隔離の国
ドロシーさんがギンタ君に抱きつきスノウ姫が氷の剣でドロシーさんの尻を刺す。日常茶飯事な出来事がありましたがいざこざも解決し、再会を果たした私達は不祥事がドロシーさんにバレてしまい項垂れる門番を尻目に無事カルデアへと足を踏み入れる事が出来たのでした。
そこで私達を待ち受けていたのは巨大な楔と使用不可能なアンダータと言う直視から逃れたい現実だったのだけれど。
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「それにしても…皆してカルデアに来ちゃったのねぇ…」
噴水の前でドロシーさんは一度足を止めると、私達に振り向き話を切り出す。ナナシさんと、めずらしくおっさんがドロシーさんを褒め落としにかかり、どうにか戻って貰おうと説得をしている。
対するドロシーさんはそんな奨励を気にも止めずに切羽詰まった様子で話を続けた。
「いい気なもんだわ…戻れるものなら戻ってるっての!」
「戻るってそんなの…別の場所に一瞬でワープできるディメンションARM『アンダータ』!これ一発で、どこでも行けるやん。」
ナナシさんが得意気にアンダータを私達の前でひらひらと見せびらかすと(自慢ですか?)、ドロシーさんは意味深げにくつくつと笑い、ナナシさんに1つの要望を出す。
「それなら…レギンレイヴへ戻って、ガールフレンドの2〜3人、つれてきてみなさいな。」
こんな事言ってますがドロシーさんが軽率に只の一般人をカルデアに入国させようとする筈がありません。
まだ想像の域を出ないので決めつけは良くありませんが、これはこの国から出られないと言う意味だと受け取った私はさっそく頭を抱えたくなります。
「おほほ〜〜…ええよ?ほな、誰にする?ロニーちゃん?リンちゃん?ウェンディちゃんもエエなぁ。あとはな、えーとえーと…」
ちょっとガールフレンドが多すぎじゃあないでしょうか。
口と指を折る作業だけで中々行動を起こさないナナシさんに痺れを切らし、「いいから早くしろ!!」とドロシーさんが箒で尻を勢い良くひっぱたく。
バッシィイイン!!
その音はナナシさんへの不満と共にカルデア中に響いたように感じた。
「あた!!なぐらんでもええんちゃうん!?」
悲鳴に似た声をあげ、ナナシさんは尻を擦りながら振り返る。ですが皆さっさとしろと言わんばかりの視線を送っていて、誰も援護に入ろうとはしません。
「ガイラさんなんて超ナイスガイな適任者がいるじゃないですか、迷う理由が何処にも無いその人を連れてきてください。ほら早く、早くしてください。」
「あぁ、もうわかったがな…ほな、いくで!ディメンションARM…
『アンダータ』!!!」
何も起こらない。
ギンタ君、ジャック君、スノウ姫が魔力を無駄に放出させただけで黙ったままリングを掲げているナナシさんを見つめている。
「あ、あれ?『アンダータ』!『アンダータ』!『アンダータ』!『アンダータ』!」
格闘ゲームで必殺技のコンボでも繋げるようにアンダータの5文字を叫び続けても、ARM発動時に溢れる魔力が、無駄に放出されるだけでナナシさんに変化が現れる様子は無い。
「なんでやねん!!!…あ、場所が悪いんちゃうか?」
立っていた場所から少しだけ移動し、もう一度ARMの発動を試みる。
「『アンダータ』!…ここもアカンか!」
何度も何度も場所を移動しそのつど発動されるアンダータ。
仕舞いには声も姿も消え、ここにいないナナシさん以外の誰もが状況を察した中、おっさんが沈黙を破るように一言呟いた。
「めでたいヤツだ。」
そう、アンダータの使用はやはり不可能になっていたのです。
⇔ そんな訳で何処かへ行ったナナシさんを置いて私達は再びドロシーさんを先頭に、アンダータが使用不可能となった原因へと向かっていた。
町の中央を突き抜け、人が減った街の隅に、規則正しく並んだ石畳に亀裂を与えていた物があった。
数人の見張りと柵に囲まれる見上げる程巨大な「それ」は、深々と地面に突き刺さる、鈍い白色を纏う巨大な楔だった。
「なんじゃこれは!!!」
「でっけ―――!!」
ギンタ君が始めて動物園にでも行った子供のように楔の回りをうろちょろ見回し、私達が楔を見上げているその隣でドロシーさんは見張りに声をかける。状況、異常無し。
「こ、これは…」
私達全員の総意であろう、アルヴィス君の動揺する声にドロシーさんは髪をなびかせながら振り返り、今の状況を語り始めた。
「カルデアの街に3日前、突然現れたの。」
ドロシーさんの話によると、三日前に現れた目の前の巨大なあれは、ARMの一種であり、憶測の域を出ないがあのARM自身が発する特殊な魔力のようなものが、アンダータなどのディメンションARMの発動を妨げているのだとか。
ドロシーさん達カルデア人の見解は、「何者かがここの大地からエネルギーのような物を吸い上げる為にこのARMを使用している」、なのだが、何が目的でカルデアのエネルギーを吸い上げているのかはまだ見当が着いていないよう。
「ひょっとして、チェスの仕業か!?」
一通りの状況を飲み込んだ所で、ギンタ君が声を上げたが、ドロシーさんは首を降って否定した。
「それも、チラっと考えたんだけど…今はウォーゲームの真っ最中でしょ??」
「あの腐れゾンビは今はウォーゲームを楽しむ為に動いてますから、ゲームに支障が出そうな物事の行動に移す事は到底ないでしょうしね。前の時も律儀に休暇まで与えてましたし。」
「そうだな…一度、カルデアを襲ったファントムがわざわざこんな事するワケはねぇな。」
おっさんと私に頷き、ドロシーさんはギンタ君を見つめた。
「それに…ここカルデアは魔法使いの国!魔力の波長が違う何者かが進入してきたら、すぐに誰か気付くはずよ。」
確かに。
私も波長に敏感な方ですが魔法使いの本場であるカルデア人がよそ者の波長を感じ取れない、なんて事は無いですよね。
「そ、そういえば、オイラ達どことなく浮いてるっスよね。」
何となく感じる違和感に、ジャック君は辺りを見回す。
膨大な魔力の持つ1つの人種が集まっている国です、誰しもそことなくむず痒さを感じているようでした。
そんな中、バッボだけはそんな事は無いと主張していましたが同時に何か言いたげな視線をジャック君が送っていました。
「カルデア内部の人間の仕業…という事か?」
アルヴィス君がジャック君とバッボから一連の流れを戻すと、ドロシーさんは頷き、続ける。
「そうね…残念だけれど…多分、そゆコト。カルデアの『内輪もめ』みたいなものだから…あんた達は巻き込みたくなかったのよ…」
「それで…手紙を残してカルデアに来たんだね…」
「でも、今となってはもう手伝って貰わないとダメね〜〜。『コレ』を引っこ抜かないと…」
ドロシーさんが彼女らしからぬ重みを感じる口調から一転して普段の調子に戻ると、ジャック君が何か思い付いたのか手を叩き発言する。頭には電球が浮いていたように見えました。
「あ!!ドロシー姉さんのホーキは空飛べるっスよね!?とりあえず、カルデアを出て応援を呼ぶってのはどうっスか!?」
「お!ジャック!!ナイスアイディア!!ガイラのおっさんとか、クロスガードのメンバーも呼ぼうぜ!!」
大した案ではありませんでした。それが出来るなら私達がカルデアに向かう前にカルデアからの使いか何かで連絡を取っている筈。
「そうできるなら、もうしてるわ…アンダータだけじゃないの…移動するARMも、全部使えないのよ…」
ああやっぱり…
「げ…!」
「ん、んじゃあ…オイラ達、ホントにカルデアに閉じ込められちまってるのか…」
「そう言ってんじゃない!サル!」
「ふぁ!…またサルって言われた!!」
「カルデアの敷地外である海洋まで出てからの使用は?」
いつもの暴言にも関わらずショックを受けるジャック君を尻目に一応聞けるだけ聞いてみる。
ドロシーさんは少し考えると首を振って否定した。
「難しいわね、ここから移動したんじゃ船の出せる港まで急いも日が暮れるわ。その船もARMの発展でもう何年も利用していないから動かせるようになるのにどれだけかかるか…」
「…それはまずいな、カルデアから出られないとなると…」
「ウォーゲームに参加できなくなっちゃう!」
「まずい!それはまずいですぞ!!試合開始のコールに間に合わなければ、不戦敗となってしまいます!」
そう、午後の6thバトルに不参加となってしまいます。
カルデアの状況次第で全員が戻れない時は苦戦を強いられる事がわかっていても、4thバトルの時のような形を取るつもりでいたのですが、まさか参加権を持つ全員が戻れなくなるとは思ってもいませんでした。
一応ガイラさんに「カルデアへ行く」とだけは説明してありますが…
「け!しみったれてんじゃねえよ!」
声の方向に全員が顔を向けると、おっさんが新しい葉巻に火を着け、一服して言う。
「ぐだぐだ考えていたって解決しねぇ!要はアレだろ!?コイツをぶっ刺したヤツを探し出して…引っこ抜かせりゃいいだけの話だろうが!」
確かに、今はそれが一番手っ取り早い方法ではあります。しかし内部犯の可能性が高い今、そう簡単に元凶である人間が見つかるのでしょうか。
「ドロシー、犯人の手がかりはないのか?」
「私もまだ…詳しくは分からないのよ。街にある情報を、まずは集めましょう。さ、行こう!ギンタン。」
時間が限られている中で、私達は犯人を見つけ出す為に歩きだした。
⇔「な〜〜、え〜やんか〜〜ん。」
情報探しの為、一度あの場から離れ再び人が賑やかな街の中心へと戻ると、聞き慣れた声が耳に入る。
声の方向に耳をやると、案の定ナナシさんが言い寄られて困り果てている女性をナンパしていました。
アンダータが使えない時点で焦るべきなのに危機感無いなあ、何やってるんだろうなあ、あの人。いや、ぶれないのがあの人の良いところなのかもしれませんけど…
「ねぇアルヴィス君?どう思います?」
「俺はお前の考えは読めないぞ。」
「そこはベルちゃんの妖精パワーでなんとか感じとって下さい。」
「アホ。」
ひっど。
「カルデアのお茶、自分飲んだ事あらへんのや。ちょっとお茶するだけ、な?な?」
「こ、困ります〜〜〜」
呆れ返っている私達が側にいることにも気付かずナンパを続けるナナシさんに、ドロシーさんが動き出す。
ゼピュロスブルームを片手に軽い足取りでナナシさんの後ろに回り込むと容姿を誉められた時に出す声のトーンで口を挟んだ。
「それだったら、私がつきあってあげる〜〜〜〜」
「おわ!マジでマジで!?」
背後から聞こえた声にナナシさんが振り向くと、ドロシーさんが手にしていた箒がナナシさんの尻にヒットした。2回目、相変わらずいい音です。
「あた!…おわ!ドロシーちゃん!!!なんや嫉妬かいな。」
勢いで近づくナナシさんに、もう一度箒が宙を切る。これで3回目。
「いたたたた!!いったいやんか〜〜!も〜〜〜」
頭を抱えて痛がるナナシさんに目もくれずドロシーさんはナンパ相手の女性に向き直る。
「だめよ、こんなウスラバカ相手にしちゃ!」
「あ、はい!ありがとうございます!ドロシー様!」
「ところで…」
ドロシーさんが切り出した話題に「はい?」と女性は首を傾げるとドロシーさんは言葉を続ける。
「『イフィー』は、まだ庵にいる…のかしら?」
「あ、は、はい!いらっしゃると思います!」
「そう…ありがと。」
「イフィー」とは誰だろう。ドロシーさんの知り合いではあるようですが、今回の件についての相談は前にお世話になった長老では駄目なのでしょうか。
「イフィー様に…会いにいかれるのですか??」
「…そのつもりよ。今回の件、どうも思ったよりも厄介そうだから…あの物知り姉さんの知恵を借りるとするわ。」
「イフィー」の情報を聞き出し、女性と別れると、ギンタ君がおもむろに口を開く。
「なぁ、ドロシー…。…『イフィー』って誰だ??」
「彼女「うしししし!か、かわゆいお姉さんなんかのう!!」
誰もが聞きたかったであろう事をドロシーさんが答えようとすると、今まで黙っていたナナシさんが遮る。「イフィー」、がメルヘヴンでは女性の名前に使われる事だけはわかりました。
特にナナシさんに返答もせず、ドロシーさんは表情を変えずに一瞬でゼピュロスブルームを発動させると鮮やかな手付きで叩きつけナナシさんを地面に這いつくばらせた。これで4HIT。
「か…かっはぁ…」
呻き声を上げながら地面に崩れ落ちたナナシさんの頭上に黄色い鳥が2羽、回転しながら追いかけあっています。
バッボが辛辣な言葉を吐いていましたが誰も否定しませんでした。
「高名なARM彫金師よ。」
ナナシさんを無視してドロシーさんが話を戻すと全員が話に耳を傾ける。
「恐らく、カルデアで1、2を争う…ね。」
なるほど、彫金師。確かにその辺の魔法使いより何倍も心当たりが出てきそうな人です。
「そのイフィーさんは、この事件を調べていないの?」
「…わけあって今は隠居しているのよ。」
カルデアはカルデアで色々あるのでしょう。あまり触れて欲しい話題では無いように思えます。
そしてすぐ隣ではギンタ君とアルヴィス君による隠居がなんだどうのとバカ、うっさいだのの暴言が飛びかっていました。
「ま、色々あってね…隠居というか、世捨て人というか…。とにかくそんな感じよ。よし、とりあえず街を出て庵に行ってみようかしらね。…ホラ!!さっさと行くよ!」
「は、はいな…」
ドロシーさんがいまだに伸びているナナシさんに再び箒を出して声を上げる。
ナナシさんはひっぱたかれて傷む箇所を擦りながらよろよろと立ち上がった。
⇔私達は再び門をくぐり抜ける。
クサビARMの影響で魔物が増えたようですが大丈夫、いつでも戦闘の準備は整っています。
今回目指すは「イフィー」庵。