冬休みデート 「明日、コートでも買いに行こうかと思うんだが、お前も来るか?」 サスケくんからのお誘いを断る理由はどこにも無い。 冬休みに入って数日。受験勉強の息抜きにと、サスケくん宅でのお鍋にお呼ばれして、その食後。私も流石に四年前に買った古い上着だけでは寒いと感じるようになってきたので、そろそろ新しくて暖かい防寒具が欲しいと思っていたのだった。(身長はあまり伸びていないから着るのには問題ないけど) 上着、手袋、マフラー、耳当て。色々揃えるにはたくさんお金が必要だから、今回はコートかジャケットか、それだけに目的を絞ろう。あんまり安いものを買うと来年には着られないようになるので、少しだけ奮発してしまおうか。記憶の中の通帳とにらめっこしつつ、どこまで行くの? と問うてみる。 「でかいショッピングモール、この前できただろ」 「そうなの?」 「そうなんだよ。だから行ってみようかと思ってな」 温かいお茶の入った湯呑みをくるくる回しながら言う。 私はテレビはあまり点けないし、雑誌も読まないし、友達も少ないから、そういう情報はほとんど入ってこない。受験も近いからデートの回数自体も減っていて、仕入れようということも無い。 使った食器を洗っていたおばさんが、手を拭きながら振り返る。 「今年の夏にできたばっかりなのよね」 「そうなんですか」 「すげー混むと思うから、財布とか気を付けろよ」 「うん」 スリは流石に出ないだろうけど、単純に落としたり置き忘れたりしたら中身は戻ってこないだろう。都会は怖い。 時計を見て、八時を過ぎていたから慌てて立ち上がる。あんまり長居すると家族団欒の時間を邪魔しちゃう。 「そろそろ帰らなきゃ」 「あら、もっとゆっくりして良いのよ?」 「いえそんな、ありがとうございます。でも明日出掛けるなら、その分勉強も進めなきゃならないので」 「ふふふ、真面目ねぇ」 ミコトおばさんは優しい。今日お鍋に呼んでくれたのもおばさんだ。こんな私のことを気に入って、気に掛けてくれる。勿体無いくらいのお気持ちだ。 ハンガーに掛けてもらっていた古い上着を取り、袖を通す。サスケくんも静かに立ち上がって、どこかに行き、戻った手には上着を持っていた。 「送ってくる」 「ごめんね、いつも」 「良いんだよ」 「……ありがと」 気を付けてね、とおばさんが声を掛けてくれたのに会釈をして、玄関へ向かう。お風呂の準備をしていたイタチさんへも、すれ違いざまに頭を下げる。体を患ってから、私と同じく食は細いけれど、病院通いや家族の看病のお陰か少しだけ調子は良くなっているみたいだった。にこっと優しく微笑んで、「またな」と言ってくれる。 「はい、また」 「……」 過去にイタチさんに思った色々を思い出して、申し訳ない気持ちで挨拶を返す。ちゃんと不自然でなく笑えてたかな。 サスケくんとイタチさんはお互いに特に何も言わず、一瞬目を合わせただけ。それでもサスケくんが少し顔をしかめたから、何か意志疎通でもあったのだろうか。 靴を履いて玄関を出る。暖められた屋内との気温差に、ぎゅっと肩が寄る。寒いなぁ。折角お鍋で温まった体から体温を逃がさないようにと、素手の両手を合わせて握った。 「ん」 「ん? あっ、はい」 サスケくんが後ろ向きに差し出した右手を見付けて、嬉しくなってすぐに両手で飛び付く。えへへと笑えばそれだけ白い息が広がって、寒さを強調した。サスケくんの手も、私と同じく暖まっているから、しばらくは冷たくならずに済みそうだ。 「明日、昼前に迎えに行く」 「お昼前……11時くらい?」 「そうだな、そのくらいか」 片手に繋ぎ直しながらサスケくんが言う。指を絡めて恋人繋ぎ。また嬉しくて笑いと白い吐息がもれる。 約束の時間から逆算して準備しなきゃだから、後で計算しよう。お昼前に来るってことはお昼ご飯も出先で食べるってことだろうから、お金の計算もちゃんとしないと。そう毎回奢られてばかりでは申し訳が立たないから、明日こそはサスケくんに食事代を受け取らせるぞ、と内心気合いを入れて。 「お出かけ久しぶりだから、楽しみだなぁ」 「ああ」 「かっこいいコート見付かるといいね」 「……ああ」 それより今日は夜更かしし過ぎるなよ、と忠告をされる。そういえば、明日の分まで勉強するのは良いけど、確かにそれに気を付けなければ。勉強のペースも計算しないとだなぁ。 考えるように上へ視線を向ける。雲の無い澄んだ夜空。明日の天気は心配要らなさそうで、嬉しくて頬が緩む。 「楽しみで眠れなくなっちゃいそう」 「……ちゃんと寝ろよ」 「分かってる、がんばるよ」 だって、一日ずっとサスケくんと一緒に居られるんだもん。そんなの嬉しくて楽しみで、わくわくしちゃうよ。 約束通りに迎えに来てくれたサスケくんと、電車で遠くへ出掛ける。乗換もサスケくんが事前に調べていてくれたみたいで、とてもスムーズだった。 目的地のショッピングモールは駅からそのまま繋がっている建物にあって、縦にも横にも広いところだった。お昼ご飯もそのモール内で済ませたけど、色んなお店がたくさんあって、店を決めるだけでも時間が掛かってしまった。そしてご飯代は案の定断られてしまった。 「もう、サスケくんってば……」 「誘ったのは俺だろうが。予定に無かった出費だろ」 「そ、そうだけど……そういう問題じゃなくて」 「ほら行くぞ」 呆れ半分な苦笑を浮かべながら、サスケくんが右手を出す。唇を尖らせながらも、その手を取らないのは勿体無さすぎるので、左手を渡す。 私は一番安いランチセットを頼んだのに、サスケくんは自分が頼んだちょっと高めのセットと入れ換えで受け取るし、更にお金を支払ってまでくれた。(まあ私が食べ切れない分は食べてもらったのだけども) 何度もデートしているけど、お昼代を受け取ってもらえたのは、初めてのデートの時と、サスケくんの誕生日の時の二回だけだ。サスケくん、頑なだなぁ。 「お前があんまり金使えないの知っててデートに誘うんだ、これくらいはさせろよ」 「んんん……」 その気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり奢られてばかりなのは気が咎める。対等になりたい、とまで思ってるわけじゃないけど、サスケくんの大事なお金を私に使わせてしまうのが本当に心苦しいのだ。気持ちは嬉しいんだけど。 「あとは、そうだな……金で形のあるものをお前にやるのって、分かりやすいだろ」 「……んん?」 「口で言ったり態度で示したりするより、愛情表現としては簡単で明白だろ」 だから楽をさせろと、サスケくんは言う。いやいや、楽じゃないよ。サスケくんだって月々のお小遣い、ものすごく多いわけじゃないのに。それの半分くらいを私に使っちゃうのって本当に、ダメだよ。申し訳ないよ。 私がうじうじと毎度の葛藤をする間、サスケくんは私の手を引いて歩く。ショッピングモールに入ってすぐに置いてあった地図をポケットから取り出して、器用に片手で広げる。私の手を離しても別にいいのにな。 「その話は置いといてだ。五階まで降りるぞ」 置いとかれた。 フロアの中央にあるエスカレーターで三階分降りて、メンズファッションのフロアである五階へやって来た。いくつものお店が、マネキンに自慢の服を着せて立たせている。サスケくんの好みそうな服を置いている店を探して、しばらくぶらぶらと歩く。これだけでも結構楽しいものだ。 「わぁ、すごい。暴走族みたいなジャケットだ」 「……需要はあるんだろうな」 「カッコいいのはカッコいいもんね」 革ジャケットはテカテカして風を通さなさそうで、防寒具として優秀そうに見える。冬に乗るバイクは、自転車の三倍くらいは寒そうだから、暖かい作りになるのは必然だ。 他には、サラリーマンがよく着ているスラッとしたコートや、よく見るブランドロゴのものすごく高いコート、カジュアルでちょっとかわいめのジャケットなんかも見かけた。色々あって目移りしちゃうなぁ。 「お」 「ん? 良さそうなのあった?」 サスケくんが目を向けていたのは、カーキ色の上着。手を引かれてそれに近付き、よく見る。ごわごわしすぎないシルエットで、腰より少し長い丈、硬すぎず軟らかすぎずな生地、内側にジッパーがあり二重でボタンを留められる仕様。特にサスケくんの気に入ったのは、ジッパーを上げきれば口元まで覆える襟の高さ。フードとも分離しているから、襟がフードに引っ張られることもない。 「あったかそうだね」 「ああ。首もと寒いの、嫌だからな」 かといってマフラーは苦手。こういうデザインの上着はあまり見かけないから、稀少なんだろうな。 後ろに並んだハンガーに、同じデザインの色違いのものが吊るされている。鈍色と、キャメルと、暗めの紺。サスケくんがポケットの大きさやジッパーの動かしやすさを確認する間に、どれがサスケくんに似合いそうかなと思案する。キャメルは好きじゃなさそうだなぁ。カーキもどうなんだろう。ダークグレーとネイビーなら、グレーが好きそうかなぁ。んんー、どっちでもカッコいいなぁ。 「……着てみるか。ちょっと持っててくれ」 「はぁい」 財布とケータイくらいしか入れてなさそうな、最近流行りの小さいショルダーバッグ。それを大事に預かって、次に今脱いだ上着も預かる。これもシンプルで悪くないんだけど、最近身長がぐんぐん伸びてるサスケくんには、少し小さくなってきているようだった。サスケくんは細身だから、今はまだMサイズでも大丈夫だろうけど、これからも身長が伸び続けることを考慮すれば、Lサイズを買っておくほうがいいだろうか。 私の見ていた、並べられたハンガーの中から、やっぱりLサイズを探して取った。色はダークグレー。ハンガーも預かって、サスケくんが袖を通すのを見守る。ジッパーを上げたり、ボタンを留めたり、ポケットに手を入れたり、フードを被ったり、肩を回してみたり、それから値札を見たり、色々と確認をする。 「……ん」 「どう?」 「これにする」 早い。「他は見なくてもいいの?」と聞いてみたけど、本当に気に入ったみたいで「これがいい」と繰り返した。サスケくんは物事を決めるのが早くて、時々びっくりしてしまう。(私が時間掛かりすぎなだけのような気もするけど) 試着したコートを脱いで、ハンガーに掛け直す。そうして一旦戻してしまうから、おや、と思う。 「どしたの?」 「いや、色はどうしようかと思ってな」 「あ、グレーで決定じゃなかったんだ」 「……それでいいかと思ったんだが、お前はどう思う? 俺に着て欲しい色、あるか?」 私が、サスケくんに着て欲しい色? まさかそこに意見を求められるとは思っていなかったので、ちょっとどぎまぎしてしまう。サスケくんの服なのだから、私が横からどうこう言うつもりは毛頭無かった。というか私の好みで買うのは有りなの? サスケくんの気に入った色のほうが、良いんじゃないのかなぁ。 「お前と並んでる時に着るんだから、お前の好みで良いんだよ」 「あ、あう……なるほど……」 私の考えていたことを見抜かれて、言い当てられてしまった。というか『私と並んでる時に着る』って、それはそうなんだろうけど、嬉しいやら恥ずかしいやら、なにやら照れてしまう。 うんうん照れながら、カーキとキャメルは除外という意見を提出する。すると「それは初めから選択肢にねーよ」と笑われてしまう。そりゃそうだよねえ、サスケくん好きじゃないよね。 「濃灰か、濃紺か」 「んんん……どっちも似合うよ」 きっと真っ黒があればそれにしてた。でもうっすら明るい色なのがオシャレなんだろうな。サスケくんは両方の色を自分の前に掲げて、見比べさせてくれる。サスケくんが好きなのはどちらかと言えばグレーなんだろうけど……。 「うーん……」 「……お前、こっち好きだろ」 そう言って濃紺を揺らす。またばれた。はっとした顔をすれば、笑われてしまう。そんなに分かりやすいのかな。 「青系好きだよな、お前」 「そう、だけど……いいの?」 「俺は本当にどっちでもいい」 グレーを元に戻して、ネイビーをハンガーから外す。袖を通して、ボタンなどは留めずに簡単に手で押さえて、着たところを見せてくれる。 「どうだ?」 「……うん、やっぱりモノクロより、ちょっと色が乗ってるほうがいいね」 「そうか」 私が言うと、サスケくんが嬉しそうにする。私の意見の押し付けが嬉しいなんて、変なの。そう思いながらも、嬉しくてにまにまと口角が上がってしまう。えへへ、サスケくん大好き。 サスケくんがお会計を済ませて、今度は私のお買い物に付き合ってもらう番。正直メンズのほうがポケットも多いしあったかそうだし便利なんだけど、サスケくんに変な目で見られるのもなあと思って更に階を降りた。三階と四階がレディースファッションのフロアだ。男の人に比べて、女の人のファッションは奥深く細やかで幅広い。すでにちょっと尻込みしている。 「う、うわぁぁ……」 「……この階は雰囲気違うな。もうひとつ降りるか」 「う、うん」 所謂ギャル系なファッションのお店が並んでいて、キラキラ! ピカピカ! トゲトゲ! な感じで私には向かない。お化粧とかも、お洒落な子はもうしているけれど、私にはまだ早い。まだ早いというか、するようになるのかなぁ? 『社会に出て恥ずかしい思いをしないためのお化粧講座』とかが授業であるならともかく。自分でファッション雑誌を買ったり試行錯誤したりする他無いなら、きっとずっとしないだろうな。 エスカレーターで三階まで降りてみれば、さっきよりは私でも手が出せそうなお店が並んでいる。なんとなくほっとして、メンズフロアと同じく歩きながら見て回る。 「どんなのがいいとか、イメージはあるのか?」 「うーんと、もこもこしてあったかそうなのがいいな」 なんて言うんだっけか。ダウン、みたいな、空気が入ってて手触りがふかふかした上着。あんまり重いのは着ていて疲れてしまうので、軽いほうがいい。 「お前小さいからな。力も弱いし」 「……否定はできません……」 だって事実だ。 大人っぽいかっこいいコートから、ゆるふわな女の子向けのコートまで、色んな服がある。もっとシンプルで、目立たない感じのが良いんだけど、そういうのは店の奥にあるんだろうか。覗き見るように背伸びして頭を動かせば、サスケくんに手を引っ張られる。 「入って見ればいいだろ」 「え、でもここに有るか分からないし……」 「それを確認するために入るんだろうが」 サスケくんがあっという間に決めてしまった分、私の買い物に時間を掛けてしまうのが申し訳ない。だから一軒一軒見ていくなんて真似は避けようと思ったのに、サスケくんはお構い無しだ。 「ご、ごめんねなんか……今日一番の目的はもう果たしたのに……」 「フッ、んだそれ。お前のに時間掛けなかったら、帰るのが早まるだけだぜ」 「あっ、それは……もったいないかも」 折角の久し振りのデートを早く切り上げるなんて、あまりにも勿体ない。例え目的が無くなっても歩き回るくらいの気持ちで行こう。ああいや、それは流石にサスケくんに迷惑だ。そうじゃなくて、サスケくんの言葉通り、私のお買い物をじっくりさせてもらおう。どうせ私は決めるのに時間が掛かるんだもん。 「えへ……ありがと」 「なにがだよ」 「ううん、嬉しくて」 「……簡単な奴だなお前は」 「ええ、そうかなぁ。めんどくさい奴じゃない?」 「まあちょっとな」 「うっ、やっぱり」 ふざけるように話しながら、お店の中を見て回る。こういう他愛のない話をするのも楽しい。 気になるコートをいくつか見付けつつ、決めきれずに何軒かのお店を回る。サスケくんは私が服を買うこと自体が珍しいからか、色々合わせては眺めている。楽しんでくれているのはいいけど、なんだかちょっと恥ずかしい。今日のサスケくんは少しはしゃいでいると言うか、テンション高めだ。いつもよりよく喋る気がする。サスケくんも、デート楽しいんだ。 「んー、やっぱりさっきのお店のが一番いいかなぁ」 「そうだな。作りもしっかりしてたし、値段も手頃だしな」 「うん。あったかかったし、長持ちしそう」 「じゃあ戻るか」 出る時にお店の時計をちらっと見ると、もう夕方だった。時間が過ぎるのが早い。サスケくんの買い物がすぐ終わったから、それだけ私の服選びに付き合わせてしまったのかと思うと申し訳ない。でも、すごく楽しかった。 二つ隣のお店に戻り、さっき目を付けていた上着のところへ行く。ダウンのように布の内側に空気が入った、ふかふかの上着。内側にはもこもこの毛皮(ボアって言うらしい)が付いていて肌触りも気持ちいい。当然のように二重チャックで風を通さず、襟元もボアで覆われてあったかだ。お値段は八千円ほど。ちょっぴり高いけど、良いものだから仕方ない。 「色はどうしようかな」 発光しすぎない落ち着いた白と、ダークブラウンと、黒と、なんか変なオレンジ色。なんだろう、この蛍光オレンジは雪山で遭難することでも想定してるのかな。それくらい目立つ。 「白だな」 黒か茶色かで迷っていた私に、サスケくんがそう意見する。白。そういえばあまり明るい色は着ないから、そういうのも着たほうがいいのかな。 「茶色でも別に構わないが、俺の紺色と並ぶと暗すぎるだろ」 「お、え、ああ……え?」 そういう視点もあるのか。自分一人の立ち姿でイメージしていたけど、なるほど言われてみればそうだ。近い色が並んで歩くのはちょっと変かも。 「初詣くらいは一緒に行くだろ?」 「うん……」 今冬の内にまた一緒に出掛けることがあるのかと懸念したかと思われたのか、サスケくんが言う。 ああ、何て言うかさっきも思ったけど、サスケくんの中で、私とサスケくんは並んで歩くものと完全に決まりきっているのが、嬉しいやら恥ずかしいやら。照れくさい。 「それに、たまにはかわいい色も着てくれないとな」 「……面目ないです」 「良いんだよ、謝るな。お前の事情は分かってる」 頭を撫でられて、すぐに機嫌が治ってしまうのは単純だろうか。 えへへと笑って、じゃあ白を買おうとそれに手を伸ばす。Sサイズ。私はもう身長が伸びる見込みは無いので、残念ながらS止まりだ。何かと不便だから、せめて150センチまで伸びたかった。 お会計をして、後ろで待っているサスケくんに振り返る。すると手袋の棚を見ていたから、そういえばサスケくんも手袋をしていなかったなと思う。 「お待たせ」 「ああ。お前、手袋はいいのか?」 「あ、うん。この冬はこれで乗り切るよ」 今買ったばかりのコートの袋を少し持ち上げて言う。流石に一万円近いお買い物をした後に、更に何かを買う気はしないや。 サスケくんはどれかを買うつもりなのか、色々見ている。あ、指先が出ていてフードみたいに被せるやつ、昔小さい頃に使ってたなぁ。そのせいか子どもっぽいイメージがあってダメだ。最近のケータイを操作するのには便利かもしれないけどね。細い革手袋は着けたままでも普段通り指が動くから好き。でもちょっと寒いのが玉に傷。 「これ、内側にボアがあるな」 「へー、手袋にまで」 「着けてみろよ、あったかいぜ」 勧められるままに手に嵌める。確かにもこもこの手触りも気持ちいいし、簡単には風を通さなさそうでいい。これを着けて今買ったコートを着れば、本当に暖かくしてお出掛けできそうだ。ボアが内側から手首まで続いていてもこもこでかわいいし、ボタンが飾りとしてアクセントが効いてる。でも全体のデザインは男女兼用できるほどにシンプル。嵌めても指を動かしにくくない絶妙な軟らかさの生地。黒色という安心感。これいいなぁ。 「欲しいか?」 「んん……でももうたくさんお金使っちゃった……」 コートをワンランク下げれば良かっただろうか。でも今更そんなことを言っても仕方ない。今回は諦めよう。 「そうか。俺は買ってくる」 「はぁい」 名残惜しく手袋を見ている間に、サスケくんは自分の分の手袋を持ってレジへ向かった。せめて毛糸を買って自分で編む……いや、そんな時間は無いし、この手触りは絶対に再現できないから無駄だ。 「碧」 「? どしたの?」 サスケくんに呼ばれて振り向く。ちょいちょいと手招きをするから傍へ行く。 「他の客の包装で少し時間がかかるらしい」 「あ、そうなんだ」 「その間に、飲み物買っておいてくれ」 「うん、いいよ」 サスケくんは言いながらお金を渡して、ブレンドコーヒーを注文した。しっかり受け取って、自動販売機の場所を思い出しながらお店を出る。 プレゼント包装かぁ。そういえばクリスマスって、いつだっけ? 街がクリスマスカラーに染まったのはもう一ヶ月以上も前からで、もはやよく分からない。都合よくカレンダーが置かれている訳もなく、今日の日付を確認できない。もう冬休みだし、家族連れやカップルが多いのは疑問に思っていなかったけど、もしかしてもう近いのかな。 少し離れたところに自販機を見付けて、頼まれたコーヒーを買う。ホットしかなかったけど、いいかな。自分の分も買うか一瞬悩んで、買わずに踵を返す。ここでお金を使ってしまうくらいなら、手袋を我慢したりしない。 お店に戻るとちょうどサスケくんも出てきた。思っていたよりは早く終わったみたいだ。 「サスケくん」 「ああ、悪いな。助かった」 「ううん、このくらい良いよ」 だって結局お昼ご飯は奢られっぱなしだ。サスケくんが缶コーヒーを飲む間、荷物を預かろうと手を差し出す。だけどサスケくんは、「このくらい平気だ」と笑って断った。少しでも役に立ちたいだけだったんだけどな。 自動販売機の前に移動しつつ、サスケくんが飲み終わるのを待つ。ガラス張りの壁の向こうは、日が沈んで薄暗い。 「……ふう。そろそろ帰るか」 「うん。晩ご飯間に合わなくなっちゃうもんね」 電車を乗り継いで帰ることを思えば、早めに帰った方がいい。私が時間掛けちゃったからな。申し訳ないな。 カラになった空き缶をゴミ箱へ捨て、その手をこちらへ差し出す。内心ちょっと期待していたので、すぐに繋いだ。 「今日もうちに来いよ」 「えっ、なんで?」 突然のお誘いに、驚いて聞き返す。するとサスケくんは少し渋い顔をして、嫌そうに切り出す。 「……母さんが、ケーキ用意してるだろうからな。昨日材料を買ってた」 「へぇ、ケーキ。どうしたのかな」 「…………」 「?」 私の疑問にはため息ひとつ。答えてくれずに、「とりあえず俺の分を食ってくれ」とお願いされる。それは別に構わないしむしろ嬉しいのだけど。二日も連続でお邪魔してしまうのは良いのだろうか。……サスケくんのご家族はみんな優しいから、そのくらいで怒ったりはしないとは思うけど。 ショッピングモールの建物を一階まで降りて、直結の駅へ行く。そこからまた電車に乗って、途中で乗換もして、一時間くらい揺られる。歩き回って疲れたからうとうとしていると、サスケくんが肩を貸してくれた。人前で恥ずかしいとは思ったけど、サスケくんの好意を無下にする方が畏れ多いから、ありがたく貸してもらった。照れくさくて眠りに落ちるまではいかなかったけれど、サスケくんに触れたまま過ごせたから嬉しかった。 地元に着いて、また手を繋いで歩く。すっかり真っ暗になった道を、真っ直ぐサスケくんの家へ。先にサスケくんがケータイで連絡していたから、突然のお邪魔にはならないようだ。二人とも上着の入った大きな袋を提げているから、静かな住宅街に袋の音がガサガサと響く。 ようやくサスケくんの家へ着いた頃には、繋いでいた手は冷たくなってしまっていた。やっぱり手袋は必要だなあと思うけど、素手で手を繋げないのもちょっと寂しいと思う。私って我儘だ。 「……ただいま」 「お邪魔しま、す」 毎度のごとく少し緊張しながら、挨拶をして入る。すると本当に甘い匂いがして、ケーキを作っていたらしいことが分かる。サスケくんを見ればやっぱり顔をしかめていて、甘いの嫌いなのって大変だなと苦笑する。 台所に居るだろうおばさんに挨拶をしに行く。サスケくんは洗面所に手を洗いに行ったみたいだ。 「こんばんは、お邪魔します……」 「いらっしゃい。サスケが急に誘ったでしょ。ごめんね」 「い、いえ、滅相もないです。ありがとうございます」 テーブルの真ん中のケーキ。それに最後の飾り付けをしているところで、料理はオーブンやお鍋の中にすでに出来上がっているようだった。凄いなぁ、いくつの作業を同時にやってたんだろう。長年主婦をしていると、効率的に作業ができるようになるのだろうか。どんくさい私には真似できそうもない。 荷物と上着を隅に置かせてもらって、手を洗いに行く。途中でサスケくんとすれ違ったあと、後ろで「うわっ……」て声がした。苦笑い。 晩ご飯をテーブルに並べるお手伝いをして、サスケくんの隣に座る。お兄さんも二階から降りてきたので会釈をする。少し驚いた顔をしていたから、お兄さんには話が行っていなかったようだ。 「お邪魔してます……」 「ああ。けど、どうしたんだ?」 「……これ。俺は食えないし、兄さんは最近食べられる量少ないだろ。母さん一人で片付けられるとも思わない」 「なるほどな」 そういう作戦か、とおばさんへ目を向けるから、私もつられてそちらを見る。おばさんは口元を隠してほくそ笑んでいたから、『作戦』という言い方は的を射ているらしい。テーブル中央に鎮座するケーキが誇らしげだ。 「父さんには?」 「さっきメールで写真を送っておいたわ」 「……逆に酷だな」 「こんな日にくらい帰って来ればいいのに、そうしないあの人が悪いのよ」 おばさんは少し拗ねたように、出張中らしいおじさんへ文句を言った。私は曖昧に笑うしかない。おじさんは居ないのに私がお邪魔してしまっていて、本当に良いのかな。 全員が席に着いたので、おばさんが音頭を取る。 「メリークリスマス!」 「め、」 クリスマス。きょ、今日だったの!? てっきり「いただきます」と言うものだと思っていたから、二重に驚いた。 思い返してみれば、確かにケーキを焼いているし、チキンも並んでいるし、デートまでしてきた。 私がぽかんとしていると、サスケくんに肘で突かれる。それにはっとしてそちらを見れば。 「やっぱり今日だと思ってなかったのか」 「……う、うん」 今度は私が苦笑される。 サスケくんは後ろを向いて、今日買ってきたコートの袋をがさがさと探っている。抜き出した手には赤い袋。 「あ……」 「……やるよ」 膝の上に置かれてしまい、受け取る他無い。そんなに重くない、手頃な大きさ。赤い袋で包装されたプレゼント。たぶん、あの時の手袋が入ってるんだ。だからわざわざ私を店から遠ざけるためにお使いまで頼んで。 「あたし、なんにも……」 「分かってる。俺のノルマ食ってもらうんだから、それでチャラな」 「チャラ……にならない気がするんだけど」 「じゃあ食えってのかよ」 「いや、その……ええと……」 サスケくんの不器用な言い様に、お兄さんが困ったように笑ってる。家族の前だからあんまりいつもみたいに言えないみたいで、サスケくんを困らせてしまっているのだ。それは私が素直に受け取れば済む話なので、膝に置かれたプレゼントを両手で受け取る。 「……ありがと、サスケくん」 「……ああ」 「えへへ」 サスケくんが照れくさそうにお箸を持ったから、私もそれに続く。おばさんの料理はいつも美味しいけど、今日は特別美味しい。特別な日なんだな、と改めて実感して、そんな日に一日中ずっとサスケくんと一緒に居たんだと思うとなお嬉しく。 来年は、ちゃんと日付を覚えておかなくちゃ。私だってサスケくんにプレゼントをあげたい。貰ってばかりは嫌だもん。 サスケくんはげんなりしていたけど、ノルマ分のケーキもおいしく頂いた。来年は一緒に作りましょうねとおばさんにお誘い頂いたので、お菓子作りも少し勉強したい。 またサスケくんに家に送ってもらう道すがら、貰ったプレゼントを開けた。やっぱりあの時見ていた黒い手袋で、今日買った白いコートに合いそうだ。タグなども綺麗に取られていたから、早速着けてみた。手だけじゃなくて、胸までぽかぽか暖かくなるみたいだった。 「メリークリスマス」 「うん、メリークリスマス。……ありがとサスケくん、大好きだよ」 「……ああ」 そしてこの手袋、実は色違いのお揃いをサスケくんが自分用に買っていたのだけど、それを知るのは、年が明けて初詣の時だ。 (151225) メリークリスマス! 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