遠い記憶の無意識が
バトルで無事勝利を収めいつも通り宴会が開催された夜、私は部屋に戻り休息に入ろうと冷えた城の廊下を歩いていた。

行きの時には無かった人の気配を談話室から感じとり、寄り道がてら部屋を覗き込む。
中には酒をちびちびと嗜んでいるおっさんと机に突っ伏しているナナシさん、そしてなんだか眠そうなアルヴィス君と寄り添っているベルちゃんがいる。
この様子だと宴会が終わり城に戻って来たはいい物の、飲み足りないので二次会でもやっていたのでしょう。

「よぉ、ミツキ。こそこそ何のぞき見してんだ。」

酔いが回っていながらも気配を感じ取ったおっさんと目が合い(反らしました)、このまま無視して部屋に戻るのも何なので少しだけ輪の中にお邪魔する事にした。

「まだ飲んでいたんですか。」

日本時間で言えばたかだか0時を回ったかどうかなのですが、試合に影響を及ぼさないよう最近早めの睡眠を取るように心がけているので3人…4人?がやけに遅くまで起きてるように感じる。

「おめえこそこんな遅くに何やってるんだ。」

「不具合の起きていた風呂がさっき直ったので入りに行ったんですよ、今日はバトルに参加しましたからね。洗い流したかったので待っていたんです。」

「はーご苦労なこった。」

「何がご苦労なのかはわかりませんが私は部屋に戻ります。今日もお疲れ様でした、おやすみなさい。」

話を切り上げてさっさと部屋に戻りましょう、酔っ払いに絡まれる程面倒な事はありません。ドロシーさんとスノウ姫は、おそらくもう眠っているでしょうね。起こさないようにしないと。

「ついでだ、こいつ部屋に運んどけ。」

踵を返し、談話室を後にする所で呼び止められる。
嫌な予感を抱きながら振り向くと、赤ら顔でおっさんは曲げた人差し指をちょいちょいと動かしていて、案の定その先には知らない女の名前を呼ぶナナシさんが項垂れている。

はあ?なんで私がそんな事しないといけないんですか?心底嫌そうな表情で言葉に出さず顔で答えを返した。

「部屋に戻る時おっさんかアルヴィス君が連れてけばいいじゃないですか。私は15歳児のお子ちゃまなのでさっさと眠りたいんです。」

「悪ぃけど俺ら、今から3番目の男ガイラんとこ行ってあいつらの様子聞きに行くつもりなんでな。」

ギンタ君とジャック君の事だ。
彼らはたまに、ガイラさんの所に行って稽古を着けて貰っている。何でも男同士の特訓だそうだ、アルヴィス君がいるのも見た事がある。今日はエドワードも向こうで見学しているらしい。

「3番目の男呼び好きですね。それ二人で行く必要あるんですか?」

「ついでに今後の方針も話し合うつもりだ。」

「クロスガードの?こんな時間に?」

三次会開きたいだけでは?
突っ込みを入れるとおっさんは「つべこべ言うな」と何時もの便利で都合の良い台詞で押し切ろうとする。権力のある大人の特権だ、これだからこの人苦手なんです。

「そう言う事だ、こんなとこに置き去りにしてナナシに風邪をひかれても困るし頼んだぞミツキ。」

「はあ、何で私がこんな事頼まれないといけないんたか…」

「お子様には手ぇ出さないだろ。それともなんだ?お前何か期待でもしてんのか?」

ブチッ
温厚に物事を済ます気にさせない心底嫌悪感を沸かせるパワハラ発言に、頭の至る所の血管が浮き出るのを嫌でも感じた。アルヴィス君とベルちゃんがヤバい物を見て目が覚めたと言わんばかりの顔で私を見ている。
何?言っていい事と悪い事の区別も付かないんですか?酔ってるからですか?ラプンツェルになりそう。
口の端を吊り上げてニヤつくおっさんを舌打ちしながら睨みつけ、ソファに置いてあるクッションを掴んだ。

「ま、精々襲われないよう気をつけるんだな。」

「貴方からそんな男女のいさかいを期待するような発言が出た事に驚きましたよ。ゲテモノ料理でも食べましたか?具合が悪いのでしたら布団に入るのが一番だと思いますがっ。」

和解する気を一切感じさせない追い打ち発言に返すよう掴んだ物を渾身の力で投げてやった。
酔っていようが相手は現クロスガードトップの男、クッションはおっさんの残像を貫き空を切って壁に叩きつけられる。
反動で壁に掛けてあったよくわからない絵が落下して音を立てた。

「おー、怖い怖い。」

そう言うと、酒とつまみを持って私に憐れみの目を向けるアルヴィス君達を連れて外に行ってしまった。
行き場を失った怒りをどうしてくれよう。私の掌は爪が食い込んで流血一歩手前まで行っている。

「ぜ、全国中継中レギンレイヴステージの角に足の小指ぶつけて骨折して恥かけばいいのに。」

結局暴言に頼る。
この時はまさか6thバトルでもっと酷い恥をかくなんて予想もしていませんでしたが。





次々に寝言からこぼれ出す知らない女を呼びながら、それはもう気持ちよさそうに眠っている盗賊のボスを担いでどうにか扉を開き、部屋に入る。
これが俗に言う『誰よその女!』案件ですか。知ってる女性の名前呼ばれてもそれはそれで問題ですが。

部屋の中は不自由な暗さではありませんでした。女子部屋とほぼ同じ間取りですしさっさとナナシさんをベッドに放り込んで帰った方が無駄が無いと考え、灯りも付けずに歩を進める。
一瞬おっさんのベッドに寝かせておこうかとも考えましたが、そんな嫌がらせ気にも止めないだろうと思い直ぐに考えを消し去りました。そもそもどれが誰のベットかなんて知りません。

扉から一番近くにある、使用人によって綺麗にメイキングされたベッドの毛布を剥がし、シーツに包まれたマットレスの上にナナシさんを雑に寝かせる。ああ重かった。異界の住人補正があろうが面倒事の時は重く感じるのです。

「ワイは寒い…」

寒いんですか。
そんなあなたには備え付け毛布のプレゼントです、適当にかけてあげましょう。
そう考えて毛布を再び手に取ると、布の擦れる音でも聞こえたのか呻き声を上げながらナナシさんが目を覚まそうとしていた。

「あたま痛……ミツキちゃん?なんでここに…」

「おっさんに頼まれてここまで連れてきたんです、もう帰りますねお休みなさい。風邪はひかないで下さいね私が怒られるので。」

「ほなおやす…あー…ミツキちゃん戻る前にちょっとこっち来て。」

「私眠いんですけど。」

「いいからいいから、ちょっとそこ座って。」

何がいいのだろう。
酔っ払い特有の説教でも始めるつもりでしょうか。
溜め息を吐いて、ベッドに腰を掛けた。マットレスの軋む音が聞こえる。

どうせ明日は私がバトルに出る訳では無いのでこうなったら、うつらうつらしながらでも適当に相槌を打ってアルヴィス君達が来るのを待とうかとも考え始めていた。

「ちゃうちゃう、ベッドの上に座って。」

「……?」

「そう、それで背中向けてーな。ほれ、頭にゴミ…」

さっき頭に浮き出た血管が、運ぶ最中の微睡みでゴミのように見えていたのでしょうか。んなまさか。
指先が後頭部を掠めては離れて行く感覚でおぼつかない手つきなのがわかる。
その度に「あれ?」「おっかしいなあ…」と酒やけした声で独り言のように呟いていて…
果たして私達は何をやっているのだろう。
痺れを切らして「自分で取ります」と、後頭部に片手を回す。

「何もありませんよ。」

「…えー、んなアホ…な…」

同時にナナシさんが酔いで気を失って倒れ込んできた。

「重っ!?」

反発力のあるマットレスにうつ伏せに覆い被さる形で二人倒れた。上の人の体重で顔面がマットレスに押し付けられてどうにも息が出来ない。
こんな謎の死に方したらまずいですよ!酸素を求めてもがいたら、意識を取り戻したナナシさんが肩に腕を回して横に寝返りをうってくれた。
た、助かった…

「アカン、眠いわ…ほなまた明日…」

「は?」

自分勝手すぎじゃありませんか?
眠るなら離して下さい、場所が場所です。
これがナナシ流女の子との夜のほにゃらららって奴なのでしょうか。

「ま、精々襲われないよう気をつけるんだな。」

出ていった時のおっさんの言葉が頭を過り、脊椎を伝って背中が凍りつきます。そんなまさか。
何でよりによって私なんですか。何歳離れているかは知りませんがこんなの警察案件ですよ?いや、ドロシーさんやスノウ姫がこんな目に合っても大問題ですが。

「はー、ミツキちゃんやっぱ身体薄…」

「うわっ失礼な事言われた気がします。」

考えてみればARMを発動すれば何の問題も無い事に気付きます。
殴りませんよ?私とナナシさんの間にウェポンを出して巨大化させて、抱えきれなくするだけです。

「なんか懐かし…」

さっそく行動に移そうと魔力を練り始めた所で、そんな声が聞こえた。
懐かしい?何が?
確かに以前、彼が異界の住人では無いかと仄めかすような話はありました。
ですが私には関西弁の知り合いなんていません。
彼がルべリアに入る以前の記憶が失われたままな事も知っています。

「ナナシさんそれどう言う…」

ひょっとして記憶が戻りかけているのでは無いか?と、今の状況と魔力を練る事を一旦忘れて訪ねた。

「……すぅ」

返って来たのは、規則正しい寝息でした。

こ、この人…あろうことかこの状況で本当に眠りに落ちました…夢の続きとでも思ってたのでしょうか…?信じられません…

次の日それと無く訪ねてもまったくもって記憶は戻っていませんでした。
それどころか談話室で酔い潰れて以降の記憶が無いそうです。
結局あれ何だったんでしょう。
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