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弾丸旅行


「やあ」

 夕飯の買い物から帰る黄昏時。不思議なほど人通りのない住宅街で、その人は声を掛けてきた。
 後ろや横からであれば、自分でないと思って歩き続けたかもしれない。だけど正面から、真っ直ぐにこちらを見て言われたから、足を止めざるを得なかった。念のため周りを見回すけれど、私とその人以外には、誰も居なかった。

「こっちでも、雰囲気はあまり変わらないね」
「……」

 見慣れない、黒い服。重ねるように、内側には紫のシャツ。首の下から、黒い紐のような帯のようなものが垂れ下がっている。黒く、短い髪。刃物よりも鋭いのではないかという目。低い声。
 知らない人だ。このあたりではあまり見ない、一部の金持ちが好んで着るという『スーツ』と『ネクタイ』。そんな格好をするような人種と知り合うつてすらない私には、当然心当たりも無い。だけど相手は私を知っているような口振りで、やや親しげに話す。

「僕の世界の、君の婚約者に、少し世話になったんだ」
「……」
「でも、アレに直接礼をするのは癪でね」

 何を言っているのか、まるで理解できない。『僕の世界』、『君の婚約者』、『世話になった』『礼をする』。続けて、実験のついでに、パラレルワールド、世界間跳躍(ワールドジャンプ)、という言葉が飛び出すけれど、それも全く分からない。

「ちょっと転移先年月日に誤差があったけど……五年くらいなら別にいいかな」

 五年の誤差は大きくないですか?
 見知らぬ人にそれを指摘するのは憚られたので、ぐっと飲み込む。
 『別の世界』から来た人だということはなんとなく理解したけれど、移動方法が見当も付かなくて、未知の超技術の存在に、ぼんやりと恐怖を抱く。

「……お礼って、何をするつもりなんですか」

 対面してから初めて発した私の言葉に、男の人は、ふうんと、息を吐きながら喉から音を出す。

「簡潔且つ、核心のみの良い質問だね」

 にんまりと、怖い笑顔を口許に浮かべる。一歩足を引いて、半身に構える。『お礼』が良い意味であるとは限らない。食材の入ったビニール袋を、利き手でない左腕片方に預けて、右手を自由にする。そうすると、ますます機嫌を良くしたように、笑みを深めた。

「いいね。でもこんな子どもの君より、十年経ってからのほうが良いや」

 懐から取り出した、黒い、金属の、ような?
 片手で握られたその金属の先端の、暗い穴が、私を向いている。それが武器であると直感し、構えを深くする。何の装備も携帯していないのが悔やまれる。
 目的は聞き出すべきだけど、未知の超技術の存在する世界の、未知の武器は、危険だ。逃げることを最優先すべきだと判断するが、背を向ける隙は今のところ無い。戦闘経験豊富な、強者の気配。

「十年弾。小型化と、別世界での誤作動修正に苦労したよ」
「……」
「今から君は、十年後の未来へ飛ぶ」
「!?」

 未来へ、飛ぶ?
 本当に、この人の言うことは何もかも、意味が不明だ。私の想像も付かないことばかりを、次々と。

「それと引き換えに、未来の君がここへ来る」
「……なんのために、そんなことを?」
「渡したいものがあるんだ」

 どうせこちらの君たちも、ほとんど常に一緒に行動してるだろうから、君に預けてもいいけどね。だけど、より確実な方を取るよ。
 わざと詳しく説明しないようで、彼が本当に礼をすべき『向こうの世界の私の婚約者』が誰であるのかを言わない。渡したいものも教えない。ただ、手に握る鉄塊に掛けた指を、曲げる。

「酔うかもしれないけど我慢しなよ」

 パンッ
 何かが破裂するような、耳をつんざく激しい音。それと同時に鉄の穴から弾が発射されるのが、ほんの一瞬だけ見えた気がした。
 速すぎて回避も防御も間に合わない。たぶん当たったのだろう。ぐわん、と平衡感覚が失われ、重い買い物袋に引き摺られるように、左腕から下へ落ちる。

「わ、わああああ!!」

 不可思議な感覚に、思わず声を上げる。落ちているのに、横にも上にも下にも視界が揺らめく。体勢を整えようともがくけれど、どちらが下か分からなくて、回転すべき方向も分からない。
 三秒。落下して、着地。左肘から落ちていたのに、しっかりと両足が着いていた。頭がぐらぐらする。周りは白く、煙たい。すぐそばで僅かに風が起こり、誰かが飛び退いたのが分かった。

「何だ……!?」

 そしてその方向から、警戒する声。だけどそれには答えられないまま、平衡感覚を取り戻そうと、地面に膝と手をつく。

「うう……」

 白い煙が霧散して、視界が広がる。どこか深い森の中。木々の隙間から、黄昏の空が微かに見えた。

「……碧?」
「え、?」

 呼ばれた自分の名に、顔を上げる。薄暗い森の、木の上。黒い外套を纏った、背の高い男の人。伸びた前髪。覗く紅い瞳。

「碧、か?」
「えっと……え? も、もしかして、」

 聞き慣れた声によく似ていた。見慣れた顔によく似ていた。チャクラの質はほとんど別人だったけれど、それでも間違うはずがない。その人。

「サスケ、くん?」
「……やはりそうか」

 木の枝から飛び降り、歩いてくる。私もなんとか立ち上がり、そちらへ向かう。まだくらくらする。
 紅だった瞳は、私のよく知るサスケくんの、闇色に戻っている。だけど長く伸ばされた前髪に隠れきらない左目は、私の知らない紋様をしていた。中央の黒点から幾重にも輪が広がる、薄紫がかった瞳。それから、とてもとても伸びた身長。もしかして担任の先生よりも大きい? あの人も大概高身長だと思っていたけれど、近くで見上げると首が痛むほどの高さと威圧感だ。
 十年。そう、十年後の未来なんだ、ここは。サスケくんの変わり果てた姿を見て、実感する。

「なんだって子どもの姿に……」
「それが、あたしにもよく分からなくて……」
「……変化の術ではないな?」
「うん」

 変化の術ではない。幻術でもない。敵の気配も無い。と、サスケくんの中で色々な可能性が否定されているようで、一巡り周りを確認してから、私へ視線を戻した。
 左腕に提げた夕飯の材料。こんな森の中で、買い物帰りなんてことはないだろうから、持っていなかったはずのものを持つ私を見て、訝しく思ったろう。何があった、と質問の時に少し傾く首。外套の下で腰にあてられたであろう右腕。なんだか、そういう仕草は変わっていなくて、ちょっと安心した。

 簡単に、さっきあったことを説明する。だけど私が理解できていない部分が大きいので、あの人の目的や、どこから来たのかの説明はあやふやになってしまった。

「そうか……『お前』は入れ替わりに十年前へ……」
「渡したいものが何なのかも教えてくれなかった……。危ないものじゃないのかな?」
「……さあな」
「それと、“いつも一緒に居るだろう”、って言ってたけど……『別世界のあたしの婚約者』って、もしかしてサスケくんなのかな……」
「……」
「あっ、あ、あの、この世界ではどうか、までは知らないけど……」

 考察ついでについポロっと口に出してから、とんでもなくおこがましいことを言ってしまったと気付く。単なる状況推理だったのだけど、世界を跨いでも愛し合う運命があるかのようで、そんな不相応で図々しい予測はするだけでも気が咎める。私とサスケくんが釣り合うわけはないのに。
 申し訳なさに下を向いていると、上から溜息が降ってくる。慣れたお決まりの流れに、それでもびくりと肩を縮こまらせる。怒らせちゃったかな。

「……そういえばそんなだったな、お前」

 怒りよりは呆れの、懐かしむ言葉。それからこちらへ右手を伸ばして、重さを増した手のひらの、優しい温かさが頭へ乗る。大人になって体温は下がったようだけど、気持ちの温度はあまり変わらないようだ。

「心配しなくても、この世界でのお前の婚約者は俺だ」
「! う、うそ、」
「……本当だ」
「う、わわ、!」

 身を屈めて腕を脇の下へ深く差し込まれたかと思うと、そのままひょいと軽く抱き上げられる。掴まろうと咄嗟に、こちらへ伸ばされているはずの左腕のほうへ手をやるが、宛が外れる。すぐに肩へと方向転換し、崩れ掛けたバランスは持ち直した。

「あ、腕、?」
「……気にするな」
「左腕、どうしたの!?」

 肘くらいから下が無い。コートの上から探るように手を動かすけれど、いくらやってもそれは変わりなく。

「血は!? 出てる!? 痛くない!?」
「……出てないし痛くない。気にするな」
「じゃ、じゃあ最近じゃないの? 腕が無くなったの……」
「気にするな」

 私からの質問に答える気は全く無いらしく、同じことしか言ってくれない。それで逆に少し冷静になって、泣きそうな気持ちがましになる。よっぽど言いたくなくて、本当に痛くなくて、そういえば血の臭いもしないし、今更私にはどうしようもないんだろう。どうにかできるのならこの時代の私が、その時に何かしてるはずだ。絶対に『何とかしよう』って思ったはずだもん。
 サスケくんは私を肩に担ぎ上げるように抱き直し、心配そうに見る私をよそに、素知らぬ顔で森の中を歩き出した。クールに磨きが掛かっている。

「ひとまず安全な場所に移動する。ここらは飛び蛭や毒虫が出るからな」
「ひ、蛭……」

 十年後の私ならいざ知らず、未熟で装備も無い今の私に対処できるだろうか。否だ。だからサスケくんは私を運んでいる。だけどサスケくんの唯一の腕を塞いでしまっているのは良いのだろうか? さっき見た真紅や薄紫の瞳で瞳術を使えるのだろうか。
 そんなことを考える間に、すぐに木々のひらけた場所に出て、すっと降ろされる。心配無用だった。

 沈みかけの太陽が最後の輝きを放っている。そろそろ本当に真っ暗になる。薄暗さに少し不安な気持ちになった時、ふと気付く。

「あっ!」
「……どうした」
「帰り方、分からない……」

 私はただただ受動的に、十年の月日を超越してここへ来た。では、元のあの時間に戻る方法はといえば、何も聞かされていない。さっと血の気が引く。

「ど、どうしよう……!」
「落ち着け」

 慌てる私と対称的に、サスケくんは至極冷静だ。沈着とした態度と、すでに全てを分かっている、という目。片膝をつき、目線を私よりも低くして、その目を合わせてくれる。少し不安が薄くなる。

「お前の言う変な男は、俺に渡したいものがあるんだろう?」
「う、うん」
「なのにお前にそれを持たせなかった。つまり、お前じゃなく、『今』の碧に託すつもりってことだ」
「う? うん……」

 ちょっと混乱しかけるけど、なんとかサスケくんの説明についていく。

「お前と入れ替わりに十年前に行った、大人の碧に物を渡して、それが俺の元に届くということは……だ」
「……また入れ替わりが起こって、お互いが元の時間に戻れる……?」
「そういうことだ」

 サスケくんの順序よく組み立てられた論理に、私の不安は消え去る。
 すごい。私の拙い説明で状況を完璧に把握して、推測したんだ。あの時すでに。だからサスケくんは、大人の私が居なくなったっていうのにいやに落ち着いていたんだ。
 腑に落ちて、改めてサスケくんの凄さを実感する。不安さが無くなったのが分かったのか、サスケくんは立ち上がって、説明を続ける。

「おそらく、お前がここに居られる時間はそう長くはない」
「どうして?」
「もしも俺がお前と行動を共にしていなかった場合、すぐには合流できない可能性がある」
「うん、そうだね」
「お前ではなく、『この時間に生きるお前』を呼び出し、戻った後に届けさせる方を取ったのは、そうすれば『時間制限』を気にする必要がないからだ」
「なるほど……!」
「届け物を託す前に、居場所を知っているか、現在交流があるのかを確認できるのも利点だな」
「あ、そっか……!」

 サスケくんすごい!!
 そのとてつもない洞察力に尊敬の眼差しで見上げていると、照れ臭そうに頭を下に押された。み、見せてよー。サスケくんの真剣な顔好きなんだよ。

 すっかり安心しきって、思わず頬が弛む。サスケくんがそう言うんなら心配ない。
 私が楽しそうに笑うのとは裏腹に、サスケくんはそのまま黙り込んでしまった。

「…………」
「……?」

 のし掛かる手の重さを押し返し、サスケくんを見上げ直す。じっと私を見て、ぐっと目を細めて、何かを考えている様子。声を掛けてもいいのか、何と言葉を掛ければ良いのか、数秒悩んで口を開いた。

「……どうし、」

「お前は、もう俺と関わらない方がいい」

「……え?」

 言われた言葉の、内容を理解するのに時間が掛かった。『俺』っていうのは、目の前のサスケくんじゃなくて、元の時間のサスケくん、の、こと?
 ドクン、ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。なんでそんなこと言うの?

「……なんで?」

 やっとのことで絞り出した疑問の言葉は、情けないほど小さく、掠れて、震えた。

「……お前は、俺に付いてきたせいで、色々と酷い目に遭った」
「……」
「…………俺自身、お前に酷いことをしもした」
「そんな、」


 そんな、こと?

 そんなことで、サスケくんの傍に居ることを諦めろなんて、言うのか。そんなことで私がサスケくんを諦めると思っているのだろうか。心外だ。

「そんなこと、何でも無い!」
「…………」
「だって、現に、『私』は十年経ってもサスケくんの傍に居るもん!」
「!」

 サスケくんの言う『酷い目』を乗り越えてなお、『私』はサスケくんの隣に居ることを選んでる。だったらそんなの、何でも無い。
 サスケくんが、私と居る現在を躊躇うほど酷いことがあったとしても、そんなの『私』には何でも無いことだったんだ。サスケくんと一緒に居られないことに比べれば。
 じわっと溢れた涙はすぐに零れて、頬を滑って顎から地面に落ちた。

「サスケくんのバカ……!」

 睨み上げながら言い放つ。サスケくんが嫌だって言っても、邪魔だって言っても、私は私の意思で、サスケくんから離れない。離れてなんかやるもんか。サスケくんが居なきゃ、……サスケくんと居なきゃ、私、……。

「…………やはりダメか」

 溜息の音。諦めるような、ほっとしたような。
 眉間に深く刻まれていた皺が弛み、やや八の字に持ち上がる。

「十年も前なら、言い聞かせられるかと思ったんだが」

 そんな昔から、それほどに俺を思っていたのか。と。
 サスケくんは、本当に、バカだ。私、こんなにこんなに、大好きなのに、伝わってなかったのかな。それに、ほっとするくらいなら言わなきゃ良いのに。バカだよサスケくん。

「……サスケくんのバカ」
「ああ……俺は大馬鹿者だ。……本当にな」
「……」
「だから、そんな俺に付き合ってやることは無いと、言ってやりたいんだが」

 言いながら、身を屈めて、私の頭を引き寄せた。身長差が有りすぎるので、それでも胸元に顔が埋まる。涙がサスケくんの外套に移り、弾かれて滑り落ちる。


「……お前が居てくれて、……よかった」


 肩まで腕を回して、ぎゅっと抱き締めてくれる。結果的に試すようなことをされてしまったけど、その言葉で、もう怒りや哀しみなんて吹き飛んだ。
 サスケくんが片腕しか無いから、その分まで私が、と思い切り抱き返す。夕飯の材料が邪魔だなぁ、なんて思う。

「今日、戻ったら、サスケくんのところへ行くから……」
「ああ……」
「ずっと、ずっと離れないからね……」
「ああ」
「大好きだよサスケくん、何年経っても、何十年経っても……!」
「ああ、……俺もだ」

 あやすように、でも熱を込めて相槌を打ってくれるから、腕の力を緩めることなんてできそうもない。私が力の限り抱き付いても、サスケくんはびくともしないから、流石だなぁ、と思考の端で感心する。
 日が落ちて真っ暗になっていたけど、サスケくんの顔が見たくて頭を浮かす。

 だけど、その瞬間、

「!」

 数分前にも感じた、不可思議な落下感。あまりにも唐突なそれに、また声を上げてしまう。

「わああああ!!」

 慣れようもない感覚に、またもがくけれども、やはり上手くいかずに三秒。左肘から、上だか下だか分からない方向へ引っ張られて、ボフンと煙が巻き起こる。

「うう……」

 酔っ払ったみたいにぐらぐらする頭を手で押さえ、また地面へ膝を突く。もう勘弁してほしい。

「うん。きっかり五分」

 声のする方へ目を向けると、例の男の人が、手首に巻いた時計を見ていた。その手にはそれぞれ金属の棒が握られていて、足元には、薄紫色のハリネズミ。見回せば、飛ばされた時とは違って、住宅地からは離れたところに私たちは居るようだった。

「まあまあ楽しめたよ」
「な、なにがですか……」

 よく見ると男性の服はそこかしこが切れたように破れ、顔や脚にも切り傷が付いていた。口許に流れた血を舐めとり、嬉しそうににんまりと笑う。

「こっちの君は、忍者やってるだけあって歯応えがあったからね」
「……」
「ああ、やっぱり彼も呼び出して、直接会えばよかったかな。さぞ強いことだろう」
「キューイ」

 足元に話しかければ、それに可愛らしく返事をするハリネズミ。この人やっぱり、ちょっと危ない人なのかな……。戦闘好きみたいだけど。
 上着のポケットから、小さな箱を取り出す。するとハリネズミはそこへ吸い込まれるようにして消え、彼の武器とおぼしき金属棒も仕舞われる。時空間忍術の一種だろうか? いや彼の世界の、別の技術だろうか。
 ふらふらと立ち上がり、私に対しては戦う気の無いらしい男性に向かい合う。顔に残る涙を拭いて、鼻も啜る。

「未来の彼には会えたようだね」
「まあ……はい」
「じゃあ目的は済んだから、僕は帰るよ」

 そう言うと本当に、踵を返してすたすたと歩き去って行く。腕時計を見て、何か操作するような素振りがあったかと思うと、その人は姿を消した。私はぽかんと、男性が消えたあたりを見ている。なんというか、自由な人だな……。
 はあ、と溜息を吐く。たった数分の出来事なのに、やたらと色々あった。

 疲れて、それから空腹を思い出して、左腕の買い物袋を少し持ち上げる。お鍋をしようと野菜を買ったのだった。

「……サスケくん、まだご飯食べてないといいな」

 大人のサスケくんに宣言した通り、今この時に生きるサスケくんに会いに行く。日が落ちて、冷えてきたから、きっとお鍋は美味しく食べられるだろう。
 そういえばあの人の、サスケくんに渡したいものって、なんだったんだろう。五年ズレても大丈夫なものって? 十年経てば、分かるかな。
 顔岩の崖上から飛び降り、夜道を歩きながら考えてみる。まあ、知らない人からのプレゼントなんて、想像つくわけもないのだけど。




■□■



 俺の片方しかない腕の中で、変化や分身をした時のような小さな爆発が起こる。ほんの一瞬消えて、また温もりが戻る。十年前とほとんど背丈が変わらないから、突然入れ替わっても問題ない。

「……おかえり」
「! た、ただいま……?」

 足元が覚束ない様子だから、時間跳躍(タイムスリップ)は平衡感覚を失わせるような体感を得るのだろう。幼い碧も、来てすぐは地面にしゃがみ込んでいたことを思い出す。

「た、助かったぁ……」
「……何があった?」

 力無くへたりこんだから、それに合わせて俺も片膝を突く。夕闇時も終わり、夜の帳が降りているが、俺の眼には関係ない。
 碧を見れば、手には黒い千本。チャクラも消費している。微かに血の臭い。

「なんか、……サスケくんにお礼をしたいとかいう男の人が居てね……」
「ああ。それは聞いた」
「え? ああ、十年前のあたしが入れ替わりにこっちへ来てたんだったね……」

 疲弊し、肩で息をしている。

「それで、届け物を渡されたまでは良かったんだけど……急に手合わせしろって言われて……」
「……手合わせ?」

 そんな必要がどこにある。その疑問を湛えた目を向ければ、「なんか単純に、戦うのが好きらしくって」と、ヘトヘトな様子で呟く。たった数分で碧をここまで消耗させる手練れか。

「殺さないように戦うのって難しいね……」
「……お前は、毒殺が基本だからな」
「痺れ毒切らしちゃってたからなぁ」

 碧のぼやきを聞きながら、怪我の様子を見る。打撲と、針で突かれたような服の破れ。左腕に切り傷。その怪我を一つ一つ、碧は掌仙術で治していく。

 急に時間跳躍をさせたり、急に戦いを仕掛けたりと、随分と自分勝手な人物像。そんな奴からの『お礼』とは一体何なのか。

 外套の内、腰に提げていた竹筒を取り、差し出す。それを受け取り、疲れた笑みで礼を言う碧。蓋を開け、三口飲み、ふうと溜息。ようやく落ち着けたようだ。

「そだ、忘れないうちに……はい、これ」

 碧が腰のポーチから取り出したのは、小さな箱と、大きな宝石の付いた指輪と、一枚のメモ。メモの内容を要約するとこうだ。
 この世界の君の目的を知っている。
 この世界の僕が力になれるだろう。
 協力させるためにこれを渡すと良い。
 居場所は空隠れの里。

「あっちの世界のサスケくん、あんまりあの人と仲は良くないみたいなんだけど、敵って訳でもなくて……まあ仕事上のライバルみたいな存在らしいの。利害一致で協力関係になったときに、大きな借りができたって言ってた」
「……世界を跨ぐほどの借り、か」

 別世界とは言え、己がそんなことをしたとは。おかしくて、鼻から笑いが漏れる。

「……少しでも情報を得られる可能性があるのなら、有り難く使わせてもらう」
「うん。……戦力的にも問題なしだよ」

 乾いた笑いをこぼして言う碧に、まともに交渉をするのは難儀しそうではあるなと思い直す。そんな自分の性質を理解し、交渉材料まで用意するあたり、全く話が通じない訳ではなさそうだが。
 碧がよいしょと立ち上がり、服に付いた砂を払う。蓋を閉めたことを確認し、中身の減った水筒を返される。

「ありがとねサスケくん」
「ああ」
「そろそろ宿を探そうか? 流石に、蛭の出る森での野宿は避けたいなぁ」
「……そうだな」

 碧は腕の傷跡から血を取り、口寄せの印を結んで地面に手を突いた。喚び出したのは梟。ポーチから取り出した餌をやり、人里を探しに飛ばせた。

「これでよし、と……。あ、そういえば」
「?」

 思い出したように碧が言うから、梟の行った方向から碧へと視線を戻す。表情にそれほど変化は無いが、ほんの少しだけ、声が下がる。

「戻ってきた時、抱き締められてたの、なんでかな?」

 あくまでもただ疑問に思ったから聞いただけ、という態をして、密かに責めるような気持ちを感じる。なんでだ。

「…………抱き締めてたのはお前のことだぞ」
「え? 分かってるよ、理由を聞いてるだけだよ?」
「…………」

 やっぱり怒ってないか。
 幼いお前のことを泣かせてしまったから、などとは言えず。且つ、改めてお前の愛の深さを知ったからだとも言えず。
 黙っていると、少し拗ねたように「言えないんだ」と呟かれる。溜息が出そうになるのを、話をこじらせないためにぐっと堪える。
 それにしても、さっき見た『あの頃』とは随分と変わったものだ、としみじみする。俺からの好意に怯えて、自分に自信が無く、無闇に卑下していた頃に比べると、こんなあからさまな嫉妬をするなんて、可愛らしくなったものだな。

「フッ」
「……もう、なんでわらうの……」

 とうとう本当に拗ねて、自分から俺の傍に寄ってくる。外套の下へ腕を潜り込ませて、より障害薄く抱き付くのに、穏やかな気持ちで隻腕を回す。鳩尾に頬を擦り付けるのが、匂いと体温を移そうとしているようで。

「……浮気じゃないんだから、別に良いんだけどね」
「する訳ないだろ、そんなこと」
「うんん」
「なんだその声は」
「自分でもなんでこんな気持ちになるのか謎で……」

 お前が俺にされて嬉しい行動を、体感したのがお前自身でないのが嫌なんだろう。同一人物とはいえ、今腕の中に居る碧を抱き締めたのでないことは確かだ。独占欲丸出し。
 理解しているが伝えてはやらず、慰めるように頭を撫でる。

「はぁ……昔はこんなじゃなかったのにね」
「そうだな。自分から抱き付くなんて、よっぽどのことが無ければしなかった」
「そ、そこじゃなくって……」

 嫉妬や独占欲は、なにげにあの頃から強かったろう。ただそれをあまり表に出さなかっただけで。隠して溜め込むよりは良い。そもそも嫉妬させるようなことをしているつもりは、毛頭無いのだが……。

「ホゥ、ホホゥ」

 音もなく舞い戻った梟が、碧を呼ぶように鳴く。闇の中輝く瞳。木々の葉の隙間からこちらを見るのを見返す。羽音も無く夜目も利く梟は、偵察に最適だ。

「……戻ってきたな」
「うん。……でももうちょっとだけ」
「……」

 宿に着いてからいくらでもやれば良いだろうに。嘆息しつつ、それを甘受する俺も俺だなと、内心で苦笑する。


 あれから十年か。色々あった。
 切り捨てようとしたこともあった。傷付けたことは何度もあった。全部、俺が俺のために、身勝手に振り回した。
 それでも碧は、俺から離れようとはしなかった。俺を支えようとし続けた。勿論、俺のためだけでなく、碧自身のためでもあったことは分かっている。だがそれによって、俺の心がどれだけ救われたか。助けられたか。
 数えきれないほどの愛を。抱えきれないほどの愛を。一心に俺に注いでくれる。だから俺もそれを返そう。

「碧」

 何年でも、何十年でも。例えお前が俺を愛さなくなっても。死が俺達を別つことになっても。ずっと。……ずっとだ。

「愛してる」

 背丈の小さい碧に合わせるために、膝も背も曲げる。片腕で精いっぱい包み込み、今は無い左腕も、残った部分だけでも添える。

「えへへ……あたしもだよ」

 両腕を俺の首へ巻き付けて、首元へ頬擦り。自分の口角が上がるのが分かる。
 梟が呆れたように鳴くけれど、俺達がそれに応えるのはまだしばらく後になりそうだ。





(151201)
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