×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

[]      [
48


 サスケ君は誰のものでもない。
 ましてや、あんな暗くて地味で気味の悪い女のものなんかでは、断じてない。
 許さない。
 許してなんか、やらない。



「……今日のは随分と気持ちがこもってるなぁ」

 朝一番に教室に着くと、私がいつも座る席である窓際の最後列の机に、赤い彼岸花が派手に散らかされていた。恨みを込めるように殴り潰し、引きちぎり、花弁と茎とがぼろぼろに撒き散らされていて、机には汁がこびりついている。彼岸花には毒があるので、念入りに掃除しておかないと後でお腹を壊すかもしれない。

「(薬にもなるものなのに……)」

 鞄を置こうと椅子を見下ろすと、乾燥した菱の実がばら蒔かれていて、足元にまで転がっていた。わあ、これは大変だ。サスケくんが来る前に片付けないと。
 金属のまきびしではなく菱の実を使うあたり、お金のない学生を思わせる。当然同級生の仕業であろう。よもや下級生や上級生ということは……あるかもしれないけど。
 サスケくんは人気者だからなぁ。本当に私には勿体ないほどの聖人で、神様で、だからこそ私には必要な存在でもある。

「……ごめんなさい」

 無意識に口を突いて出た謝罪の言葉。いつだってずっと思っていることだ。ごめんなさい。ごめんなさい。
 サスケくんに言わせれば、私が謝ることではないのだろう。だけど私がのろまで愚図の薄気味悪いヒョロガリ女であるのは事実で、神木に巣くう害虫であり、処分されるべき汚物であることも間違いのないこと。だから心の中ではいつも謝っている。

 教室後方、つまりすぐ後ろに設置されている掃除用具入れから、ちりとりとぞうきんを取り出す。
 乾いたぞうきんで、先に菱の実をちりとりに乗せていく。布に引っ掛かった菱の実を摘まみ取る時に指先を刺したりはしたけど、血が出るほどではない。
 それから彼岸花の残骸をぞうきんで机の端に集めて、ちりとりにまとめて乗せた。どこのゴミ箱に捨てようか。教室のでもいいかな。黒板に程近い場所に設置されたゴミ箱へ向かうべく、窓際列と中央列の間にある階段状の段差を降りる。

「!」

 一段半降りたところで何かに躓いて、咄嗟に側の机に手を突いた。ちりとりの中身はぶちまけてしまったけど、辛うじて転ばずに済んだ。
 足元をよく見ると、つや消しされたワイヤーが張られている。まさか。そんなことまでするのか。他の人が引っ掛かったらどうするのだ。

「……い、たぁ」

 ワイヤーに引っかけたすねが、細く切れて血が出てきた。これに毒でも塗られていたら死ぬところだ。
 今手元にクナイや手裏剣を携帯していないので、鞄に取りに戻らねばならない。だけど散らかした菱の実や彼岸花も片付けなければ危険だ。どちらを先にすべきか一瞬迷って、ワイヤーを切るのを優先する。鞄を置いた自分の席のほうへ行こうと身を翻したとき。

「なあ桜庭」
「!」

 目の前に人が立っていて、しかも声をかけられて肩を震わせた。びっくりした。
 そろりと見上げて一瞬だけ顔を確認する。サスケくんじゃない。男子。もしかしてこの前屋上前階段を掃除しているときに声を掛けてきた人だろうか。おそらく。自信はない。
 前を塞がれて、クナイを取りに行けない。相変わらず用件が不明なので、怖いし、私を視界に入れないでほしい。
 目も合わせず、近付かないように窓際列の席の間を通って奥の階段へ移動し、自分の席へ回り込む。鞄からクナイを取り出してすぐに現場に戻り、ワイヤーを切断する。ひとまず良かった。
 安堵していると、無視されたのに腹が立ったのか低い声が背中にかかる。

「お前、こんなことされてなんとも思わないのかよ」
「……」

 どの口が言うのだろう。
 相変わらず、『謝罪した=許された』と思っているのだろうか。ついこの前許さないと告げたのに、人の話を聞かない人だ。
 物理的な苦痛と、精神的な苦痛。どちらがより悪いというものではない。された時点で一律に悪だ。

 念のため他にもワイヤーが引かれていないか確認しに一番下の段まで降りて、それから散らかした地点に戻る。ああ、サスケくんが来るまでには間に合わないだろう。

「……彼岸花、毒があるから、落ちたところには素手で触らないほうがいいよ」
「何の話だよ。今はお前の話をしてんだろ」

 せっかくの忠告を聞き流されて、嫌いな人への親切を後悔する。うっかりお腹を下せばいいんだ。
 彼からできるだけ距離をとって背を向けてしゃがみ、散らかった菱の実をちりとりに集める。彼岸花はいっそこのまま散らかしておいてやろうか。そのほうがどこが危険か分かりやすい。

「サスケなんかの、どこがいいんだよ」
「……」

 唐突な疑問の投げ掛け。どこがって、いいところしかないくらいではなかろうか。彼は人を見る目がない。
 少なくとも彼のように、無闇に他人を傷付けることは言わない。言うときは現実を辛口に発しているだけだ。
 乾いた菱の実の硬い先端が指先に刺さる。

「アイツの修業中の顔見たことあんのかよ」
「……」
「あんな、『人殺し』のために生きてる奴、ろくなことになんないぜ」

 ならばアナタは。
 人殺しも考えていないのに、死ねだのなんだのと、その口から吐いていたのか。
 呪いだの、ゴミだの、ヤツだのと、およそ人扱いしない言葉を吐いていたくせに、それは『人殺し』ではないのか。
 その蔑む言葉によって私に『死』を過らせたとは、ほんの少しも想像していないのだろうか。

「だから、」
「『人殺し』のために生きて、何が悪いの」
「、」

 菱の実を拾うのを中断して、床に向かって吐き捨てる。
 胸の内側から、黒いよどみが喉を昇ってくる。

「サスケくん以外に『人殺し』を考えてる人が居ないと思ってるの」

「本気で人を殺したいと、思ったこともないの?」

 吐き出して、吐き出して、目の前が毒で穢れていく。

「あたしはあるよ」

「本気で殺してやりたいって、思ってる」

 黒く濁ったよどみが言葉になって口から出て、初めて自覚したように思う。
 そうか。私は殺してやりたいんだ。


 私をこんなにも汚いものにした、あの男を


 わざと菱の実を手のひらに刺して、痛みを得る。そう、こんな風に、アイツの腹にクナイを突き立ててやるんだ。そのままねじって、えぐって、切り裂いて。嫌悪をもよおす下品な垂れ下がりは、縦横に裂いて裏返しにしてやる。袋も分解して順に口にねじこんでやる。
 殺してやる。殺して、殺して、殺して、それから殺してやる。


「碧!」
「!」

 かけられた大声に、ビクリと体を震わせた。
 ぐいと肘から手を引き上げられて、その時やっと、菱の実が深く突き刺さった手のひらから、ぼたぼたと血が出ていることに気が付いた。とても痛い。

「なにやってんだこのバカ!」

 そう言って私に怒っているのはサスケくんで、ああしまったタイムリミットだ、とまず思う。

「……ええっと、片付け……?」
「ただの片付けで自分から怪我するような真似するわけないだろう」

 サスケくんが振り向いて睨み付けているのは、件の男子。サスケくんは彼が何かしたと思っているようで、これでもかと鋭い眼光を向けている。

「この菱の実はその人の仕業じゃなくて……」
「……お前、おかしいよ。気色悪ぃ」
「……そうですか」

 今さら君に何を言われてもどうとも思わない。
 サスケくんはまた今にも殴りかかりそうな形相でいるけれど、私の右腕を掴んだままの手を引っ張ることで制止する。そんな、想像力の欠如したどうしようもない人を、わざわざサスケくんの手を痛めてまで殴ることはないよ。

「……保健室に行くぞ」
「うん……あ、でも片付けないと」
「そんなもん誰かが勝手にやる。いいから行くぞ」

 ぐいぐいとサスケくんに腕を引かれて、それに従うようにして立ち上がる。散らかり放題の菱の実とぐしゃぐしゃの彼岸花で、階段は大変なことになっている。はあ、まあ、いいか。こんな危険物を持ち込んだのは私じゃないし。
 サスケくんと、A君の横をすり抜ける。そういえば、言い足りないことがあった。
 階段を上り終えたところで少しだけサスケくんに待ってもらって、名前も知らない彼に向けて喋る。

「えーっとね」
「?」
「サスケくんはね、こうやってあたしを『人間』扱いしてくれるの」
「……」
「たしかにあたしはサスケくんとは釣り合わないけど……サスケくんと離れたら、あたしは人間でいられないから」

 たとえば存在を否定されたり。たとえば人でないもの扱いされたり。たとえば死を願ってしまったり。放っておけば、私は害虫や汚物に成り下がり、いつかは自ら命を断つ。
 私がこうしてヒトのかたちを保っていられるのは、『害虫ではない』『汚物ではない』と、否定してくれるサスケくんのおかげなのだ。でなければとっくに、私は生きることをやめていただろう。
 私にとってサスケくんは、暗い暗い闇を照らす、唯一の光。

「あとはまあ、サスケくんは、あたしが一人で片付けてるのを見たら、一緒に手伝ってくれる人だよ」
「……!」

 サスケくんが私の怪我に気付いたのは、たぶん、そばに来て私が何をしているのか確認して、必要なら手助けをするためだった。ちらりとサスケくんを窺い見れば、何を当たり前のことを、という険しい顔をしている。私の『人間でいられない』という言葉が引っ掛かっているのだろうか。
 A君は、かあっと顔を赤くして俯いてしまった。私が私への嫌がらせを片付けるところを、ただ傍観していたことを恥じる気持ちはあるらしい。そんな思いやりの心が足りない人に、こんなに素敵なサスケくんを適当な言葉で否定する権利なんて、無い。
 本当に彼は、何を考えているのだろう。当事者の一人でありながら、遠巻きに眺めて、中途半端に同情して、他人事のように私とサスケくんを否定して。嫌いでしかない。

「もういいか。早く行くぞ」
「あ、うん。ごめんね」

 焦れたようにサスケくんが言ったのに、振り向いて返事をする。その時、すねの切り傷がズキリと痛んで、足がよろけてしまう。

「、お前足も怪我してんじゃねえか」
「あ、そうなの」
「そうなのじゃねーよ」

 早足か、いっそ駆け足で保健室に向かおうとしていたのを、それを見て押さえてくれる。助かります。今になって痛みが強くなってきました。サスケくんが来てくれて気が弛んだのかな。

 鞄も回収して教室を出るとき、誰かとぶつかりそうになる。サスケくんはそれを寸でで避けて、私のことも腕を引いて避けさせた。
 廊下にはそこそこの人数の生徒がすでに居て、登校ラッシュの時間になっていることに気付く。思ったより長く話してしまったんだなぁ。

 今日の嫌がらせはさすがにあからさま過ぎた。エスカレートしてきていることは明らかで、当然先生の耳にも入るだろう。
 ここまで憎悪が高まっているとは思っておらず、先日の『様子見しよう』という態度は呑気過ぎたかもしれない。
 だけどこれってどうしたらいいんだろう? 精神的ショックを受けた態で数日休めば、満足して大人しくなるだろうか。それともそんなことをしたら余計に調子に乗らせてしまうだろうか。
 嫌がらせ犯の心理なぞ到底解るわけもなく、結論は出ない。手のひらにざっくり刺さったままの菱の実は、今も私から血を流させていて、誇らしそうに尖っている。



(191111)


 []      []
絵文字で感想を伝える!(匿名メッセージも可)
[感想を届ける!]