初恋(体験版)後
「キミ、大丈夫?」

なんと言うか、あいつらの仲間だと思っていたそのお兄さんは、ゴミと痣と悪臭で汚いボロボロの子供を前にしても何故か妙に落ち着いていた。
死ぬ間際で混乱していた私は呂律の回っていない舌で参加証がどうのとギャンギャン泣き喚いていたと思う。お兄さんは困惑せずに話を聞いてくれた。

「ん?ああ、参加証ね。これ付けてないと怒られるんだっけ。」

隠しから出されたそれは紛れも無く参加証で、やっと味方とも言える人に会えた事が嬉しくて私はひたすら頭を前後に振っていた。

「で、あれが招かれていない客人かぁ。」

自分の服が汚れるのも構わずきったねえ子供を抱き上げて、暴漢共が迫ってると言うのにゴミを払ったり顔拭いてくれたり、明らかにヤバげな連中に囲まれ始めたと言うのに、なんか頭とか撫でてすっごい宥めてくれる。お兄さんはとにかくマイペースだった。

「これで全員?子供一人相手に随分と惨い事するんだね。」

すっかり囲まれ切った辺りでお兄さんは初めて相手連中に顔を向けた、私はとにかく背後に隠れてしがみついているしか出来無かった。
勝手に挑発に乗った相手は冥土の土産にと聞いてもいないのに何か情報をべらべら喋っていた。

「そうか、うん。聞いていた通りだ。
じゃあ好きにしていいって許可を貰っているから。」

その後の出来事は一瞬だった。
目の前で、ARMの発動すら許されなかったそいつらは、一人を除いて全員バラバラになって砕けて、散った。刹那の虐殺を目の当たりにした残った一人は恐怖で失神。さっきまで死にものぐるいで対応していたあいつらの結末があまりにも呆気なさ過ぎて白昼夢でも見ている気分だった。

「…うん、そうなんだ、偶然。1人は生かしておいたから口を割らせないと。まだいるみたい。…わかった、ちょっと待ってて。」

この人は神様か何かなのだろうか、それとも死神?こんな状況にどう反応をすればいいのかわからなくて、やけに手触りの良い服の裾を掴んだまま離さずに私は呆然としながら通信用ARMで誰かと話すお兄さんの声を聴いていた。馬鹿だから何を言ってるかさっぱりだった。

「キミは凄いね。こんなにボロボロになってまで、助けを求めに来た。」

傍から見たら1人でぶつぶつ独り言を呟いているようにしか見えなかったお兄さんは、通信を終えると膝を着いて私の目線に合わせて何か褒めてくれた。怖いから仮面外してくれと思った。

「だって…侵入者にすぐに気付かなかった私のせいで皆死んじゃうと思ったから…。」

「痛かったよね?」

「…痛かった。」

「よく頑張ったね、偉い偉い。」

何だこの人あやし上手か。
張り巡らされた緊張がぷちんと切れて、そろそろ枯れると思った涙は再びあふれ出して自分でもいい加減聞き飽きた泣き声が響いてた。

「キミが落ち着くまでここにいてもいいんだけど、ボクはもう帰らないといけないから」そう言ってお兄さんは私に使われる事の無かった参加証を付けてくれた。

「な…んで…。」

「用事が終わったら帰ろうと思ってたんだ。キミはいい目をしているから、本当は別の物をプレゼントしても良かったんだけど生憎今日は祝いの席でいくつか置いてきてしまったからねその代わり。また会おうよ?会いに来るからさ。」

私の頬に触れてもう一度頭を撫でるとその人は暴漢一人を連れて何処かへ消えた。
お兄さんの手はとても冷たくて、さっきまで熱を帯びていた腫れた頬は嘘のように痛みが消えていた。
その後の事はよく覚えていない。
騒ぎに人が集まってきて、私は医務室に連れていかれた。
体温の低かったお兄さんとは逆に責任を感じて私を抱きしめて一緒に泣いてくれた先輩が妙に暖かかった事は覚えてる。





「…と、まあこの恐怖体験じみたこれが初恋。貰った参加証は今でも大事に仕舞ってある。こんな事件があったものだから使用人も護身術くらいは身に付ける事を義務付けられて、それの成績が最優だったお陰で私はチェスへの就職が決まりましたとさ。はい、いい話でした。」

「……ちょっと待て。」

「何?面白かったでしょ?」

「お前が手に汗握る死線を潜り抜けた初恋体験をした事はよーく理解した。だがな、戦争始まってもピンと来なかったってどういうこっちゃ。」

そう言えばそうだ。何でだろう?どう考えても弱小国くらいなら正面突破で簡単に潰して回れる力を持つチェスのがよっぽどヤバい戦争屋なのに、なんか城にいれば大丈夫って…。

「また廊下の曲がり角から現れて助けてくれるとでも思ってたのかな?」

「白馬の王子を夢見る乙女かよ。」

その顔でくっさい発言するの止めて。虫唾が走る。
こんな事を口にすれば癇癪を起してせっかく出来上がった厨房の料理が台無しにされる事を私は少なからず危惧していたので嫌な顔をしながら舌打ちするだけにとどめて置いた。
ワゴンに料理を全て載せて、本日二回目の「…ってそう言う意味じゃねえんだよなあ」と呟きながら仮面を片手で装着するコウガにはワインとビールの樽サーバーを運んでもらう事にする。いるんだから仕方がない。
年季の入った滑車の音を響かせながら宴の会場まで話の続きを再開した。

「で、そいつとは会えたのか?」

「いいや?全然。」

「会いたくねえのか?」

そりゃあ会えるなら会いたいよ
探そうとかも考えたけど王妃に聞ける立場じゃないし、王様だって同様だ。長期休暇貰って捜索に時間をかけてもいいけれどその為のヒントがあまりにも少ない。名前すら知らないしなんか低体温症で銀髪だったってくらい。あと一人称がボク。そんなありふれた特徴から目的のたった一人を見つけるなんて事は、どうしたって難しい。会いに来るって言っていたけどそんな客人一人もいなかった。

「それにもう7年前の事だし、戦争もあったからとっくの昔に死んでるのかも。」

「チェスだったんじゃねえのか?」

「当然チェスに似た人いないか探して見たけど全然。」

「っくっく…そうかっ…ぶふっ!…っいや、何でもねえっ。」

何わろてんねん
肩を震わせ笑いを堪えるコウガに相当な不快感を抱きながら、なにか言ってやろうかとも考えたけれど宴会場前に到着してしまったのでナイフとフォークを両手に飯はまだかと口を開けて待つチェスの兵隊がいる会場への扉を開いた。

……うん、当然だがいつもより人が多い。
相変わらず王妃と顔の見たことの無いキングはここにはいないけど、ナイト級は全員集まっている。普段は人混に交じって宴の席に姿を見せる事は無いあのキメラでさえもだ。

……あれ?何でハロウィンがここに…イアンとロコは見当たらないし…どんな方法で知ったのか知らないがスノウ姫様発見したから連れ帰るって言ってなかったっけ?まさか全部丸投げか?
人間の方のエドじゃロコの支援ありきでも下級兵が束になった所でどうにもならんでしょ。何やってるんだあのトマト、自分の娯楽を優先するな。

そして玉座に座っているのが、私が初めてお目にかかる本日の主役様、ファントムなのだろう。6年前の戦争で片腕を持っていかれたと聞いていた通り、大量の包帯を巻いている。あまり痛くは無さそうだけど、不便だろうな。髪の色は銀髪、チェスの兵隊の妙な癖とも言える仮面は当然付けていて

「……は?あ?え?」

それは忘れもしない6年前にレスターヴァ城で出会った、老いを一切感じさせない私の初恋の人本人だった。

「久しぶり、随分と強くなったんだね。ホタル。」

手押しワゴンで助かった。トレーだったらきっと落として注目の的になっていただろう。硬直しきっている私の隣でコウガがニヤニヤ笑っている気がした。そんな事今はどうだっていい。

「……名前、教えてましたっけ…?」

どうにか絞り出した言葉がこれってどうなんだろう。もっと言うべきことは他にあるんじゃないか?「その節はお世話になりました」これが先だろう。と、言うかよく私だってわかったな。

「知ってるよ、クイーンに頼んで教えて貰ったから。」

そう言って、外された仮面の下が露になった。

初めてお目にかかる噂の相手として見てみる
なる程、これがメルヘヴン全土を恐怖のどん底に叩き落したという御尊顔か、確かに薄ら笑いが得意そうだ。

初恋の相手として見てみる
何というか、綺麗な顔をしていたけれど思ったよりは普通だった。もっと私達とは明確に違う線引が出来るような、人を超越した何か。そんな理想を勝手に築き上げすぎていたのかもしれない。

そうか、こんな顔をしていたのか。
知らない人は実は知っている命の恩人で
生きていて、死んでいた。

6年前に気付く切っ掛けはいくらでもあったのに、私はずっと棒に振っていたのか。
再開できた嬉しさと同時に見ていた夢が終わってしまった気がして、歓喜と喪失感で胸が痛くて苦しくなった。感情が混ざりに混ざって気持ち悪い。

「失礼します」それだけ言ってその場を立ち去るしか無かった。早くこの場から離れたい。
「今度昔話でもしようよ。」後ろからそんな声が聞こえた。うん、私も色々話がしたい。この7年間あった事を聞いて貰ってまたあの時みたいに褒めて貰いたい。
キャンディスとかロランに何か言われた気がしたけど、宴に参加する気が起きずにふらつきながら私は自室に戻った。片付けるのは私だから、それまでに調子が戻るといいのだけど。





机の引き出しの奥に仕舞ってあったあの時貰った経年劣化で色褪せた参加証を箱の中から取り出して、すっかり力の抜けた身体をベッドに預けた後、それを握りしめて私は7年ぶりに声を上げてわあわあ泣いた。

やっとあえた

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