コンコンコン、お隣さん | ナノ


▼ 31、そして隣人はバカ

あいつがお風呂から上がったからといって、ましてやその自分の使っているものと一緒の匂いがしたからといってドキッとしたりそれで理性が飛ぶほどガキじゃない。出てきたみょうじに途中までしていた鍋の準備の続きをお願いしてから今度は自分がお風呂に入った。冷静になって考えると、さっき確かにこいつを崩したいと思っては見たけど、萩原のことを考えると自分の感情一つで動くのもどうかと思った。萩原に遠慮とかじゃねぇけど…いや、いい、考えるのはやめよう、めんどくせぇ

風呂からあがればテーブルに置いてある、多分わかった範囲での準備と誰もいないキッチンには鍋の蓋の穴から湯気が出ていた。さっきまでいたはずのやつがいない…?トイレか、と思ったけどトイレだとしたら俺が出てくるまで待って借りると言うかもしくは声をかけてくるはず。一応トイレの電気を見たが消えたまま。なにこの神隠し。そう思っていたのも束の間、ベランダ側のカーテンが開いているのに気づいてそっちに歩み寄ると、ベランダで隣の部屋、自分の部屋のほうを覗き込むみょうじがいた

「…何してんだよ、あったまったのに」

「が、頑張って家に入れないかな、って」

「死にたいなら。そもそも鍵開いてんのか?」

「記憶にございません」

「入れよ。風邪ひく」

「うん」

家に帰りたい気持ちはわからなくは無いけど、鍵振り回してたのはお前だろ。ご飯は終わらせてくれていたようなので飲み物とかを取りにキッチンに行ったら手を出してきたのでビールをみょうじの手に二つ持たせた

「じゃあ、えっと、これ貰って新しいの買って返していい?」

服に視線をみょうじが向ける。それなら今言う’これ’は服の事なんだろう
なんとなくだけど理解した。理解したけど視線が体に向いてしまえばみょうじが冷たいビールの缶を両方の頬を挟むようにしてきた

「っ…つめたっ!」

「そこは知らないふりしてほしいところだわ!」

「知らないふりはしておきたかったつもり。はい、持って行って」

「はい。いくら萩原くんの体にしか興味無いからと言って見られるのをなんとも思えないほど恥じらいのない乙女じゃないのよ…いや、そもそも女同士も嫌よ…」

聞こえるような音量でぶつくさというみょうじ。あとは鍋をもってそっちにいけば入れ違いにキッチンに行き、お玉を持ってきて席についた。二人用にしては多分でかい鍋。っても萩原も来るし同期も来るしで大きめのものを買っていたんだが、二人でこの量も多分こいつならいけるだろう。いただきますをして食べ始める。取り皿に入れた分に息を吹きかけるみょうじが髪を耳にかけた

「…輪ゴムあるぞ」

「輪ゴム?…髪!?無理!」

冗談のつもりが全力で拒否するみょうじに笑ったところで自分は食べ始めた。寒かったからか、結んでいなかったし、無いのかと思ったがカバンをあさったみょうじがあったと言って軽く髪を結んでから食べ始めた。わりと前からだったけど、何か言いたげに時折こっちを見る事があって、それでもジッと見たわざとらしい感じではなく、口を開いてから唇を結んだり。まあ、それが癖だと言われればそれまでだけど

「母親から何か言われた?」

「へっ…!?」

違うのか。それとも図星か、どっちの反応だこれ

「え、お母さんから何か言われたの?」

「俺が聞いてんだけど」

「あぁ、そうね…私は何も言われてないから、松田くんにお手紙か何か来たのかと思った…部屋番号変えるだけだしね。たまに違う番号書かれていても私に届く時あるし、それかなって」

前の住民のが届いたりな。まあそれはわかるけど、原因が母親じゃないとしたらなにが言いたいのか、あむ、と口に入れたみょうじを見て問いかけようとした時、玄関のチャイムが鳴った。しかもなり終わる前にもう一回鳴った。萩原だな。みょうじを見ると察したようで、自分が立ちあがって玄関へ行く。「へいへい」と返事をしながら鍵を開けると頭に雪を積もらせた萩原が入ってきた

「じんぺーちゃん!なまえちゃん引っ越すってマジ!?だからいないの!?」

「はあ?」

俺が意味のわからない、といったように返事を返すと、開けっ放しにしていたリビングにつながる扉からみょうじが顔を出した

「こ、こんばんは、萩原くん…今日もお邪魔しています…。あの、服も借りてしまったんですが、その、下心は無いと言いますか…」

あぁ、このみょうじの反応は浮気をさせていたわけではありません。と、そもそもそこから誤解だが萩原が否定しないし、この距離が離れていかれても困るのは俺も一緒か。まったく警戒されないのも困るが、警戒されても困る。だから今のところ否定も肯定もしないでいたが、萩原はみょうじの恰好を見て目を見開いていて、それが余計に誤解を産むと気づいてくれないのか

「じんぺーちゃん、あがっていい?」

「あがるつもりで来たんだろうが…仕事は」

「寮の人と上司以外は帰宅になったよ」

「じゃあ帰宅しろよ」

みょうじに何も言わないからか、みょうじが困ったように最初に奥に引っ込んで、座っていいのか悪いのか、まるで自分の尻尾でも探す子犬のようにうろうろしている。萩原も何か言えよ。ため息を吐き出したのは俺と萩原が同時で、みょうじがビクッと肩を揺らしたのでそっちを見た

「萩原にタオルやって。水垂れそう」

「あ。はい!」

慌てたように脱衣所に入って行ったみょうじ、萩原が無言で俺を見た後に脱衣所に行った。バタンッと扉が閉められたので、すぐに開けようと思ったら扉からダンッという音が聞こえた。残念ながら防音でもなんでもないから声はしっかりと聞こえる

「そんな恰好してさー、じんぺーちゃんの事誘惑してたの?何されても文句言えないよ」

萩原の低い声に扉を開ければひっくり返るようにみょうじが出てきて、萩原が手を引っ込めた

「萩原ぁ…お前」

ふんっと顔を背けられたものの、すぐにこっちを見て片目を瞑って人差し指を立てる萩原、あいつ蹴っていいだろ。足を出しかけたが帰り支度をしようとするみょうじに気づいて扉を勢いよく閉めた

「とりあえず風呂入れ」

萩原に人をからってないでいけと伝えてからみょうじのほうに向かった

「すっごい浮気相手の気分!ほんとごめんなさい!いや、でもここで帰ったほうが逃げたみたいでダメよね!?私浮気された事はあっても自分がそれに間違われた事は無いんだけどどうしたらいい!?」

「あー。よしよし落ち着け。萩原のあれはお前が思ってるのとは別だから」

カバンはペタンと座るみょうじの前に、俺はその前に片膝を立てて座り、自分は何をするのが正解なのかと困っているみょうじの背中に手を回して、もう片方は頭の上に乗せてポンポンと軽く叩いた。みょうじがどう思ってるのかわかんねぇけど、猫谷の時もこうやってみょうじが誤解している状態で慌てている時も、こっちと距離を取ろうとしている時も繋ぎ止めてるのは俺らのほうで。
一応カバンのおかげで距離が出きているので胸に当たる事が無いのは幸いか、みょうじが俺の腕の中でもがくのでもう少しだけ強く抱きしめた

「聞けって。萩原のあれは俺の事好きで言った言葉じゃなくて…みょうじと、自分も一緒にいたいのにっていうほうの文句だ」

ピタッと動きを止めたみょうじの体を離すと、眉間に皺を寄せて首をかしげ、そしてビールを飲んだ。なんで今飲む

「いや、でも怒ってたわよ…。私にはわかる」

「お前が何もわからない事はわかった。俺も萩原もお前といるのは居心地いいの、わかった?」

「……いや、ちょっと理解できません。カップルの中に一人邪魔者いたら…」

「……あー、じゃあ、お前が彼氏といる時に迷子の子供がいて、親が見つかるまで遊ぶとしたらお前は邪魔って思う?」

「思わない!ぜひ遊ばせていただきます!」

「そういう事」

そっか、つまり私は子供と同じか。そう呟いたみょうじが先ほど座っていたところに戻って、無言で鍋を食べ始めた。その顔はまだ悩んでそうな顔。萩原と付き合って無い、男に興味無い、お前が勝手にそう思ってるだけ、言うのは簡単だけど…萩原がどうすんのかさえわかんねぇし、説明すんのもだるい。つか、なんで俺がここまでフォローしてやんないといけないのかもわからねぇし…
扉が開いて、風呂から出てきた萩原を睨むと、満面の笑みで首を傾げられた

「あはは、ごめんなーなまえちゃん。俺なまえちゃん大好きだよ。ちょっとたまには、男として見てもらいたいなって思って」

萩原がみょうじの腹部に抱き着く、みょうじはマロニーをすすっていた。笑っていいのかわからなくて、顔が引きつった。ビールを飲んだみょうじが少しだけ身を捩ると萩原を見る

「それは…萩原くん、自分も攻めだからって私に教えてくれたの…?二人ともどっちもいけるの?」

萩原が困ったように笑っている間、俺は新聞の広告を山折り谷折りと交互におっていき、ハリセンのようなものを作ってからみょうじの頭を軽く叩いた

「お前ほんとバカだろ。現実に戻って来い」

「ハリセンをおりおりしてる松田くんを見てると、松田くんをちょっと可愛いって思ったから松田くんが受けでもいいのかもしれないって思った…」

「あとお前も離れろ」

萩原の頭を少しだけ強めにたたけば、萩原がみょうじの腹部から手を離してキッチンにいった。どうやら自分も食べるらしい。それよりもさっき来た時の萩原の話が気になって聞いてみれば、下でここの住民とあって、多分みょうじのだろうというキーホルダーが落ちていたからという事とその人がみょうじとたまに話をする人だったらしく、引っ越しをしようとしているという事を聞いたらしい

「うん、物件を見てただけなんだけど…」

「なんで引っ越すの?俺らが構いすぎた?」

「違うよ、二人と一緒にいるのは楽しいの。でも私、たとえば今日も松田くんと知り合いじゃなかったら自分一人でどうにかしようと思うけどうっかり知り合いだし、会ってしまったらあれよあれよといううちにお世話になってるのが…罪悪感とか色々な事で胃痛がする」

「うわ、めんどくさ」

「いただきまーす!」

萩原は食べ始め、みょうじはとりあえずお皿を空っぽにしたからか、本当に胃がいたいのかお腹をさすっている気がした。俺も萩原も何も思って無いので食い進めていき、萩原も萩原で勝手に人のご飯もジュースも拝借している状態

「なまえちゃん、俺らは子犬を保護しただけだろ。無理やりに、子犬の意志関係無く。反論は?」

「いや、でもね!?」

「連れて帰られた子犬は濡れてるし汚いから風呂に入れられて、綺麗にされてドッグフード貰っただけ」

「犬扱いかよ…」

「そ、そう…そうなの…犬、ね…」

萩原がみょうじの鍋用の皿の中に次を入れると、みょうじがそれを食べるために俯いていた

’萩原、お前正直に言えよ!’

’こんなに面白いのに!?’

’さっきのお前の態度見て近づかなくなったらどうすんだよ!’

’だからフォローしただろ!’

「はぎっ!!」

口だけでしゃべっていたつもりが、あまりにも萩原がみょうじで遊ぼうとするので声が出た。それにみょうじが反応して顔をあげる

「イチャイチャするなら私が見てる時にして…」

「落ち込んだような声色で怖い事言うな」

「なによ!二人とも犬の前ではいちゃつけないっていうの!?つけるでしょ!?鍋美味しいわ!」

今度はヤケクソかよ。まるで酔っぱらっているように話しているがまだ一本目、気にしない、っていう事は出来なさそうだがそれでもさっきよりは表情はいくらかマシになっていた。結局三人で鍋を食い終わって、みょうじは作ってやったハイボールの入ったグラスを持ってキッチンで茶碗洗いをしている。あいつは酒を持ち歩く癖でもあるのか…



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