいく。 敵の足音と声が響き、山の雪が揺れる。 堪らず崩れ始め、やがて大きな雪崩になって、 戦場に流れ込んだ。 ゴゴゴゴ…という地響きがして、真白は覚醒した。 体の上にサスケの上着があるのに気付き、口の中が苦いのにも気が付いた。 「…ひょ、う…ろう丸…? ……サスケ…?」 サスケの姿を捜して、雪の壁を壊して穴の中から這い出た。 吹雪はすっかり止んでいて、雲から晴れ間が覗く。 背の方を見てみると、ここはもう峠だったらしく、知らない土地が広がっていた。 山を越えられる事に喜び、サスケとそれを共有したくて、サスケの名を呼ぶ。 「サスケェー! 山越えられるよー! サスケー! サスケェーー!!」 その声は山に響き渡る。 しかし、呼ばれたその人が返事をする事は、 なかった。 (20060617) ふぶきのあした [←] [→] 戻る [感想はこちら] |