火影室 「失礼します」 火影室の扉をノックし、声を掛ける。扉をほんの少し開けた後、足元に置いていた箱を両腕で抱え、肩で扉を押し開く。 「頼まれてたスタミナドリンク、持ってきました」 「おお、碧。わりーな」 いつも通り疲れた様子の七代目。もとい、ナルト君。チャクラを分割してしまう影分身をいくつも作って、それを消えないよう遠隔コントロールしながら、様々な業務を行っている。こんな、常人ならまず真似できないことを延々とし続けていれば、いくら丈夫でスタミナのある九尾の人柱力といえど、体を壊す。 「……医者として忠告しておきますけど、あまりこれに頼らないでくださいね。2日に1本まで。これを厳守してください」 「ああ、助かる」 「……」 話半分。書類に目を落としながらの生返事。すでにもう、限界が近そうだ。 部屋の隅に栄養剤の箱を置くと、執務机に近寄る。書類に影が落ちたことに気付いて顔を上げたナルト君の、顔色をよく見る。 「…………」 「……んな心配そうな顔すんなって。大丈夫だ」 「いえ。ダメです。目元に張りも無いし、隈ができてる。目も充血してますし、唇も色が良くない。すぐに休むべきです」 「そういう訳にいかねえんだ。忙しくてな」 「……」 手元の書類を見れば、今度の中忍試験についてのものだった。昔に比べて各国間のやり取りはスムーズになったものの、平和な時代が世間の目を厳しくさせている。設備の詳細や、試験内容の最終チェック。全て手を抜けない大事な仕事ではある。 「……くれぐれも、ご自愛ください」 「ああ」 本人は大丈夫と吹いたが、あれはもう、今日明日にでも倒れる。だけどこの様子では、私がこれ以上言ったって聞かないだろう。 踵を返そうとして、ふと、ある書類に目が留まる。 「“科学忍具”……ああ、あの『他人の術を使える忍具』、試用まで行ったんですね」 「ん、ああ……それなぁ」 その話題は好きじゃない、という風に、顔をしかめて頭を掻く。ナルト君は特に努力の人だから、ああいうのは好まないのかもしれない。 私個人としては、とても面白い忍具だと思う。術を封印してそれを口寄せするという発想。非常に小型化されており小手として装備できる利便性。そして最も注目すべきは、使用者に口寄せの技術も多量のチャクラも必要としないため、忍術を不得手とする者や下忍以下の戦力が単純強化される点だ。 「中忍試験に使用許可を、なんて言われたが、ダメだ」 「え、もったいない」 これはもう、『火影様』が好もうが好まなかろうが、いつかは実用化する道具だ。そのくらい、彼が懸念する事項よりも利点のほうが 「試験は忍を育てるためのもんだ。趣旨に反する」 「そう? 本来使えないはずの忍術をどの場面で使用するかの判断力や、それへの臨機応変な対応を評価すれば……」 「碧。そういう問題じゃない」 厳しい声音に、まあ叱られるだろうと分かってはいたので、肩を竦めて見せる。 「やっぱり?」 「……はあ。そういうとこ研究者肌だよな。新しいもの使いたがるっつーか、合理性求めるっつーか……」 呆れたような辟易したようなため息。すでにそういう科学者に何度も困らされている、というニュアンス。大方、科学忍具班の班長にしつこく宣伝されているのだろう。自分の研究の成果を誰かに認めてもらいたい気持ちは分かるもの。 私も言いたいことは自由に言わせてもらったので、満足してドアへ向かう。 「あ、そうだ」 「うん? まだ何かあんのか?」 「あっ、……あー、えっと、やっぱり言わないほうがいいかな」 「?」 「なんでもないです。では、失礼しました」 鷹が運んだ文で「戻る」と報せがあった。だけど他人に知らせるほどの用があるわけではないかもしれない。早とちりで大事にしてしまうよりは、きちんと本人から出向いたほうがいいだろう。そう思い、言葉を飲み込んだ。 心なしか軽い足取りで廊下を歩く。報せのお陰で徹夜の眠気も吹き飛んだし、なんだかハイだ。 彼の帰りを歓迎するような、美味しい料理を作って待とう。今日は財布の紐を緩めて、ちょっぴりいい食材を買ってしまえ。 鼻歌までもれ出してしまいそうなほどうきうきした気分で、火影の屋敷を後にした。 [←] [→] [絵文字で感想を伝える!(匿名メッセージも可)] [感想を届ける!] |