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生まれた目標


「……なんだ?」
「……なんか、騒がしいね」

 修業を終えて、荷物を取りに教室に戻る所だった。一ヵ所に人だかりができているのが目に入った。


 生まれた目標



 気にはなったが人込みに紛れるのは嫌だったから、そのまま教室に戻ってきた。窓からもその人の集まりが見える。何をしているのか、丸い円の形に真ん中が空いていて、集まっている人たちはそこを見ているようだ。

「……あれって、犬が居たあたりじゃないか?」
「あ、そういえばそうだね」

 サスケくんに言われて気が付いた。しかし犬を見ているにしては様子がおかしい気もする。集まっている人は皆、犬を可愛がっていると言うより、何か珍しい異物を見ているように見える。その証拠に、丸い穴に近付こうとする者は居ない。

 すると、教師と思われる人までが走ってそこへ行くのが見えた。まさか先生が野次馬になるなんてことはないだろうから、やはりあそこで何かあったんだ。

「……」
「……行ってみるか?」
「……うん」

 やっぱり、気になる。
 サスケくんに促されて、行くと決めた。
 荷物を持って、サスケくんと一緒に教室を出た。






「近付くなー、もう帰りなさい」

 行ってみると、さっき駆け付けた先生がそう呼び掛けていた。集まっていた生徒たちは、ざわざわとしながらも門の方へ歩いて行っている。
 そうして薄くなった人壁の向こうに、赤黒い汚れのようなものが付いた薄茶が目に入った。

「……!」

 その正体に察しが付いて、ばっと顔を背けた。

「碧? どうした?」

 そうした私にサスケくんは声を掛けた。伝えたいけど、わなわなと体が震えて上手く喋れない。震える手を持ち上げて、人込みが居た中心を指差した。サスケくんは指の先を辿って、

「! 犬、が……」

 ほとんど無意識にそう呟いた。しかしその先は続けず、じっと、地面に伏した犬を見詰めている。
 他の先生がまた駆け付けて来て、倒れ伏した犬に近寄った。その間に、先に来ていた先生が、私たちに向かって言った。

「お前たちまで見に来たのか。ほら、早く帰りなさい」

 担任のイルカ先生だったみたいだ。その声に顔を上げて、半ば慌てて、でも上手く話せなくて、しどろもどろに尋ねた。

「せ、センセっ、犬、……大丈夫ですか?」

 こちらの不安な顔を見て、イルカ先生はにこっと笑った。

「大丈夫だよ。怪我はしてるが、命に別状は無い」
「そ、うですか……。良かった……」
「……」

 優しい言葉にほっと安心して、少し下を向いた。サスケくんも、緊張が解けたように溜息を吐いている。
 勇気を持ってもう一度犬を見てみる。出血は少し多いように見えるけど、犬には意識もあり、今は近くに居る先生を威嚇している。最初に見た時はぐったりしたように見えていたけど、そのくらいの元気はあるようだ。

「まだ犯人は分かってない。外部犯かもしれないから、これ以上暗くなる前に早く帰りなさい」

 じっと犬を見ていると、またそう言われた。

 「外部犯」という言葉に違和感を覚えた。見れば校舎裏の方から犬の血が続いている。この犬は校舎裏で怪我を負わされ、逃げてここまで来た、と考えるのが自然だ。外部犯なら、中に不審者が入らないように注意を払っている先生たちに気付かれずに校舎裏まで行ったことになる。そんなのはよほどの手練れでなきゃ無理だ。それに、仮に外部犯だったとして、わざわざ校舎裏まで行く必要なんかあるとは思えない。犬を傷付けたいだけなら、そんな危険を冒す必要はないだろう。そしてなにより、そこまでする外部犯が、何故か犬を殺してはいないことも不自然だ。

 色々考えて、やはり外部だとは思えない。先生を見上げて、訊いてみた。

「……外部の可能性って、高いんですか?」
「……んん……」
「……私は、……内部犯だと思います……」
「……」

 先生も分かっていたらしく、困った顔をしてしまった。自分の生徒が犯人かもしれない、なんて、思いたくはなかったのだろう。

「……そうだな。でも、外部の可能性が全くないわけじゃない。気を付けて、もう帰りなさい」
「……はい」

 促されて、渋々門へと向かった。
 見えなくなる前にもう一度、犬を見た。

 血が、土を赤黒く染めていた。




 サスケくんと一緒に帰路を歩きながら、ずっと考えていた。
 内部だとしたら、どうしてあの犬があんな目に合わされたのだろう。ただ動物を傷付けたかっただけなら、他にももっとたくさん、怪我をした動物が見付かるはずだ。

 ……これは被害妄想なのかもしれないけど、私があの犬を可愛がっているのを誰かが見て、それであの犬を傷付けたんじゃないだろうか。
 暗くて地味で気味の悪い女が、誰もの憧れであるサスケくんの好意を一身に受けている。それを恨みに思われていることは、先日身に染みた通り。そしてその恨みを、直接私にではなく、私が関わったものへとぶつけたのではないか。それが一番しっくりきて、どこにもおかしい点がない仮説なのだ。皮肉なことに。


 ずっと黙って歩いていたけど、口を開く。
 私は、私のできることを。


「……医療忍術、できるようになりたいな」
「……あの犬のためか?」
「ううん。……この先も、あたしのせいで誰かが傷付くかもしれないから」
「今回のは、お前のせいじゃないだろ」
「でも、絶対に違うとは、言い切れないから……」
「……」

 サスケくんも、薄々感じていたんだろう。私が言えば、否定しなかった。

 夕陽が眩しいから目を細めて、サスケくんの方を見る。
 真っ直ぐ隣を歩いているから、サスケくんの表情が少し曇っているのが見える。
 2歩分後ろを歩いていた頃からかなり進歩した、と思う。

「サスケくんがもし怪我しても、治してあげられるし、ね」

 眩しさに細めていた目を、そのまま笑みに変える。サスケくんが一瞬哀しそうな顔をしたような気がしたけど、それを打ち消すようにサスケくんも笑んだ。

「……そりゃ頼もしいな」
「うん。これから、勉強も修業も頑張らなきゃ」
「あんまり居眠りするなよ」
「……うーん……それはちょっと約束できないかな……」
「こら」
「その分、家で勉強するんだもん」

 少し唇を尖らせて言う。すると頭を撫でられて、サスケくんを見れば「分かってるよ」と言われた。年相応の笑顔で、驚いて目を見開いたら夕陽が眩しすぎて目が眩んだ。サスケくんの笑顔もとても眩しかった。思わず目を逸らして、俯き気味になる。

「なんだ、照れるところか?」
「ぅ、その……」
「ん?」

 無自覚なサスケくんに撫でられながら、もごもご口ごもる。
 顔は、夕陽とサスケくんのせいで赤い。



 私も頑張るんだ。
 守られてるだけじゃなくて。
 逃げるだけじゃなくて。
 私もサスケくんの手助けができるように、
 傷付いた誰かを助けられるように。

 そうなりたい。
 だから、「頑張る」んだ。


 拳をぎゅっと作って、「頑張ろう……」と呟いた。



(20080415)


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