▼ 25、隣人と紅葉と高揚と
「え、それで?」
「だから、午後になって元気になったみょうじがお前の布団借りたからって布団干したり洗濯したりお風呂洗ったりしてたって。彼女面をしているわけじゃないけど、申し訳なさに今度から顔を出せなくなるからって言いつつ」
「その間じんぺーちゃん何してたの?」
「洗剤の場所とか教えてたら、ニヤついた顔をされたからみょうじの頭にチョップしてた」
待ち合わせ場所で萩原とポケットに手を突っ込みながらこの間の事を教えていた。バタバタしててあの後ちゃんとみょうじにも萩原にも話せてないし、話せたとしても一部だったから今日改めて教えてやった。まだ微熱があるだろう午後、動かないと動けなくなると言いながらバタバタと家事をしていくみょうじについて歩きつつも何もしないで見ているだけ
時折こっちを振り向いては「鳥みたいね」って笑って言ってた事はなんとなく言わない。
今日は萩原が誘って、萩原と俺とみょうじとその友達二人とで紅葉を見に来た。駅で待ち合わせして、散々萩原に謝って、そして時間より先にきていた俺たちにさらに謝った。別に時間前に来たのは暇だったからで、こいつらに落ち度は何も無い。だから何も言わずにケーブルカーに乗って上にのぼる。ついてすぐに、七奈…苗字忘れた、とりあえずちびっこに服を引っ張られたせいで萩原たちの列から離れた
「んだよ」
「あの、私」
ちっこい、ハムスターみたい。なんかこんなのそのへんにいそう。町の中徘徊してそうな…あ、ネズミだな。なんて考えていたら、顔を赤らめたそいつが口元に手をあてて内緒話しをするように背伸びをして俺の耳に顔を寄せてきた
「私、松田さん派なんで!」
「は?」
はい、どうでもいい。だからなんだよ、と思ってまた行こうとしたら再び服を引っ張られた。離れたところではこっちに気づいているらしい三人が手を振って来るくらいで二人でどうしたのかとか聞こうとしてくるやつもいない。なんだあいつら。もう一度引っ張られて、また同じようにしてきたのでため息を吐いて続きを聞く事にした
「だから、松田さんを応援してます!」
って事はあっちのやつは萩原派だって?意味わかんねぇし別に何も言ってない
「なんの応援?」
「え、みんなで先輩を取り合っているようなので?」
「それはお前のただの妄想だな」
それだけ言い残してその場から歩いてそっちのほうへと戻った。だいたいにして別にどうでもいいけど、こうやって中を取り持つふりをしてこっちに近づいてこようとするやつも見なかったわけじゃねぇし、あいつの知り合いがどうって思いたくもないけど…女ってそういうの平気でやりやがるからな。怖いやつら。猫谷っていうみょうじの彼氏は今日は誘ったけど、一応動きまわるなら咳も完全に止まったわけでは無いからって来なかったらしい。みょうじはそれとは逆に全快で、楽しそう
ケーブルカーを下りてからすぐ目の前にあるお店にみょうじがふらふらと寄っていく
「ちょ、先輩!一回上行ってからにしましょう!?」
「はいはい、お寺行くよー…」
「お団子だけでも!」
「後にしなさい!」
二人に連れていかれて、にぎやかだな、なんて思っていると隣で萩原が笑っていた。お寺というか、院にいけばお参りとかおみくじとか、好きに色々やってたいんだけど、萩原と運試しにおみくじをしている時にみょうじがこっちに走って寄ってきた
振り向いたは見たが、そのまま前を向いていろと言わんばかりに肩を叩かれたので、とりあえずおみくじの中身を確認しようと読んでいたら、何かズボンの尻ポケットにするっと入ってきた
「ケツ触んな」
「人を痴女みたいにっ…」
「なに?」
萩原がそれを引っ張り出すと、青い紐のついた多分お守りで、俺のポケットにも同じものが入っていた
「願いをかなえてくれるらしいわよ」
「へぇ、じゃあ俺何願おうかな」
「あ、二人とも私が済だから、無理」
「…これ本人の願いが叶うんじゃねぇの?」
「悪意がある願いじゃないから、神様もきっと私を優先するわよ」
ふふん、と笑った後に甘酒を貰えるという声を聞いてみょうじがまた走っていった。
おみくじを木の枝にくくりつけながらもうポケットの中にしまっておいたお守りの事を思いだした
あいつの願い事ってなに、いや、確実にくだらない事だろうな。そう考えると…この御守りはどこかの奥深くにしまうか、今ここで燃やしたほうがいいか。自分が括り付けている間に、御守りとかお札が売っている社務所を見てから戻ってきた
「家内安全のお札いる?」
「いらね」
むしろ俺らに…いや、こいつに必要なのは交通安全だろ。なんて白けた目で萩原を見ていれば萩原がこっちに向かって笑みを浮かべてくる。その笑みの意味はなんだ
「さっきの御守り」
「あぁ、恋愛成就とかじゃなかったか?」
「あははは、俺もちょっと思った」
「思ったのかよ」
今は恋愛成就にもピンク以外の色のやつが売っていたし、これもその類の一つなんじゃないかと思っていた。しかもあいつの思考回路を見る限り俺と萩原がどうのこうのの恋愛成就のような気がして燃やすべきだとも思っていた。ただ萩原が柔らかい笑みを浮かべて笑うから違うんだろうとは思ったけど
「で?」
「ん?」
「なんだったんだ?って、御守り」
「あぁ、身代わり」
それでやっとあぁ、って納得した。あいつはこの間の事もあるし、俺らの仕事上危ない目に合う事もわかっていて寄越したのか。そこまで深く考えていなさそうな気はあるけど、案外そうでもないのかもしれない。
「おーい!二人ともー!お団子食べよー!」
いや、何も考えてないな。紅葉を見ながらお団子を食べるというあいつにため息を吐いて、萩原と一緒にそっちのほうに寄って行った。お花見でお団子はよく聞く、紅葉に団子もありなのか?と少し疑問が浮かんだがあいつは食えればなんでもいいんだろうと自分の中で納得した。あいつらのところに寄っていけば、パックに入ったお団子を差し出されたのでそれを一つもらって食べた。もう一つとってから萩原に渡すと、萩原がそれを手で取るんじゃなくて口で咥えて俺の手から取った。なんとなくみょうじのほうを見ると、しっかりと目が合ってしまったし、ニヤけている顔も見えた。呆れてため息を吐き出して団子を食う、みょうじも誤魔化すように口に団子を入れて、口の端についたみたらしを舐めていた
お団子屋さんね、なんて思ってその売店らしきところに視線を移動させた。お汁粉とお団子とやきそば…変な組み合わせだな。まあ組み合わせなきゃありか、なんて勝手に考えつつ食べ終わったのでゴミは俺が回収した。紅葉を堪能しつつも少し散歩をした。散歩っても山道、わりとなコースだったからか、途中ではあはあと呼吸を乱し始めた女子軍に足を止めた
「女の子にはちょっと厳しいか」
「なんでみょうじは平気なんだよ」
「平気じゃないよ、お腹すいた」
「そっちか」
少ししてからまた歩き出して、荷物は俺と萩原で持って、あとは下り道になった。瞬間に駆け出すみょうじ、そのまま見えなくなった。本当にあっという間だった、転がり落ちてはないし、ちゃんと走っていった。おなかすいたっていいながら…でも他のやつらを放っておくわけにもいかず、さらには俺らは荷物を持ってるし、こんな疲れている人らをそのままにはしておけない。いい感じの木を渡したくなるほどおばあさん状態だ
「松田さん行って下さい…」
「いや、萩原さんが行くべきです」
「松田さん…私たちに構わず」
「いやいや、萩原さんが…」
青白い顔をしている二人をおいていけってか
「とりあえず、大丈夫だろ…」
「下で先にご飯食べてたりしてね」
下っていって、そこにある売店やらお店の中やらを覗く。覗くけどあいつの姿は無い、立っていた案内の人に聞いてみても来ていないという。
「迷子かよ!」
「とりあえず七奈ちゃんたちはご飯食べて待ってて?俺らは探してくる」
萩原が他のやつらをお店で待たせている間、俺は電話をかけてみた。かけてみたけど…コール音はするけど出ない。ちょっとだけあの二人が何かたくらんでんじゃないかと思ってみてみたけど、窓際で半分突っ伏しかけている二人を見るとそれは無さそうで。出てきた萩原を見てすぐに元来た道を登った。二人とも無言で、足元を見ながらあたりを見渡す。雨上がりでもなければ足跡という足跡はついていない、でも走っていなくても木で出来た階段は歪で、時折すべるところもある。だからこそ滑ったらその跡があるだろうと思ったのと、階段じゃないところもあるが、そこもちゃんと見た。俺と萩原交互に電話をかけつつ
「…まさか滑って落ちたとか?」
「あいつはあれか、おにぎりのやつか」
「あはは、じゃあ穴の中だね」
「上からおにぎりでも転がすか」
「……うん」
萩原が顔をあげて数秒経ってから返事をしてきた。今電話をかけているのは俺で、携帯を耳から離して耳を澄ませる。観光客の足音と話し声、それから電話の音がするが、それは誰のものかわからないため、一度電話を切り、そしてまた鳴らした。すると一度途切れた音がまた鳴る
「萩原っ…!」
「じんぺーちゃん!!こっち!」
「あぁっ」
聞こえたほうへと二人で行こうとすれば、上から「あれ」って聞こえて坂になっている上を見た
「はぁ!?お前何してんの!?」
「え、走ってる途中に携帯が無い事に気づいて…どこで落としたかわからないけどとりあえず道の途中にあった違う道に行って…戻ってきたところよ?」
「携帯…あったの?」
「無い…」
なんだこいつ、あっけらかんとした顔をしやがって。って事はこいつの落としたのかわからない携帯があそこの斜面の向こう側にあるって事か…
「よし、諦めろ」
「いやよ!あれ、二人は?」
「お前が行方不明だから探しに行くために先にレストランで飯食ってる」
「ごめん」
そこで俺ら二人に眉を下げて謝罪をするあたり、まあ許してやろうという気にはなる。それよりも携帯を落としたかもしれない、という話しをされた時には俺が下りることになった。ただ携帯を落としたんじゃなくて、誰かとぶつかって尻餅をついたという。気になったのがみょうじの服についた染み。さっきまでは無かったし、みょうじの手とか顔とか、見えるところを確認してみても、みょうじに怪我は無い。ぶつかったのはどこかと聞くと、ここだと言う。
「ロープ無くていけるか…?」
「木もあるし、じんぺーちゃんならいける。でもなまえちゃん、どうして最初からここを探さなかったの?」
「その人登っていったんだけど、私が携帯に気づいて登っってる時にまたあって、携帯を知らないか、って聞いたら君のか知らないけどもっと序盤のほうで誰か拾ってたって」
「そっか…」
二人の話しを聞いてから下りていった。なんていうか、上からは見えないちょうど出っ張ったところの下に血まみれの人。その前に落ちてるみょうじの携帯だと思われる携帯、そこの木を掴んでゆっくり下に下りてからそこに倒れている男が生きているか確認し、萩原に連絡をした。
「脈無い。とりあえず警察…と、消防だな」
萩原の電話を切ってから、その男が持っている携帯を見た。電話を鳴らしてみるとそこで鳴り始める携帯。画面は血で見えないし、触ったら余計な報告が増えるだけか…。その男の周りを見ていると、ずさーっと滑ってくる音が聞こえ、そして少し離れたところにちびが落ちてきた
お互いが無言で見合う。なんだこのちび、なんで振ってきた?こっちに歩み寄ってくるので手を出した「おいちび!こっち来んな」ってちびにはトラウマだろうと思って止めさせようとしたのに、このちびは「お兄さんが犯人だから?」なんて言っていた
あほかこいつ…!
「俺は犯人じゃありませーん。その携帯の持ち主の知り合いですー」
「じゃあその携帯の持ち主がっ…!」
「はいはい、いいからガキは戻れ」
「俺はガキじゃない!名探偵の工藤新一だ!」
「へいへい、迷子探偵のガキは戻んな」
「迷子じゃねぇよ!」
結局死体の前に来たこいつは泣き出す事もなく、ジッと観察していた。あげく触ろうとするので慌てて止める
「ばか、お前っ…!」
「この携帯の持ち主は知ってるって言ったよね。じゃあこの人は知ってるおじさん?」
「いや、知らない人だ」
「じゃあなんで携帯持ってるんだ…」
小さく呟いた坊主が上を見上げてから指でどう落ちてきたのかをたどる様に空をなぞっていく。変なガキだと思って、死体によっていって後頭部を見ているのを止めないでいると、騒がしくなり、消防や警察が下りてきた。状況を説明しているとなぜか坊主も一緒になって説明をしていたが、警察につまみ出されて、さらには母親に手を引かれた
「新ちゃん!」
「待って!帰しちゃダメだ!犯人はまだ近くにいるんだから!」
「へぇ…坊主、根拠は?」
「携帯の持ち主のお姉さん…なにか見たか聞いたか、拾ったかしたでしょ。犯人は…次はあのお姉さんの命を狙うつもりだよ!」
「なんで携帯の持ち主があいつだと?」
「さっき落ちてくるときに見えたんだ。お姉さんの髪の下についてる血のついた手形」
「なにっ!?」
なに、と言ったのは俺じゃない、みょうじだ。そういえばさっきまで髪を結んでたのにあったときは髪が下りてたな。みょうじが髪をあげると、萩原が「あ、うん、目立たないけど髪にもついてる」なんて呟いていた。その坊主の話しとみょうじの話しを照らし合わせつつ、近くで野次馬をしていた男を捕まえた。どうやらみょうじは落とした凶器を見たらしく、それに気づいた犯人がわざとぶつかり、みょうじのいろんなところに血痕を残した…が、みょうじの服が黒なのであまり目立たずにみょうじにも気づかれる事もなく。さらにその時に携帯が下に落ちたのに気づいたが知らないふりをしていたと。それを拾えたという事はその時まだ意識があったという事か、偶然近くに落ちたのかはわからない…ただ落とした衝撃で通話ボタン付近が壊れていたくらいか
「なまえちゃんが見つけた凶器って?」
「凶器?私は100円があったなって思っただけだよ」
「そんなもんだ萩原、こいつに何かを期待するだけ無駄」
「あ、それでおまわりさん、拾ったお金です」
「あ、はい、お預かりします」
「100円くらいならもらっちまえ!!」
苦笑いで受け取る警察。坊主は満足したのか、どや顔で母親に連れられていった。
なんだあいつ、濃いな。その後はみょうじは上の服を脱ぎ、萩原に借りた服を着て下におりて、血のついた髪を切ろうとしていたのはさすがに止めたが、ご飯は食べようとしていたのでご飯だけ食べて解散になった。まあ、帰り道一緒だけど
「…大丈夫か?」
「なにが」
「いや、他人の血が髪につくのって嫌かなって」
「嫌よ。でも殺された人の血を嫌うのは違うわ…あぁ、さっき切ろうとしたのは、固まって絡まりそうだったってだけ」
「っそ…。まあ、隣にいるから何かあったら声かけて」
「うん、ありがとう」
唇を閉じて笑うみょうじを見送ってから部屋に入った。ある意味濃い一日だな、あの二人はほとんど空気だし…最後だけは元気だったけど。自分も風呂に入って一服していたら、インターホンが鳴ったので玄関までいって扉を開けた
「いらっしゃい」
「の、飲もう?」
「あぁ」
中に入って、ベランダからそのまま持って歩いていたタバコの火を消してベッドに寄りかかって座った。どうかしたのかと聞いたら、わりと血がついていたのと、気がまぎれる電話も誰かに出来るわけでは無いのとか、色々と考えてしまったみたいでこっちに来たと
「本当に…殺された人には申し訳ないと思う…でも怖いって思ってしまうのは変わらなくて。なんで私気づいてあげられなかったんだろう、って携帯を見た時思ったの」
「お前のせいじゃない、気にやむな」
「病んではないけど…。まだ臭いがするような気がして」
「……しないけど」
斜め前に座っているみょうじとの距離はわりと近い。正座して視線を下に向けながら離すみょうじの髪に顔を近づけて言えば、想像していた反応とは違い、顔を真っ赤に染めてから、まるでロボットのように反対方向を見て「あぁ、そう」と言っていた。やっと意識し始めてくれたって事か…それとも別の何かか
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