▼ 03、隣人さんの落し者?
今日は定時で帰る事が出来た。一人で晩酌するようのおつまみをコンビニで買って、ビールもチューハイも買った。今日は自分の大好きな警察官のお仕事がやっているテレビがあるのでそれを見ながら楽しく飲み食いする予定。本当いうなら彼氏と何かしている時間よりも一人でこんな事をしているほうが好きなんだから、それ以上の存在が出来たときっていうのは想像がつかない。何度もいうようだけど私は男運が無いみたいだから隣の人がどんなに良い人で「本当に警察官かもしれない?」とは思っていても、警察官なんて職業のものはテレビで見るこういった番組か、ドラマの中の存在っていうだけでいいし、なんならそのへんで交通整理でもしていてくださいって感じるくらい。それが身近に、しかも交通整理をしてなさそうな、テレビに出てきそうな容姿とこの間の状況で現れたところからするに部署?所属?もやっぱり現実離れしているようなものだろうって自分で勝手に解釈はした。それに本当に何か無ければ関わる事も無いと思う、引っ越してきてからこの間まで会う事なんてなかったんだから
エントランスを通ってエレベーターに乗り込み、自分の部屋の階で降りて部屋へ行こうと廊下を歩いていたら、私の部屋の前…ではなくて私の部屋の隣のドアの前で立っている人がいた。携帯を弄っている長身の、肩に触れそうなくらいの髪の長さの人、最近見た格好の人だった。私が歩いて近づいていくと、その人が気づいたみたいでこっちを見た
「こんばんは」
「こんばんは」
一瞬戸惑った顔をしたけど、すぐに笑みを浮かべて小首を傾げたその人。私がさらに近づいていき、目の前を通り過ぎてからドアの前で鍵を出すために探っていたら「あ!」と言われたので出しかけた鍵はしっかりとだし、鍵穴に突っ込んでからそっちを見た
「え?」
「あ、ごめん、一瞬追いかけられたのかな?って思ったんだけど。じんぺーちゃんの言ってたお隣さんだ?」
「言ってたかどうかはわかりませんが、じんぺーちゃんの隣人さんです」
そもそも追いかけられたって少しでも思うって、それ一回でも合った事があるって事だよね?夜といえども暑い。とくに廊下なんて場所はさらに暑い。それなのにここで立ってるって何?「あのね」と話しを続けようとしていた目の前の彼をよそに、私は気づいた。もしかしてこの二人って出来てるんじゃ?って…だって今時珍しくもなんともないし、この間だって家にいて今日も家に来ているわけで…?それでもしかして喧嘩したとか、抜き打ちで浮気してないか見に来たって事かもしれない。松田くんとこちらの人…絵になる…。私そういうのって全然考えた事ないし、男と女が当たり前に思っていた節もあった。だけどいざ目の前でそういうの見せつけられていたら有りなんじゃないかと感じてしまい、何か目の前で何かを話しているんだけどほぼどころか全部聞いてなかった。私は心に何か変なものが出来てしまった気がするので急いで扉を開けて中に入った
初めてときめきというものを感じた…
バタン、と扉を閉めて深呼吸を繰り返してから気づく。自分の世界に見事に入っていったけどさっきの人ってこの間の方なのでは、と。
お酒がすっかり汗をかいているので、冷やすために最初に飲むビールは冷凍庫に入れてあとは冷蔵庫に入れた。それからこの間の爆弾事件で会っただけではなく借り物をしていた事も思い出して急いでサンダルを履いて扉を開けたら、まだそこにいた彼を確認した
「あ!ごめんちょっと待って!」
「はい、ちょっと待ってください」
「え!?」
会話のキャッチボールが上手い事出来ていない気がするけど、とりあえず中に入ってこの間ちゃんとクリーニング…したかったけど出来なくて、自分でアイロンかけたりしました。ハンガーにかけていたそれを畳んで紙袋に入れてからもう一度玄関のほうへと行くと、先ほどよりも暑そうな彼と目が合った
「…あー…もしかして松田くんが帰ってこないんですか?」
「そう…家の鍵とかじんぺーちゃんの部屋の中でさ…、携帯も調子悪くてつかないんだよね」
「…とりあえず暑いので入ります?私も帰ってきたばかりで暑いですが、今クーラーつけますし」
あ、言った後に思った。私今日大好きな番組がやるから他者を入れたくないんだった。それでも言ってしまったものは仕方ない。今更訂正は出来ないし、このきらきらと目を輝かせている大型犬に「やっぱり無し」とは言えなくて家に招き入れた。とりあえず冷房をつけて、少しの間だけ扇風機を回す。いつからいたのは聞いてないけど、とりあえず脱水症状とか熱中症になられても困るからコップに氷と麦茶を入れて座らせた彼の所へいった
「はい、どうぞ」
「ありがとう…。入り込んだ俺が言うのもなんだけど、ちょっと危ないよ」
「あ、それですが…服借りていたの返そうと思いまして」
「あー…あれね」
「大丈夫なんですか?予備とかありました?」
「うん、あったから大丈夫」
「クリーニングに出そうとしたら、専門のところじゃないとダメだって言われてしまって、自分でアイロンをかけたりぷしゅぷしゅしたりしただけなので。助かりました、ありがとうございます」
「いいえ。律儀だね、ありがとう…でも危ないからな?」
あ、話しが戻った。それは重々承知…なんだけど、何かしようとする人なら私が鍵を開けている時点で入ってくると思ったし、このお隣さんたちが付き合っているのなら私に直接的な被害なんて無いと思ってのこと。でもそういうプライベートな事に踏み込めるほどの仲でもなんでもないので、とりあえず無言になったら会話に困ると思ってテレビだけはつけておいた。私の好きな番組…
「じんぺーちゃんとはこの間より前に会ったことあるのか?松田くんって言ってるって事はそうだよな?」
「この間少し助けてもらいまして…あれ、それを聞いたんじゃないんですか?」
「ううん、聞いたのは隣が女の人っぽいってだけだよ」
「ああ…。あの、あ、何さんですか?私みょうじなまえです」
「萩原研二。松田と同じ歳なら俺とも同じ歳だよ」
「じゃあ萩原くん…番号覚えているなら私の貸すから電話する?松田くんに」
「いいの…?」
急に眉を下げて首を傾げる彼が不思議だったので聞いてみた所、それをさっき私に言っていたんだけど無言で部屋に入られたからやっぱり気持ち悪かったかなーと若干ショックを受けていたらしい。ごめんなさい、そんなつもりは全然なかったのよ、そうやって苦笑いを浮かべたら「俺こそ急にごめんね」なんて言ってその話しはここでおしまい。それから携帯を貸してあげたら少し話しをして、それから私に通話中の携帯を差し出してきたので首を傾げながら受け取る
「代わってって」
「もしもし?」
'あー…俺。萩原がごめんな、迷惑かけて’
「ううん。この間借りた服も返せたから大丈夫」
'あと30分くらいで帰るからそいつ追い出しておいていいから'
「30分…でも外暑くて可哀想だから30分くらいならうちにいてもらうからいいよ。ただ見たいテレビあるから早めにお願いします」
'りょーかい'
電話を切ってからパタン、と閉じた携帯を机の上におき、その携帯の上に重ねていた手はそのままにしたまま考えた。萩原がごめん…その所有物みたいないいかた…。やっぱり二人ってそういう関係なんだ!なんてここで確信持った。でも男の人たちが付き合ってるとしてもやっぱり堂々と外でいちゃいちゃ出来ないだろうし、だからこそきっと隣で会ってるんだ…!でもキスとかは置いといてその先ってどうするんだろう…何かあるのかな…なんて若干下品なことを考えていたら萩原くんに目の前で手を振られたので顔をあげた。ごめんきまづい…なんて苦笑いを浮かべてから携帯から手を離した。
「よかったら松田くん来るまでいて?」
「あー…うーん」
苦笑いを浮かべる彼に「あ、無理にじゃなくて」って付け加えた。やっぱり松田くんに悪いのかな?ところでどっちが男役女役ってあるのかな…なんてまたこの時間に考えてしまって気づいて戻ってきた。どうしよう、私どんどん変な方向へ進んでいる気がする。
「いや、女の子の家にいさせてもらうのどうなのかなーって思って。しかも何も持ってないしね」
「…私が拾ったんだからいいんですよ」
「拾った?」
「そう、松田くんの落し者を拾いました。ちゃんと持ち主に返しますよ」
そういったら萩原くんが可笑しそうに笑って「じゃあお言葉に甘えて」なんていってくれた。ただ静かにしててくれ、なんてちょっと図々しい事は頼むけど、ここは私の家。そして意図せぬ来訪者だから許してもらおう。涼しい場所も提供しているんだからいいよね、なんて思ったのに「俺も興味あるから一緒に見る」なんていう良い人…きっとこの人草食系だ!松田くんのほうがガツガツしてそうだし!なんて自分の中で考えを纏めてテレビを見始めたんだけど、まるで合唱するように私のお腹の音と萩原くんのお腹の音が交互に鳴るから私が笑ってしまった
「おつまみと大盛りパスタあるから一緒にどうですか?お酒もあるから飲みましょう」
「あー…結局気を使わせてごめんね」
苦笑いを浮かべる彼に「せっかくですしね」なんていうと、手伝ってくれるのか立ち上がってついてきてくれたのでビールとコップと割り箸と…とりあえず運び方をしてもらって二人で改めて席についた。ビールはコップに入れたほうが美味しいから二人で冷凍庫に入れていたビールをコップに注いで何かに乾杯してから口をつける
であって二回目でこんな事になってるのは、助けてくれた松田くんの恋人っていう事もあるだろうし、安心させるような人種なのかもしれないし…そして何より
「一応確認なんですが、松田くんと萩原くんって警察官?」
「うん、そうだよ」
やっぱりそうなんだ…じゃあ隣の松田くんの事変な人って思ってしまったのは謝ろう。でも口に出してないからいいか。とりあえずなんでも無かった私の日常がこの二人によって急に変わりだすなんて思ってなかった…だいたい隣の人と仲良くなるなんて思ってもいなかったし、萩原くんも一緒になって警察の番組を見ながら「大変そうだな…」なんて他人事のように言うから私も同じようにうなづいた。それ以上彼らの職業に踏み込んじゃいけない気がするし、テレビの番組は本当のようで嘘のように思っているから、現実を見る気は無かった。
そのうちピンポンが鳴ったので立ち上がって玄関のほうへ行き、扉を開けたら松田くん
「悪ぃ」
「うわ…」
「うわって言うな」
「あ、ごめん。嫌な意味じゃなくて、急がせちゃったなって思って。ごめんね」
汗がびっしょりだった彼、息を切らしているところを見ると急いできたんだろう…萩原くんのために…なんて思ったけど、どうやら私に迷惑をかけているっていうほうで急いで来てくれたらしい。萩原くんはおとなしくしていたし、ぜんぜん気にしなくていいのに
「萩原、帰るぞ」
「あ、まって松田…じゃない、先部屋行ってて。片付けだけするから」
「いいよそのままで。ありがとう」
「じゃあ…うん、俺のほうこそありがとう、ご馳走様でした」
萩原くんは自分のお皿だけは下げてくれたみたいでこっちに歩み寄ってきて改めて御礼をしてくれた。一人でのんびりしたかったけど、悪くは無かったな…なんて思って御礼を言ってくれる二人に手を振って扉をしめた
困ったことに二人のせいで新しい扉を開けてしまった私がいた…。
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