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しわ寄せ (、しあわせ)


 野生動物を狩り、野草を摘み、雨で飲み水を得、川で身を洗う。焚き火を囲む夜、樹上で眠らず過ごす夜、洞穴で風雨を凌ぐ夜。小さな村の民家に世話になる日、街で宿に泊まる日、どこにも泊まれず廃屋の屋根を借りる日。
 隣を共に歩く存在に深く感謝しながら、贖罪の旅路を行く日々。雪深い鉄の国で、謝罪と追悼の意を込めた雪崩土石流撤去と忍崩れの山賊退治を完遂したときも、寒さに凍えながらも不平や愚痴のひとつもこぼさずに付き合ってくれた。
 そんな彼女の姿が、隣から消えたことに気付いたのはつい今しがた。正しく言えば、隣には居るのだが視界に映らない。

「サスケくん、背が伸びたよねぇ」

 碧が、ほぼ目一杯片手を上げて俺の背を測る。対して碧は昔から代わり映えしない身長で、頭の先が俺の肩にさえ届いていない。

「心が成長したから、身長も伸びたのかな」

 医療を学んだ人間とは思えない、因果もなにもなさそうな推測に、しかし碧らしいと小さく笑う。その理屈でいうとお前の精神的成長はいつ止まったんだ。
 小さな体で大きな木箱を背負う碧。見つけた薬草を手当たり次第に詰めていたり、数日前に倒した猪の燻製肉を提げていたり、飲み水確保のためのろ過装置を仕舞っていたりと、大荷物の中身は様々だ。碧の仕事道具である薬品精製器具は壊さないようほとんどを口寄せ巻物へ収納しているそうで、木箱にはすぐに出し入れしたいものばかりが入っていると言っていた。
 隣を歩く碧を見ても、見えるのは頭の天辺と木箱の天辺。何を感じ何を考えながら歩いているのか、この位置からでは読み取れない。灯台下暗し。近ければ良いというものでもないようだ。

 日暮れを迎えて野宿の準備にかかる。今晩は平地で焚き火を起こせ、獰猛な獣や危険な虫も少なく、食事も水も十分にある比較的安全な夜を過ごせそうだ。
 焚き火で燻製肉を軽く炙ってかじる。猪肉はそのまま焼いたのでは臭みが強かったが、燻製ならかなりマシだ。味の好みで言えば鹿肉のほうがいくぶんか上だが、狩猟そのものは猪のほうが狩りごたえがある。
 黙々と食べ進めていると、火の向こうに座る碧がこちらをじっと見ていることに気付く。

「どうした」
「え?」

 なにか言いたいことでもあるのかと声をかけたが、碧はむしろ驚いたような反応を返す。

「えっと……別に用件とかはないよ」
「……そうか」

 そう言って気を取り直したように碧も肉を食べ始めた。
 固い肉をうーんと唸りながら噛みちぎり、顎を大きく上下させて懸命に咀嚼する。休憩がてら竹筒の水を一口飲む。再度肉にかじりつく。右奥で噛み、左へ移してまた噛む。噛んで噛んで、水と共に飲み込む。

「んん、……なるほど」
「?」

 碧がなにやら呟いたタイミングで、俺も肉に噛みつく。慣れない燻製には四苦八苦したものだが、数日経ってもこのレベルの食料を食べられるのなら手間をかけた甲斐もある。しかし筋切りはもう少し丁寧にすべきだったな。

「さっき、サスケくんに“どうした”って聞かれたでしょ」
「ああ」
「あたし、無意識にサスケくんのことじーっと見ちゃってたんだな〜と思ってたんだけど、たしかにこれは気になるね」
「…………」

 無意識だった。
 碧の言葉ではっと気付いたが、俺もそれなりの時間碧をじっと見ていたのではないか。少なくとも肉を二回飲み込むくらいは見ていた記憶がある。その間俺は何をするでもなく。

「……別に、やり返そうと思ったわけじゃない」
「あれ、そうなの? じゃあなんで……」
「…………」
「…………」

 誤魔化すように燻製肉の残り少しを口へ放り込む。

「もしかしてサスケくんも無意識だった?」
「…………」
「だとしたらやっぱり、そっくりそのままやり返したことになるんじゃないかな」
「……そうなるか」

 無意識だったところも含めて、仕返ししてしまった。
 碧の小さな口では固い肉を食べるのは大変そうだなと、たぶんそんなようなことを感じていた。顎や首の筋肉も男の俺ほどにはないだろうし、次に食べるときには薄切りにしようとか、細切れにしておにぎりの具にするのはどうかとか、改善案もある。
 だが根本はそういう話ではない。

「歩いてるときはサスケくんの顔が見えないから……。座ってるとよく見えるんだなぁって、ついぼんやり見ちゃってた」

 一緒に居るのに変だね。と、碧は照れ笑いをこぼしながら言った。
 そう。根本はただ、相手の顔を見たいから見ていただけなのだ。単純に。

「またいつの間にか凝視しちゃうかもしれないけど、気にせず過ごしてね」
「……できるものならな」
「気になっちゃうか」
「お前もそうだろう」
「うん」

 これ以後、碧からの視線を頻繁に感じるようになる。これまでも多かったのだろうが、より意識するようになった。
 移動中に見れないしわ寄せが全て集まるためか、休憩中には碧の視線が俺に向いていない時間のほうが短い可能性すらある。当然気にはなるが極力、構わず騒がず好きなようにさせている。
 目が合う頻度も自然と増えた。そのたび碧は嬉しそうにはにかみ、俺の胸には穏やかな幸福が注がれていく。



(220810)


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