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それは祈りにも似た


 近頃碧の様子がおかしい。本調子でないというか、とにかく元気でないことが多かった。俺の前ではあまりそういう素振りは見せないようにしていたが、とうとう食欲までなくなったようだった。

「……本当にいらないのか」
「うん……」

 川魚を焼いただけの食事。米は昨晩で食いつくした。その前は山菜スープ。いずれも碧は一口も食べなかった。
 バチバチと火の粉を散らす焚き火を前に並び座り、碧は色の悪い顔を隠すようにフードを被っている。
 夏が過ぎ、少しは涼しくなったものの、まだ残暑に苦しめられる日はある。今日がそうだ。いくら食欲がなくとも、飲み水だけでは身体が持たない。
 俺が焼き魚に手を付けずに、窺うように碧を見ていたからか、碧は説明するように自分から話し始めた。

「自分でも色々調べてみたんだけど、菌でもウイルスでもないみたいで……」
「……」
「内臓系は、調べるには施設が必要だし……これ以上はどうにも……」

 短くなった髪をいじるように、フードの中に手を入れる。唾液、鼻奥粘膜、血液、排泄物。いずれも病気発見には至らず。あとは外科的調査だが、体調不良でチャクラコントロールもままならない現在、自分の身体へチャクラメスを入れるのは自殺に等しい行為。できるわけがなかった。

「……分かった。ひとまずアジトへ行くか」
「……アジト? って、大蛇丸の……?」
「ああ。香燐の居るところがいいだろう」

 大病院のある町を探すよりは早いだろう。そう結論を出し、串刺しの焼き魚を碧へ差し出す。

「一口でもいいから食え。明日は歩くぞ」
「う、……ええと、本当にいらないの。また吐いちゃうから……」
「……“また”?」
「あっ」

 どうやら隠れて嘔吐までしていたらしい。気付かなかった俺も俺だが、隠されるほど信頼がないだろうか。……いや、心配を掛けまいとしただけか。昔からお互い、自分の不調はなかなか報告しないな。
 気まずそうに俯く碧から、差し出していた焼き魚を引き戻して一口かじる。少し焼きすぎたか、焦げて苦い。

「……ともかく、体調不良の程度はきちんと把握しておきたい。意味は分かるな」
「ごめんなさい……」

 気軽に病院に行けるような旅路ではない。医者の不摂生というが、碧は自身の体調を管理できているつもりなのだろうか。夜更かしは多く、食事は少量、半サバイバル生活のため栄養の偏りもある。お互いの体調を把握することは、命の危険を避けるためにも必要なこと。この心得は、忍として基本中の基本だ。
 俺のことはよく見ていても、自分のことは疎かにしている可能性が高いとは思っていた。しかしどうやら、当たっているな。

「、……ごめん、ちょっと用足してくるね」
「……」

 そう言うと立ち上がり、焚き火の明かりがない草むらへと歩いていく。ふらふらとした足取りで、闇に紛れる直前、口を塞ぐように手を当てるのが見えた。……明日は移動に須佐能乎を使うとしよう。危急の事態だ。
 焼き魚を骨ごと噛み砕いて食べながら、揺れる炎を見詰めていた。





「碧!? お前、髪どーしたんだ!」

 アジトへ着くなり香燐が出迎え、開口一番そう言った。フクロウで夜の内に用件を伝えてはいたが、さすがに髪を切ったことなどわざわざ書くはずもなく、驚いた様子で碧へ駆け寄った。

「邪魔だったから切っただけだよ」
「邪魔ってお前……まあ、危険な目にあったとかじゃないなら……んバッ! べっ、べべ別に心配とかッ! したッ、てないんだッ! コノヤロー!」
「? うん、大丈夫。香燐さんは元気そうだね」
「……お、お前よりはな」

 やはり顔色が悪いのは一目で判るのか、香燐は俺に一瞥くれながらも余計なことは話さず、すぐに踵を返した。一刻も早く碧を検査してやりたいのは、香燐もそうらしい。カツカツとヒールを鳴らしながら、問診するように後ろ目に問いかける。

「“そう”なってどのくらいだ」
「えーと……三日か四日……」
「少なくとも一週間は調子が悪そうにしている」
「えっ、うわ、バレてた……」
「「お前な」」

 碧を咎める言葉が重なり、振り返った香燐と目が合う。照れくさそうにすぐ前へ向き直り、続けて問う。

「検査はどのくらいしてある?」
「血液検査と、唾液、鼻水、……あと排泄物と吐瀉物も異常なし」
「そうか……ならさっさと超音波検査やスキャンをしてみるしかねーな」

 香燐の歩幅へ合わせるように、碧は必死で大股歩きをしている。それを知らせるように「香燐」と呼べば、振り向いてすぐに気付き、歩みを遅めた。

「だ、大丈夫だよこのくらい」
「うるせーな、こういう時くらい少しは甘えろ!」
「ええ、お、怒られた……」
「当たり前だ! お前のチャクラ、ぐちゃぐちゃに乱れてんだよ。ウチに隠せると思うな」

 碧の態度に段々腹が立ってきたのか、香燐は目を三角にして碧を睨んだ。俺も同感であったので、助けを求めるようにこちらを見上げた碧に助け船はやらない。
 そうして検査機のある部屋の前に着き、中へ通される。碧はコートを脱いで椅子に座り、香燐も奥の事務机の椅子に腰掛けた。

「とりあえず聴診からやるか。サスケ、アンタは外へ出てな」
「分かった」
「念のため色々検査すっから、今日一日はかかる。結果が出るには数日か……ともかく碧はここへ泊まりだ。いいな」
「……はい」

 碧は観念したように返事をし、俺を振り返る。

「ごめんね。サスケくんは……あのー、『アレ』、アレやってていいから」
「……ああ」

 『アレ』とはおそらく、碧に詳しくは告げていない、俺の独自調査のことだ。何をしているかは知らずとも、俺のしていることに疑いを持たず、信頼して送り出してくれる。それに報いるためにも、早く何かしらの成果は上げたいものだが。

「香燐、何かあればすぐに報せろ」
「……フン、ウチはもう見当がついてんだが、それについて怒るのはちゃんと調べ終わってからにしてやるよ」
「?」
「怒る……?」

 しっしと追い払うように手を振られたので、それに従い部屋を出る。
 ひとまず、報せをすぐに受け取れるよう、異次元調査はやめにしておく。そもそも数日では大した痕跡発見もできなかろう。近場の町で装備を調達して時間を潰すとしよう。
 外套を翻し、石造りの廊下を歩く。重い病気でなければよいが、と少しだけ不安を胸に抱きながら。




 香燐に碧の検査を任せて数日、碧のフクロウによって帰還命令の文が届けられた。すぐにアジトへ向かい、半日経たずにたどり着く。輪廻眼が示す通りに、碧のチャクラがある方向へ石造りの廊下を歩いた。病気の如何によっては、今後の進退も考えなければならない。

 碧の居る個室の扉をノックし、返事を待たずに開く。どうせ中の二人はチャクラの感知ができるので、俺であることは判っているはずだ。
 ベッドと戸棚、それと椅子が一つあるだけの質素な部屋。そのベッドに座るようにしている寝間着の碧と、側に立つ香燐。

「サスケくん、おかえりなさい」
「ああ。結果はどうなんだ」
「えっとね……」
「……チッ!」

 そわそわと落ち着かなさそうな碧と、イライラした様子の香燐が対称的で、内心首を傾げる。碧を見る限りはあまり悪いことではなさそうだが。
 香燐は少し離れて、二人で話せと言うように、黙って壁に凭れて腕を組んだ。俺はベッドの側へ行き、座る碧を見下ろすようにする。興奮したように頬を赤らめた碧は、少し早口に話し始めた。

「あたし、病気の検査ばっかりしてて、すっかり失念しちゃってて、心配かけちゃったけど、大丈夫だったの」
「?」

 気恥ずかしそうにはにかみながら、要領を得ない話し方をする。とりあえず、病気でなかったことは良かった。ではなんなのか。
 碧の言葉を待つように見つめれば、座る自分の身体を見下ろすように俯いた。

「そう、病気じゃなくって……えっとね、えっと……」

 そっと、自分の腹に手を当てて軽く撫でる。その愛しそうな優しい手つきは、まるでそこに居る何かを愛でるようで。

「──!」

 俺が思い当たるのとほぼ同時に、碧は俺を嬉しそうに見上げた。


「赤ちゃん、居るんだって」


 目尻まで喜びに赤く染めて、弓形に細めた目と、緩やかな弧を描く唇から少し歯を覗かせて、そう言った。

 俺は見開いていた目をゆっくりと戻しながら、ふつふつと得体の知れない感情が沸き立つのを感じていた。喜びに似た、不安混じりの、感動のようなもの。碧の腹に、俺の子が……。
 気付くと手を差し出していた。その手のひらに、碧の手が重なる。それを軽く握り、膝を折って、屈みながら、碧の薄い手の甲を、己の額に押し当てた。

「そうか……」
「うん。性別とかはまだ分からないんだけどね」
「…………そうか……」

 上手く、言葉にならない。
 実感がまだないのは、もちろんそうだ。だけど、ようく凝らして感知をすると、碧の腹の中に、小さな小さな別の生命が在るのが分かった。それが、俺と碧の愛の結晶、だと。
 深く息を吐きながら、額に当てた碧の手の温度を感じていた。
 これからのことを、話さなくてはならない。

「碧」
「うん」
「お前はここへ残れ」
「うん」
「俺は……」
「うん、分かってる。旅を続けるんだよね」
「…………」

 あまりの物分かりの良さに、香燐だけでなく俺まで怒りそうになってしまった。すんなりと吐かれた承諾に、やや困惑すら覚えながら顔を上げる。碧は癖のように、短くなった髪を耳にかける仕草をして、あくまで穏やかな顔で俺を見下ろしていた。

「……すまない。俺には、」
「やることがあるんだよね」
「……ああ」

 俺の言葉を先回りするようにして、力強い信頼の言葉をくれる。有り難く思うと同時に、ほんの少し寂しくもあった。
 音もなく立ち上がる。いくら懺悔したところで、状況が変わるわけではない。

 香燐のほうへ振り向き、相当苛立った様子のそちらへ話し掛ける。

「香燐、」
「ああッ!?」
「……碧を頼む」

 俺がそう言えば、堪忍袋の緒が切れたように舌打ちをして、ツカツカと詰め寄り、胸倉を掴んだ。

「さっきから好き勝手なこと言いやがッて……! どういうつもりだテメーら!」
「……」

 赤い眼鏡の奥の赤い瞳をギロリと向けて、青筋を浮かべた般若の形相で俺を睨み付ける。

「妊娠したから置いていくだと……!? 避妊もしねェでやらかしといてそれかよ!?」
「……」
「“やることがある”だァ……? 妻も腹の子もほっぽらかしてやるようなことなんかあるかよ!? クソ無責任ヤローが……見損なったぜ、サスケェ!」
「!」

 激昂した香燐の体から金色の鎖が飛び出し、俺を締め上げる。チャクラごと縛られる感覚に、これが封印術の類いであることを悟る。

「大体なぁ、妊娠中の身体ってのは、めちゃくちゃ病気に掛かりやすいんだよ。旅なんかしてるくせに、考えなしに盛りやがって……バカヤローがァ!」
「ッ、」
「なんの病気も拾わなかったのは単に運が良かっただけだ! これはお前にも言ってんだぞ碧!」
「はい……」
「一歩間違えば、碧も腹の子も両方危険だったかもしれねェ! 分かってんのかァ!」

 碧はすでにこってり絞られた後らしく、大人しく叱られている。
 香燐の怒りはもっともだ。しかし俺は、これに屈服するわけにはいかなかった。
 長い赤髪が浮くほどのチャクラ。うずまき一族の末裔である香燐の封印術を振りほどくべく、チャクラを一気に練り上げる。封じられているのに無理矢理そんなことをするから、ビキビキと全身が軋むほどに負担がかかる。

「──うおおッ!」
「! チィ!」

 俺の身体を縛り上げていた金色の鎖を、須佐能乎が弾き飛ばす。無茶の反動で地に膝を突き、紫炎のチャクラはすぐに消えた。息を切らし、しかしすぐに立ち上がり、弾いて下がった香燐に顔を向ける。

「碧を置いていくのは、確かに無責任かもしれない。だが、それでも……俺はやらなければならない」

 碧の手を握っていた己の右手を見下ろし、その温度を逃がさないように拳を握る。
 俺には覚悟がある。一度は『革命』と称してまっさらにしようと思っていたこの世界を、この世界であるがままに、守ろうという覚悟が。この世界の未来に光をもたらすために、世界を影から支える覚悟が。

 拳を開き、マントの内側へ隠す。そして、俺の大切なものを託せる『仲間』に目を向けて。

「だから、“お前”に任せるんだ、香燐」
「! …………チッ」

 威勢が削がれたように舌打ちをして、背を向けた。納得はいっていないようだが、どうやら折れてくれるらしい。

「いいか、ウチは許してねェからな。くっだらねェことしてるようだったら、ウチがテメーをぶッ殺してやる」
「ああ」

 フン、と鼻を鳴らして扉を抜け、壊れるかと思うほどの勢いで閉めた。

 改めて碧へ向き直れば、反省した様子で俯いている。

「ごめんね……香燐ちゃん、すごく心配してくれたみたいで。サスケくんのことは怒らないでってお願いしたんだけど、聞いてもらえなくて」
「……フ、そうか」

 いつの間にやら、香燐の呼び方が変わっている。つい数日前までは『香燐さん』と他人行儀だったくせに、今は『ちゃん』だ。

「生理が来てないこと、頭になくて……。普段から普通に生理不順するから……」
「……いや、そのあたりはどうでもいいんだが」
「あれ、そう?」
「旅についてだ」

 腰を据えて話すつもりで、ベッドそばの椅子に座る。
 寝やすいよう寝間着に着替えている碧。点滴でも打ったのか、顔色は幾分か良くなっている。しかし原因が解ったとはいえ体調不良であることに変わりはなく、つわりが治まるまではこうして大人しくしておくのだろう。

 俺が旅を続けるという意思については、先ほど話した。しかしその理由については、曖昧にして、今までずっと語らずにいた。それを話そうと思う。
 一呼吸、静かに置く。そうしてから、碧を真っ直ぐに見た。

「俺の旅の目的は、大きく分けて二つある」
「……」
「一つは見聞を広めること。もう一つは、……調査だ」
「“調査”……」

 俺の旅は、贖罪。
 己の狭量な視野と、自己中心的な感情によって、『復讐』を成そうと憎しみを振り撒いた。
 だから一つは、世界を見て回ることそのものが、贖罪。俺が壊そうとした世界。兄が守ろうとした世界。そして今、俺たちが生きている世界。それが今の俺の瞳にどう映るのか、己の足で歩き、その身で感じ、知るために。
 そしてもう一つ。

「何についての調査かは、今はまだ言えない。言える日が来るのも、かなり先になるだろう」
「……」

 二年以上経って、未だにほとんど成果を上げられていない。確証もなく言いふらすには重すぎる俺の『気掛かり』は、今はまだ、ただの『杞憂』。そうであればいい。そう思いながら、それでも調査を続けている。この世界を脅かす可能性を、影ながら調べ、そして未来を守るために。それこそが二つ目の贖罪。

「今言えるのは、……“俺を信じてほしい”ということだけだ」
「ふふ」
「お前には無駄かもしれないがな」
「うん、もう信じてるもん」

 先ほども、一も二もなく送り出そうとしてくれた。口調もあっけらかんとして軽く、香燐からすれば軽薄な言動に見えただろう。
 しかし俺はこの二年、つい最近まで、碧が俺と離れることをこうまで快諾することなどなかったことを、身をもって知っている。

「あたしのことは心配しないで」

 だけど碧はそんな素振りを見せることもなく、明るく言う。無理をしているわけでもなく、ただ心からの微笑みを浮かべ、そっと胸元に手を当てる。

「離れてたって大丈夫。もう、“ここ”にあるんだもんね」

 俺も同じように、外套の中で胸に拳を当てる。
 俺の中にはお前の。お前の中には俺の。互いの魂を預けている。たとえどんなにか離れていたって、俺たちは次元を越えて共にある。そしてお前の腹の中には、俺たち二人の魂を分けた、新しい命が宿っているのだ。

「……ああ」

 熱の籠った相槌になった。

 席を立ち、出口へ向かう。俺たちの子が生きる未来に落ちる、小さな『影』。それを晴らすために、俺は行かなくてはならない。
 これからはより本腰を入れて大筒木の謎を調べる。碧に隠しごとがなくなった分だけ身軽になった心地で、扉に手を掛けた。

「サスケくん」

 外へ足を踏み出す直前に、碧に呼び止められる。視線を向けるように首を回せば、にこにこと嬉しそうに笑う碧。

「楽しみにしててね。元気でかわいい赤ちゃん、産んでみせるから」

 半年前に、「ちゃんと愛してあげられるか、育ててあげられるか」と不安そうにしていたのが、今や懐かしい。自信よりは、幸せな未来の希望に満ちている、碧の顔。

「ああ。楽しみにしている」

 心からそう答えて、目が細まり、口角が上がるのを感じた。大切なものが増える。大切な、家族が。

 薄暗い石造りの通路を歩く足取りが、より強い使命感を持って速くなる。
 俺は影に。お前たちに光を。





おまけ

「(“お前に任せる”、だって……!? あぁ、やっぱかっけェよサスケェ……)」

(181008)


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