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喪失4/4(おまけ)


 右腕だけで抱き締めていると、碧が不思議そうに俺の左腕のあたりに手をやった。

「…………あれ、サスケくん、左腕……」

 まだ幻術が解かれてからそう時間が経っていなかったせいか、碧はまだ少しぼんやりとしていた。それでなのか、俺の左腕が無いことに、今ようやく気が付いたようだった。

「……え? あれ、うそ、なんで、」
「落ち着け」
「おち、落ち着け、ないよ、え、サスケくん、左腕無いよなんで、誰に、……っう、うわあーーん!」

 俺の記憶が封じられていた時に負けぬほどに取り乱した泣き方。泣き叫ぶのが癖づいてしまったのだろうか。

「や、やだアーっ! 、サスケくん、ケガ、うで、やァー、あーっ……!」
「碧、落ち着け。いいんだ、これは」
「よ、よぐない、よぐない……」

 俺にしがみついて、首を横に振りながら、嗚咽する。自分が酷い目にあったことよりも、俺の体が欠けてしまったことのほうがよほど悲しいらしい。

「……お前、その優先順位、もう少しなんとかならないのか」
「そんな、話、してる場合じゃっ、ない、うっ、えっく、」

 えーんえんと、自分の悲しみに忠実に泣く碧。慰めるように背中を撫でながら、内心で苦笑する。
 俺とナルトが全身全霊を懸けて闘った結果、お互いの腕が吹き飛んだ、などと今教えたら、ナルトの元へ飛んでいってぶん殴りそうだ。ナルトの右腕も無くなっているのにも関わらずに、だ。最悪殴ってから気付くだろう。

「あたし、あたし、が、ちゃんと居れば、う、うで、なんとかしたのに、」
「なんとかできても、俺は断ったさ」
「な、なんで、」
「だから、いいんだ。この腕は」
「…………ぅー……ずびっ、」

 納得いかなさそうに、眉間に深く皺を刻んだまま、鼻をすする。この様子だと、戦闘跡地に出向いて腕を探し出そうとすらしそうだ。しかし止めたところで行くだろうとは思うので、せめてどこで闘ったのかは俺からは言わないようにする。

「……なんか、サスケくん……ちょっと気持ちすっきりしたみたいだね」
「……ああ」
「…………あたしが居ない間に、色々あったんだろうね。よく見たら、左眼が輪廻眼になってるし……」
「……」

 今度は拗ね始めた。自分が蚊帳の外だったのが分かって、寂しいのだろうが。

「……ナルト君と何かあったの?」
「…………」
「サスケくん、黙りは肯定だよ」
「……その話は、また今度だ」
「、!」

 碧の額に、自分の額をコツンと合わせる。そうすると少し大人しくなって、頬を赤らめた。どうやらこれで誤魔化されてくれるようで、内心で胸を撫で下ろす。

 思えばこうした接触も、何年ぶりだ。
 ずっと捕らわれ続けていた強い強い憎しみから、解き放たれて、随分と気持ちが楽になった。
 俺が過去に行った拒絶や拒否の、全てがバカらしいとまでは言わない。その時その時の、本気の『俺の意思』であったことに違いはないから。

 だからこそ、心よりの謝罪の念を、籠めて。

「……碧」
「なぁに?」
「…………色々と、すまなかった」

 お前は、俺の『罪』そのものだ。
 必要のない里抜けをさせ、必要のない我慢を強い、必要以上の技術と知識を得させ、必要のない罪を重ねさせ、そしてそれを全て無下にした。この上無い、残酷な方法で。
 たったこれっぽっちの謝罪の言葉では、到底赦されるはずのない、仕打ちをしたのに。


「ふふ、さっき、全部ゆるしちゃったよ」


 お前はどうしてそんなに、…………。

 俺の懺悔を、軽々しく笑って一蹴する。少し脱力して、小さく溜息が出る。

「だって、サスケくんはあたしを、またひとりぼっちから救ってくれたじゃない」
「…………その状態にしたのも俺だぞ」
「えへへ、そうだね」

 合わせた額を嬉しそうにすり寄せて、最早全て水に流したと、幸せそうに笑う。

「サスケくん、謝る時に言ってくれたでしょ」
「……」
「大切だからこそ捨てようとした、でも殺せなかった、ってさ」
「…………」
「そんなこと言われたら、ふふ、そりゃあ嬉しくなっちゃうよ」

 そんな、俺の感情如何で赦せるようなことでは、無いはずだ。普通なら。

 赦さなくたって、いいんだ。一生涯赦さずに、俺をずっと後悔の念に縛りつけ続けたっていいのに。

「…………バカだな」
「うん、そうだよ」

 誇らしげに頷いて、俺に笑みを向ける。それをやや強く抱き寄せて、胸元に碧の顔を押し付ける。眉根を寄せて、目を閉じる。込み上がる熱いものがあふれるのを、見られるわけにはいかなかった。

「……サスケくん」
「……」
「泣いてるの?」
「………………聞くな、バカ」


 俺は恵まれている。
 俺がどれだけ愚かな選択をしても、どこまでも盲目的について来てくれるバカと、どうやってでも止めようとしてくれるバカが居る。
 俺は、恵まれているな。


「……碧」
「なに、サスケくん」

 俺は、自分の犯した過ちを贖うために、旅をする。今の自分の目に、世界がどう映るのか。俺に見えていた世界が、いかに狭量だったのか。確かめるために。

「…………また、俺について来てくれないか」

 その旅には、お前が必要だ。
 お前は、俺の『罪』だから。

 お前は少しきょとんとした後、何故そんなことをわざわざ聞くのかという顔をして、それから嬉しそうに答えるだろう。

「もちろんだよ」


 ああ、愛しい、俺の罪よ。




(160624)


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