そして彼はいなくなるか?
レギンレイヴ城に戻りましょう、落ち着いて考えればわざわざウォーゲームを楽しむためにあんな宣言をしたのですからゲーム外で参加者を殺すと言うことは多分無いですし、いくらナイトクラス(推測)でも流石に9人相手するのは厳しいでしょう。
「でも、城にはチェスがいるんでしょう?」
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「いませんから、いてもあのメンツ数人を相手とか余程の実力者じゃ無い限り難しいですから。黙って私に着いてきて下さい。あなた助かりたいんですよね?こんな所でメンヘラ拗らせて動こうとしないとか死にたいんですか?」
ウォーゲーム観戦してるならギンタ君のガーゴイルやドロシーさんのレインドッグ…さん、見たでしょう?例え複数人で来たとしてもあんなおっそろしいものが二つもいるのに無謀に突っ込むとか出来ませんよ、私なら。
さあさっさと戻りますよ、とトムさんの手を半ば強引に引っ張り、来た道を走り始めます。
崖を登ればすぐですが生憎トムさんは片腕使えませんし、私は高所恐怖症で背負って登るなんてもっての他ですし、ドロシーさん(の箒)やジャック君(のアースビーンズ)やアルヴィス君(の13トーテムポール)のようなARMも持っていないので、こうするしか方法が無いのがもどかしいです。あぁもっと便利なARMが欲しい。
と、考えていると走っているにも関わらずトムさんが話しかけてきました。息切れしますよ?
「ボク、さっきミツキの事昔からのトモダチみたいにって言ったよね?」
「言いましたね、でも私、ギンタ君程あなたと仲が良いとは思えないですし結構酷いことも言ってますよね?」
「自覚あったんだね。うん、普通なら傷付くんだと思う。」
「普通なら?」
私の問い掛けに答えるよう、トムさんの足取りが少し遅くなります、それにつられてなぜか引っ張る側の自分まで足取りが遅くなります、おかしいですね。
ひょっとして憑かれてます?私?
「昔さ、ボクにはミツキに似たトモダチがいたんだ。」
いた、と言うことはもう亡くなっているのでしょうか?取り合えず反応に困ったので「…それで?」とだけ返します。
「だからかな?キミの事苦手だとか嫌いだとか思わなかったのは?」
「トムさんのその言い方だと、友達だった人と私を同一視しているから平気。と、言う事になりますが?」
「同一視…そうかもしれないね。」
そうかもしれない…肯定されました。ただ、知らない方と同様の扱いをされるのは少し困るので「私は私なのでその人と同一視されても困ります。」と返すとトムさんの足取りがさらに重くなり、完全に足が止まります。
「ちょっと何しているんですか?」
いい加減怒りたくなる気持ちを抑えて、振り向くと彼は掴んでいる私の手を包み込むよう持ちかえ、話を続けた。
「じゃあさミツキ、ボクたちトモダチになろうよ。」
「こんな時に何を言っているんですか?」
「ボクはきっと無意識に彼とキミを重ねていた。」
「今の状況わかってます?」
「だからこそ本来のキミ自身とトモダチになりたいんだ。」
トムさんの髪の毛で隠れていない片目と視線が合います、避けます。友達になって欲しいだなんて初めて言われました、こういう場合どう返事をすれば良いのでしょう?
…じゃなくて、会話のキャッチボールがまるで出来てません。こんな命がかかっている時に急に何なのでしょうこの人、チェスから逃げているんですよね?さっき怯えてましたよね?随分と余裕ありますね?
「友達にでも何でもなってあげますから今は逃げる事を優先に「見つけたぞ」
タイミングを謀ったかのようにあの顔色悪い人が目の前に現れます、それと同時にトムさんは私の背後に回り、しがみつき思い出したかのように震えだします。
え、何ですかこれ。
「随分とお早いようで。…ギンタ君は?」
「奴は私のARMと戯れておる。」
ひとまず死んではいないようですね。次は私の番。さて、あまり宜しくないこの状況をどう打破しましょうか。
「さあ!トムを渡してもらおうか!」
「あー…そうだ、この人幽霊ですよ?物理的に連れて行けるんですか?」
「フハハハハ!幽霊に実体は無いぞ!」
月の宣言の時といい登場時といい今といい…見た目に反して以外とテンション高いですねこの人。
「いや、本当ですって。だってこの人塩かけると成仏しますし。この間事故ってトムさんに塩ぶちまけたら、かかった所が一瞬溶けかけましたし。」
「しないよ!人をナメクジかなんかと一緒にしないでよ!」
「そこはノリにのって下さいよ、こっちも格上相手に逆上させないように時間稼いだり誤魔化そうとするのに必死なんですよ?もとはと言えば疲れてもいないのにあなたが急に立ち止まって呑気に談笑始めるのが悪いんですよ?」
「ご、ごめん…」
まあ端から口で誤魔化すのは無理だと思っていましたけどね、負け惜しみじゃ無いですよ?戦闘に入らざるを得なさそうなので右腕を斜め下にやり、そのままトムさんに一歩下がるよう指で指示を出した。
「時間を稼ぐので私がARMを出したらギンタ君のいる方向へ逃げて下さい、レギンレイヴ城まで走るよりは近い筈ですし誰かと一緒にいた方が安全でしょう。」
その間にレギンレイヴ城にいる誰かが気付いてくれるようここで出来るだけ魔力を放出します。
…ガーディアンがあれば効率がよさそうなので無いのが悔やまれますね。
「相手、してもらいますよ。」
ウォーハンマーを発動し、構えると同時にトムさんは走り出した。敵がトムさんを追いかけようとしたので相手の死角からウォーハンマーで容赦なく頭を狙います。
簡単に避けられました。
「時間稼ぎのつもりか?お前もこのARM相手で十分だ、ガーディアンARM『チェインソルジャー』!!」
チェインソルジャーとか言うARMが発動すると、チェーンで繋がれた何人かの人型ガーディアンに囲まれる、かごめかごめされてる気分です。後ろの正面なんぞ知りません。
輪の中心にいるのはまずいと思い、抜け出そうと正面のガーディアンを倒す為直進します、するとガーディアンが回転を始め鎖によって拘束されそうになったのでドロシーさんに修練の門で石入れカスタムしてもらったウォーハンマーを久々に変形させます。
変形と言っても普段のバッボが自由自在に大きさを変えるように伸縮自在、拡大縮小が出来るようになる程度ですが。勿論質量保存の法則は無視。
ウォーハンマーの頭部だけ巨大化させ、鎖と共に絡まった後、大きさを元に戻し、鎖を緩める。再び拘束しようとそのまま鎖を引かれる寸前に素早く脱出、案の定鎖は絡まり使い物にならなくなったのでチェインソルジャーを一人ずつ確実に潰していく、勿論無駄に魔力を放出しながら。
ARMを完全に破壊した所であのチェスの姿が無いことに気付きました、ガーディアン発動中なのに行動範囲が広いとはどう言う事でしょう、と言う突っ込みは置いて私は急いでトムさんが逃げた方向へと足を向けた。
⇔急ぎました、私なりに。追いかけてひらけた場所に出ると、そこは最初にギンタ君とトムさんと会話していた場所でした。そこでギンタ君が跪き落胆していました。バッボが振り向き首を横に振る。どうやら間に合わなかったようです。
「ごめんなさい、彼を守りきれませんでした。」
謝罪の言葉をギンタ君にかけますが、彼は俯き耳に入っていないようで、ひたすらトムさんの名前を繰返す。
「トム…助けてやれなかった…トム…」
人の気配がしたので崖の上に視線を動かすと、アルヴィス君がいてこっちを見ていました。多分私の魔力に気付いて来たのでしょう。
今、ギンタ君に何を言っても無駄でしょうし、むしろ一人にした方がいいと判断し、事情の説明もかねてアルヴィス君のいる方へ向かいます、彼がここに降りてくれるのが一番楽なんですが。
戻る途中、後ろからギンタ君の「絶対許さねえ」と、叫ぶ声が聞こえた。
同時に雷がどこかに落ち、雨が降り始める。この世界に来て初めての事だった。
⇔「何があったんだ?」
崖の上に戻ると案の定アルヴィス君にお決まりの台詞を吐かれる。
「レギンレイヴ城に来る前に出来たギンタ君の友人がチェスに拐われました、相手はおそらくナイトクラスだと思います。」
「だがギンタの様子だと拐われたと言うよりは…」
「死んだ」
と言う方が自然ですよね。
絶対助けてやる、では無く許さねえ、ですから。
「アルヴィス君、生き物が死んだら当然のように残る物は何でしょう?」
「こんな時に何……死体?」
「そう、死体。」
普通は、ギンタ君が落胆しているこの崖の下こそがトムさんの身に何かが起きた場所でしょう。
ですが彼が死んだとしたら死体はどこに消えたのでしょうか?
そりゃ2ndバトルのドロシーさんのような方法なら残りはしませんが、とくに強力な魔力は感じられませんでしたし、あのチェスの兵隊は最初はトムさんを生け捕りにしようと動いてました。どうなっているのでしょうか?チェスはトムさん幽霊説を否定したので「生身の人間では無い」と、言うことはおそらく無いでしょう。
死体を持っていったのでしたら話は別ですが何のメリットがあるのでしょうか?
色々と気にはなりますがギンタ君にとって友達扱いだったトムさんの最後を今の彼に聞くのは酷ですよね?