なけなしの人間アピール
「オレを殺してくれないか。」


隙を見て誰も来ないような部屋にミツキを連れ込んで二人きりになったのを確認すると、特に前置きも置かずに本題をさっさと切り出す。
もう数年は手入れをしていないだろう事が伺える埃と虫の死骸でまみれた辛気臭いこの部屋はそんな話をするのにうって付けだった。
彼女は特に驚きもせずに「今、こんな所で死にたいんですか?」と、何時もの冗談だか本気だかわからない態度で聞き返してくる。


「タトゥが全身を回り切る、その直前に。」

「まあ、当然その時期でしょうね。」


ウォーゲームがオレ達の勝利で幕を閉じ早数日。急激に進行の進み始めたゾンビタトゥと、捜索の終わらないファントムの行方、見つからない他の対処法に、皆焦りながら日々を過ごしていた。今日だって皆、あの審判の後を追ってレスターヴァへのアンダータを入手しようと足を運び、図書館に籠って何か方法は無いかと宛てもなく文章の海を探索している。


「思うんですけどいっその事回り切らせるのも一つの選択だと思うんです。ああ、あなたが嫌なのは重々承知しています。」


外で風がガタガタとガラス窓を揺らしている。
嫌悪感を覚えるその提案にオレが何も返事をせずにいる事を確認すると、一呼吸置いて、ミツキは話を続けた。


「今は無理でも、カルデアと繋がりを得た今、時間をかけてでも呪いを解く方法は見つかると思うんです。不死の身体になっても、戻る方法を1から生み出す事は出来ると思うんです、だから。」

「そんな事だって、可能かもしれないね。」


正論だけを語っているように錯覚させる事が得意な彼女との会話は、思考が落ち着きを取り戻していないこう言う時に本当に嫌になる。
次は何を言われるんだろう?目の前の異界の人間はやはりオレ達とは何処か思考回路が違うんじゃあ無いだろうか?血は通っているんだろうか?
彼女だってオレの為に動いてくれているのに、負の感情ばかり溢れ出て


「…けれど、キミ達が歳を重ねて、1人また1人とオレの前からいなくなって。そんな嫌になるような長い時間をかけてようやく見つかる物だとしたら、どうすればいい?
……異界に帰って、責任を取らずに過ごす事の出来るキミだから、そんな事が言えるんだよ。」


今だって異界の話を持ち出して当たり散らすような卑怯な言い方で、話を締めくくろうとしている。


「…ええ、そう思いますよ。あなたの意思も感情も、あなたにしかわからないんですから、当然です。」


彼女なりの気遣いだろう言葉を無下に扱っても、言葉を詰まらせる事無くこの子はいつもこうして淡々と話を続けられる。
いつ死んだのかもわからない、カラカラに乾いた虫の死骸を踏み潰しながら嫌な顔一つせずミツキはオレに向き合った。


「届くのは必死になっている私達の感情だけで、先の見えない理想論やキレイ事なんて何の役にも立たない只のガラクタだって、そんなのとっくの昔にわかっています。でも、それで少しでもあなたの精神が楽になってくれたらって思いながら動いているんです。」

「キミ達がオレの為に必死になってくれている事は、凄く嬉しいよ。」


それでもミツキにこんな頼み事をするのは、彼女なら躊躇せずにオレを手に掛けてくれると言う安心と信頼をどこかで感じているからだ。


「『皆』哀しみますよ?」


今だって彼女の言う『皆』の中に冬村ミツキは存在しない。


「だからキミに最初に頼むんだ。」


「……誰にも言っていないんですね?少しだけ待っていて下さい。」


ミツキは部屋の周りに誰もいない事を外に出て確認すると、経年劣化で建付けの悪くなったうるさい扉に鍵をかけ、窓ガラスに色あせたカーテンを引いて回る。
薄暗くなった部屋の中で人の気配を魔力で察知するあのレーダー付きのARMを発動させ、急に人が近づいても直ぐに対処出来る様に徹底的に準備を整えた。


「今ここでぶっ殺して隠蔽するつもりは無いので安心して下さい。」

「わかっているよ。」


壁を背に、その場で時間を掛けて埃だらけの床に座り込む、普段のオレなら立ったままでいられるのに。ここに来て話を終わらせるだけでこんなにも疲労を感じる事に、やはり長くは持たないと確信して嫌になる。


「私、嬉しいんですよ?」

「何が」

「私の事長い間警戒していたあなたがこうして信頼を置いて約束を取り付けてくれることが。」


ああ、そう言えば。そんな事もあったな。
いつから彼女を仲間として見る事が出来たのだろう。


「約束通り時が来たら遠慮せずに天国に送ってあげます、別れの言葉も言えない位、楽に送ってあげます。その代わり、私の条件をいくつか飲んでください。
死んだ後、化けて出ないで下さいね。もし私が同じ様な事になったら、躊躇せずに殺しに来て下さいね?楽になれる方法がいいです。それと…」

「おいおい、多すぎだろ。」


一つ二つ返事で終わると思った彼女の話と要求は、留まる事無く溢れ出てくる。
「ベルに嫌われるのは嫌だな」とかそんな事もこぼしている。
「これじゃあどっちが頼み込む方かわかった物じゃあ無い」と、少しだけ気が楽になったオレは普段彼女と普通に会話するように文句を垂れる。


「自分殺しの依頼をしておいて何を言っているんですか、自殺志願者。ここまで条件を飲んでもらわないとやっていられない位、割に合わないんです。…じゃなくて、あなたを手に掛ける事は嫌なんだって、伝えたかったんです。約束は守りますよ?得意ですから。」

「ギンタと昔何か約束していなかったか?」

「あれは敵相手限定の話。と言う事にします。屁理屈並べて撤回するのも、得意ですから。」


そう言って、ミツキは今のオレの身の丈に合わせて膝を着く。


「頭、触っていいですか?一度くらいは掌を貫通するかどうか確かめたかったので。」

「好きにすればいいさ。」


相変わらず失礼なミツキの要求を呑んでやると、ARMを床に置いて腕を伸ばしてぎこち無く触れて来た。正直、こうして彼女から触れに来る時が来るなんて思ってもいなかったし、当のオレも積極的にじゃれ合いに行くような生き方をして来なかったから、一生縁の無い事だと思っていた。


「やっぱり、髪質は硬いんですね。でも、別に刺さるような事は無くて…」


慣れない手つきで人の頭を撫でまわしているミツキは、次第に顔を俯かせ、信じられない事に涙をボタボタ垂らして泣いていた。
あの何処か冷めた女が、血の通ったオレ達同様塩辛い液体を溢れさせて泣いていた。


「……お前、泣けたんだな。」

「失礼ですね。それ言ったら私だってアルヴィス君が泣く所なんて想像出来ませんよ。

今、こんなにも衰弱して辛い状態の筈なのに、生き続ける選択だって出来る筈なのに、死ぬ方がマシだなんて言って涙の1つも流さないなんて。どうやったら泣けるんですかあなた。変ですよ、変。あなたが死ぬ事を受け入れて悲しんでいる私だけが馬鹿みたいじゃないですか……。」


ミツキは腕を下ろして床に置いた武器を抱き抱える、それで、少しだけ会話が途切れた。相変わらずガタガタとうるさい窓ガラスの音に交じって鼻をすする音が響いて、部屋の中は薄暗いから、おおよその時間帯もわからないままだった。


「…私、アルヴィス君の事、好きですよ?優等生面して『キミ』だなんて呼んでおいて、急に『お前』呼びに変わる何処か素行の悪い所とか、大好きですよ?」

「……今更そんな事を言われたら、お前にこんな汚れ役押し付けた事を後悔するだろ。」

「汚れ役なんて、私の専売特許だからいいんです。他の方に頼んでも、同じ様に哀しむんですからこれでいいんです。……それに、こんな事先に言ったらきっとあなたは止めちゃうじゃないですか。折角私を信頼して約束事をしようとしてくれたのに。最初で最後になるかもしれない願いを聞き届けられないなんて、……嫌じゃ無いですか。」


次第に声までもを震わせ始めたミツキを見かねて、オレは前髪で見えない彼女の目元へと手を伸ばしていた。振り払われる事も無かった指先から生暖かい液体が伝って落ちる。


「……らしくない事やめて下さい。拭ったりなんかしたら、戻った時に目を腫らした私を見て、皆に何かあった事を感づかれるじゃないですか。」

「ごめんな。」

「どうして『ごめん』なんですか。いつもは『すまない』じゃないですか。自分のキャラくらい守って下さいよ。」

「ごめん。」

「……顔を洗ってきます。そろそろ戻らないと。」


そう言うと、俯いたままミツキは奥の部屋へと姿を消した。一瞬だけ見えた彼女の顔は、嫌な事を受け入れ傷付く子供のようなボロボロに歪んだ表情で、オレは最後の最後にミツキの人格を形作っていた表層を剥いで見ては行けない物を見てしまったのだと少しして気づいた。

遠くで蛇口を捻る音と、水の流れる音が聞こえる。外はいつの間にかガラス窓をうるさく鳴らす事をやめていた。
ミツキが再び姿を現す時は、きっと少し疲れ目になっているだけで何事も無かったかのようにいつもの態度に戻っているのだろう。そう言う人間だ。

彼女が泣こうが喚こうが今さら『これ』を受け入れるつもりは、一切考えていない。
絶望的な状況の真っ只中で、今更取り引きをなかった事にするつもりも無い。

けれど時間は、ほんの少しだけどまだあるから、最後の最後まであがいて抵抗して、生き延びて。
全てが終わって落ち着いた頃に「あの時オレの為に涙を流してくれて嬉しかった、ありがとう。」なんて皆の前で礼を言ったら、「急に何を言うんですか」とか言って珍しく慌てふためくミツキの姿を見る事も可能かもしれない。

そしたら、アランさんやナナシやドロシーがからかい始めて、ジャックが余計な事を言って怒らせて、ベルやスノウが騒ぎ始めて、ギンタとバッボとエドワードは…

そんな未来を夢見る為にもう少しだけ頑張るのも悪くないなんて、思ったんだ。
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