▼ 08、ただの隣人から友人に昇格してたわ
抜糸をするまでは大人しくするように言われたけど、会社に行って片手で出来る仕事はやる事にしている。みんなから心配はされたけど、無理せずに片手で出来る事はやると言って仕事をしていた。片手だけでパソコンを打ち込んだりするのは疲れるし、かなり肩がこる。だから定時よりも少し早めに帰宅する事にして駅から歩いていた。少しだけ通るのが怖いこの道だけど、隣の家の電気がついているのを見上げると少しだけほっとできた…
何かあったら大きな声を出せば助けてくれるんだって、そんな期待を勝手にしてしまう。もしかしたら助けてくれないかもしれないけど、助けてくれるかもしれないっていう期待だけが私を助けてくれる
部屋の前に来て、扉を開けようと鍵を差し込んだら先に中から扉が開いたせいで急いで後ろに下がってぶつかるのを回避した。出来てきたのは元カレ…
「え」
「あ、勘違いすんなよ?腕大変だろうからって思って」
「で、俺はこいつの見張り。お邪魔してまーす」
元カレは怒りやすい。だけど松田くんに関しては怒りにくい…元カレの出会いが出会いだったからきっと色々気にかけてくれているんだろうってわかるから余計に怒りにくい。まあいいか、と思って部屋の中に入り、着替えを持って脱衣所に行ったら元カレがついてきた。
「何?っていうか…鍵」
「大変だろうから手伝おうと思って!いつまでも病院のテーブルに置きっぱなしだったからまた拝借した」
別にしまわないつもりじゃ…いや、もういい。深い深いため息が出た
「……いらない、出て行って変態」
いつまでも彼氏気分でいるなよ。って感じで睨みつけたら出て行ってくれたのでしっかりと鍵をかけてからスーツを脱ぐ。二人に構っていても面倒にもほどがある。一人は一人が何かしないか見てくれているだろうし、一人は私の家に来慣れている。まあ放置しておこうと思い、先にシャワーを浴びた。暑いし、湯船に浸かるのは禁止されているけどシャワーは許されているからなるべく早めに済ませて出る。まだ傷が痛いっていうのが最大の難関なんだけど、まあどうにでもなる…着替えを済ませてから出れば、松田が色々運んでいた
「え、何これどうしたの?」
「かつ丼定食松田風」
「何その松田風って…」
「俺が作ったから松田風」
「ぶっ…ありがとう、美味しそう」
「それで足りるか?」
「平気よ、ありがとうね」
くだらないネーミングに笑ってしまえば、なぜか三人でご飯を食べている状態。何しに来たのかと言えば本当に私が不便だろうと思って二人とも様子を見に来てくれたらしい。私は髪を乾かさずにそのままだったから、ご飯を食べた後に片付けを二人に任せてのんびりと髪にドライヤーをあてていた
「へぇ…まああいつから告白ってのは考えらんねぇな。で?どんくらい付き合った?」
「一年ちょっとだな」
「ふーん、わりと付き合ったな」
「だろ?なまえに付き合えるの俺だけだと思うんだけどなぁ…」
「お前浮気したくせによく言うな」
「それを言われたら本当言い訳しか出てこねぇ。まあでも、楽しそうでは無かったな…ヤってる時もさ、声一つ漏らさないし俺だけ楽しんでる感が」
「あんたちょっといい加減にしなさいよ!?デリカシーが無い!!あとアンタに告白するわけないでしょ!」
あと、そう思っていたんだったら少しは考えろ。っていうか私はこの元カレしか知らないんだから普通なんてものがわからないし、こんなもんなんだなってくらいしか思ってないわけで。だいたいそういわれたら比べられてる感じが半端なくてむかつくわ
私が怒鳴ると元カレに片付けを任せた松田がこっちに来てドライヤーを取った
「時間かかってんな、ほら貸せ」
「いいってば」
「いいから」
私が手を伸ばしたらドライヤーを私の手から引き離された。松田を少しだけムスッとした顔で見たけど、松田は鼻歌を歌いながら私の髪を乾かし始めたのでため息を吐いてから彼に任せる事にした。丁寧に優しくやってくれるところはやっぱり見た目から全然想像がつかない、丁寧に乾かしてくれた後にドライヤーのスイッチを切って私の髪を梳くように撫でた。それを見た元カレがなんともいえない表情を浮かべた後にこっちに寄って来る
「なまえちょっといい?」
「なに?」
「ベランダで」
「あぁ、俺がベランダ出る。吸っていい?」
「うん、どうぞ」
松田くんがタバコを携帯用灰皿を持ってベランダに出て行った。元カレがそれを確認した後に私の前に座ると頭を下げたので私は彼をまるで見下ろしているような感じになってしまうのだが、そのまま彼の言葉を待った
「浮気も、手を挙げた事も本当にすみませんでした。もう二度とやらないから…もう一度付き合ってもらえませんか」
「ごめんなさい。」
「ねぇ早い」
その早いっていうのも早くて笑ってしまったら、元カレもおかしそうに笑った
「だよな。ごめん」
合鍵を差し出してきたので私もそれを受け取った。最後に両手を広げてきたので、いいよ、の意味を込めて頷くと抱きしめてきたのでそれを受け入れる。それから離れた彼がじゃあなと言い残して部屋から出て行った。多分タイミングてきに見ていたんだろう、ちょうどよく入ってきた松田くんがベランダから戻ってきた。
「なに、より戻ったの?」
「ううん、多分もう会わないと思う」
「ふーん」
先ほどとは違う、タバコのにおいをさせた彼がキッチンを見てから戻ってきた
「何かしねぇかって考えてたけど考えなくてよかったみたいだな」
「ありがとう、心配してくれて」
「本当な。お前みたいにめんどくせぇことばっかり運んでくるやつほんとだりぃ」
「悪かったわね」
好きでこんなふうになったわけじゃないし、好きであなたを巻き込んでいるわけじゃないわよ。松田くんを睨むように見ると、松田くんも私を横目で見たから目が合った。ふんっと鼻で笑った彼が「じゃあ帰る」と言って部屋から出て行くのをその場から見ていたら、閉まりかけた扉がまた開いた
「ちゃんと鍵閉めろよ。チェーンも」
「はいはい…ありがとう」
仕方ないから立ち上がって彼が出て行ったのを確認してから鍵を閉めてチェーンをちゃんとかけた。隣人さんはめんどくさいめんどくさいって言いながら結局お世話をしてくれるような、巻き込まれに来るような人で、本当に根がとても優しい人なんだろうなって感じた。そこで私が思ったのはもしかして松田くんが受けっていうほうなんじゃないかと…
私はここで関わる事は無いでしょう。なんて思わないのは彼らの近くにいて、彼らがいちゃついている姿が見られればいいのにっていう邪な気持ちだけが働いたから。だからこそこれからもずっと彼らに関わって行く気持ちはあるので、どうせなら友達くらいのポジションになりたい。でも私の目的はさておき、私があのイケメン二人と一緒にいるのを見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。だけどお部屋は隣なわけで、自分から積極的にかかわる事は多分無いんだろうけど…たまたま部屋の前で会った時が来たら少し絡んでみようかとは思う
でも、私のこの考えとは裏腹に、どちらかといえばあの二人のほうが絡んできてくれるから、なんというか…ごちそう様だわ。
次の日も定時少し前にあがって家に帰ると、家の前に萩原くんがいた
「また松田くん待ち?」
「ううん、今日はなまえちゃん待ち」
「あれ、私制服返したわよね?」
「あぁ、別に用事があるわけじゃなくて…腕大変かなって思ったんだけど」
「萩原くんまで私の世話焼きにきたの?」
今度こそ笑ってしまった。なんでこんなに良い人たちなの、なんて。他人がいると落ち着かないんだけど、どうにも松田くんと萩原くんはあまり気を使う隙が無いていうか、とりあえず家にいてもいいかなって思う。一応気になりはするけど
それでもさすがに世話を焼かれるとまでいくと少しは気にしてしまう…
「あんまり動かすと傷口開くからね」
なんて気にしてくれているし、仕事帰りだろうか…そこまではわからないけどせっかく来て、しかも待っていてくれたのに無碍にも出来なくて部屋に入れる事にした。でも鍵穴に鍵を入れてすぐに謝られたから振り向く
「ごめん、俺が送っていれば怪我しなかったのに」
「え、いいよそんなの。悪いのは萩原くんじゃないし、萩原くん仕事だったんだから謝る必要なんてないじゃない…」
「そうなんだけどね。でも女の子一人で返すのはよく無かった」
「でも」
「そこは俺が悪いんだけど、タクシーとか使ってって言ったよね?」
謝罪は受け取れない、本当に萩原くんが悪いわけじゃない。だからもう一度話そうと思ったらいつも笑っている彼の表情から笑みが消えた。コンビニまで乗ったんだと言えなかったのは、それを知っているかのように「ここに寄ってって言われれば一回停めてくれるよ」と言葉をつづけたから。だってコンビニからここまでほんの数分しかないのにタクシーを使ってどうするんだって思うし、タクシーの運転手だって困ると思う
「なまえちゃんの気持ちはわかってるんだけど…ほんの数分っていう軽い気持ちで夜遅い時間に、しかもなまえちゃん身動き取り辛い浴衣だよ?格好の標的だからね。なまえちゃんに怒ったって仕方ないのはわかってるけど、たまたまなまえちゃんの元カレくんが来ていなかったらどうなってたかわからないんだから、気をつけてね」
「はい…」
「せっかく知り合った友達をすぐに亡くしたくは無いから」
口調は柔らかいんだけど、なんとなく怒られているような感じがしてしょぼくれてしまった。ちゃんと私が悪くないし怒ったって仕方ないって言ってくれて、だけど多分心配してくれたぶんそれをどこにぶつけたらいいのかわからなくなったのかもしれない。彼にお礼を言えば彼が息を吐き出してから謝罪をしてきて、それから笑った
「大したもの作れないから、お寿司買ってきたんだ。好き?」
「好き」
「じゃあ持ってくるから、家に入って着替えとかしててね」
柔らかく、優しく笑った彼にそう言われて一度家の中に入った。ちょっとまって、もって来るって松田くんの家からって事だよね?それなら家の前で待つ必要ないって事で…それがタイミングよくいたって事は私が帰ってきたのがわかったって事…それならお寿司を持って出てくればいいのに。そう思ったときに着替えとかしててって言われたのを思い返した。すごい気を使う人だなって感じて、お言葉に甘えて着替えを済ませているとインターホンが優しくなった
「どうぞ」
彼が入ってくると「無防備!」って一番最初に指摘される。萩原くんも松田くんも口うるさい…私が真顔でいると「事件ばかりの中にいるとこうなるの!」と拗ねたように言われてしまった。そっか、でも私はむしろ逆に平和の真ん中にいたからそういうのに疎いかもしれない。そう考えると私がこうやって事件や事故に巻き込まれるようになったのは彼らと知り合ってから…?うーん、でもそう思うと少し電車で移動した先のところのほうがかなり事件が多いらしいから、もしかしたら東京一帯が危ない地域だったりして。萩原くんが準備をしてくれるというのでお皿の場所などを教えて私は座っていた。
談笑しながらご飯を食べて、お金は受け取ってもらえずに萩原くんは片付けまでしてくれた後に帰るというので玄関まで向かった
「あの、松田くんも萩原くんもありがとう。明日から友達に頼むから大丈夫よ…隣人ってだけでお世話になっちゃってごめんね」
「んー…まあじんぺーちゃんも結局面倒見いいからね…俺はなまえちゃんのこと友達だって思ってるし。困ったことがあったら言って?」
「うん、ありがとう」
迷惑かけるのはこれでおしまい。というか二日連続で来てくれるとは思っていなかった。本当に次の日からは友達に…なんて事もなく、本当に困ったときだけはお願いする事にして、抜糸が終わって、私は普段とおりの生活に戻れるようになった
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