×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

[←]      [
春、花


 4月の下旬。気が付けば厳しい冬は終わり、数日毎にゆるい寒暖を繰り返している。朝晩の気温差に体調を崩されないよう用心しながら床に就くのも、意識せずやるようになった頃。不意に、ああ、もうすぐあいつの誕生日だな、と過る。

 里を抜け、大蛇丸の許へ下ってから、数ヶ月が経っていた。約ひと月ごとに複数のアジトを転々とする生活は、そこに慣れるということをなかなかさせてはくれなかったが、それでも慣れてきたと思う程度の時間だった。様々な手段を用いて『強化』されていく己の身体を、自分の物として扱えるようになっていくのは、快感と言えるほど気持ちが良い。呪印、刀、投薬、新術……どれもまだ完成には遠く、逆に言えば、伸び代がまだまだ有り余っており、自分が『強くなれる』という安心感が、どこか心を穏やかにさせていた。



「毒薬への耐性も大分ついてきたね。次からはもう少し強い毒も試してみよう」

 数日前に投与された希釈毒の効果は、全くと言って良いほど無かった。初めの内は注射された箇所が焼けるほど熱く感じ、本当に希釈されているのかと疑いながら身悶えていたものだが、今では少しひりつく程度だ。こうも変わるものかと、自分の身体の変化に内心で密かに驚く。
 カブトによる診断を終え、寝台から立ちつつ上着を羽織る。帯を締め直していると、後ろから続けて声を掛けられる。

「君も碧もどんどん成長するから、ボクも楽しいよ。次の毒薬は、彼女に作ってもらおうかな」
「……」
「彼女、治療そのものよりも製薬の方が向いているみたいだからね」

 丸眼鏡の奥で細められた目は、楽しそうでもあり、また悪意に満ちているようでもあり、あまり好ましいものではなかった。この腹の中の見えない男の許で、碧は一体どんな修業をつけられているのか。気にならないでもなかったが、カブト本人、ましてや碧本人に尋ねるのは憚られた。必要最低限しか関わらないと明言した手前、ほとんど会話すら、目を合わせることすら、していない。そのため、そのようなことでさえ把握できていない。いいや、これで良いのだ。最初からそのつもりであったじゃないか。むしろ、碧が挫けて里へ戻れば良いとさえ思っていたじゃないか。気にしてはいけない。気にするようなことじゃない。

 悶々とした気分でカブトを見ていたら、いつの間にか睨むような目付きになっていたことに気付く。ふいと顔を逸らし、この陰気で薬品臭い部屋からさっさと出ようと足を進める。扉を閉める間際に、フフフ、とカブトの忍び笑いが聞こえた。



 アジトの外へ出ると、もう日暮れ前だった。時間があれば術の修業でも、と思っていたが、そうもいかないようだ。仕方がないので散歩でもすることにして、まばらなカラスの鳴き声を聞きながら森の奥へと入っていく。

 日が傾き、温度の落ちた風が頬を撫でる。いささか薄着だったかと思うものの、今更引き返す気にもならない。ざくざくと雑草を踏み鳴らしながら歩いていると、以前より彩りが増えていることに気付く。春だから、雑草にも花が咲いているのだ。緑色の草の所々に、黄色や赤色の小さな装飾が作為なく散りばめられている。足下の様子など、しばらく気に留めていなかったから、少しばかり新鮮な気持ちで歩む。木々の隙間から差し込む陽光は橙色で、俺の気分を優しくほぐすように揺らめいている。

 ふと、碧のことを思い出す。あいつと居る時にはいつでも、今みたいな穏やかな気持ちだった。あいつと居る時には、誰よりも優しくなれた気がする。だからこそ、俺はあいつと距離を置かなければならなかった。ストイックに力を追い求めるには、邪魔な感情だったから。

「…………はあ」

 しかし結局は、無理にそれを追い出そうとしても、労力の割に結果が伴わない。今だってこうして碧のことを考えてしまっている。甘えてしまいたいとさえ。不自然に避けるのはやめて、話すことは話し、協力できることは協力した方がお互い効率が良い。とかなんとか、必死に言い訳まで考えて。情けない。たかだか半年ほどでこうまでなるものか。

 ざくり、ざくりと歩を進め、少し開けた場所へ出る。もうほとんど日が沈み、僅かばかりの明かりが差している。夜目も慣れ始め、薄暗いが足下くらいは見えている。そろそろ戻ろうか、と思ったのと同時に、それが目に入る。暗い色合いの中にぽつんと、白いものが浮かんでいる。近付いてよく見ると、桜に似た花弁を持つ花が咲いていた。名前は分からないが、雑草の中ひとつだけ凛と咲く姿に惹かれ、自然と手を伸ばしていた。ぷちりと手折り、手元で一瞥した後、散らしてしまわないように懐へそっとしまう。

「……」

 誕生日だから、だ。特別な日だから、少しだけ。言い訳がましい気もしたが、何もせず過ごして後々まで考え込んでしまうよりはましだと思った。もちろん直接渡したりなんかしない。碧の目に付く場所に無造作に放っておいてやる。たぶんあいつは、それだけでも気付いてくれるだろうから。だから必要以上には優しくしてやらない。優しくなんて、している暇はないのだから。






 医療忍術の修業を終えて、割り当てられた質素な部屋へ戻る。薄暗い地下のアジトを歩くのに必須である蝋燭立てを、寝台の隣に置かれた箱の上にそっと下ろす。カブトさんは容赦無く残忍なこともさせてくるので、医療忍者としてヒトの身体をさばく必要も出て来る身としては、吐き気を催しながらも有り難く指導を受けている。今日は死体を解剖して、図ではなく本物の人間の身体の仕組みというのを学ばされた。少しずつ慣れてきたとは言ってもいよいよ本物、となると衝撃は大きかった。辛うじて嘔吐はしなかったけれど、胸焼けのようにいつまでも胃のあたりが気持ち悪い。持って来たボトルの蓋を開け、寝台に腰掛けながら水を飲む。

「……ん?」

 飲むために上げていた顎を下ろした時に、部屋の奥の机の上に見覚えの無いものが置かれているのに気付く。ボトルを置くと蝋燭立てを取り、それが何なのか確かめるために三歩近付く。

「……花……? サクラソウ、かな」

 小さな花が一輪だけ、横たわっている。サクラソウといえば濃いピンク色のイメージだったけれど、こんな真っ白なものもあるのか。手に取り、蝋燭の灯りを当てながら、まじまじと見る。サクラソウというだけあって、花弁は桜にそっくりだ。清楚でかわいらしい。

 こんなものを私の部屋に置いてくれそうな人といえば、サスケくんぐらいしか思い付かないのだけど、急にどうしたのだろうか。大蛇丸の許へ下ってからというもの、まともな会話すらしていないのに。それが突然、花を贈ってくれるだなんて。戸惑いはあるけど、とにもかくにも嬉しい。少なくとも花を贈るくらいには、未だ好意を持ってくれているということだ。口角が勝手に上がってしまうのを、なんとか抑えようとする。私って本当にサスケくんのこと大好きなんだなあ。嬉しさで笑いまでもれてしまう。

「押し花にして、栞にしようかな」

 そうすれば持ち歩きにも便利だし、勉強にも使えそう。くれた理由はまだ分からないけれど、貰ったことには変わり無い。だけど欲を言うなら、何も言わなくて良いから、直接手渡ししてくれたら良かったのにな。ほとんど対面することもないから、久しぶりに顔が見たい。そう思うと、ああ、こんなものをくれたから、余計に会いたくなってしまった。サスケくんは酷い男だなぁ。



(20130425)


 [←]      []
絵文字で感想を伝える!(匿名メッセージも可)
[感想を届ける!]