コンコンコン、お隣さん | ナノ


▼ 30、隣人はアホ

東京にしては珍しく、雪がかなり降って積もった時の事だった。今日は何事も無く定時で家に帰り、あとはあったかいものでも食べようかと思って帰ってきた。帰ってきたのはいいが、アパートの前で雪だるま状態で何かやっている見知った顔、いや、姿を発見して心底ため息が出た。この奇天烈女は今度は何をしてやがる…

「おい」

俺が声をかけると「ひっ」という悲鳴のような声とこっちを勢いよく振り向いてきたみょうじを見た。こっちのほうが悲鳴あげたいわ。なんで泣きながら雪だるま作ってんだよ…

「松田く、ん。こわい…」

「俺のセリフだ。何してんだよ」

「ん」

多分呂律が回っていないからか、口を開いてからすぐに諦めてうなづくだけのみょうじにため息を吐き出した。何時間前からいたのかわからないが、顔は真っ赤で顔が痛そう、手もしかり。

「とりあえず家入れよ」

「無い」

「何が?」

「かーぎ」

「あ?無くしたのか?」

ここでようやく理解した。この雪の中のどっかに落としたんだろう。頑張ってないで鍵を業者に開けてもらうとかなんとかしろよ…。ため息を再び吐き出して、みょうじの傍らに歩み寄って行った。結構な量の雪が積もっているのは見てわかるのに、端のほうから少しずつ綺麗になっていっている。雪だるまはせめて楽しい事をしようとでもしたのだろうか。ちなみに道路からアパートまでの道は舗装されている。みょうじが落としたのはその横の芝生と低木のところ…いや、なんでだよ、どうやったらこっちに落ちる。突っ込みたくなったが今問いかけても多分ちゃんとした返事は返ってこないんだろう
みょうじは泣き止んで、涙を拭っていたが、腕を引いて立たせてから足で雪をかき分けた

「本当にここ?」

「た、ぶん」

「多分?あー、いや、もういい。とりあえず業者と大家に連絡して鍵かえてもら…俺が電話する、とりあえず部屋入れ」

みょうじに電話させたらこの呂律が回ってない口調で説明するんだろうと思うと、考えるだけで面倒臭い。だったら俺が言う事にして、大家に連絡をしようとしたが、そういや数日前に二か月ほど娘のところにいるため不在、なんて連絡来ていたな…じゃあ業者。みょうじの腕を掴んで自分の部屋のほへと歩きながら電話すると、大雪で難しそうだという。まあ歩いてきた道を見ると雪かきなんてされてないし、せいぜい大きな道路は常に車が通っていてそこだけは通れるようになっているくらいか。多分そろそろ除雪作業をし始めているだろうけどそれでも道によっては出来ていないんだろう
雪の対策くらいしておけよ、危ねぇな…。電話を切ってから部屋の中にみょうじを入れた。すぐにシャワーに入れたら色々とみょうじに問題が出るだろうし、とりあえず上着を脱がせてから毛布でぐるぐると巻いて暖かいココアを入れた

「飲め、あっためろ、話はそれからだ」

雪でぬれたみょうじの上着をハンガーにかけて、みょうじの前に座った。自分のぶんのココアもついでに入れたのでそれを飲む。手が冷たくて動かしにくいのか、マグカップに手の平や表面をつけたりして、それからこっちを見た

「ごめん、ありがとう。早めに帰れてテンションあがって鍵を振り回してたら飛んでいったの」

「楽しそうだな…」

こいつはアホか。って思ってしまうのは仕方ないだろうと思うし誰がどう聞いてもそう言いたくなるだろう。それから泣いてた理由を聞くと、多分そうだろうとは思っていたが、雪のせいであたりは薄暗く、反射されて光る雪は綺麗だとしても、無駄にシンとしたような雰囲気の中で先日事件があったところで探し物が怖かったんだろう、やっぱり理由はそれだった

「松田くんが悪魔に見えた…」

「なんでだよ、逆に天使だろうが」

「ほんとだよね、色々ありがとう…いつも」

「トラブル起きすぎな」

ココアをもう一口飲んだみょうじが苦い笑みを浮かべた。多分否定ができないんだろうけど、これで否定したら俺は絶対突っ込む。自分は飲み終わったので先に片付けをして、冷蔵庫の中を確認した。元々なぜか冬は鍋が出来るようなものがいつも冷蔵庫に入っているから今日も鍋をするには問題無さそうだ。暖房はつけていたから、みょうじもそろそろ温まっただろう

「夜ご飯は鍋な」

「ありがとうお母さん…ご馳走になりたい」

なります、じゃなくてなりたい。ふっと笑ったものの、みょうじがいるところに戻って行ったら一応色々と思う事はあるらしく表情は硬くなっていた

「どうした?」

「私迷惑かけすぎだなって思って」

「いや、変なやつだなーとしか思って無いし。迷惑なら知らないふりするだろ。めんどくせぇ」

「そうね」

「立ち直り早いな、腹立つ…」

ふふーっと笑ったがそれでも表情が微妙なので、とりあえず斜め前に座ってから手を一度掴んだ

「寒いわけじゃなさそうだな。あったまったか?」

「うん、ありがとう、すごくあったかい。……猫くんがね、転勤するんだけど、それ聞いてあぁ、じゃあお別れだなーって思ったのに、猫くんは仕事辞めてついてくる?って聞いてくれて……で、別れた」

御礼を言った後に何かを話そうとする様子があったし、他に話す事も無いから黙っていたら勝手に話し出した。しかも説明の仕方が雑だ。話をだいぶ削っているから結局どんないきさつがあったのかわかんねぇし

「端折りすぎじゃねぇ…?」

「あはは。私は遠くに行くって聞いた時に真っ先に別れるんだろうなって思ってて、でも猫くんはそれ以上の事を考えていてくれて、でも私にも猫くんにも離れたまま付き合うっていう選択肢は無かったんだろうなって。子供じゃないし、会いに行くとしても一か月に一回は会いにいけるだろうし、会いたくなったら往復だって出来る距離だよ。それでも、それは無かった」

「ふーん」

もしかしたら猫谷にとって賭けだったのかもしれない、って思うとそれ以上は何も言えなくなった。俯いたまま淡々と話していたと思ったみょうじがすん、と鼻をすすった時には慰めたらいいのか放っておいたほうがいいのか俺を悩ませた末…とりあえず風呂でもやろうと思って風呂のスイッチをつけて戻ってきた

戻ってきた時にはココアの入っていたマグカップを持って行っていたみょうじがいて、もう泣いてはいなかったと思うが目は赤くなっていた

「で、なんで泣いてたんだ?」

「自分があほすぎて情けなくてよ。困らせてごめんなさい。あと猫くんが偉大すぎて」

「偉大?」

マグカップを洗っていいか問いかけられたので、頷いて洗い物をするみょうじの隣に、ワークトップに寄りかかるようにして立った

「帰ってきた時には結婚してくださいって言われるくらいの男になって出直してきますって言ってたんだよ…初めてキュンとしました」

別れる云々よりは初めてキュンとした発言のほうが問題じゃないかと思う。遠距離になって別れる別れないはよく聞く話だから俺は何も言えないし別にそこに関してはそれぞれ思う事があると思うし一概にみょうじがどうとかは無いんじゃないかと
まあ猫谷もよくわかんねぇ節があるしな

たった二つのマグカップとスプーン、すぐに洗い終えたみたいでそれをタオルで拭いていた。お風呂が出来た「ピピ」という音が聞こえるとなんの音だとみょうじが顔をあげる

「風呂。着替え貸すから入って来い」

「えっ…」

「パンツも貸してやろうか」

ぶはっと吹き出して可笑しそうに笑ったみょうじが肩を震わせて「いい、服だけ借りる」と返事をしてきた。貸す気は無いけど笑わせたのはなんとなく優越感
あと顔が近くても距離が近くても平然としてるこいつの態度を崩したい。猫谷の前でもこんな感じだったから多分常時こうなのかもしれないけど、それでも規則正しく動くみょうじの中の時計の時刻がずれてくれないかと、いや、俺の手で崩したくなる



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