――あの、思い出すだけでも腹が立つ理事長との会話から、一週間が経った今日。
夏休みも後三日で終わりというところまで来て、学園の生徒がぞろぞろと帰って来ていた。比例してまあ、Fクラス文化祭不参加の話も全校生徒に伝わっている。
人によってそれに対する反応は様々だが、見ている限り大きく二つに分類できるようだった。納得が出来ずに怒りを抱く奴と、喜んでいるFクラス嫌い。…後者の方がマジョリティなのが頭痛の種だな。


「なんか最近の学校こわー…でもそろそろ動かなきゃだよね〜」
「…そうだな…とりあえずFクラスに話に行くしかねぇな」


だらだらとソファに寝転びながらも口では真面目な事を言う篠山に頷き、俺は重たい腰を上げた。話すのなら、学校初日でのHR。早いに越したことは無い。
さてどの学年から行くべきかと思案しつつ文化祭の企画に関する書類を眺める。最終的な希望は確か学期初めから一週間後だったな…それまでにFクラス参加を決められるかどうかが勝負だ。

どうにもこうにも先行きが分からずウーンと低く唸っていれば、不意にコンコンと生徒会室の扉を叩く音が聞こえた。次いで聞き慣れた「俺、俺」という声。オレオレ詐欺かお前は。
東條に顎でくい、と適当に指示をすれば私はパシりですか、とぶつぶつ文句を言いながらも席から立ち上がり、扉をゆっくりと開いた。その向こうには矢張り、見知った顔。


「よう、南。何か分かったか?」
「いやーなんか分かるっつーかもうすげー有様だよ…教室の机と言う机が可哀想な事になってるぞ」


Fクラス偵察用に動いてもらっている、南。彼は疲れた様な顔をして、だがしかし部外者な事に気を使ってか遠慮がちに中に入ってきた。今は俺が仕事を頼んでるんだから別に良いっつーに…。
本当は生徒会現補佐である東條が先日事情を聞きに行ったのだが、何故か理事長の犬として認識されていた為に噛みつかれんばかりに追い出された様子。「私が何をしたって言うんです!?」と憤慨しながら帰って来たのを見てこいつ強くなったなと思った。関係ない話だが。
兎にも角にもならば仕方がないと、Fクラスからも信頼のある南に話を聞きに行ってくれるよう頼んだ訳だが…彼曰く、話をするどころの騒ぎでは無いらしい。

廊下を歩けばFクラスとその他のクラスの睨みあい。悪化すれば口喧嘩。果ては危うく暴力沙汰。馬鹿野郎、それで文化祭不参加になったっつーに学習しねえ奴らだな。
状況は悪くなってんじゃねぇかと再び理事長の処置に溜息をつき、俺はこめかみを揉んだ。

「あー…分かった、やっぱFクラスの連中から説得しねぇとな…俺から話す、解決するかは知らねぇが」
「「カイチョーお得意のお説教だねー!」」
「うるせぇよ馬鹿双子、説教されたくなかったら仕事しろ仕事。…とりあえず中等部は今回含まれてはいねぇみてぇだから、高3から…」
「えっ」
「あ?」

南の驚いた様な声が聞こえ、思わず眉間にしわを寄せてそちらを見やる。と、彼は焦った様な顔でそのまま口を開いた。

「話するって…3年の教室に来るのか?恭夜が?」
「?…あぁ…何だよ、悪いかよ。お前のとこの教室に行くのは初めてだけど」
「駄目だ!」
「はァ?」
「3年の教室は駄目だ!俺が許しません!!」

一喝されてしまった。なんだこいつはめんどくさい。
胡乱げな目線で彼を見たまま意味が分かんねぇよと呟けば、南は気まずげな顔をして目を伏せ、ぼそぼそと口の中だけで何事かを呟いた。…聞き取れねぇ。
同じクラスである東條に目を向ければ、彼も何の事を言っているのか分からない様子で首を傾げていた。何なんだ、エロ本でも隠してあんのか。健全な男子高校生の趣味を奪ったりはしねぇよ。と言ったら「違う!」と一刀両断されたが。

「じゃあ何だっつーんだよ…俺じゃなきゃ良いのか?」
「ん、ううーん…そうだな…出来れば恭夜にはあんま会わせたくない…奴が…」
「会わせたくない奴?」

再び東條を見やれば、まだ分からない様でますます首を傾げていた。全然使えねぇなおい。
仕方が無いので再び目線を合わせようとしない南に顔を向ける。

「誰だよそれは、どんな奴だ。そんなものすげー相手なのか」
「…いや…別に素行が悪ィ訳じゃねぇんだ、とりあえずは。普通に良い奴だと思うし…でも、なんか恭夜に会わせたら駄目な気がする」
「おま…そんな不明瞭な…」
「あぁ分かった、悪い確かに明確な理由は無い!ただとりあえず話すんだったら2年からにしてくんねぇか、俺が先に3年には会長が来るって言っとくから」
「…まぁそれでも良いけどよ」

納得はできなかったが余りに彼が真剣な様子だった為に、俺は渋々頷いた。どっちにしろ話をしに行くんなら、どこから行ったって同じだろう。
2年Fクラスが今回は一番苛立っているようだしまあ良いかと俺は髪の毛を掻き上げながらそう考え、そそくさとそれじゃあ俺は帰るな、と生徒会室から出て行く南の後ろ姿を目を細めて見詰めていた。



***


――生徒会室から出てきた南がそのまま廊下を歩いていれば、後ろからパタパタと誰かが追いかけてくる音が聞こえた。
先ほどの自分の意味深な行動にまさか恭夜が、と思わず身構え、振り向く南の目に映ったのは、長い髪の毛。

「…東條?」
「えぇすみません、先ほどの話が気になったものですから…会長に言われて来た訳ではありませんよ」
「あぁ、そうか…さっきの話?俺が恭夜に会わせたくないって言った奴の事か?」
「はい。そんな人がいる様には思えませんでしたが…誰の事を言ってるのかと。言いたくなければ別に良いのですが、クラスメイトですし…」

探る様な目線の東條に困った様にうーん、と唸ると、南は少しばかり溜息を吐きだした。それからゆっくりと廊下の壁に寄りかかり、目線を自身の足元に落とす。
しばし考える様に黙った後、体制はそのままに小さく――南は口を開いた。

「…アイツだよ、矢島。東條の歓迎会の時にも一番後ろに居ただろ」
「……矢島……、…あぁ、あの人ですか。彼が何か…?Fクラスの人間にしては大人しいような気もしましたけど」
「学校じゃ大人しいけど、あぁ見えてどっかの族のトップだって話だよ。実際3年Fクラス牛耳ってるのもアイツだろうし、まあ総長だろうが学校じゃ暴れねぇって決めてるみたいだからそこは良いんだけど…アイツと恭夜は、『合わない』って気がする」

ぽつりと最後の言葉は、呟かれる様な小さな声だった。
合わない?と相手の言葉を繰り返し、東條は眉間に少々皺を寄せてその言葉の意味を考える様に押し黙った。東條が矢島なる人物に抱いた印象は、ただ物静かだという事だけだった。ただ静かに、教室の一番後ろで自分を観察するように眺めていた――ただそれだけ。


「…会長にも、合わない方は多くいる様に思いますが…何しろあの性格ですし。矢島君はそこまで会長と合わないと?」
「いや、性格的に…って言うより、うーん…何だろうな…俺も言葉に詰まる、けど、」


言葉を切って、南は顔は俯いたまま、目線だけを上に上げた。
何かあったという訳ではない。先ほど恭夜に言った通り、何も明確な理由は無いのだ。話して見れば、普通に良い奴。南も嫌いでは無く、むしろ好きな部類に入るだろう。


…だけど。


「…喋ってると…分かる。アイツは、…恭夜に、会わせたら駄目だ。矢島に会って、アイツに何か…『何か』言われたら、恭夜は立っていられなくなるかも知れない」
「……え……」

独り言の様なその言葉に、東條は思わず小さく声を漏らした。
そんな彼の様子を気にする事もなく、南は一つゆっくり、瞬きをする。そうしてからゆっくりと、目を開き――再び彼は、声を発した。




「アイツは、恭夜を否定する。だから会わせたくない、…それだけだ」




無理かもしれないけど、とそう言ってから固い笑みを浮かべる南に東條は何も言えず、数秒経って後、ようやっと緩慢な動きで小さな頷きを返しただけだった。




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