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お別れの日


「それでは…………そろそろ行きますね……」
「…………」

 背負い木箱の肩紐をぎゅっと握って、うつむき、眉をひそめ、唇もぐっとへの字を描いている。とてつもなく苦いものでも噛んだように、口角は両端でシワを作り頬にまで溝を彫っている。柔軟な表情筋だ。
 とても今から別行動をできる心理状態には見えないが、それでも必要に駆られて実行をしようと踏ん張っている。
 碧は街で得た情報を元に貴重な材料を採りに行かねばならない。それで造れる薬は、たちどころに傷を癒し、あらゆる痛みを取り、悪い熱を消し酷い冷えを無くす、という噂だ。やや嘘くさい効能だが、碧が造れば噂の半分は実現できるだろう。
 それを自分たちで使うために手元に置くにしても相応の値段で売るにしても、旅をする身には必要なことだった。

「三日以内には戻るから……」
「ああ」
「サスケくんも気を付けて……」
「ああ」
「…………何かあったらふくろう便を飛ばすから……」
「わかった」

 うだうだと別れ際の言葉を続けるあたり、案の定大丈夫ではなさそうだ。碧のことだから、一旦俺の姿が見えなくなり自分の為すべきことを考え始めればそれに夢中になって寂しさも紛れると思うのだが、いかんせんその始めの一歩が踏み出せない。
 俺はもう少し街で準備をしてから害獣退治の任務(というより頼まれごと)へ赴こうと思っていたが、この様子では俺のほうから先に出発しなければ動けなさそうだ。
 座布団から腰を持ち上げ、壁に立て掛けていた刀をベルトごと拾い上げる。肩紐を引っかけてから腰を一周させてベルトを留め、刀を抜き差しして具合を確かめる。碧がハンガーに掛けてくれていたマントをとり、バサリと大袈裟に振り回して羽織った。
 その間ずっと碧は扉前から動かず、俺の準備を見守っていた。目に見えて近付く別れの時間に、口を半開きにして絶望の表情を浮かべている。

「そんな顔をするな」
「…………」
「俺のほうは二日もあれば片付くだろう。待っているぞ」
「サスケくん……」

 肩にぽんと手を置き、俺を見上げる碧の目を見つめる。不安げに揺れる黒い瞳に、小さく俺の顔が映っている。無表情の裏に、小さな呆れと少しの愛しさを隠している顔だ。
 碧は一旦首を下げ、俺に頭のてっぺんを向けながら大きく深呼吸をした。一歩下がってくるりと踵を返し、部屋の扉を開けて外へ出る。それについて俺も出て、ルームキーで鍵を閉めた。
 廊下を通り、階段を下り、受付前を過ぎて、空のもとへ。碧は俺に背を向けたまま肩を大きく上下させて、また深呼吸。ゆっくりと振り返り、俯いていた顔を勢いづけて振り上げ、それでも一瞬躊躇った後に、振り絞るように叫んだ。

「……行ってきます!」

 実際は大した声量ではなかったが、碧がその言葉を改めて発するのにはよほどの勇気を要したことは確かだ。
 それからは振り返らず、木箱の肩紐を両手で掴んで、ずんずんと歩いて遠ざかっていく。俺を見てしまうと決心が鈍るとでも思っているのかもしれない。

「…………さて」

 碧を見送っているのか木箱を見送っているのかわからないほど離れて、俺もようやく歩き出す。ひと時とはいえ、別れが惜しいのはお前だけではないのだと、教えてしまうわけにはいかないな。本気で「一生離れない」などと言い出しそうで困ったものだ。




(220817)
【確かに恋だった】[恋する動詞]『別れる』


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