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お月見とお団子


 母さんは昔から、月を見るのが好きだ。
 縁側に座って見上げていたり、ベランダへ出て見上げていたり、歩きながら見上げていたり。とにかくよく月を見上げている。

「サラダー、お月見団子作ったら、食べる?」

 昨日そう聞かれて、うんと頷いた。そして今目の前に、二人分にしては多い量のお団子。プレーン団子と、餡団子。

「母さんさぁ……」
「明日、卸し先の人たちに配るから大丈夫」

 私が呆れた声を出すと、その先を遮るように言い訳の言葉を並べた。一日くらいは持つだろうけど明日にはもう満月じゃない。
 今夜は満月で、秋の中頃、一年で一番綺麗に月が見える日だ。幸いよく晴れて、月見を邪魔する雲もない。
 二人分をお皿に分けて、いそいそと縁側へ向かった母さんは、本当に楽しそうにしている。私もそれを追うようにお盆でお茶を運んだ。


「なんでそんなに月が好きなの?」

 うんと小さい頃に、同じような質問を投げ掛けたことがあったように思う。だけどどんな返事だったのか忘れてしまった。だから改めて、疑問を口にした。
 母さんは口に入れたお団子をもぐもぐと噛みながら、うーんと考えるように声をもらす。縁側廊下から庭へ下ろした足をぷらぷらさせて、まあるい月をまた見上げた。

「“とっても綺麗”で、素敵じゃない?」
「……まあ、そうだけど」

 普段はほとんど動くことがない表情筋が、月を見ているときにはよく働く。にこにこと両頬は引き上げられて、唇は弓形に弧を描き、目尻にしわが寄る。
 私に向けるものの五割増し嬉しそうな笑顔で月を見るものだから、たったそれだけの理由では納得できない。

「絶対、それだけじゃないでしょ」

 思ったより不機嫌な声になってしまった。お茶を飲んで誤魔化す。

「でもなー。話すとドン引きされそうだからね。話しづらいな」
「え」

 なにそれ。それ言ったら、もう話す流れにならない?
 そういうことって、普通は口に出さずに胸にしまっておくものだ。小説でもテレビドラマでも現実の人付き合いでもそう。だけど母さんはそれを口にしてしまう。
 なんだかなぁ、と思いながら餡団子をぱくり。お店で出されるお団子のレシピをそのまま作ったのかってくらい美味しい。

「余計聞きたいじゃん、そんなこと言われたら」
「あ。そうだよね。しまったなぁ」

 どうやらわざとではないらしく、尚更呆れた。うっすら思ってたけど、母さんって会話が下手かも。

「平たく言うとね。あなたのお父さんを思い浮かべて見てるんだ」
「……父さんを?」
「そう」

 アカデミーの頃、一度だけ会った、あの人。真っ黒で、七代目と同じくらい背が高くて、七代目とは真逆の鋭い空気を纏った、強い忍。
 母さんから散々「大事な任務に就いている」「今も私たちを守ってくれている」「とても立派な忍」「優しい」「神様」などなど、ちょっと過剰な高評価を聞かされていたけど、抱いていた印象とはだいぶ違う人物だった。ていうか『神様』ってなに。

「ナルト君……七代目が太陽のように里を照らしているのと対になるように、サスケくん……お父さんはお月さまみたいに静かに里を守ってくれているんだよ」

 真っ暗なはずの夜空に煌々と輝く月。太陽が隠れる間は、月明かりが差す。
 母さんはまたにこにこしながら月を見上げている。言っていることは嘘ではなさそうで、五割増し笑顔の理由もそのまま「父さんを思い浮かべているから」なんだろう。

「(……月光って、太陽光を反射してるだけだけどね)」
「今は何してるのかなぁ。悪い敵をばったばったと退治してるのかな」
「雑なイメージ」

 団子を口に放り込んで、もっちもっちと咀嚼する。水分が軒並み奪われてしまったので、あたたかいお茶をずぞぞと啜った。
 私の不機嫌あらわな態度に、母さんがこちらを見る。

「お父さんのこと、嫌い?」
「! ……そんなんじゃないよ」
「あれ? うーん、違うのかぁ……」

 じゃあお団子が美味しくなかった? それとももう眠い?
 母さんは私の不機嫌の理由を問いただすけど、私は無視して次のお団子を頬張った。なんでわかんないかなぁ、とイライラしていたから。

「いつかお父さんの任務が終わったら、一緒に暮らせる日が来るよ。そうしたらきっと、サラダにもお父さんを大好きになってもらえるから」
「…………」

 確信を持った言葉に、母との思惑とは逆にむっすりと拗ねたような気持ちになってしまう。
 任務のためだからって全然帰ってこない父さんを、手放しに大好きだと思える母さんが恨めしい。一度だけ帰って来た日に三人で撮った写真を見る度、次に会えるのはいつか、と考えようとしなくても考えてしまう。こんなに父さんのことを大好きな母さんを長い間ほったらかしにして、父さんはなんとも思わないんだろうか。
 居ないくせに母さんに大好きだって思われてる父さんのことが羨ましくて、憎らしい。

「母さんは、なんでそんなに父さんのことが好きなの?」
「えっ」

 私の質問に、母さんはうーんと考えた。これも前に聞いたことがある質問で、その時は「優しいから」とかそんなようなありきたりな答えだったと思う。

「そうだなぁ……“単純接触効果”、ってサラダは知ってる?」
「え。……まさか一緒に居る時間が長かったから、とかそんな理由ってこと?」
「わ、すごい。よく知ってたね」

 図書館で本を読み漁っているときに見つけた単語。簡単に言うと『繰り返し接触すると好感度が上がる現象』のこと。
 それを理由にするなら、誰のことだって好きになって良さそうなものだ。そう考えていると、説明するように母さんが話し出す。

「母さんは小さい頃ね、ずっとひとりで居るような子だったわけ」
「……うん、想像つく」
「今でもほとんどそうだからね。でも『ひとりぼっち』が好きなわけじゃなかったし、家族も友達も居なくて、すごく寂しかったんだ」

 どちらかと言えば気味悪がられて意図的に距離を置かれてしまうタイプだった、と母さんは語る。クラスにひとりは居る、暗くて話し掛けづらい子。周りが避ける態度を取るとますます近寄りがたくて、どんどん孤立してしまう悪循環を起こす。

「そんなとき、サスケくん……サラダのお父さんが話しかけてくれてね。お父さんはアカデミーの女の子の憧れの的だったし、同学年の中では飛び抜けて優秀で、要するに高嶺の花みたいな存在でね。そんな人が向こうから関わってきてくれて、びっくりしちゃったなぁ」
「……」
「それからは、ずっとずっと一緒に居てくれて、……ずぅっと優しくて……お月さまみたいに、私の世界を優しく照らしてくれたんだよ。それで……ふふ、いつの間にかこんなに大好きになっちゃった」

 あの不器用の塊みたいな人が、昔母さんみたいな大人しい人に猛烈アタックしていたなんて、意外も意外。どちらかといえば母さんのほうから父さんを追いかけていたと思っていたから、二倍意外だ。

「じゃあ、こんなに長い間離れてるんだから、嫌いになってもおかしくなさそうだけど」
「ええ? あはは、大丈夫。父さんはいつも、“ここ”に居るから」

 母さんは自分の胸に手を添えて、自信満々にそう言った。
 だけどそれって、亡くなった人によくやる文句のようで、なんだかおかしかった。マンガでよくある、『死んだアイツの魂は俺たちの中で生きている』、みたいな。

「いつも心で繋がってる。だから毎日一緒に居るみたいに、今もちょっとずつ好きになってる、かもね」

 母さんの中で、父さんとの思い出が美化されている可能性もある。美しい思い出を月に投影でもしてるのか、また満月を見上げてにこにこしている。
 あーあ、バカらしい。ここに居ない人と張り合おうなんて土台無理だ。
 母さんはすっかり手を止めているから、代わりにお団子を食べていく。だけど私もそろそろ限界。晩御飯の後にいっぱい食べるもんじゃないな。

「美味しい?」
「美味しいよ。多いけど」
「よかった」

 にこにこ、月に向けていたままの笑顔を、こちらに向けている。やけに機嫌がいい。月が綺麗だからだろうか。



(210921)


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