現金な奴ら
どうも私はあの日を境に恋煩いをしているらしい、仕事が身に入らなくて困っている。

生誕祭の次の日、つまり今日。今後の方針について話し合いをする為、王妃とファントムが二人で会食を行う事になったので姿の見えないキングの分も一応用意して昼の食事を部屋に運んだのだが、何と言うかまあ緊張した。

「失礼します、食事をお持ちしました。」

「ありがとう、ホタル。」

別に何を言われた訳でも無く普通に挨拶を交わして名前を呼んで貰えただけなのだが、たったそれだけの事で顔に熱が上がるのは、はっきり言って異常だ。声は裏返って無かっただろうか、自然にふるまえていただろうか、何より私情を挟んだ事で起こる王妃の前での失態は、許される事では無い。

その後気が抜けたのか他のチェスの兵隊の食事を運ぶ際、昨日からのお祭り騒ぎで昼間っから飲んだくれてる連中が大勢いるのだけれどその人達のグラスに間違えてドレッシングを注いでいたらしい。酒だと思い込んで頭の回らないまま飲み込んでしまった人が多かったようで、食堂中が阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまった。
物凄い形相のキャラ崩壊したペタに「新手の拷問か?」と壁に追いやられながら問い詰められた。命の危機を感じて土下座して謝罪した後ペタが手を着いていた壁を見ると亀裂が入っていた。あの不健康そうな身体の一体どこにそんな力が。と言うかこれも私が修理しないといけないんだよなあ、自業自得とは言え自然とため息が出てしまう。はあ…

「なあホタルちゃん。アンタさっきペタといい雰囲気になってたよな?何やらかしたんだい?まさか愛の告白?ヒューヒューお熱いねえ」

「うるせえ節穴野郎。その見えて無さそうな目ちゃんと開眼してから言え。」

ネイチャーARMを使って細心の注意を払いながら修繕を行っていると背後から声をかけられる、ルーク級のイアンだ。どうやら先程のやり取りを見られていたらしい。

「冗談だよ冗談。アンタこう言う話苦手なタイプ?余裕無いねえ。」

「黙れ。ルークのイアンはマヨネーズ派でケチャップ派のハロウィン派閥と戦争を起こそうと企んでいるなんて身も蓋も無い噂流すぞ」

「訳わからない上にすっげえ陰湿だなアンタ…」

職業柄得意な方ではあるが、私はチェスの兵隊全員の顔と名前を完全に記憶している訳では無い。チェスに就職してまだまだ日が浅いのと、修練の門での修行と城の管理に時間を費やしているので覚えている暇があまりないのだ。
さすがに上級階級の人間は覚えているが、数の多いビショップ以下の人間の記憶は中々に曖昧だ。そんな中このイアンと言うニヤニヤ笑っている糸目のルーク級の人間の事はよく覚えている。

ファントム復活の前夜祭と言う名の連日の宴で(お前ら騒ぎたいだけだろ)減ってしまった酒の在庫確認を変な時間に思い出し、明け方酒蔵に行ったのだが何故かそんな不自然な時間にこの男がいて発泡酒を抱えていたのだ。
眠い目を擦る私と鉢合わせてバツの悪そうな顔で冷や汗をかいていたイアンは、すぐさま瓶を背中に隠すと引きつった顔で口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。あまりにも古典的過ぎてどう反応していいかわからなかった。
「あの時はあんな時間まで起きてたから頭が回って無かったんだよ、普段のオレっちならもっとうまくやるし?」と後に奴は語る。反省しろ。

それはともかく、あれ程の兵がいるともなると上級兵優先で飲み物を回される為、ルーク級以下下級兵には満足できる程のアルコールを取る事は中々難しいらしい。なので飲み足りない下級兵が酔った勢いで集まって酔った勢いで酒を飲む方法を模索していたとか。で、こんな時間なら厨房か酒蔵に忍び込んでこっそりパクって来るのが手っ取り早いと言う話落ち着いた。ここまでは良かったのだが

やれ「バレたらホタルとか言うここのメイドがキレる」だの「あの姉ちゃん料理人だろ」だの「雑用だろ前買い出し行ってたし」「オレはてっきり庭師だと…」「魔力あるから元兵士だと思うわ」とか私に関するどうでもいい雑談に発展してしまったので、とにかく飲みたいだけのイアンが痺れを切らして一人忍び込みに来たらしい。
「それ王妃の秘蔵の年代物の発泡酒。」と、急造の嘘で問い詰めた時にあっさりと白状してくれた。悪ガキかあんたらは。
ちなみにそんなヤバい物は人員削減のせいで錠一つ付けただけのガバガバセキュリティと化した酒蔵に保管なんてされていない。今度ガリアンにでもいい方法は無いか相談しようと考えている。

「で、何の用?そのニヤケ面引っ提げて酒たかりに来たとか面白くない事言いに来たの?」

「お、さすがホタルちゃん話がわかる!」

「帰れ。連日の宴で食料管理がキツいって話はあんたが青ざめながらビール瓶抱えている時に散々したと思うが?」

「そんなつれない事言わないでくれよ、今機嫌良くてさ。ギンタって知ってるだろ?オレっちの腕折った奴!」

「ああ、異界から呼ばれたって言う人ね。で、そのキンタ君が何?」

壁の修繕が無事終わったので次の仕事の為に移動を始めると頼んでもいないのにイアンが肩を並べて歩きだす。
鬱陶しいことこの上ないが話が終わっていないので仕方がない。

あの日、体調が落ち着き宴の終わったであろう時間に片づけに会場に戻るとロコ(小さい子は目立つから覚えた)と腕の折れたイアンが戻って来ていてハロウィンが騒いでいたのだ。あのうるさい笑い声のお陰でチェスの兵隊は全員異界の人間の存在を知っていて、6年前の戦争でファントムの使っていた生きたARMバッボが向こうの手に渡っていたのもあって一度宴が終わったと言うのに盛り上がりが凄かった。
その勢いで二次会が始まったので私は頭が痛くて仕方が無かったし、スノウ姫奪還が中止になった知らせもあってマジカル・ロウが不安と安心で辛そうな顔をしていた。
そして9人いたポーン兵は皆死んでしまったらしい。おそらく運悪く人間の方のエドワードが起きてしまっていたのだろう、可哀想に。ハロウィンが宴を優先せずにいたら今日だって生きていられたかもしれないのに。

「そう、あの後ギドが癒しの天使で治療してくれてさ、直ぐに治ったの。これが愛って奴?あ、ギドってのはオレっちの恋人で、将来を約束した仲!ホタルちゃんにはまだ話して無かったよな?あとキンタじゃなくてギンタな。」

よく口の回る男だな。
無駄に仕事を増やしてしまった自分も当然悪いのだが時間が押しているからいい加減帰って欲しい。気の抜けたビールでも投げてやったら帰ってくれるだろうか。

「ああ、ホタルちゃん怒らないでよ。つい惚気けちまったけどさ、話の肝はそこじゃあないんだ。あんたルーク級だったんだな?ピアス穴空けてないからわかんなかったよ。」

「ちゃん付けやめろ馴れ馴れしい、そもそもその出処不明の情報どっから出てきた?私はルーク級どころか階級無しだ、ポーン兵以下だ。」

そう、実は私にはビショップだとかポーンだとかの所属する階級と言うものが存在しない。
マジカルロウやピノキオンなんかの王妃の息がかかりまくってる人間で無ければ本来はペタが実力を見て階級を決めるのだが、何をやっていたのかは知らないが生誕祭が近かったここ最近、奴はずっとメルヘヴン中を回っていたので保留の状態で今に至るのだ。

「アンタ冗談下手だな?ポーン兵以下とかマジねえわ、魔力の感じからすると少なくともその辺のビショップよりは強いだろ?」

「才能あるからな」

才能が無かったら7年前のあの件で逃げ延びる事なんてまず出来なかっただろう。その後の「使用人も護身術くらいは覚えようキャンペーン」でめきめきと実力を付けその辺の兵士より強くなってしまった私は「軍人さんの家系に産まれるか男の子ならねえ…」と祖母ちゃんの頭を悩ませたのだ。他の成績が中の下くらいだったのもあって余計に悲しまれた記憶がある。
お陰で王妃の目に留まって生きていられるのも確かだし、繊細過ぎない仕事加減は荒くれ物も多いチェスの兵隊とは相性がいいようだけど。

「強いとは言ったけどすっげー自信だな。オレっちそう言うの好きよ?今度手合わせしてよ。」

「時間無いから嫌。訓練以外の戦闘経験無いから加減出来ないし。」

「加減って何?所詮ルーク級だからって見下してんの?ムカつくなあ、オレっち将来ナイト級になる器の男だってギドに言われてるんだけど?」

隙あらば惚気てくるなこいつ。
こんな所でピキられて面倒事になるのは困るので、加減と言うよりは余力を残しとかないと本業の方がおろそかになると言う事と決して見下してはいない事、あとやりすぎるとまたペタに怒られるし今度こそ制裁だと言う話を大雑把に伝える。
「うーん…ま、そういう事にしといてやるよ。」
と、頭を捻りながら一応は納得してくれた、やれやれだぜ。

「で、私がルーク級と勝手に思った訳は何?」

「そうそう、本題ってのはその階級絡みで伝言を伝えに来たんだ。」

「伝言?誰から」

「ファントムから」

「ふぁ…!?」

「さっきギンタの話しただろ?その事についてロコちゃんとハロウィンと一緒に呼び出されててさ、その時ついでにホタルちゃん呼んで来るように言われたからオレっち立候補したの。だってほらオレ達仲良いじゃん?」

お前数日前に少し会話しただけじゃねえかと言う突っ込みはこの際無しだ。
呼び出されてしまった。そうか、ペタは代理なだけで普通はあの人が階級を決めるのか。直ぐに言った方がいいに決まってるけど、どうしよう。髪の毛くらい整えて行こうか?服は乱れていないだろうか?ああ無様な姿を見せたらと思うと。

「それで、ビショップ級のピアスが用意してあったのが見えたからホタルちゃんの事勝手にルーク級だと思った訳!いやまさか階級無しだったなんてな。そう言えば城にはずっといたけど正式にチェスに入ったのは最近なんだっけ?……おーい、聞いてる?」

聞こえてる聞こえてる





「彼女と幸せにな。」

すっかり気分の良くなった私は、部屋に戻って簡単に身支度を整えると何かあった時用に自前で用意しておいたそこそこ良質な発泡酒をイアンにプレゼントして親指を立てて祝福した。

「嬉しいけどさ、普通逆じゃね?昇級したのアンタじゃん?」

「いいの、せっかく昇級の話を伝えに来てくれたのに嫌な気分にさせたみたいだから、そのお詫び。結構いい酒だぞ。」

「なんだアンタやっぱいい奴じゃん!ホタルちゃん昇級出来て良かったな!オレっちもすぐギドと一緒にそこ行くからさ!待っててくれよな!」

我ながら現金な奴だとは思うが、それは相手も同じようだ。案外まともに会話したら気が合うのかもしれない。
こんな機会だから昇級式まで付いていきたいと言っていたが、この後イアンは彼女と何処かへ行くらしい。「デートか?」と聞くと「んー、まあそんな所!」と言っていた。ついてこられても困るので助かった。

「今度ギドも混じえて一緒に3人で飲もうぜ、じゃあな!」

今度って何時だろうとか、そんな暇私にあるかなとか、でもたまにはそう言うのもいいかもなとか思いながら、私は鼻歌でも歌いそうなくらい気分を良くしながら長い袖をひらひら揺らして手を振るイアンの後ろ姿を見送った。

まさかあんな事になるなんて思いもせずに。

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