第1回紳士決定戦
庵へと続く階段を踏みしめ、扉をくぐり、ドロシーさんの許可を得た私達一行は名前しか知らない赤の他人の家へと邪魔をする。
中は生活感の溢れる、メルヘヴンではごく普通の一般家庭であろう光景が広がっているが、何処に神経を集中させても人の気配は微塵も感じない。どうやら肝心の主は留守のようだった。

「だ、だれもいないっスよ?」

「戸締まりどころかこのご時世扉を開けっぱなしで行動するなんて無用心な人ですね…」

メルヘヴンの常識もろくに知らない私が適当な事を言うと、ため息を混じえながらドロシーさんが口を開く。

「普段から、ふらふら歩き回って落ち着かないヤツだからなぁ…」

ドロシーさんが一人慣れた足取りで、ただの普通の来客が入り込まないであろう部屋の奥へ向かいながら答える。
「おい、あんまうろちょろすんな」とおっさんが後ろで言っていましたが、勝手ながら足取りを辿ると、そこには何かを加工するような道具と、金属光沢を持つアクセサリーになるであろうガラクタが置いてある作業場が広がっていて。

「……」

ドロシーさんの背中越しに無言でそれを眺めている私に振り替えりもせず、彼女は一言

「お察しの通り、彫金道具よ。」

と言った。

今更言うまでもないのですが、私もまた『彫金』の単語に思うところがあります。
先日、おっさんは私の兄さんがARMの彫金を行っていたと言う話を語ってくれました。
今回顔を合わせるドロシーさんの知り合いの彫金師とは一切関係は無いでしょうし、ただそれだけの共通点があるだけなのですが少しだけ気にしてしまうのも確かで。

兄さんは今一体、何処で何をしているのだろう。
チェスの兵隊には見付かっていないようですが、クロスガードも誰一人としてそれらしい人物を見ていないのは変じゃないでしょうか。
6年の間、目撃情報が一切無いと言う事は何処かでのたれ死んでる可能性は十分にあるわけで、けれど、

そうだったらいいのになと考えてしまう。

思いに耽っていると、庵の空気が変わり、あの毛玉が泣き声をあげる。スノウ姫の腕を飛び出すと、一目散に玄関へと走った。

半開きの扉の先に目をやると、桃色の長髪を持ち、上品な緑色のドレスを纏った女性が髪を揺らしながら現れる。

ようやく、主の帰還のようだ。

「あら、イズネ、おきゃくさん?」


58


あの赤い毛玉はイズネと言う名前で、そして名前を呼ぶあの人は、あの人こそがこの庵の主、私達の今の目的、『イフィー』さんなのだろう。

高い声をあげながらイズネが応答するとあわただしくドロシーさんがイフィーさん(仮)にかけよる。

「お久しぶりー、イフィー!」

「…ドロシー!ビックリだわー…戻ってたの??
…なんてね♪ぼちぼち来るころだとは思ってたわ。」

「あら、相変わらずなんでもお見通しなのねぇ…」

旧友との久々の再開に二人の会話が少しだけ弾む。本題に入る前に、ギンタ君が口を挟むと、思い出したようにドロシーさんが彼女の事を簡単に紹介した。
彼女は「イフィー」
ARMや魔法のことはもちろん、カルデアのことならたいていのことは知ってる、物知り博士だそうだ。

「チーム『メル』のみんなだよね?…よろしくね!」

「よろしくお願いします!」

スノウ姫が私達を代表して、頭を下げる。それに続くよう何人かは軽く会釈した。

「あ、それと…このコ、知ってるんですか??」

「このコは、わたしのお友達よ『イズネ』っていうの。」

「そっか…キミの名前、『イズネ』…か!」

スノウ姫が名前を呼ぶと毛玉こと「イズネ」はウモッと鳴いた。

「ところで、何でオレたちのこと知ってるんだ?」

何を言っているんですかギンタ君、私達全国中継されてる超有名人ですよ?そうで無くても以前のチェスの兵隊のカルデア襲来と討伐で知名度が上がっていますし知らない人のが少ないと思いますが…

「この間『チェスの兵隊』にカルデアが襲われた時に助けて貰ったことは、みんな知ってるわよ。そして、キミがギンタ君ね!
ウワサにきいてたけどかっこよくて強そうだわ!」

私の冷えた突っ込みとは裏腹に、何の嫌みも込めず人の良いイフィーさんは感謝を述べる。

「え?エヘヘ、そ、そう??えへへへへへへ…」

「「デレデレするなっ」」

そして美人におだてられ、満更でも無い様子のギンタ君にスノウ姫とドロシーさんの氷剣と箒(の打撃)が尻に入る!

ギンタ君、悲鳴を上げる!

ああ、あまりやりすぎると使い物にならなくなりますよ(何が)

「おろかものが!!
ところでおじょうさん、ワシもダンディーでいかしておると思わんか〜??」

痛みを抑え伸びかけているギンタ君の隣で、どっから出したのか知りませんがバッボがシルクハットを装備し瞳を輝かせながら口説きにはいる。
でへでへと口元がなんともだらしない、これが紳士ですか…

「「しつこい!!」」

何故かギンタ君へと怒りの矛先が向かう!ああっ!お気の毒に。

「フフフ、ウワサどおり、楽しいコたちね!
でも、今このメルヘヴンであなた達のことを知らない人はいないと思うけれど?」

「おかげさまでね…
今、街のクサビARMのおかげでここから出られないでしょう?
だから今回は、カルデアだけの問題だけれど手伝ってもらうことになりそうだね。」

そうそう、それが目的で来たのでした。

…あれ?

「…?」

「ミツキ、どうかしたか?」

「いや、なんでも…ありません?」

「何だその疑問符は。」

「いやぁ私にも何が何だか。」

かすかに、新しい魔力を感じる…感じて?首を傾げたのですが、どうも魔力に満ち溢れているこの国だといまいちそれが良いものなのか敵意のあるものなのかわからないと言いますか。

「そんで…あれ、いったい誰のしわざ?
あんなものをカルデアに立てて何をするつもりなのかしら??」

「…そうね…
それだったら…たぶん…
表にいる、お客が知ってそうだわね!」

「!!むぅ!!!!」

「バッボ、どうした!?」

「な、なんだというのだ、こ、この…頭をしめつけられるような感覚は…!?」

「くそ!!外に何がいるんだ!?」





忙しく騒ぎながら外に出ると、なんということでしょう、思いもよらない、凄い物がそこにいた、いました。

「ふ…出たな…おまえがギンタ…だな…?」

私たちが姿を現すなり待ってましたとばかりに口を開いたこの子は、赤毛を、ドロシーさんとはまた違う形で三つ編みにした女の子。この子自体は思いもよらない凄い物でもなんでもありません。

「…おまえ…だれだ?」

「ああ、アタシはウィートってんだよろしくな!」

早急に自己紹介を済ませてくれた三つ編みの女の子こと「ウィート」 、彼女自身はカルデアの住民らしい、いたって普通に魔力を持つ女の子なのだろう。
問題はその子が手にしている銀の鎖の先に繋がる物。

「お初にお目にかかります。そなたがかの有名な『バッボ』どのとお見受けしましたが…?」

例えるならヨーヨー型のそれは、モノクルをかけた紳士。
「ウィート」がガーディアンを発動している気配はゼロ。(アルヴィス君も同様の意見)
定価1億の値段が付く「生きたARMバッボ」
目の前で喋っているヨーヨーもまた、バッボ同様喋るARMのようでした。
目をやると、やはり当のバッボも何か思うところがあるような表情をしながら、目の前のARMと会話を続ける。

「いかにも…そういうお前は何者じゃ!」

「我輩はゴッチ…デューク・ゴッチ!はばからず爵位を頂いているものです」

「な、なななんだよ!!…た、たいしたことねぇじゃん!な、バッボ!!」

「そ、そうだな!紳士であるワシには、おとるわい!」

金髪頭のアホな少年が銀色のけん玉と爵位がどーだのと、目にわかるレベルで動揺しながら会話しています。シリアスな雰囲気がぶち壊しです。

「(おいバッボ!…『爵位』…それってなんだ!?)」

「(…あー、なんかえらいんじゃろ)」

「(知らねぇのかよ!!)」

4コマですか。
この独特のノリにウィートがその場でこれまた4コマのオチのように綺麗に転ぶ。

「アホだ…こいつらアホだ!!」

アホで御免なさい。
閑話休題

「で、何の用なんだよ!?」

何事も無かったように話を戻すギンタ君に、それはもう心底楽しそうにウィートが言葉を返す。

「そう話をあせるなって、異界の少年。」

「なに!?」

「本日はバッボ殿の『決闘』を申し込みに、馳せ参じた次第。」

「決闘!?おぬしとか!!」

「さよう…お互い、同じARMとしての優劣を競う…どちらかが破壊されるまでの死闘を演じるのです!」

「破壊…じゃと!」

「そなた、厚かましくもご自分のことを『紳士』と、呼んでいるご様子。そなたに本当の紳士とはいかなるものかごらんに入れましょうぞ。」

出会って早々喧嘩を始める生きたARM達。
私達はこんな事をしている場合では無いですし(間に合えばですが)午後には6thバトルも控えているので紳士的な対応で丁寧にお引き取り願いたい物ですが。

「な!生意気な!どちらがより紳士かじゃと!?そんなこと聞くまでもないわ!!な!みなのしゅう!!」

「…つーか、どっちが紳士かって言ったら…」

「そら向こうのゴッチさんやろ。」

「言うまでも無いな。」

「あちらさん、爵位まで持ってんだろ?てめぇは只の鉄のタマじゃねぇか。」

「くぉら!!きさまらー!!」

上から順にジャック君、ナナシさん、アルヴィス君、おっさん、バッボ。
いやいや爵位は持っていませんがこっちは以前の長老の記憶やら全世界の悪意やらが入っている、ファントムや異世界の少年が使用していると言う肩書だけなら負けていない超凄いARMですよ?
急いでいる所に話を膨らませるのもどうかと思い特に口には出さずにフォローを入れる。
取りあえず一旦その話はあちらに任せるとして、私は1人赤毛の少女に話しかけた。

「あー、ウィートちゃん?でしたっけ?ちょっと良いですか?」

「何だよ、異界の少女。」

ぶっきらぼうにウィートは私に向き合う。

「ご存知だと思いますけど私達、今世界の命運をかけたウォーゲームの真っ最中な訳で、バッボ破壊だとかなんだとかやってる場合じゃ無いんですよね。破壊されたら勝ち目が薄くなりますしそれに準ずる物でも困るんですよ。申し訳ありませんが今日はお帰り頂けません?決闘ならメルヘヴン大戦が終わって落ち着いた後にいくらでも申し込んでくれて構いませんよ。ほらレギンレイヴ城でくすねてきた飴ちゃん上げますから。」

長旅になる事も考慮して持ってきた飴玉をポケットから取り出し、投げてやるといい音を経てながらウィートは片手でそれをしっかりと受け取る。

「なんだ、アンタいい奴だな。」

「い、嫌みが効かない…?」

「へ?何だ今の嫌みだったのか、まあいいや。」

困惑する私を他所にウィートは受け取った飴玉の紙包みを開き、口の中へと甘ったるい球体を放り投げ、転がしながら話を続けた。

「貰える物は貰っといてやってもいいがついでに言っておくと、カルデアの街にARMをぶっさしたのも、アタシらだよ。」

今1番欲しい情報を持つ彼女の発言で空気が変わる。
よくもまあ都合よく今回の事件の中心人物が現れる物ですね。
ドロシーさんの顔が険しくなる。それを見て「戦う気になってきたろ?」とウィートがけらけら笑う。

戦闘開始の合図を出したかのようにバッボとゴッチが激しくぶつかり合う。
強さは互角のようだった。

「大丈夫か!!バッボぉ!!」

「〜!!さすが、と言っておいてやろうかなっと!」

「おまえ、あのデカイARM使って何をたくらんでいるんだ!?」

「へ!!知りたきゃ力ずくで聞き出してみるんだな!」

ああ、やっぱりこの展開です。戦闘は免れ無いようです。

「さぁ…決闘を開始しましょう。バッボを破壊しますよ、ウィート!」

「うん!!…さ、かかってこいよ…デスマッチだ!!!」

この子は何あまっちょろい事言ってるんでしょうか。
私達は急いでいるんです。別にウォーゲームなんかのルールがある訳でも無いですから、多対1でやらせて貰いましょう。

「弱味も握られてる訳じゃありませんしさっさと聞き出すために援護します。いいですね?反論は聞きません。」





戦闘に入って感知した魔力の量から推察します。ウィートの実力はチェスの兵隊で言えばピンキリとは言えナイトクラスはあるでしょう。
話を聞く為に致命傷を与えないようあえて手を抜いて行った私達の攻撃を彼女は全て受け流したのですから。
しかしながらそれ程の実力はあるであろう彼女と言えど、同格クラス(あえてそう格付けします)の私達の手数の暴力には多対1では対応仕切れないと言う事は結果を見るまでも無く明らかでした。

「いてててて……思ったよりやるな!」

同い年位であろう赤毛の少女を大人気も無く、疲労させる程度にボコった私たちは攻撃する隙を与えない様、話を聞く為彼女の周りをぐるっと取り囲む。

「観念して下さいね、他の方はどうか知りませんが少なくとも私は穏便に済ます為に手を抜く理由があまり無いので。」

良い子ちゃんの14歳児ズは論外、ナナシさんはフェミニスト。クロスガードの二人は他国との衝突を避ける為出来るだけ穏便に済ませようと動く筈。ドロシーさんは身内の不祥事解決の為の情報を集め終えて上からの指示が出るまでは手を抜かざるを得ないでしょう。
だからと言って私一人が空気をぶち壊してマジになるのはチームの迷惑になるのであくまで口だけの宣言ですが。

「物騒な事を言うね、飴くれた異界の姉ちゃん。まぁ仕方ないか、このゴッチはまだ『未完成』だから…な!」

ウィートの未完成の言葉に、バッボが焦りを見せます。
ARMの視点からでないと見えてこない物もあるでしょうし、恐らく彼女の言葉に嘘偽りは無いのでしょうね。

「未完成だかなんだか知らねぇけど…お前の負けだ!あのでかい、クサビみたいなARMをひっこぬけ!!」

「負け?はははは!この勝負デスマッチといったろう!?」

相手の紳士的な口調で忘れかけていましたが、確かに、ゴッチは生きたARMのどちらかが破壊されない限り、勝負は付かないと最初に言っていました。紳士対決であるこの勝負の判定をバッボに持ちかけると、当の本人も口をつぐませ反論が出来ない様子。

「今日は、吾輩の使い手であるウィートの魔力が切れてしまいました。勝負はいったん預けさせていただきますぞ。」

「身勝手な事を言うな!このニセ紳士めが!!」

術者の魔力切れによる撤退宣言に、バッボが激怒しています。
こちらとしても速攻で掴んだ手がかりを易々と手放す事になるのは困ります。

「落ち着いて下さいバッボ、使い手の少女の身を案じるのも、また紳士の嗜みの一つだと思いますよ?」

「だがミツキちゃん…!」

「紳士的な対応を相手に取ると言う事は、確かにマナーの1つと言えるしょう。ですが安心して下さい。個人の問題とは別方向から切り口を入れて、打開策を開くのが紳士協定の関係者でも何でも無い、私達なのです。ガヤである私たち野蛮人が勝手にやった事にすれば問題は無いのです。」

屁理屈を捲し立てながら、魔力を、ダークネスARMに込め始める。
それを感じ取ったゴッチがウィートに帰還するようせがみ立てる。

「今日のところは、ほんのあいさつがわりだがな…次はこわすぜ、バッボをな!ま、そういうワケ!…また会おうぜ!!」

敵の二人は囲まれていた輪から、余っていた魔力を使って層の薄そうな所を狙って強引に突破し、森の端に向かいながら移動用ARM発動の為の魔力を練っている。
逃しませんよ。

「ダークネスARMスタンガン。効果、ディメンションARMの使用を禁止。」

「…よっと!んじゃな!チャオ!!」

スタンガンの発動と、相手の移動用ARMの発動が同時に行われ、辺り一帯が白い光に包まれる。
視界が元に戻り落ち着いた頃には、ウィートの姿もゴッチの姿も跡形もなく消え去り、何事も無かったかのように森は静けさを取り戻していました。

間に合いませんでした。

行動の失敗を嘆き、落胆すると、おっさん達から慰めの言葉をかけられます。

「お前が悪いって訳じゃ無さそうだぜ。楔型のARMの影響で、普通じゃ『扱えない事になっているディメンションARM』に呪いをかける事すら不可能になってる可能性が高え。」

「それか、あのゴッチの持つ能力だから効かなかった可能性だな。バッボ同様、属性不明のARMには効果が無いんだろう?」

「ミツキちゃんだけの責任じゃ無い、気に病む事は無いで。」

「そーッスよ!」

うーん、まあ慰めの言葉はありがたいのですけど。
何か格好つけて行動を取っていた割に結果を残せなかった事にこそばゆさを感じているのも確かなんですよね。

「それにしても…なにがチャオ、よ!なんか言葉使いも乱暴で感じわるーい!」

珍しくベルちゃんが会話に混ざって来ます。
イタリア人の挨拶と子供向け雑誌の名前の知識くらいしか無い、私ですら「チャオ」なんて捨て台詞吐く子を初めて見ました。

ええ、問題はそこじゃ無い事はわかってます。
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