reassuring



うーん、なんだろうか。どこかで匂ったことがあるような、ないような。でもとってもいい匂いだし、なんていうか、落ち着く。ブレザーの肩口にすんすんと鼻を寄せると香ってくる甘く爽やかなこの匂いを、わたしは一体どこで纏ったのだろうか。今日行ったところといえば確か…

「名前さん?さっきからどうしたんですか?」
「えっ!ああ、うん」

記憶を辿っているとわたしの珍妙な行動に観念したのか僅かに怪訝な顔をして声を掛けてきた人物にふっと閃いた。そう、彼は人一倍鼻が効くらしい。この匂いの正体を教えてくれるかもしれない。

「ねえ炭治郎くん、この匂いなにかわかる?」
「匂い?」

そう言って少し距離を詰めて自身の肩口を匂うように促すと、一瞬驚いた顔をしたものの鼻を寄せてその匂いをそっと吸い込んだ。

「うーん…」
「どこかで嗅いだこと、ある気もするんだけどなあ」
「そうですね…あ!」
「えっ、わかったの?」
「うん、いや、でも。うーん…」
「?」

炭治郎くんはたしかに見当付いたような顔をした後顎に手を当て悩み出してしまった。なんだろう、あまり良くないものなのだろうか。

「うーん、これは、そうだなあ。名前さんもよく知ってると思います」
「ええっ、それが分からないから聞いたのに!」
「大丈夫です、変なものではないですから!」
「そうなの?」
「はい、それにきっと、今にわかるというか…」

珍しく言葉を濁す彼を不審に思っていると、ばーん!と勢いよく教室の扉が開いた。

「オイ!権八郎!帰るぞ!って、名前もいたのかよ」
「2人ともお疲れ様。それから伊之助、俺の名前は炭治郎だ」
「お疲れ様…って、冨岡先生の呼び出し、本当に行ったの?」
「それが、聞いてくださいよ名前さぁあん!」

1学年下の彼らとはアオイとカナヲを通じて仲良くなった。お弁当しか持ってこない上に着崩しまくった制服のせいで伊之助くんはなにかと生徒指導の冨岡先生に呼び出されているらしく、そんな時風紀委員の善逸くんは要らぬ役得で巻き添えを喰らっているらしい。

変わらず自由登校であるのだけれど数日後に迫る後期試験対策のために登校した今日。2人は放課後の呼び出しを受けたのだと、彼らの帰りを待つ炭治郎くんに遭遇して、ならば少し息抜きに会いたいなあ、と一緒に待っていたのだ。漸く帰ってきたのはいいけれどなんの改善も見られない伊之助くんの格好に思わず笑ってしまった。まあそんなところも彼らしい。

「オレは腹が減ったからアオイのとこに寄るぞ!」
「そうか、確か禰豆子も用事があるから寄ると言っていたし俺も行くよ」
「えっ、禰豆子ちゃんいるの!なら俺も行く行くぅ!」

「名前さんはどうする?」と尋ねてくれた炭治郎くんに先程の話を蒸し返すこともできず。それならば同行しようかとニッコリ笑って頷いた。

「じゃあ行こうぜ!俺様に続け子分共!」

言うが早いか駆け出した伊之助くんを追いかけるように席を立った2人に続いてわたしも教室を出た。バタバタと忙しなく廊下を進み下駄箱までもう少しというところで、後ろから声が掛かる。

「お前たち、五月蝿いぞ」
「ひいっ!」

声が掛かると同時か僅かに早く、その音からいの一番に反応した善逸くんが身を硬くして立ち止まった。ついさっきまでこってり絞られたのであろうから無理はないが、騒がしかったのは紛れもない事実なので素直に謝るべきだろう。

「すみません冨岡先生」
「騒いでいてすみません」

炭治郎くんに続きわたしも頭を下げると冨岡先生は少し目を開いて近付いてきた。受験生が何やってるんだ、と怒られるかもしれない。

「苗字、お前は何をつけている?」
「へっ?」

別に誰も何も指摘してくれなかったのだけれど、どこかに何かくっつけてしまっているのだろうか。きょろきょろと身体を点検していると、至近距離に迫る冨岡先生。

「そういうことじゃあない」
「えっ、なんでしょうか?」
「なんでお前からし「冨岡、ゴラァ!」

冨岡先生が最後まで言い切らないうちにどこからともなく怒声が響いた。と、同時にドカドカと足音が聞こえて息荒く登場したのは不死川先生。持ち前の聴覚でその姿を見る前に逃げ去ったであろう善逸くんに引き摺られたのか炭治郎くんと伊之助くんも居なくなっていて、気づけばわたしだけだった。

「不死川、五月蝿いぞ」
「るせェ!てめえがくだらねえことしてるからだァ!」
「?」
「すっとぼけんじゃねェ!オイ苗字!お前はまだ帰んな、こっちこいィ!」
「へっ、あ、はい」

どういうわけか不死川先生は乱暴にわたしの腕を引いて進んできた廊下を逆走して行く。慌てて冨岡先生にもう一度頭を下げるが、その表情が変わることはなかった。

ずるずると廊下を引き摺られるように辿り着いたのは数学準備室。午前中にも来たのだけれど、忘れ物でもしていたかしらと考えているとパッと腕が解かれ入るよう促された。

「あの、不死川先生?」
「あンだよ」
「いや、えっと、それはわたしの台詞というか…」
「…っ、ハァァ−−」

さっきまでの勢いはどこに行ったのか、不死川先生は大きな溜息を吐いて事務椅子にどかりと腰掛けた。

「気づいてねぇのかよォ」
「?」

なんのことだろうかと些か考えていると手招きされ、近付くと、ぽんっと肩に手が乗せられた。

「ココ」

乗せられた手から伸びた指がわたしの肩口をゆるゆるとなぞる。なんだか擽ったいその行為に身を捩ると不死川先生はふっ、と息を漏らした。

「おめぇが言ったんだろがァ」
「えっ」
「ホワイトデー」

そう呟いた不死川先生はとてもとても優しい顔をしていて、その瞬間わたしは全ての合点がいって。なぞられた肩にそっと鼻を寄せてすんと嗅ぐ。

「え、へへ」

へらりと笑って見せると「ばかやろう」なんて乱暴な言葉には似つかわしくないふわりとした仕草で頬を撫でられた。堪らなくなって、ここは素直に甘えてみようとその指に擦り寄ってみせると不死川先生の耳が薄ら色付いた気がした。

「…おめぇの方が赤ぇぞ」
「!」

心を読み取られたようで途端に恥ずかしくなってしまって距離を取ろうとしたけれど、今度はすっかり優しくなった手に腕を引かれ抱き寄せられた。

「…お返しだァ」

ぎゅうっと抱きしめられて鼻腔いっぱいに吸い込んだ匂いは、やっぱりわたしのことを安心させてくれた。





ハッピーホワイトデー!
2021.03.14

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