6-2 一日歩いて、大分山に近付いた。 近付いたと言っても、まだ十数kmもある。それでも寒い。 今居る森から山の麓までは、ススキで茶色い草原が続いている。 この森が、確実に食料調達が可能な最後の場所のようだ。 「…今の内に手分けして、食うもん集めとくか」 「そうだね。この先は辛くなりそうだし」 昨日持っていた食料は朝に食べきってしまった。水も残り少ない。 二人は一時別れて、目印の岩に一時間後に戻る事にした。 「……チッ、居ねえな…」 手頃な大きさの獲物が、なかなか見つからない。 捕らえる対象に気付かれないように気配を殺しながら森の中をうろつく。 木の上の鳥、草むらの中の兎を仕留め、投げた手裏剣を回収する。 と 「!」 「この辺りには居ないんじゃねえか?」 「何で俺らがあんな奴捜さなきゃなんねえんだよ…ったく」 「っへへ、やらなきゃオレたちが殺されるぜ」 二人の音忍が、どうやらサスケ達を捜してここまで来たようだ。 近くに他の忍が居る気配はなく、今はこの二人だけだ。 サスケは木の陰に隠れ、様子を窺っている。 「取り敢えず、居なかったって報告するか」 「おう」 二人が背を向けた時、隙が出来た。 それを狙ってサスケはクナイを投げる。 「ぐあっ!?」 「な、なん…!」 「遅い」 一人の男の首にクナイが命中し、もう一人が驚き怯んだところに止めを刺した。 大声を出されないように手で口を塞ぎながら。 「…弱いな…」 倒した男を見下ろして呟く。 さっきのこいつらの様子では、他にも仲間が居て、リーダー格の奴がその中に居るらしい。 おそらく大蛇丸の命令で動いているのだろう。 ならばそのリーダー格はきっとカブトだ。 そいつらが、近くまで来ている。 「……チッ…もう追い付かれたのか…」 歯を強く噛み締める。 早いところ出発しなければならないと思うが、集合の時間までまだ少しある。 無理に真白を探せば、逆に時間がかかるだろう。 多分真白も気配を消して食料を捜しているだろうから。 「…」 音忍の傍らに落ちている、鞘に収まった忍刀を拾った。 男のポーチの中の、クナイや手裏剣を頂く。 他には特に必要そうなものはないので、腰に刀を差して立ち上がった。 「……見つかるなよ、真白…」 仕留めた鳥と兎を持って、約束の岩が在る場所へ歩き出した。 「え、音忍が…!?」 「…ああ。この刀もそいつらのだ」 真白と合流し、さっきあったことを話す。 手に入れた忍具を数個渡し、襲われた時のために備える。 「…実は、私もさっき木ノ葉の暗部を見かけたの」 「…そっちもか…」 「うん。話してる声から判ったんだけど、私が所属してる班の人達みたい」 「…何にしても、急ぐしかないな」 この先は山まで草原だ。 追っ手がまだ森の中に居る間に山の中に隠れてしまうしか逃げる方法はなさそうだ。 日は西へ傾いていたが、暮れるまで待っている暇はない。 「或る程度森から離れるまで走る」 「ん、分かった」 「…行くぞ」 同時に森から抜け出し、山へ向かって走り出した。 背の高いススキの間をザザザッと音を立てながら、互いを見失わないように、しかし見つからないように姿勢を低くして走る。 なるべく気配を消したまま走り続ける事数分間、二人の走る速さが一向に衰えない内に、森から5kmは離れた。 この速さはやはり流石と言うところか。 「これだけ離れれば大丈夫かな」 「…油断はするなよ」 「心配しすぎだよ、サスケは」 「……」 そう言うそっちは心配しなさ過ぎだと思うのだが、後ろを見ても追ってくる者も居ないようだし、一先ずは安心しても良さそうだ。 草原にポツリポツリと立っている枯れ木の枝を拾い集めながら歩く。 山に辿り着いて休める場所を見つけた時に、集めた食料を焼くために。 遠目に見ても、あの高い山には木があまり生えていない。 だから確実に集められる今の内に拾う事にしたのだ。 ちゃんとした食事を摂れるまでは、少ない兵糧丸で凌ぐ。 腹は減ったままだが体力は戻る。 「…早く休める場所見つけて、食いてえ」 「うん…お腹空いたよね」 枝も結構集まった。日ももうすぐ暮れる。 朝以来何も食べていない所為で二人とも空腹だった。 「あとちょっとだし、場所探すのに時間掛かるかもしれないから…走ろっか」 「…ああ」 そうして5分も走らない内に山に辿り着き、少しだが登っていく。 ごつごつとした岩ばかりで、草も木も少ない。 頂上の辺りには雲がかかっていて、中では吹雪なのだろうか、まだ麓からあまり登っていないというのに冷気が降りてくる。 「あ、洞窟が在るよ」 「じゃあ今日はここで休むか」 洞窟の前に持っていた枯れ枝を降ろして、弱い火遁で火を点ける。 真白が火の面倒を見ている間に、サスケは真白に見えないようにしながら鳥の羽を毟り取り、要らない部分を切り取る。 他の小動物も同じ様に、食べられる所だけを残して切っていく。 その作業が終わった頃には手は血だらけで、服にも少し血が付いた。 雪が降るほど湿気があれば、水遁も出来るか…? サスケは真白に背を向けたまま複数の印を組み、力を加減して少量の水を出した。 その水で食料と手に付いた血を洗い流す。 術というのは、強くやるのは割と簡単だが、力を弱くして発動するのはなかなか難しい。 上手くいったことに安堵し、サスケはきれいにした生肉を真白のところへ持っていった。 「焼いてくれ」 「あ、うん」 細い枝を、渡された肉に刺して石の間に挟み、火のすぐ横に立てる。 焼きあがるまでの間、火の近くに隣り合って座って待つ。 「…ありがとね、サスケ」 日は沈みきり、暗い中で火を見詰めながら真白は言った。 「…何の事だか」 分からないという風になるでもなく、無表情でサスケは応える。 薪の一つが音を立てて折れた。 きっと、以前に人を殺したのを怖がっていたのを覚えていて、気を遣ってくれたんだろう。 進んで『あの作業』をしてくれたし、見えないようにしてくれたし、水で血を洗い流してまでくれた。 「好き」 「…知ってる」 立てた枝をくるりと回して反対側が焼けるようにする。 まだ焼け切らない。が、匂いだけはして、無情的に空腹を煽った。 焼けていく肉をじっと見詰めるサスケは、相当腹が減っていると見える。 今にもお腹から音が聞こえてきそうだ。 「…ふふっ…」 「……なん…!」 笑った真白に疑問を抱き、それを伝えようとそっちを向いた瞬間に言葉を遮られた。 唇はすぐに離れ、名残惜しいと思う時間もなかった。 「…大好き」 「…」 真白はサスケの肩に凭れ掛かって目を閉じた。 何も言わずにそれを受け入れ、サスケはまた火の方を向く。 きっと、ゆっくりできる時間も、あと一日くらいだろう。 今の内に体を休め、二人の時間をしっかり満喫しておかなければ。 「…愛してる」 真白の肩に腕を回して抱き寄せ、サスケも少し頭を傾けた。 山を上へ上へと登っていくと、徐々に草木が減っていく。 動物の姿もなくなり始め、この先は食料を手に入れられそうにない。 岩だらけの道なき道を助け合いながら進み続ける。 「あっ、ここからすっごい遠くまで見えるよ!」 真白が大きな岩の上に立ってサスケを呼んだ。 太陽は橙色で、優しい光を放っている。 「…あれ、木ノ葉の里かなあ…」 「…そうみたいだな」 巨大な壁に囲まれた沢山の建物と、何かが彫られた岩山が、小さく見える。 あそこで四苦八苦していたのが嘘のようだ。 「私達って、小さいなあ…」 「…」 ここから見る壮大な景観は、そう思わせるには充分だった。 こんな広い世界で国同士の腹の探り合いなんて、まるで無意味に見える。 サスケは、後ろから真白の腰に腕を巻きつけて肩に顎を乗せた。 「俺にとって、真白は何よりも大きい存在だけどな」 「…言ってて恥ずかしくない?」 「別に」 言いながら、音を立てて頬にキスをする。 そこが少し赤く見えるのは夕陽だけの所為ではないだろう。 山の麓に音忍達が居るのが小さく見えたが、二人とも何も言わなかった。 やがて日はとっぷりと暮れ、疲れていた二人は岩の陰でいつの間にか眠ってしまっていた。 ふと目を覚ました真白が驚いたように声を出し、その声でサスケも目を開いた。 「…うわああー……空見て、すごい」 「……満月か…すげえな…」 真っ暗な空に、ぽっかりと満月が浮かんでいる。 雲も近くになく、青白い光が辺りを照らしていた。 「おっきい…。月の光、暖かいね」 「…フッ…」 「…なーんで笑うの? いいじゃない、別に」 「悪い」 「…こんな月、一緒に見れて…最高の夜」 「…ああ。…本当は前に山に行った時も、月を見せたかったんだぜ」 「そうなの? …その時もちゃんと見たかったな…」 「…これから先、一緒に見れば良いだろ」 「うん。絶対ね。“約束”」 「ああ。“約束”だ」 二人はまだ見えない未来の、守れるとも知らない約束が実現する事を共に祈り、静かに眠りに付いた。 [←] [→] 戻る [感想はこちら] |