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寂しいキモチ


 退屈な授業。眠い。テストも満点とはいかなくても大体9割取れるんだから、もう授業に参加しなくても良いですか、先生。


 寂しいキモチ



「帰りたい……」

 本当に『家に帰りたい』わけではないけど、そういう言葉が口を突いて出た。ここに居たくないという意味。
 先生が黒板の前で何か長ったらしい説明をする間、机に体を伏せって窓の外を眺める。ここに居ては、折角の散歩日和が無駄になってしまう。最近とても暑くなってきたが、今日はいつもより少し涼しいのだ。
 ぼんやりする眼、うとうとする頭、起き上がれない体。もう眠るしかない。
 どうせなら演習かなにかで外に出てする授業の方が良い。教室での授業よりずっと堂々とサボれるし。誰も私のことなんか気にしなくなるし。ああ、外に出たい。

「次の問題、桜庭、前に出てやってみろ」
「……」
「おい、聞いてるのか、桜庭碧!」
「……ぇ、あ、……すみません、聞いてませんでした……」

 担任の教師が怒った声で何か言っているな、という程度の認識しかしていなかったので、まさかそれが自分に向けてのものだとは思っていなかった。何で私を当てるんだ、今まで一度も当てたことなんて無かったくせに……。フルネームでまで呼ばれて、恥ずかしい。

 伏せていた体を気怠く思いながら起こし、黒板に書かれた問題を見る。『応用』と書かれているが、なんだ、コツさえ分かっていれば簡単な問題だ。

「ったく、早く前に来い」
「……はい」

 前か。前に行くのは目立つから嫌なんだけど、ここで他に余計なことを言う方が目立つかな。そう思って嫌々ながらも席を立ち、黒板に向かって階段を降りる。一番窓際の階段は少し狭い。机の端から誰かが足を出しているのを、欠伸をしながらひょいと跨ぐ。手で口を塞ぐ仕草で、先生の怒りのボルテージが少し上がった。それから後ろで聞こえた舌打ちの音で、私のストレスが少し蓄積された。

「バカモノ! 授業中に欠伸なんぞするな!」
「……えー……分かりました」
「分かったら早く問題を解け」
「はいはい……」
「返事は一度だ! ったく……」

 一々小煩い先生だなあとイライラしながら、白いチョークを取る。悪い人ではないんだろうけど、イライラしてる時にそんなに怒鳴らないで欲しいな。
 黒板にカツカツと答えを書き込んでいき、最後に見直して、チョークを置く。何で一々こんな問題解きに目立たなくちゃいけないのさ。面倒臭い。外に行きたい。

「これで良いですか」
「……んん、正解だ。模範解答みたいだな」
「戻って良いですよね」
「ああ。ただし、寝るんじゃないぞ」
「……」

 先生の言葉を聞き流しながら、席に戻るために階段を上る。行きとは違う、窓際の3列と真ん中の3列の間の階段。つまり自分の席に戻る時に、一瞬サスケ君の横を通ることになる。チラッとだけサスケ君の顔を窺えば、サスケ君もこっちを見ていて呆れた表情をしていた。小さく苦笑する。

 自分の席に着くと、早速上体を倒した。抑えていた欠伸をして、腕の中に顔を埋める。
 もう、眠い。寝たい。寝ます。
 おやすみ先生。それからサスケ君。あと、ひそひそ陰口を叩いている人たち。私は寝ます。おやすみなさい。
 そうして少しも経たない内に、意識は遠退き、別の世界に旅立った。






「よく寝るよな、お前」
「え、……そうかな」

 昼休みになって、あれから毎日来るようになった屋上一歩手前の階段で昼食を摂る。サスケ君はもうほとんど食べ終わったけど、私は今日は少し調子が悪くて、三口目を無理矢理押し込んだ所だ。食べる事を面倒臭いと思ってしまうのは、もう生き物としてヤバいんでないだろうか、とか思ったりする。

「……んー、……まあ、家じゃあんまりよく眠れないし……」
「そうなのか……」
「昨日も、ずっと浅かったし、……3時とか4時には目が覚めちゃって」
「……原因は分かってるのか?」
「え、……さあ……ストレスかな。不安とかかも……」

 原因なんて、ちゃんと考えたことなんか無かったから、少し適当に答えてしまった。でもあながち間違ってはいないだろう。学校で受ける細かなストレスや、いつ帰って来るかも知れない義父に怯えたり、一人で居る不安。諸々要因は有るように思う。

「……なんなら添い寝でもしてやろうか?」
「ぅええ!? そ、そ添い寝なんてそんなっ、」
「言ってくれりゃ、いつでもするぜ」
「うあぁ、そんな恐れ多い……」
「何だそりゃ」

 私の反応におかしそうにクツクツと笑うサスケ君。冗談にしても、心臓に悪い。ただでさえ暑い場所なのに、顔までこんなに熱くなっては倒れてしまう。お茶を一口飲んで、少しでも冷まそうと試みた。

「……まあ、本当に必要だったら、その時は言えよ」
「うっ、けほっ……、冗談じゃ……?」
「ない」

 急に少し真面目になって言うから、むせてしまった。もう一口飲んで、息を整える。サスケ君を見ればやはりさっきより真剣な顔つきをしていて、それに少し照れて目線を外した。サスケ君は端正な顔をしているから、そういう表情をしていると、それが良く分かる。格好良い。

「……一人で居るのは好きじゃないんだろ?」
「……う、ん。……多少時と場合にもよるけど」
「そりゃあな。……寂しい時は、頼りにしろよ。居ないよりはマシだろうからな」
「マシなんてそんなっ、……今だって、すごく……」
「…………」

 ポンポンと、優しい感触が頭にやってくる。温かい手。サスケ君の手は、とても優しい。心配してくれてるんだ。

 今だってすごく、嬉しいし楽しいし、寂しくなんてない。サスケ君が居てくれるだけで、私は寂しくなんかなくなる。サスケ君と親しくなる前は、食事だってずっと一人でしていた。
 朝も昼も夜も、どこに居ても一人で、『寂しい』が当たり前だったから、もう何が『寂しい』なのかもほとんど分からなくなっていた。感覚が鈍ってしまっていて、それでも時々酷く『寂しい』と思う時が有った。

 でも最近は、サスケ君と居る時は何ともなくて、サスケ君が居ない時だけ寂しいと感じるようになった。これが『寂しい』なんだな、というのがとても良く分かるようになった。まるで『寂しい』を知るために出会ったのかとも思えるくらい、夜はとても寂しくなった。
 以前よりもずっと『寂しい』をはっきり感じるようになったせいか、前より寂しいのかな、なんて、そんなことはないはずなのに、そう思うことが多くなった。家に一人きりであることに変わりはないのに、どうしてこんなに違うんだろう。

「……サスケ君が居ない時は、……ずっと寂しいよ」
「! ……」
「……でもそんなこと言ったら、サスケ君、ずっとあたしの傍に居なきゃならないよね」
「……」
「それはいくらなんでも困るよね。だからあたし、寂しくないよって、言うよ」
「っ……」
「寂しくないって、言うしか……」

 俯いて、どんどん視線が下がっていった。頭にのったサスケ君の手は動くのを止めていて、重く圧し掛かっているようにも感じた。
 やがて沈黙がやって来て、空気まで重苦しくなってきた。
 いたたまれない。逃げたい。
 その時、サスケ君の手が僅かに動いた。

「碧……」
「え、……!」

 名前を呼ばれて顔を向けた瞬間、頭に置いていた手が、私を引いた。視界が暗くなって、温かいものが体を包み込んで、膝の上に置いていたお弁当がずり落ちた。

「……サスケ、くん……?」
「悪ぃ、……俺も、そうだったんだ……」
「え……」
「……それを、お前が寂しいならって、すり替えて……」
「……」

 サスケ君が、私を抱き締めて、謝って、
 ……サスケ君も、寂しかったの?
 全然、そんな風には見えなかったのに。
 サスケ君も寂しかったなんて、
 ……考えもしなかった。

 サスケ君も、家では一人。私と何ら変わりない。それなのに気付けなかったのは、サスケ君は強いんだって、私が勝手に思い込んでたからだ。でもそう見えていたのは、サスケ君が我慢強くて弱い所を必死で隠していたからで、決して本当に強いからではなかったんだ。思い違いだったんだ。
 それなのに私ばっかり、自分は弱いんだ、助けて欲しいって叫んでばっかりで、サスケ君が同じ思いをしてるんだって気付きもしないで。
 最低だ、私、最低だ……。

「悪かった……。俺、自分ばっかで、お前のこと余計困らせるなんて、考えてなくて、」
「そんなこと無いよ、心配してくれてたのは、分かってるから、」
「けど結局は、お前の寂しさを利用して、お前から来るように仕向けて、俺の寂しさを紛らわせようとしてたんだ、ずるいやり方で、」
「でもっ……嬉しかったよ、冗談でも、嘘でも、利用したにしても、……傍に、居てくれるって、言ってくれたんだもん……っ!」
「……碧、ホントに、悪かっ、ごめん……っ」

 視界は真っ暗で、全然見えないけど、鼻を啜る音が聞こえて、サスケ君が泣いているんだと知った。私も罪悪感で胸が一杯になって、慰めてあげられないのが悔しくて、気付けば涙が溢れていた。サスケ君の胸のあたりだろうか、そこが私の涙で濡れていく。それと一緒に、私の肩の少し後ろのあたりに、じんわりと温かい液体が染み込んでいく。


 どんなに強がったって、どんなに背伸びしたって、何が出来たって、何を知っていたって、私たちはまだ子供なんだ。

 寂しいのは怖い。
 寂しいのは嫌い。

 だからどうにかしてそれから逃げ出したい。
 もがいてもがいて、それでもどうにもならなくて、仕方がないから寄り添って、誤魔化すしかないんだ。

 恐怖を消し去る術はない。
 恐怖を感じない力は手に入らない。

 そんな弱い私たちが泣くのを、誰が咎められるのか。
 ──きっと、神様だって止めやしない。



「……わり……泣いたりして、……ダセーな、俺……」
「ううん、そんなこと、全然ない」
「……それなら、良いがな……」

 ズビズビと音をさせながら、目を擦り鼻を擦り、泣いた痕跡を消していく。お互いの顔を見て苦笑して、それから笑って、安堵の溜息を吐いた。

「……嫌われてないよな」
「まさか、そんなことあるはずないよ!」
「……そうか。……良かった」
「あたしも嫌われて、ない?」
「ああ。当たり前だ」
「まだちょっと鼻声だね」
「仕方ないだろ」

 二人ともまだ鼻が詰まっていて、どうしても鼻声になってしまう。落としてしまった弁当を片付けながら何度も鼻を啜ったが、うまくいかない。もうすぐ昼休みが終わってしまうのに、このままではよくない。目も少し赤くなっているかも知れないし、実際サスケ君の目は少しだけ赤い。教室に戻ってこのことに気付かれてしまうとかなり不味い。どうしたものかと思案するも、良い案は浮かばない。

「……授業どうしよ」
「……サボるしかないんじゃねえか?」
「そう思う……? あたしもそれしか思い付かないよ」
「……サボるか」
「……そうしようか」

 サスケ君の口からサボるなんて言葉が出るなんて意外だ。目が合うとクスッと笑って、お弁当の包みとお茶を持って立ち上がった。サスケ君が試しに立入禁止の屋上のドアを押してみると、鍵もなく簡単に開いてしまった。また顔を見合わせて、サスケ君がニッと笑ったのを見て、頷く。少しだけわくわくして、サスケ君に続いて足を踏み出す。屋上前階段とは打って変わって、散歩日和の外はとても明るかった。



(20080104)


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