▼ 27、隣人ちゃんとの距離
「猫谷ちゃんってさ、何のつもり?」
「何がすか?」
猫谷ちゃんと二人きりになって問いかけた。なんの理由があるにせよ、彼女の事をどう考えていようともほかの人を代役としてたてるのは嫌な気持ちになると思うし、俺が彼氏の立場だったらそんな事されようものならじゃあそっちと付き合えばいいよって優しく突き放してしまいそうなくらいだ。まあでも猫谷ちゃんの場合は自分からそれを言って、それが彼女のためだろうと少しだけ違和感を感じる
運転しながら時折横目で、反対側の窓から外を眺める猫谷ちゃんを見ていた。様子をうかがうつもりの視線だけど猫谷ちゃんの顔は伺えるわけも無く、都会と呼べる場所から外れたその景色を眺めながら車を動かしていた。猫谷ちゃんに返事をしてないのは俺。でも俺が問いかけた意味くらいはわかっているだろうと
数秒経っただろうか、猫谷ちゃんが話し出した
「まあ、他の人と違うかもしれないっすね。誰にも渡したくない、とか思う反面、自分には幸せにしてあげる能力無いんだな、とかその人が幸せだったらいい、とか思っちゃうんすよね。萩原さんはどうなんですか?」
「俺は……幸せにするのは俺でありたい、かなー…。まあでも、あんまり自分から好きになった事無いし、わかんないけど」
それに陣平ちゃんにも渡したくないなって思う反面、陣平ちゃんとの関係は崩したくないなって思ったり。何があっても陣平ちゃんが俺のそばにいるから、いないのも考えられないなっては思う。そう考えるとなまえちゃんの俺と陣平ちゃんができてるって思う気持ちもわからなくもないのかな…まあちゅーしろって言われたらいやだけど!
「先輩って、誰の事も好きじゃないんですよねー…線を引いているというか…その線の内側に入りたいのに、もうすでに松田さんたちが入ってる事に俺はびっくりしてます。会社内の友達と呼べるだろう人たちとも線引きしてるようにも見えますし」
それはなんとなくわかる。そんな仲じゃないけど、猫谷ちゃん含め俺たちとしては甘えてほしいのに、全然甘えてくれていない感じ。何か言おう、そう思って近くのスーパーの駐車場に停めてから返事をしようと思ったのに、猫谷ちゃんのほうが先に続けた
「でも俺らは先輩が好きなんで内側に入りたいんすよ」
「え、うん」
「誰が内側に入れるか競走中です」
そうなんだ、と苦笑いを浮かべて返すしか無くなった。陣平ちゃんの事もちゃんと彼女を考えての行動という事も、それなら合点はいくし、さらには俺と松田ができているとか思っているかもしれない事も含め…ただ猫谷ちゃんの場合気づいているような感じはあるけど
猫谷ちゃんと話しながら連絡が来るのを待っていたら陣平ちゃんから連絡があった。猫谷ちゃんは何を考えているのかわからないような少しだけ怖い感じがあるけど、なまえちゃんに何の危害も無い今は見ておいていいのか。俺はいったいなんの気持ちで見てるのかわかんないけど
和気あいあいとしているように見える二人を道端で拾ってから家のほうに向かった。行きよりもだいぶ楽しそうな顔を見ると上手くいったのだろうとは思う、そして連れてこられた事だし、俺も聞く権利あるよね
「―で、どうだったの?」
「あぁ、別れろって言われた、死ぬ確立が高いから。だからもともと付き合ってないって教えてきた」
「なんだ、そうなんだ」
まあ二人とも人をだませるような人でも無い気がするから、言ってしまうのはなんとなく予想がついた…いや、陣平ちゃんはそうでもないか。でも何も悪くない人をだますのは良心が痛む…痛むよね!?陣平ちゃん!?俺はそう信じてるよ!?
ちらちらと陣平ちゃんを確認していると、陣平ちゃんが頬を軽く押して前を向かせてきた
「ちゃんと運転しろ」
「はい」
「リテイクして」
「黙れ」
後ろからピロン、という音が聞こえたので動画でも撮ろうとしたんだろう、もう一度やってとウキウキした声を陣平ちゃんが一蹴した。なんか陣平ちゃんとなまえちゃんの距離が近い、物理的なものじゃなくて即座に俺にするように突っ込みを入れる陣平ちゃん…仲良しじゃねぇか!!一人で悶々としながら運転していき、アパートの前で車を停めた
俺はこの後車を返しにいかないといけないので、陣平ちゃんのところで降りられないけど、お疲れさん会をしよう!という、理由付けの飲み会をするらしいからまた後で俺もこっちに来る事になった。買い出しとかは全部してくれるらしく、俺はガソリンを入れて洗車して返す。それからまた陣平ちゃんの家に向かった。今のうちにタバコを吸いながら歩いていくと、上から見下ろしているなまえちゃんを見つけた。俺が手を振るより先になまえちゃんがぶんぶんと手を振ってくる。タバコの火を消してアパートの中に入り、陣平ちゃんの部屋に行くと、ビールの缶片手になまえちゃんが料理をしている陣平ちゃんの後ろをうろうろしていた
「ただいま」
「あ、おかえりなさい萩原くん!今日はありがとう!」
「どういたしまして」
レンタル料も含めて色々なものはなまえちゃんが出したから、俺はただ運転しただけ。それでも笑ってお礼を言ってくれたので笑って返した。二人を見て、座ったまま困っている猫谷ちゃんのほうを見ると、俺に気づいたらしく頭を下げて苦い笑みを浮かべた
「どうしたー?」
「いや、入れなくて。餌付けはずるくないですか」
「なまえちゃんは動物か何かなの…?」
苦笑いを浮かべて突っ込む。気持ちはわかる、至極楽しそうに陣平ちゃんのまわりをうろうろしているなまえちゃんを邪魔できないし、それを邪魔にしない陣平ちゃんも陣平ちゃんだ
ずるいな、俺も隣に住みたい
「俺…陣平ちゃんと住もうかな」
「いいよ!」
「なんでてめぇが答えるんだよ!」
即答したのは当然ながら陣平ちゃんではなくてなまえちゃん。ちゃんと聞いていたらしくこっちを向いて楽しそうに笑っていた。すでに何品かテーブルの上に乗っていて、それの数が増えていき、なまえちゃんが温めたものをテーブルへと運んで行く
「彼女みたいだなー?」
猫谷ちゃんの気持ちに気づいてあげてほしい、そんな意味を込めていうとなまえちゃんはふんっと鼻で笑った
「何言ってんの?一番食べるものとして当然の事だわ。萩原くんたちも食べるんだから手伝って!」
「はい」
なまえちゃんに言われて二人で立ち上がり、結局みんなで運んで行った。そりゃそうだな、なまえちゃんのいうことはごもっとも、でも片手にビールはどうなの、しかも俺が来る時に持っていたものと合わせてそれ二本目だよね。口には出さないが、手元を見るとさっと隠された、誰もとらねぇよ…
陣平ちゃんが作り終わったものや買ってきたものをテーブルに並べる。入りきらなかったものは第二便として台所のほうに置きっぱなしだ。すでにお酒を持っている人もいるけど、改めてお疲れ様という事で封を開けて乾杯をした。
最近疲れてわりと酔っぱらっている姿を見ていたけど、今日はなまえちゃんは調子がいいらしく次から次へと飲んでいたけどいつも通りだった
餃子も業務用のを買っていたらしく、陣平ちゃんはあきれた顔をしつつも何度も作りに行ってはなまえちゃんが深々とお礼をしていた。猫谷ちゃんはなんのつもりなのか、次から次へとなまえちゃんの口の中におつまみを放り込んでいる
「何してるの?」
「餌付け」
「あぁ、親鳥からもらってる感じは否めないなー」
「同感」
こっちはこっちで話しているのに、時折相槌を打ちながらも食べる事と飲むことに専念するなまえちゃん
「猫谷ちゃん家近く?」
俺が話しかけると、猫谷ちゃんもビールを飲んでからこっちを見てきた。聞いて気づいたけど、確か前爆弾事件があったところの近くだって話しだったな、それなら離れているのか。
「あー、ごめん、野暮な事聞いた。なまえちゃんちに泊まるよな」
どうやって帰るつもりなのか、という意味で問いかけようと思ったけど二人は付き合っているんだし泊るか。俺は陣平ちゃんと付き合ってなくてもここに泊まるけど。陣平ちゃんのところに居座りすぎて俺の隣人もなまえちゃんな気がしてきた。引っ越そうかなって一瞬考えたくらい。だって陣平ちゃんだけ楽しそう
そこまでは決まっていなかったらしく、猫谷ちゃんがなまえちゃんに視線を移した。するとなまえちゃんがいいよというように何度か頷く。
「…二人ってどこまでいった?」
俺の質問に陣平ちゃんがそのへんにあった雑誌で俺の頭をばしんっ!と音を立てて叩いてきた。いいだろ別に!好奇心!なまえちゃんは答える気がないのか、俺の質問が嫌だったのか、目を伏せたまま黙々と食べていた。セクハラか、セクハラだな…自分にしてはデリカシーの無い事を問いかけたとちょっと反省した。なんとなく両手をあげてみる
「ごめん、今のは失言だった」
「一番遠いのは今日のお出かけね」
「はい?」
「どこまで、って聞いたでしょ?」
「あぁ、うん」
お肉を食べたなまえちゃんがこっちを見て口を開いた。そういうつもりで言ったわけじゃないし、それも彼女はわかっているはずだ…でもこの雰囲気には助かったか。そう思ったら猫谷ちゃんが手をあげた
「はい、猫谷ちゃん」
「隣からぎしぎし聞こえるのはお二人的にどうなんですか?」
「心境微妙です!!」
「私はいいよ!ぜひお願い!」
どっちの意味だと一瞬思ったが、多分聞くほうだろう、というか絶対。本当に最近隠す事が無くなったな、と思うといっそすがすがしい。そんな話しをしている最中だったが、時計を見た猫谷ちゃんがバッグを肩にかけた
「まあでも、俺明日用事があるのでそろそろ帰りますね」
「え、送って行こうか?」
「大丈夫、酔い覚ましつつも歩きます。ご馳走様でした」
なまえちゃんが玄関まで送ってからそして戻ってきた。いそいそと同じところに座る。
この状況で、いくら用事があるといえばども彼女を狼二人の前に置いていかないだろう…実際俺たちのあれこれを本気にしているならわかるけど、彼は多分半信半疑。それとも俺らの事を信用しての事か…ダメだ、猫谷ちゃんがわからん
「…浮気してる、って思ってるだろ?」
「……まじ?」
「私が浮気相手かな…」
ビールを片手につぶやくなまえちゃん。なるほどね、そう思うわけだ…。陣平ちゃんと俺も猫谷を見ていると怪しいと思ってしまう部分は確かにある、この状況で置いていったりするし、あまり泊まりもしていなさそうだし、一線…いや、引いているのはなまえちゃんのほうなのか。陣平ちゃんが言い出した言葉だから、聞こうと思ったけど、陣平ちゃんはその先は何も言わなかった
「まあ、猫くんは…ありえないのよね、きっと」
「へぇ、なんで?」
「私すっかり信じてる人のほうが浮気されるから」
「なまえちゃん!浮気はしたほうが悪いんだからな!?」
「ありがとう」
自分が悪い、というような言い方に聞こえるからなんとも言えなくなる。どう頑張ったって浮気するほうが悪い。浮気するなら最初から付き合うな。ってね、なまえちゃんの苦笑いを浮かべたありがとうを聞くとそうだとは思っていなさそうだ
「うん、今日もお酒が美味しいわ!」
陣平ちゃんはなぜか無言でなまえちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でている。頭がぐちゃぐちゃになってもなまえちゃんはしれっとお酒を飲み続けていた。ちょっと混ざろうかと近づいていくと、なまえちゃんがニコニコしながら俺の頭を撫でてくる
「じゃ、萩原くんは松田くんのを!」
「よしきた!」
「よしきたじゃねぇよ!お前はやんなくていい!」
「私を気にしないでいいのよ本当に。そろそろ帰るから。存分にイチャイチャして」
陣平ちゃんが手を退かすと、乱れた髪を軽く整えていて、それからいそいそと自分の荷物をまとめ始めた。荷物というか、バッグに携帯をしまって、周りを見ているだけ
「別に俺萩原が好きなわけじゃねぇけど」
「え、そうなの!?陣平ちゃん!?」
急な発言。多分そういう意味での好きじゃないっていうのはわかっている。友人として、親友として好かれているのは重々承知。でもすぐさま口に出てしまった言葉に、なまえちゃんは自分のせいで喧嘩でも始めるのだろうかと思っただろうか、眉を下げて困った顔をしていた。ビールは最後まで全部飲んで、それから頭を下げた
「なまえちゃん!?」
「ごめんんんん…からかっているつもり無いけど、そうよね、そう思うわ…。ちょっと私落ち着くね。じゃあ、帰る!」
陣平ちゃんを見ると、すごく冷たい目線を俺に送ってくる。
そうだね、なまえちゃんに誤解を持たせてるのは俺だね!立ち上がろうと、足に手を置いたなまえちゃんの名前を呼んでなまえちゃんを抱きしめた
「萩原ぁあ!!離れろ!」
「ごめんね本当!俺陣平ちゃんとつきあってないからね!」
微動だにしないなまえちゃん。そっと腕を緩めて彼女の表情を確認すると無の顔になっていた。目はどこ見ているのかわからないし、固まっている感じ
「なまえちゃん?」
「え、つ、付き合ってないの?」
「…付き合ってる」
俺はなまえちゃんに負けたし、あとで陣平ちゃんから拳骨もくらった。
なまえちゃん、抱き着いても嫌がらない…ただしこれは多分そういう意味なんだろうと思うから、この距離はそのままにしておきたい。俺のワガママ
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