気にしてなんかいない 「ほんと助かったってばよ! サンキューなみんな」 ホームルームが終わった直後の放課後。筆箱を丸ごと忘れてきたらしいナルト君に、サクラちゃんはシャーペンを、私は消しゴムを、サイ君は赤ペンを貸してあげていた。 たまたま、今使ってる消しゴムが無くなりかけていたから、次に使う新しいのを買って持っていた。だから自分は残りちょびっとのを使って、新しいのを貸してあげたのだ。 「全く、次は無いから気を付けなさいよね」 「オッス! 紫静、オレってば消しゴムスゲー使うから、めちゃくちゃ助かったってばよ」 「ほんとにものすごく減ってる……」 「ナルトはもう少し、力加減を覚えたほうがいいよ」 「消すときに力入れすぎなのよバカ!」 「イデッ! うぅ……わりー」 「あはは、別に怒ってないからいいよ」 角が左右両方無くなってすっかり丸くなっている消しゴムを、苦笑いしながら受け取る。まあ、寿命が1ヶ月くらい縮んだだけだよ。……結構だなぁ。 「消しゴムって言えば、昔おまじないとかあったわよね〜」 「ああ、あったねぇ。懐かしいなあ」 「?」 「?」 男子二人が首を傾げる中、女子二人でうんうんと懐かしむ。 おまじないと言っても、小学生レベルの話なので大したことはない。消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも気付かれない内に使い切ると結ばれる、なんていうかわいらしいものだ。 「紫静、アンタどうせサスケ君の名前書いてたでしょ」 「ギクッ」 サクラちゃんの言い様を見て、ナルト君は思い当たったらしく、「ああ、そういうやつか」と納得している。ナルト君はバカだけど、意外と察しは良いところがある。(ごめん) サイ君はまだ分からないようで、話に付いてこれないようだ。 「ならサクラちゃんだって、サスケのヤツの名前書いてたんじゃねえの?」 「バッ、バカねー、私はそんな幼稚なことは……別に……」 そう、幼稚なおまじないだ。サスケ君を好きになった中学生当時、やりきったけれど何の効果も無かった。そしてお母さんに怒られた。 サクラちゃんのうろたえる様子を見るに、この消しゴムのおまじないはしなかったけど、別の何かのおまじないをやっていた可能性は高い。恋する女の子というのは、何にでもすがりたくなるものなのだ。 「家で隠れて、一生懸命机に消しゴムかけてたなぁ」 「ああー、やってる子居たわねー」 「? それってただ、消しゴムを無駄にしただけなんじゃ……」 「まあ……そうなんだけどね」 「サイ、お前ほんとワカンネーヤツだな」 などとわいわいお喋りしていると、不意に後ろ頭をはたかれた。皆が一斉にそちらを見るなか、ヒリヒリする頭を押さえながら、そっとそちらを見る。 「サ、サスケ君……」 「おせーんだよ。何してんだグズ」 サスケ君のクラスのほうが職員室から近い上に連絡もすぐに終わるので、とにかく話が長いこちらの担任の性質も加わって、ホームルームが終わるのを待つのは必然的に毎回サスケ君のほう。イライラした様子のサスケ君に、ごめんねと笑う。だって『待っててくれる』ってだけで嬉しいもの。 「おいサスケ、いきなり手を上げるこたァねえだろ」 「あ? お前は黙ってろ」 「んだとォ?」 サスケ君とナルト君が一触即発になるのを、サクラちゃんがまあまあと宥める。サクラちゃんがサスケ君側に付かないなんて珍しいな、と思っていると、「大丈夫?」と頭を撫でてくれた。サクラちゃん……! やさしい! 「ありがと、大丈夫だよ。そんなに痛くないから」 珍しく平手ではたかれたので、あまり痛くないのは本当だった。 「お前ほんっと紫静の扱いが雑すぎるってばよ!」 「お前にどうこう言われる筋合いは無い」 「友達殴られて怒るなってほうが無茶苦茶だろうが」 「ナルト君、私は大丈夫だから」 「紫静! お前もだ! なんで殴られて怒んねーんだってばよ!」 「えっ、」 私まで怒られた。 まあなんでって言われると、この程度でいちいち怒ってたらキリがないって言うか、今回はむしろ優しいほうって言うか、もっと酷いことはもっとされてるって言うか……。おや? ダメなのでは……? 「えーと、では……こほん。サスケ君、叩かないでください」 「うるせえな」 「あだッ」 サスケ君のデコピンはホントに痛いからもうちょっと加減して……! はたかれた後頭部よりよっぽど痛む額を押さえて涙目で俯いていると、「これ以上待たせるなら帰る」と声が遠くを向く。ナルト君からの非難の声を無視して背中を向けていたから、慌てて自分の席に荷物を片付けに戻る。貸していた消しゴムを自分の筆箱に乱雑に放り込み、それを鞄に詰め込んで急いで出口に向かう。 「またね!」 私が嬉しそうにサスケ君を追うのを、みんなは半ば呆れたような顔で見送った。 少しだけ不機嫌そうに、両手をズボンのポケットへ突っ込んで歩くサスケ君。そこまで長くは待たせなかったと思うのだけど、私がちょっと口答えしただけでも怒る時は怒るし、地雷が分かりにくい。待たせたこととは別のことで不機嫌なのかもしれない。 「随分楽しそうに話してたじゃねえか」 「あ、うん。ちょっと懐かしい話題が出たから」 サスケ君から話を振ってくるなんて珍しい。立ち話で待たせたことをよっぽど怒っているのだろうなぁと思いつつ、とりあえずこれ以上怒らせないように、質問にはきちんと答える。 「ナルト君が筆箱を忘れたからみんなで少しずつ文房具を貸してあげてたんだけどね、昔消しゴムに好きな人の名前を書くおまじないとかあったよね〜って話になって」 「ふうん」 聞いておいて興味がなさそうな相槌。いや、でも聞いてきたってことはどこかが気になってるはずなんだ。 「まあ、その、えーと……私は中学のときにサスケ君の名前を書いたりしてたんだけど……」 「……そんなに前から俺のこと好きだったのかよ」 「う、うん」 呆れたような声と顔で私を振り向いて言う。当時はサスケ君の記憶には残らない程度の接触しかなかったから、それでなんで好きになれるんだよ、とか思われてるんだろう。ううん、なんでだろうね。みんなが好きだったからかな。注目されてたから見るようになって、それで素敵なところを色々と見付けられたんだと思う。(今はそれ以上に『素敵(仮)』なところをたくさん見せてくれているけどね)(つらいね) 「くだらねぇ話だな」 「わあ、言い切ったね……」 「んなことより」 一歩分ほど前を歩くサスケ君は、前を向いたまま。顔が見えにくいけど、少しだけしかめっ面をしているのだけは分かる。 「ナルトの奴にやけに噛み付かれたが、そんなに仲が良いのか」 「え? うん、友達だけど」 私とナルト君は普通に友達だよ。というかあれはどちらかというと、私を守ろうっていうんじゃなくて、より仲の良いサスケ君のほうを更正させてやろうっていう意思なのでは。私に『サスケ君を叱れ』と怒ったのもそういうことでしょう。と、思うんだけど、サスケ君はそうは思っていないようで。 「しばらくアイツと話すな」 「ええっ、なんでそんな……」 「分かったな」 有無を言わせない口振りに、納得いかないながらも、それ以上の口答えはしないでおく。うーん、こういう無茶な要求を叱らずに大人しく聞いていると知ったら、またナルト君に怒られそうだ。サスケを甘やかすな、って。 「んー、ナルト君と仲良しなのがそんなに気になるの?」 「気にしてない」 「えっ? でも」 「気にしてなんかいない」 語気を強めて繰り返し否定される。これは……かなり……気にしているのでは。 サスケ君とナルト君は友達ではあるんだけど、なんだか複雑なライバル関係らしくて、詳しくは知らないけどやや敵視までしているとかなんとか。だから余計に気になるのかな。 はっ。まさか、もしかして、これは、嫉妬なのでは? ナルト君に気にかけられているという誤解からの嫉妬なのではないだろうか? それでイラついていらっしゃるのでは? いやでもまさか、サスケ君に限ってそんなことがあり得るだろうか。 「うーん……?」 「気にしてねえって言ってんだろが」 「んぶ、」 手が伸びてきたと思ったら、片手で両頬を潰すように顔を掴まれた。こんな屋外で不細工を晒すのは勘弁だよーやめてー。 「ごめんらひゃい、もう気にしまひぇん」 私がそう言うとようやく解放してくれる。 最近この手の罰が軽くなってる気がして私は嬉しいです。前なら足を踏まれたり腕をつねられたりしていただろうに。 日々ほんの少しずつ改善されていく待遇に、もしかすると嫉妬もあり得るのかなぁ、とほんのり願望も乗せて思い直した。 (170713) 『確かに恋だった』様より ツンデレな彼のセリフ「気にしてなんかいない」 [←] [→] [感想を届ける!] |