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贈り物


 旅先で呉服屋を見掛けた。きっかけはただそれだけの些細なことだったが、ふと妊娠中の碧を思う。
 2ヶ月ほど姿を見られていないが、腹はどのくらい膨らんだろうか。寒い季節に岩壁に囲まれたアジトの一室で過ごしているのなら暖かい服が欲しいだろう。たとえば簡単に羽織れるようなものがあれば体温調節にも役立つ。
 腹に負担をかけないゆるい服装は、さすがに自分で、もしくは香燐が用意してすでに着ているだろう。上着ももしかすると同じように持ち合わせているかもしれないがしかし、俺はすでにそれを贈ることを心に決めていた。
 ひとつ、やり残していたことを思い出したから。




 大蛇丸のアジトのひとつであるが、すでに香燐の所管となった穴ぐら。連絡もせずに立ち寄ったが、余所者を処分するための出迎えが出てこないあたり、侵入者が俺であることはすでに察知されているようだ。
 碧のチャクラの居所を頼りに適当に足を進めていると、『居所』もあちらから近付いて来る。自分で気が付いたのか香燐に報されたか、ともかく碧が俺に向かって来ている。
 接近スピードからしてきっと嬉しそうに小走りしているのだろう、と想像しているうちに姿が目に入る。角から現れた碧は少しだけ延びた髪を揺らして、想像通りの喜色満面で俺に駆け寄った。

「わぁーっ、本物だぁ!」

 本物、とは。
 覚悟していたより控えめに抱き付かれるが、それが腹を庇ってのことだと思い至る。手荷物があるため抱き返すことも撫でることもできないので、好きなようにさせる。

「夢じゃない、リアルだ……。分身変化でもない……」
「……なにをやってるんだ」
「サスケくんの声で話しかけたほうが胎教的にいいと思って」

 理屈は意味不明だが、要するに寂しかったのだろう。
 こんな冷える廊下で立ち話をしていては碧の身体に良くないので、適当な部屋へ向かうよう碧を促す。その時俺の手荷物に気付いた碧は、「あ、お土産まであるんだ」と嬉しそうに呟いた。それには曖昧に頷いておいて、碧の先導に従って歩いた。



「つわりの時期は終わってね、今は安定期なの」

 俺に付いて歩かなくなった上に安全な屋内で過ごしているから、体が鈍って仕方ないと嘆く。安定期とはいえ日に数里も移動する旅には同行させられないので返答に困るが、ある程度動ける今のうちに里へ帰らせたほうがよいかとも思案する。走れば数日、歩いても二週間ほどで着けるだろう。
 それはさておき、ソファに腰掛けた碧の隣に、提げていた紙袋を置く。その中へ手を入れ、上品で風雅な赴きの黒い呉服箱を取り出す。

「それなぁに?」
「上着だ」

 碧の少し膨らんだ腹にぶつけないよう気を付けながら、膝の上へ箱を乗せる。開けても良いか窺うように俺の顔を見上げる碧に、ゆっくりと頷き返す。
 艶のある黒い蓋を持ち上げ、中を見る。
 丁寧に畳まれた衣服の、一点。それを目に止めて、碧はしばらく呆然としていた。

「本当はもっと早くに、こうすべきだったな」
「…………」

 俺の言葉が耳に届いているのかいないのか、蓋をそっとソファの上に置き、おそるおそる、それに指先で触れた。

「家紋……」

 赤い地紙に白い柄の、丸い団扇を象った紋。
 青藍に染められた布地の胸元に、控えめに、しかししっかりと刺繍されている。点字でも読むように、その凹凸が本当にそこにあることを、指でなぞって確かめていく。

「そこだけじゃない。袖口にもあるぞ」

 それに、はっとしたように慌てて服を取り出し、広げて持ち上げた。
 俺の立ち位置では掲げた服に隠れて、碧の顔は見えない。服の背面は青藍一色で曇りなく、なめらかな生地が穏やかな印象をもたらす。碧が見ている前面も同じく青藍一色だが、袖口だけ白く遊びの色になっている。その両の袖口と、胸元にだけ、見せびらかさないよう、しかしいつでも確認できるよう、家紋をあしらった。
 碧の性格からして、背中に大きな家紋を背負うのは躊躇いがあり勇気の要ることだろう。そして自分の目に入らない位置だと不安に思うか自信をなくすかしてしまう可能性を考え、目に届く箇所を選んだ。そしていつでも羽織れ、長く着続けられるようにという願いも込めて『上着』にしたのだ。
 碧の手元にこうしてひとつでもあれば、その服にあしらわれた家紋を見本として、いつでも呉服屋に注文できる。これからは、自分の服に好きなように家紋を付けていくといい。
 しばらくまじまじと、広げた上着を見上げていた。やがて膝に下ろして、しげしげと見下ろしている。きっと色々考えているのだろう。小さく開いたままの口から、感嘆の息が細く吹き出る。
 すると不意に、唇をくっと閉じた。

「ん、」
「どうした」

 碧が突然声をもらし、腹を抱えるような仕草をした。痛いのか、苦しいのか、と心配して一歩近寄り、膝を突く。

「うごいた」
「!」
「ぼーっとしてないで何とか言えって、怒られたみたい」

 腹に添えた手を撫でるように動かし、笑ったように言いながら、涙をこぼした。

「碧……」
「そっかぁ……“うちは”なんだ、私……」

 しみじみとそう呟いて、頬を滑る涙を拭う。

「ああ、そうだ」

 肯定を返しながら腰を上げ、次いで碧の左隣に腰掛ける。碧の膝に置かれた上着の家紋にほんの一瞬目を落とし、それを見つめる碧を見て言う。

「うちは碧と、その子だ」

 かつて平らかだった碧の腹が、今は控えめながら弧を描いている。碧の胎内に子どもが居るということを情報として知っていながら、こうして膨らんだ腹を実際に目にするまではどこか夢物語のように感じていた。そしてそれは、碧も同じだったらしい。

「ふふ、お腹の中からの衝撃で、一気に現実味を帯びちゃった」
「今も動いてるのか?」

 うーん、と考えるような声を出し、医学的に正確なことを伝えようと話す。母体が認識していないだけで、度々手足を動かしたり寝返りのようなこともするらしい。今回は動いたことが判るほど強く当たっただけ、とのこと。
 添えた手のひら全体をセンサーに、胎内の動きを知ろうとする碧。
 その姿は、子を慈しむ母、そのもので、俺はなんだか、とにかくじんと来てしまった。

「…………」
「ねぇサスケくん」
「……なんだ」
「男の子か女の子、どっちだろうね」
「……さあな」
「どっちでもうれしいね」
「……ああ」

 碧の肩を抱き寄せて、ぼんやりとした相槌を打つ。
 性別は調べればもう判る時期だが敢えてまだ調べていないだとか、俺が知りたいならこれから調べてもいいだとか、名前を考えるなら性別は判っているほうがいいだとか、大事なことを話していることはわかるのだが、今は胸がいっぱいでそれどころではなかった。
 遠くない未来、碧が産まれた子とともに、木ノ葉の里にある俺たちの家で、帰りを迎えてくれるようになるのだろう。
 二人とも、うちはの家紋をその身に着けて。



(20220318)


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