初恋(体験版)前
簡単に自己紹介をすると、私はレスターヴァ城の使用人として雇われている、まあそこそこ名の通った家柄の人間だ。
それが気づいたらどうだ?王様が後妻を見つけたと思ったら妙な集団が戦争吹っ掛けて来て終わったら何か仮面被った怪しい人間が増えて明るかった雰囲気の城の中が次第に暗くなって、ついには空を飛びだした。この間7、8年。そう言えば最近王様の姿を見ていない。
スノウ姫様が明け方こそこそと犬人間のエドと裏口から出て行ったのを寝ぼけ面で眺めた辺りでヤバいと確信した私はそろそろお暇でも貰って逃げようかと荷物をまとめていたらなんと王妃から直接お声が掛かかったのだ。次の就職先の手配の話、チェスの兵隊。NOと返事をすれば地下牢行き、実家は没落。まんまと逃げ遅れたそこそこ華やかだった私の人生はこうしておかしくなったのだった。

「はあ、世知辛い」

哀しい事に今、レスターヴァ城の管理は殆ど私がやっている。
ペタとか言う城の中で4番目くらいに強い黒いワンピース着た男に有無も言わさず修練の門に叩き落された甲斐あってARMで城中の掃除は1人で終わらす事が可能になった。

今日は先程墓の下から6年ぶりに地上に戻ってきたファントムの生誕祭(よくわからん)を祝うための宴の準備をいつものように押し付けられたので誰の助けも借りずに1人寂しく厨房で料理を作っている。誰か手伝え。

「よおホタル、何か食う物無えか?」

「……!…なんだコウガか」

都合良く現れたこの大男の名はコウガ。美形の男を見る度に癇癪を起してねちっこいストーカーを始める顔面コンプレックスをお持ちの、下劣な話に登場する悪役のような何処をどう切り取っても美しい要素がまるで無い哀しい奴だ。ナイト級にまで上り詰めた努力だけは美しいのかもしれないけど。
王妃の客人だと思っていた使用人時代に夕食の場に現れなかったコウガを部屋に呼びに行った事があったらしいのだが(覚えてない)どうもそれが泣く程嬉しかったらしい、乙女か?
たったそれだけの事で感動出来る感性豊かなこの大男は私が正式にチェスの兵隊になると俺の隊に寄越せと必死でペタに掛け合っていた。丁寧にお断りさせて貰った。つまり私に直属の上司はいない。強いて言えばレスターヴァ組のクイーンかマジカル・ロウなのだろうけど。
そんな訳でこいつは私がうっかりナイト級のガリアンの顔面にケーキを叩きつけるなんて大ポカをやらかしても割と庇ってくれるし(別に怒ってはいなかった)、腹が減ればこうして飯をたかりにも来る。今も勝手にステーキの脂身とカピカピに乾燥したチーズと野菜の切れ端を焦げたパンに挟んで勝手に食っている。残飯処理班かお前は。

「で、アンタはたった一人で会場のセッティングと料理を作らされてる私の手伝いもせずにわざわざ宴前に生ゴミ漁りに来たわけ?」

「オレは捨てられた食いもん掘り返すほど落ちぶれちゃいねえっつーの!
……愚痴だ愚痴!皆してファントム相手にキャーキャー金切り声上げやがってよ!」

「そりゃ上げるでしょ。最高戦力が地獄の底から戻って来たんだから。」

「そう言う意味じゃねえんだよなあ……」

ため息をつきながら余りものサンドを片手に綺麗に磨き上げられたグラスを一つ手に取るコウガは、探していた栓の開いたワインボトルが何処にも無い事に失望すると、「しけた厨房だぜ」と文句を吐きながらグラスに水を汲んでそのまま喉を鳴らして飲み始めた。連日あんたらが急に宴おっぱじめるから食材管理も大変なんだよ。この輸出入が面倒で空中庭園な状況で買い物に行ってるのは誰だと思っているんだ?神様に見放されたそのブッ細工な顔面ワインボトルでカチ割るぞ。

「うぷっ、飲み過ぎた……にしてもこれから毎日あの面拝んでキャンディスの黄色い声聞く生活を強いられると考えると心底ムカムカしてくるぜ。なあ?」

「そんな事言われても知らん、私ファントムの顔見たことないし。あと吐いたらペタにチクるから。」

「オイオイオイ、いけすかねえ顔全土に晒してメルヘヴンを恐怖のドン底に突き落としたあの薄ら笑いを知らんってお前6年前何やってたんだ。」

「城で仕事。」

当時からクソガキだった私はレスターヴァにいれば絶対安全だろうとナメた考えで構えていた為周りの大人が騒いでいても戦争とか言われてもいまいちピンと来なかったのだ。全国中継されてる時は使用人監視官の目から逃れられるから少しだけ仕事サボれてラッキーくらいにしか思っていなかったしね。どの道人が死ぬ試合が8割だったそうだから大人は見せない様に必死だったので結果オーライって事で。

「あと拝んだとしても忘れてる、6年前だし。OK?」

「へいへい、オーケーオーケー。つまんねえ奴だなお前。」

「人が珍しく過去を語ってやったのに何だその態度は。あんたのギャグめいたテンプレ失恋話より100倍面白いわ。」

「おまっ…人の繊細で淡い恋心の玉砕過程をギャグとテンプレの二言で片付けやがって…!いいか、どれも全然違うぞ?まず最近の奴だがな、オレはアカルパポートで優雅にティーでも嗜もうかと店を物色していたら港で船が転倒して困ってる女性を見つけたんだ。そこで紳士的に一緒に茶でもどうかと声を掛けた後ガーディアンARMクンフーフロッグで……」

事細かく語りだしたが要約すると最終的に顔と見え見えの下心のせいで振られたにオチるのだこの男の「繊細で淡い恋心の玉砕過程()」は。
20分かけて5パターン程話を聞かされてもやっぱり同じオチだったので「どれも全部同じテンプレな失恋じゃん」と感想を述べると「これだから恋した事無え奴は…」と憐れみを込めた声色で呆れられた。

「失敬な、私だって恋の1つくらいはした事あるが?」

「え、マジ?酒のツマミに聞きてえ。」

「それ水じゃん。」

「細けえ事はいいんだよ。」

そんな訳でこんな雑な導入で本題だ。昔話をしている間に最後の料理が焼きあがるだろう。
あれは7年前の戦争が始まる少し前。新王妃婚礼1周年の祝いも兼ねて、レスターヴァ城で華やかな仮面舞踏会が行われたのだ。各国の王族貴族が招待されて城の中は大忙し。使用人見習いとも言える私や引退した祖母ちゃんまで駆り出されてとにかく現場は大混乱。

「ああ、あのチェスの兵隊が下見も兼ねて行った舞踏会な。オレは身体のデカさを理由に呼ばれなかったからよく覚えてるぞ。」

「やっぱチェスの兵隊混ざってたのかよ、通りで人多いと思ったわ。」

見習いの私は客人のもてなしを任せられる立場では無かったので、とにかく裏で雑用をこなしていたのだ。ゴミの処理とかトイレ掃除とか備品の補充とか買い出しの補佐とかそんなの。
で、買い出しの補佐で忙しく戻って来た時に一緒にいた先輩達が他の仕事に速攻で回されて私は1人で大量の荷物を裏口から食糧庫だとか酒蔵だとか倉庫だとかに全部運び込まないといけない事になった。

「わかった、そこで荷物運び手伝ってくれる奴が現れてそいつに惚れたんだろ。」

「お前そういう所だぞ?黙って聞いてろ」





「人手が空いたらそっちに手を回すから今は1人で頑張って」

普通に優しかった先輩達のありがたいお言葉に1人泣きそうになる事も無く、私は人手を待ちながら淡々と荷運びをしていた。今日の夕飯はきっと豪華だろうとか考えていた。
そこに、一人の仮面を付けた男が現れたのだ。
舞踏会はもう始まると言うのに、1人重労働をこなしている私に憐れみを感じたのかその男は私の制止の言葉なんか気にも留めずに沢山の部下を通信ARMで呼びだして、私の案内の元、荷運びを手伝ってくれた。
多少なりとも労働でくたくたになっていた私は、その男が正式な客人が持っている筈の招待状に同封されていた参加証を身に付けていない事にその時は気付いていなかった。
数往復かかる仕事は一瞬で終わり、礼を言って名前を聞こうとした時だ。

「……始末しろ、無知な子供とは言え生かしておくのは危険だ。」

「可哀想に、反レスターヴァ派の物好きの金持ちなら喜んで買い取ってくれるだろうになあ。」

後から聞いた話だが、その頃にはまだ頭角を現していなかった現王妃に不満を持つ前王妃絶対主義者のテロリスト集団が、人が集まるこの機会を狙って事前に調査しておいた方法でレスターヴァ城に入り込み、内乱を起こすつもりでいたらしい。
こいつらの言う無知な子供だった私はまんまと利用されて爆薬なんかを仕掛けるのに調度いい人の少ない倉庫に案内してしまったのだ。

逃走を図ろうとした私は腕を掴まれひっぱたかれ、そのまま指示を受けたテロリスト一人に倉庫の外へと連れ出され、さらに人気のない所へと案内をさせられた。腕を引かれ怯えながら殺されるのを待つだけになった私は、無意識の内にゴミ捨て場を死に場所として選んでいたようだった。
そこはただのゴミ捨て場じゃあない。
レスターヴァ城は何だって持っている、お金だって地位だって名誉だって持っている。当然、城で大量に出るゴミを処理する施設だって持っている。
ゴミ捨て場にあるのは、子供一人が通り抜けられるくらいの、地下のゴミ処理部屋に繋がるダストシュート。

その後は勢い任せ、躊躇しているテロリストの指を食い千切る勢いで噛みついて、腕が離れ自由になったらダストシュートに身を投げた。
連日の準備で大量に出たゴミが緩衝材になってくれたお陰で、それでいてガラスの破片なんかが刺さる事も無く奇跡的に少しの打ち身で済んだ私は地下からレスターヴァ城内に戻る事が出来た。

仕事の落ち着いた先輩達が行き違いで私の代わりに殺されるかもしれない事にも恐怖しながら、とにかく城の廊下を走った。もう舞踏会は始まっていたみたいで、いつも人通りの少ない地下から続く廊下は絶望的な程人影が一切見当たらなかった。パーティーホールから遠く聞こえる当時の私の状況とまるで不釣り合いな音楽を耳に死に物狂いで走って走って、曲がり角から現れたようやく見つけた人影に希望を見出して私は叫んだ。

振り向いたその人は身なりが綺麗で仮面越しでもわかるくらい良い顔してますオーラが出ていて、けれどその時一番会いたくなかった参加証を身に付けていない人間だった。
力が抜けてその場で転んだ。後ろから次第に近づいてくる騒がしい足音と前から音も無く近づいてくるその男の挟み撃ちはとにかく恐ろしくてゴミだらけのまま誰に知られる事も無く私はこのまま死ぬんだなと悲しくて悔しくて、頭の中で家族に謝罪をしながらどうしようもなく涙が溢れて止まらなかった。

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