バァン!!!と盛大な音を立て生徒会室へと続く扉を開けた瞬間、ぎょっとしたような役員達の顔が見えたが俺は構わずそのまま中に入り、再びドガァ!!!と壊れそうな勢いで扉を閉めた。扉に罪は無いが悪い、手加減してやれなかった。
後ろ手にドアノブを持ったままゆっくりと扉に寄りかかり、息を整える為にスー…と静かに息を吐く。
しかしこんな事じゃあ俺の苛立ちは治まらない、これはアレだ。落ち着けとかそういう問題じゃない。あの場で理事長を殴り倒さなかっただけまだ褒めて欲しい位だ、本当に。
か、かいちょー…という怯えの混じった消え入りそうな翼の声が耳に入ってきたが、今はそれに返事をしてやれる余裕が無かった。

頭にあるのは、怒り。ただそれだけだ。



「…ふざけやがってあのクソオカマが…ッ」



ギリ、と歯を食いしばって絞り出すように声を出せば、何の成果も得られなかった事が役員にも分かったらしく、各々が諦めたような溜息を小さく吐き出した。
その中でも東條が額を押さえながら、げんなりとした顔つきで口を開く。

「理事長は一度言いだしたら聞かない人ですからね…撤回できるとは思っていませんでしたが、どうしましょうかこれから」
「「仲間外れは良くないよー」」
「ねー、どうせやるなら皆で楽しくやりたいよね〜。会長、何か考えあるの?」
「…考えはまだねぇ…けど、理事長には抗議してくる奴らを黙らせろ、って言われた。つまり、黙らせられれば何をしても良いって事だ」

呟くように返した俺の言葉に凄い曲解!と篠山が突っ込みを入れてきたが無視。一休さんの様に頓知でも利かせられなきゃあこの事態はどうしたって回避できねぇ。
畜生また面倒な事になったな…頭が痛い。どうしましょうって、本当どうしましょうだっつの。クソ、事がデカすぎてさっき理事長室で強気に意気込んだは良いもののろくな案が出ない。

とりあえず、ただ苛々しながら唸っているだけでは何も変わりはしない事だけは確かだ。

俺はノロノロと動いて自身の席まで近づき、久方ぶりのその椅子に腰を下ろした。――…うん。矢張りしっくりくる、な。
机に手をついて深く息を吸い込み、またゆっくりと吐き出す。再び、息を吸う。…それから静かに、目を上げた。
怒りは未だに沸々と沸き上がってくるが――ゆっくりゆっくりと、苛立ちは静かに溶けて行くような気がした。…そうだ。焦って何かをしようと考えてみても空回りになるだけだ。ちゃんと考えろ、俺。何も考えつきませんじゃ格好悪いにも程がある。

ふ、と最後にまた小さく息を吐き、視線を動かしたその先に捉えた人物は、東條だった。
目が合った彼は一つ瞬きをし、どうしたんですと首を傾げる。


「東條。お前、Fクラスと交流会してたがどうだった?そんな手もつけられねーような奴らだったのか」
「…え、あぁ…、…いえ、その様な印象は受けませんでしたよ。そりゃあやってる事は幼稚で下品でしたが、人間性に難ありという人は余り。まあ言ってみれば中学生男子ですかね」
「そうか…そうだろうな。…どう考えてもこの処置は可笑しい。どうにかすんぞ、お前ら。あのクソ野郎の思う壺になって堪るか」


東條の返答に思案しながらも吐き出すように言った俺の言葉に、役員達はそれぞれ神妙な顔つきで頷いた。
と、言ってみたは良いもののだから案があるわけでもなくだな…いや、とりあえず仕事だ。案は出る時に出ると信じよう。つーか案が出てもこの状況じゃ何も出来ねぇし。
翼と萱嶋らに現状把握の為情報収集に行かせ、篠山と東條には文化祭実行委員会へ連絡を取ってもらいながら――俺はしばらく、どうするべきかを考え込んでいた。


この学校は、特殊だ。

全校生徒のうちの80%が裕福な家庭の出で、それぞれにその家特有の教育を受けてきている。
現代の日本の中じゃあ「差別」なんて言葉も余り耳にしないような気はするが、ここは違う。昔から続く、胸糞の悪い差別が存在している。
金があるから、由緒正しい家の出だから、自分達の方が上だと思う人間が多くいる。「F組とは違う」と、鼻で笑う奴らが溢れかえっているのだ。それに可笑しいと異議を唱える人間は居ない。それがここでの「常識」だからだ。

人の能力にはそれぞれ差異があるだろう。そこで生まれる差は確かに、ある。それは認める。
だが――家庭によりクラス毎に分けられていて、その結果Fクラスになったただそれだけの理由で――卑下される奴らの気持ちは、どうなるのだろう。それでいて学園から排除されそうになっているこの状況に、奴らはどう考える。


(…見過ごせるかよ…)


小さく呟いた。
きっと歴代の生徒会も、この問題には手こずったことだろう。余計な事をすれば火種が大きくなる可能性もある。俺も解決したくても今まではろくに手を出せなかった。変化は時に混乱を招くからだ。
それでも、ここで見ないふりをしてはいけないと思った。きっと俺自身も一般家庭の出身であるからこそ、よりこの憤りを感じるんだろう。裕福な家の出が何でも優秀だと思うんじゃねぇよ、クソが。俺は生徒会長にまで上り詰めたんだぞ畜生。
金がねぇからって他の全ての存在を否定される気持ちを、あいつ等は考えた事もないんだろう。


「…家柄が、何だってんだ」


耐えきれず絞り出した言葉に、東條が少し顔を上げた。
俺の考えている事が分かったんだろう――静かに目線を合わせた彼は、そうですね、と小さく口を開く。自分には家柄しかないと、そう苦しげに言っていた彼。
聞かれていた事にしまったと思ったが、しかし彼は次の瞬間、口元に笑みを浮かべて俺を見やった。何枚かの紙を持ちながら近づいてくると、それを俺の机の上にパサリと置きながら、はっきりとした口調で告げる。


「――家柄が、何だって言うんです。関係ありませんよ、そんなものは。貴方は、生徒会長です。やりたいと思った事をすれば良い。伝統も常識も、貴方が間違っていると思うのなら、変えれば良い。貴方はそれが出来る人です。…家柄なんて、無くても」


さぁ始めましょうと、彼はそう言って綺麗に、笑ってみせた。
その何だか妙に晴れ晴れとした表情と、あの東條がそんな事を言うとは思っていなかった為に思わず呆ける。が、そんな俺の様子など何のその、東條は先ほど置いた紙――暴行事件に関する書類だった――をほらほらと押しつけながら、再び自分の仕事に戻っていってしまった。何故だか機嫌が良い。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、ゆっくりと書類に目線を落とした俺は知らず知らずのうちに――眉尻を下げて、笑っていた。肩の力が抜ける。あの東條に、後押しされる日が来るとは思わなかった。
自身の髪の毛をわしゃ、と掻き上げ、気合を入れ直すように一人小さく頷く。


「やってやろうじゃねぇか、」


俺は確かに、一般家庭の出だ。その事でこの学園で、死ぬ程悔しい思いをした事もある。それでもそんなのはずっと昔の話で、今の俺は昔の俺が出来なかった事をやれるだろう。そう、信じている。
全校生徒が敵かも知れないだと、そんなもの関係ねぇ。夏休み前なんて本当に殆ど四面楚歌状態だったんだ。今の方がずっと味方は多い。
やれるのは、生徒会長である俺だ。家柄も後ろ盾もない――でも、出来る事はきっとある。期待してくれている奴らがここには居る。だから俺は、また頑張れる。ピンチは何時だってチャンスになると、どっかの漫画にも書いてあったじゃねぇか。

うし、と一人やる気を出した俺はとりあえずパソコンを立ち上げ、風紀委員室に行った筈の黒井に電子メールを送ることにした。Fクラスの事情はFクラスの奴に聞いた方が早い。3年は東條と南に聞くとして、2年の事は風間に聞くのが一番良いだろう。また何か要求されるかも知れねぇがとりあえずは仕方がない。
簡潔にまとめた文をざっと見返してから送信ボタンを送り、小さく息を吐く。
今はまだ夏休み期間である為、学校に全生徒が帰ってきている訳ではない。それでも「Fクラスの文化祭参加の禁止」という情報は、直ぐにでも皆の耳に入るだろう。
奴らと話をするにしたって休みが明けてからじゃねぇとな、と一人ごちた時――俺の頭に、名案が閃いた。いや、名案かはともかく上手くいけば理事長の貴重な有り難ーいお言葉を無視することなく、奴らを文化祭に参加させられるかもしれない。思わずニ、と口端が上がった。


「黙らせりゃ良いんだろ、黙らせりゃ」


一休さん並みに頓知が得意とは言えないが、それでもひと泡吹かせてやる位の気概なら持ち合わせてんだよと、俺は一人上機嫌で呟いた。




- 125 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -