コンコンコン、お隣さん | ナノ


▼ 29、隣人!頑張った!

松田くんに言われて、ああそうか、って思った。今までそういう甘えるっていう事はした事がなかったような気がするし指摘されて始めて気づいた気がする。そうは言っても今までしていたことを急にしろって言われるのも私にとっては難しいし、甘えて嫌がられたらって思うのも本当で。
それに、今までの甘えるは疲れたから今日は会いたくないっていう甘えのような気がするけどそれはきっと甘えるのうちに入らないんだろう。寄りかかりたいと思えない
でもさすがに昨日は怖かったし、一人でいたくなかった。猫くんが帰るって聞いて血の気も引いた。目をつむったら思い出してしまう気がして寝たくなかった
だからちょっとだけ外に出て外の空気を吸おうと思ったのに余計思い出してしまって後ずさった。それに気づいてくれたのは松田くん。私が怖いって思ったのも、一人でいたくないって思ったのもわかってくれて、ちょっとだけ怒られた気はするけど猫くんに電話する勇気もくれた。
結果的に猫くんから電話が来たのは朝で、松田くんはすでにいなくて書き置きがテーブルの上に置いてあった「昨日の事でちょっと出てくる。鍵はポストの中でもいいし、気になるなら持っててもいい」うん、気になる。って心の中だけで返事をしてから座っていたベッドにもう一度寝転がる。彼氏でもない人様のベッドで眠れた、そこまで潔癖でも無いけど寝ている匂いが気になると彼氏でさえ一緒に寝たくない。臭いというわけでも無く、好きじゃない匂いとかもある。匂いフェチなのか、考えたことないけど今初めて考えた

松田くんの枕に顔を寄せて、我に返って起き上がった。一応シーツと枕カバーを取ったりしてから自分の家で洗って干す。夕方に乾いたら戻そうと思って、鍵は自分で持っていた
特にどこかに出かけるつもりもないから、帰ってきたら返そうと思って。夕方に洗濯物とシーツを取り込んでいたら、猫くんからメールが来て。その30分後にチャイムが鳴ったので出た

「猫くん、いらっしゃい」

「こんにちは。昨日はすみませんでした」

中に入ってくれたので、二人で向かい合わせにテーブルの前に座った。その前に冷たい麦茶を差し出して

「ううん、私のほうこそ急にごめんね」

「いえ、そこは気にせず。でもどうしてあの場で言ってくれなかったんですか?」

「そばにいて、とかそういう…こう、甘えるの?っていうかじたばたなるようなセリフが苦手で…」

「甘えるのが苦手?」

「っていうよりも、甘えたくない?自分がそれをする事で誰かに迷惑かけるんじゃないかって思うと…あぁ、でもご飯の事では遠慮無くだわ、そういえば」

それは多分甘えに入るんだろう、と思ったらじゃあどこからどこまでがいいのか考えると奥深いと思って黙ってしまった。猫くんに「それなら後で電話をしてくれたのはなんで?」と聞かれてしまったので、お隣の松田くんに言われた事を教えた

「…じゃあ、松田さんの家に?」

「う、ん…」

浅はかだ。しかも一緒に寝ました
考えれば考えるほど私クズなのでは。

「…松田さんは、必要な時にそばにいてくれるんですね」

隣人だからだと思う。そうじゃなかったら会う事も無いだろうし。とりあえず何も言えなくなって、ただ何を言っても言い訳みたいになるだろうし、とりあえず私…このままはよくない!

「私…頑張るわ」

「いや、何を藪から棒に…。どうしたんですか」

困ったり寂しくなったら適当に時間潰していないでちゃんと猫くんに言おう。本当困っても自分でなんとかしようとしてしまうし、寂しいから人肌恋しいなんて気持ちになった事は無いけど、とりあえず、どうしても松田くんとのかかわりができてしまうからそれをどうにかしようとは思う。せっかく出来た友達だけど、萩原くんと松田くんにとっても私の存在はきっと邪魔者だと思うし
こういう事が今まで無かったにしろ、猫くんとも仲良くしてくれるからってだけで男友達っていうのはきっとよくないんだろう

「あー、なんかよくわかんないんすけど、その顔見てるとろくでもない事考えてるなって思います」

「ろくでもない事じゃないわよ。ろくでもない女だなって自分を恥じたの。今更だけど」

「……まあ、なんていうか、先輩は自由に生きててくれていいんですけどね」

猫くんが私の頭をよーしよし、とするように優しく撫でた。なんか最近よく頭を撫でられる

「………先輩、誰の事考えてます?」

「ん?」

「いえ。あのね先輩、松田さんたちと知り合ってから先輩楽しそうですよ。それまでは仕事一筋、邪魔すんな!って感じでしたけど。まあ、それが放っておけないし、やさしい人だって知っていたので俺は好きになりましたし、誰かの代わりに残業してるのも知ってます」

「暇だもの」

「そう言って引き受けてるのも俺たちは見てるんですー。だって先輩、松田さんたちと会う前と今どっちが楽しいですか?」

「……今、かも」

「でしょう?」

いや、でしょう?って。そうじゃない!そうじゃないのよ猫くん!?

「あ、松田さん鍵取りに来るんですよね?それじゃあ俺そろそろ帰ります」

「いや、逆でしょう!?!?!?」

立ち上がった猫くんと一緒に立ち上がって突っ込むと、猫くんがふっと笑った。意味ありげな笑み、そしてそのままニコニコ?いや、ニヤニヤしながら玄関のほうに歩いていく。それを追いかけていくと、玄関で猫くんがこっちを振り向いた

「先輩はもう少し人を疑う事も学んだほうがいいですよ」

「私、何か猫くんに騙されてる?」

「あー…」

多分違うんだろう、猫くんが微妙な顔をしてから苦い笑みを浮かべた。その後に私の手を握る

「裏切ることはしないんですけど…あと悲しませることもするつもりは無いんです。ただ…あの状況で帰ったりして俺が本当に先輩を好きなのか、とか疑わないんすか?」

え、っと、もしかしてこれは別れ話?だから松田くんが来るから帰りますって?
新しい別れ話?の切り出し方に困っていると猫くんがふふっと笑った

「別れ話しではないんすけどね」

「猫くんってたまに私の考えてる事受け取るわね。そういう力持ってるの?」

「先輩わりと顔に出やすいですよ。今は表情固まってますし、どうしようか困ってるし。じゃあ帰ります、また職場で」

「うん…じゃあ、また…」

ぽかん、とした状態のまま猫くんとバイバイをして、そして猫くんは振り返る事なくいってしまった。松田くんの昨日の事は何時くらいまでかかるのだろうか、猫くんが帰ってからすぐにベランダに出て、猫くんの背中を見送ろうとしたら、真っすぐこっちに向かう松田くんを見つけて、そのまま猫くんと松田くんが立ち止まった。少しそのままが続き、そして猫くんがこっちを振り向く。手を振ると、猫くんが手を振り返してくれたけど、この距離じゃちゃんとした表情までは見えないけど、猫くんは笑っていたようにも見えた…多分

少しして階段を上がってくる音がした。松田くんは疲れている時や買い物した荷物が大量じゃない時以外は階段を使う、見習いたいけど見習いたくない所だ。玄関のほうへ行ってそっと扉を開けて顔を出すと松田くんがちょうど来た

「やっぱり鍵ポストに入れて置けなかったか」

「うん、何かあったらって気になる」

「猫谷来てたんだな」

「うん、昨日はありがとう。シーツと枕カバー…一応お洗濯したので、柔軟剤とかの匂いが気になるならもう一回お洗濯して?」

「あー、なんか逆に気を使わせて悪いな」

多分もう乾いてるだろう、そう思って鍵を返してから待ってて、と手で示してからベランダに行った。パタパタと色んなところを触って乾いているのを確認してから取って軽く畳んで持っていった

「これ…あ、渡すのも失礼な話しよね。お付けいたします」

「いいよ、サンキュー」

は、と可笑しそうに笑われて受け取ってくれた。松田くんとはその日はそれまでで、むしろ自分の反省もあってしばらく会う事は無かった。松田くんや萩原くんに声をかけられても仕事だからって断ったり、猫くんと約束があるからって言ったりして…あとは残業もわりとしているから結局夜も遅いし。そうして季節は真冬へと変わった
猫くんとは相変わらずで、猫くんにとって私がきっと何を考えているのかわからないのかもしれないけど、私も私で猫くんが何を考えているのかわかっていないし知りたくても教えてくれない。

この日はたまたま終電でも帰れそうになくて、先に猫くんたちは帰っていたから私とあと三人だけが残って最後まで仕事をしていた。猫くんたちとはしている事が違うから手伝うかって聞かれても、説明するのも難しくて結局はこっちのグループで仕事をして。お疲れ様をして、それぞれタクシーや家の近い人は自転車などで帰り、私はタクシーが混んでいて20分ほど待つというので途中まで歩いてからまた電話しようと思って歩き出した。首にはマフラーを巻いているからそこから冷たい風が入って来る事は無くて、耳はじんじんして痛いけど肩をすくめてマフラーに顔を埋めるようにして歩いた。今日はいつもの寒さとは違う、痛いような寒さでこんな冷え込みはあるのかって言いたくなるくらい寒い。他の人たちも同じようで、同じように肩を縮ませて歩いていたり、カップルなら身を寄せ合って歩いていたけど、もう12時も過ぎている事もあって人ごみで埋まったりすることは無い。それでもさすが都会、人が夜中だというのにかなり多いほうだと思う。今ほど人ごみを恋しくなった事は無いだろうな

会社の近くはまだにぎわっているけど、自分の家の近くになると都会の中心から外れていっきに静かになるだろうからそこは怖いからタクシーをお願いしたい。そのまま歩き進めていた。残業はここ数日続いて、それでも今日で終わり。最後の最後に歩いて帰るっていう状態になったけどそれを選んだのも自分。今日は家についたらよく頑張ったと自分にご褒美ビールをあげて寝ようと思った

並んでいた居酒屋もあとはぽつぽつになるからタクシーにもう一度電話した。家までの距離はあと20分、タクシーは15分…歩こう
電話に出てくれた人にお礼を言ってから電話を切って再び歩いた。耳と手の感覚は無い、ううん、あるけど、無い。でも寒いって、冷たいってわかるから感覚あるよね、なんて自問自答しながら歩いていたら居酒屋の前からばらけた人の中から長身の人が真っ直ぐこっちに向かってくる。私じゃないのかもしれない、それでもちょっとだけびっくりして、でも関係ないだろうと思って俯いてそのまま歩いた

「なまえちゃん」

通り過ぎようとしたところで、両方の手をポケットに入れているその腕をつかまれて顔をあげた。居酒屋の明かりで顔が見えなかったけど、萩原くんだったらしい

「萩原くん。飲み会?」

「うん、忘年会かな。職場のではないけど」

「そうなんだ」

「なまえちゃんも?」

「ううん、仕事した帰り」

「仕事?歩いて帰るつもり?っつーか、猫谷ちゃんは?」

「猫くんは帰ったよ?」

「はあ?迎えに行くとか言ってなかったの?」

「猫くん歩きだし、終電無くなっちゃうし」

「は…、猫谷ちゃんは知ってんの?」

「仕事だって?」

「ああ」

「萩原くん、ばいばーい」

「気をつけて帰れよー」

「その人彼女ー?」

「友達ー」

話しの合間に話しかけられてちゃんと返事をして、そのまま何度か話しかけられたせいか、私の腕から手へと指を滑り落とせばそのまま私の冷たい手を萩原くんの温かい手が包んでそのまま引っ張った。少し居酒屋から離れたところで離してくれたけど、一緒に歩こうと言わんばかりに待たれてしまったので一緒に歩く

「それで?」

「えっと、猫くんは残業したの知ってるけど」

「……歩いて帰ってるのは?」

「それは知らないわよ。わざわざ教えないし」

「最近ずっと残業残業って言ってたけど、猫谷ちゃんはそん時どうしてた?」

「帰ってたけど…」

「は?」

さっきっから萩原くんの口調が怖いんだけど。いつもより少しだけ低い声、いつもはにこにことして近寄りやすい感じなのに今は近寄りがたい

「ちょっと待って…。猫谷ちゃんって何」

何ってなに。どういう意味か考えているうちに萩原くんがため息を吐き出して、そのまま歩き出した

「萩原くんの家あっちよね?」

「送ってく」

「いいわよ別に。ついたらちゃんと猫くんにも萩原くんにも連絡するし」

「俺が送りたいの。なまえちゃんに何かあったら嫌だから」

「…あ、ありがとう…」

でも気になるわよ。だって反対方向…タクシーは捕まらないかもしれないし

「でも、帰り遅くなる」

「送ってあげたいんじゃない、送りたいんだってば。俺の帰りが遅くなろうがどうでもいい。そんなものとなまえちゃんを天秤にかけねぇから」

ため息交じりに言われてしまい、気になるには気になるけどお言葉に甘える事にした。そのまま歩いて、街頭こそはあるけどそれでも先ほどの賑わうところとは全然違う場所へと入り、そのまま歩き続けた。萩原くんは松田くんの家に行くから慣れているのかもしれない、行ったことない道に入っていくとどうやらそこは近道だったみたい

もう夜も遅いので住宅街の人にうるさく思われないように無言で歩く。萩原くんも話しかけたりはしてこないが、街頭のある道を歩き終えて、自分たちの住む場所が見えてくると、萩原くんが歩きながら無言で上を指さした。冬の星空は綺麗だってよく言ったもので、星がたくさん見えて本当にきれいだった。きっと自分たちが住んでいるところよりも、街頭も何もない山とかのほうが綺麗だろう、空に近い場所で見上げたらまた違うんだろうな、なんて考えながら歩いていたら萩原くんに腕を引かれた

「ぶつかるよ」

屈託の無い笑みを浮かべる萩原くん、この笑顔はすごいなって本当に思う。目の前に視線を移せば街頭の細い柱、そんなに夢中になっていたつもりは無かったが、御礼を言って振り向けばどうやら私は歩いていたところからだいぶ外れていたらしい。家の前につくと萩原くんは足を止めた

「あ、松田くんちに行かないの?」

「今日はじんぺーちゃんは仕事だよ」

「そうなんだ…」

本当に何の用事もないのに送ってくれたんだ

「猫谷ちゃんに頼りなよ?」

「…でも、彼氏いなかったら一人よね」

「元も子も無い事言わない」

萩原くんが苦笑いを浮かべた。浮かべさせてしまったことに、私も苦笑いを浮かべる。

「まあでも、俺なら」

言葉を待っていたのに、ぴたっと口を閉じてしゃべるのをやめてしまい。そろそろ帰ろう、と言って手を振って歩き始めてしまったので私も部屋のほうへと向かった
そういえばここまで女の子扱いされた事って無いかもしれない。しかもか弱そうな女の子の扱い。しかも助けてくれるのは警察の二人…私お姫様か何かかしら。そう自分で思って即座に首を振った。私はお姫様というよりも、せいぜいパーティーとかに呼ばれて涎垂らしながらごはんを食べるわき役にもならないモブキャラだわ、ってね

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