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気づけば雪がちらつく季節になっていて、今年はもうそれどころじゃあないのだけれどやっぱりそわそわしてしまう自分に、女の子だもん。なんて言い訳してキッチンに立つ。

第一志望の大学受験は先日に終えたばかり。結果はもちろん、まだ続く試験の最中ではあるが、ここまでたくさんの声援と共に鼓舞してくれた先生方には本当に感謝しかないわけで。そんな気持ちも込めて遅ばせながら用意した《バレンタイン》を忍ばせて、もう自由登校となった身で放課後の校舎へ向かう。見つかれば冨岡先生は怒るかなあ。宇髄先生はド派手に喜んでくれるかしら。煉獄先生の方が派手そうだなあ。伊黒先生は好い人がいるみたいだし、悲鳴嶼先生と胡蝶先生はどうだろう。そうそう、そしたら不死川先生は−−

当日も何度も思い浮かべた頼もしい先生方の各々の反応を予想しながら廊下を進む。職員室の扉をノックして「失礼します」と声をかけて引くと顔を上げた宇髄先生と目が合った。

「苗字じゃねえか、どうした?」
「あ、宇髄先生、こんにちは。その、実はバレンタインを…」
「よもや!バレンタインだと!!」

給湯室に居たのか金髪を揺らして勢いよく登場した煉獄先生に驚いていると、宇髄先生に来い来いと手招きされ漸く入室する。見回してみても2人以外はいないようで、少しだけ残念に思ってしまったのが顔に出ていたようだ。

「悲鳴嶼先生と胡蝶先生、伊黒は帰宅済み。冨岡は指導中だ。不死川は、ありゃ多分準備室だろ」
「あっ、そうなんですね。一応先生方にと思って用意したので、置いておいてもいいですか?焼き菓子なので明日までなら大丈夫かと…」

そっと差し出した箱を受け取った煉獄先生が「開けてもいいだろうか!」と尋ねるので頷けば、思いの外そわそわと慎重に、貼られたシールが剥がされていく。

「うむ!これはガトーショコラというやつではないか!」
「お?なんだよ、ド派手に美味そうじゃねえか!」

続いて中を覗き込む宇髄先生の褒賞に思わず笑みが溢れてしまう。やっぱりこの2人は予想通りの反応だったなあ。

「お口に合えばいいんですけど、よければ召し上がってください!まだ受験は残ってるんですけど、ここまでこれたのは先生方のお陰なので」
「おうおう、派手にかわいいこと言うじゃねえか、なあ煉獄!って、」
「うまい!うまいうまい!」

早速手を伸ばして食べ始めた煉獄先生に宇髄先生は呆れて笑い、釣られてわたしも笑ってしまった。

「それじゃあわたしは、これで」
「そうか?ま、なんだ、暗くなる前に帰れよ」
「体調には気をつけるように!俺たちはいつも苗字を応援しているぞ!」
「ありがとうございます」

なんだか宇髄先生がニヤリと笑った気もしたけれど、多分気のせいだと思う。そんなことより、もらった熱い声援への感謝を伝えるためにきたのに、また声援を貰ってしまった。あの2人はいつもわたしの心をほかほかさせるんだよなあ。


下駄箱の前を通って旧校舎へ続く廊下を進む。不死川先生がいるはずだと言っていた数学準備室はこの先にある。扉の前で控えめにノックすると返答があったのでやはり間違ってなかったようだ。一声を掛けて中に入る。

「失礼します、苗字です」
「なんだ、どうしたァ?もう自由登校だろがァ」
「あ、その、バレンタインを…」
「ハ?」

ぽかんと口を開けてしまった不死川先生に思わずくすりと笑ってしまう。そうすれば誤魔化すように頭をがしがし掻きながら「受験生だろォ」と言うものだから、やっぱりいつもの不死川先生だった。

「そうなんですけど、もう今年最後なので…先生方にはお世話になったお礼も兼ねて」
「そうかいィ」

もちろん先程職員室に託けたそれの中には不死川先生の分も用意してあるのだけれど、それとは別に用意してしまったのは、不死川先生がわたしの担任であり、数学はわたしが1番頑張った教科だからということにして。ラッピングした小さな箱を取り出して差し出すと、大きな掌がそれを受け、僅かに肌が触れた。

「和菓子が、お好きとは聞いたんですけど、」
「ん?」

開けてくださいと合図を送ると先生が長い指でしゅるりとリボンを解き、ぱかりと開けた箱の中には琥珀色の長方形が整列している。

「…キャラメル?」
「あ、そうです。生キャラメル!」
「作ったのかァ?」
「えへへ、意外と得意なんですよ」

数学教師にこの長方形は歪んで見えていないだろうかなんて、少しどきどきしていると「食べていいかァ?」と呟かれた。

「あ、どうぞ!そこに楊枝が…」

付属していた楊枝を手に取って、うちひとつにそっと差し込むと口に運ばれる琥珀色。一瞬のはずのその動作がとてもゆっくりに見えた。

「んっ、溶けんのな」

その食感に驚いたのか瞬きされた瞼に繋がる長いまつ毛がピクンと跳ねる。

「そうなんです!お口に合いますか?」
「ん、まい」

もうひとつ、と口に運ばれていく様子にホッと胸を撫で下ろした。やっぱり甘いものお好きなんだなあ。《鬼だ悪魔だ》と諷喩される先生だけれど、実際そんなことがないことは知っているし、さらに言えばこうして甘味に舌鼓を打つ姿は存外かわいく、きっと誰も知らないんじゃないかな、なんてちょっぴり優越感に浸った。

「あの、先生。とりあえず第一志望は終わったんですけど、まだ後期が来月あって」
「そうだなァ、ってもお前は地頭いいんだから心配ねェだろ」
「それは、まあ、そうかもですけど…なにせ緊張が」
「まあなァ。あれは独特な雰囲気あるよなァ」

僅かに息を漏らし笑った先生は珈琲を淹れるからと席を立った。暫くして戻ってくると手にしていたのは2つのカップで、どうやらわたしの分もあるらしい。

「おめぇはこっちのがいいだろォ」

先生が持つ褐色ではなく、それこそ先の琥珀色とよく似た液体が注がれたカップを受け取る。ふわりと香る茶葉の匂いに引かれて「いただきます」と口をつけると仄かに甘くて、気遣いに胸がきゅっとした。

「なんだァ?辛気臭い顔しやがって」

そう言って小突かれた額に思わずむうっと眉根を寄せると、先生は言葉を続ける。

「大丈夫だ、お前の努力はお前が1番わかってんだからなァ。自分を信じろ。苗字ならできる」

いつになく真剣な顔に戻った不死川先生とばっちり視線が交わって、その言葉と表情と優しさにごちゃ混ぜにされたわたしは涙が出そうになった。

「不死川先生はやっぱり心強いです…」
「ハッ、そうかいィ」

揶揄うように破顔した先生を、本当に心強いんですと念を込めて見つめると、もう一度視線が交わって、今度はわたしがまつ毛を揺らす番だった。





ハッピーバレンタイン!
2021.02.14


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