コンコンコン、お隣さん | ナノ


▼ 23、冬の前の隣人との話し

そのうち萩原が遊びに来た時にみょうじの様子をさっき見てきた、という話しをされた。この間彼氏の話しをしたはずなのに何をしているんだ、と思ったがこっちもわざわざ避けるのも面倒だったので何かのために動いたはずの萩原の次の言葉を待った。窓が開いているせいで何をしているかまでは聞こえないが時折小さく聞こえる笑い声に、彼氏が来ている事には気づいていた。こっちもこっちで特に話す事もなく、各々好きに過ごしていたんだが、急に萩原がベッドで寝転がってゲームをしていた俺に近づいて来た

「なまえちゃんって、お風呂あがり結構外出るだろ?」

「ああ…かもな」

「その時にさ、ちょっと付き合ってよ」

「はあ?何に?」

「もし外に出たらでいいから」

萩原の言葉は理解出来ないまま、その時はすぐ様来た。スリッパがベランダを擦れる音と気持ち良さそうにため息を吐き出すところまでいつも通りだ。ちなみに結構音は聞こえる。あまりにも大音量でかけていたら下の階でもテレビの音は聞こえてくるし、誰かが来ているらしい声だって聞こえたり、上からはたまにギシギシ聞こえるし…まあそんなに値段が高いアパートじゃないし当然だといえば当然なんだろうけど
そんなわけでみょうじの生活している音もこっちがシンとしていれば頑張ればそのまま壁伝いに聞こえるかもしれないし、窓が開いていればなお更聞こえる

何をするのか、と思ったら萩原が外の音に集中しているようだったので、自分も萩原を見つつ聞こえてきた会話に耳を傾けた

「どうしたんですか?」

「ううん、ここから見る景色結構好きなんだ」

「綺麗ですよね。先輩、いい匂いしますし」

うぜぇ…。なんて悪態を吐き出したくなったところで萩原が俺にうつ伏せになれというように手で示してきたので萩原に背中を向けた。それからすぐになぜかマッサージをしてくる萩原。しかもたまに俺のくすぐったいところを触って来るから息を吸い込んで声をあげそうになったが出そうになった声を押し殺した

「ばか、萩原やめろって」

「なんで?いいじゃん」

「ダメだっつーの」

小さい声で話すと、萩原が可笑しそうにクスクスと笑う。あ、これわざと隣の猫谷を煽ってんだな、と気づいた。そんな事してあっちが燃えあがったらどうすんだよ

「ちっ…煽んじゃねぇよ」

仰向けになって萩原の肩を強めに押せば萩原が後ろにしりもちをつく。ベッドの上だから痛くないだろう
その後みょうじのそれはもう楽しそうな声が聞こえてきたので、少しだけ萩原と話してからあっちが扉を閉めるのを聞いてこっちも音を立てないように萩原がそっと閉めた

「よし!」

「なんなんだよ!」

「ほら、陣平ちゃんと出来てるって思われてるから、そこを利用したんだよ。上手くいけばいいなーって思いつつな」

「あぁ、そう」

萩原…わりと必死じゃねぇ?そう思って萩原を見ると萩原が俺を見て明るく笑った。いつも通りに見える笑顔にため息を吐き出す。抜け駆け…したつもりは無いけど、あん時なんとも思って無さそうなみょうじと、猫谷のことをそういう意味で好きで付き合ったわけじゃないみょうじに腹が立って、それと同時になんで俺の事を少しも考えたりしねぇんだと、その気持ちから唇を奪った。ってもみょうじはあの様子じゃ誰にも言って無さそうで、それでいいんだけど、なかったことになっている気もして微妙な気分
そして萩原の目論見通り、猫谷が謝罪しに来て、それから知ってしまったということも律儀に教えにきた。知ってしまったも何もくそもねぇよ、何も無ぇよ。そう思ってんのに萩原が対応して、いなくなってから振っていた手を下ろした

「…罪悪感」

「だからやめろって言ってんのに」

「だってなまえちゃん面白いんだよ!?友人として失うのも惜しいし恋人としても欲しい!」

「あぁ、そう」

面白いのは認める。あと遠慮なしな所は俺はわりと好き。萩原には言わねぇけど、自分の心の中でそう付け足した。猫谷から聞いてすぐにみょうじに構いにいくほど暇でも無いし、みょうじも許可を得たからってどうにもならないと思うから、とりあえず出勤のときとか帰宅したときに会ったら挨拶はちゃんとしておいた。一応この間までは猫谷の手前、と自分がしでかした事もあって少し避けていた事もあるし。
そんなふうに、結局みょうじとゆっくりしていられないまま、その日は来た。

もう冬って言っていいかもしれないし、まだ真冬にしては温かいと言ってもいい。やっと半そでから薄手の長袖とか、シャツとかに衣替えをしたくらいで、それでも夜は冷え込む。そんな太陽がのぼっていた日中だった、自分は爆弾の解体を終わらせて萩原がいるマンションへと来た。すでに中にいた人は避難していて、周りには様子を見に来ている野次馬も確かにいて、それでもかなり遠くのほうだ。萩原の様子を聞くために電話をした、出ない、出ないって事は相当切羽詰ってるのか。萩原に限ってんな事ねぇだろ

何回も何回も鳴らしてんのに出ねぇ、自分も行こうとしたのを機動隊に止められた。他の機動隊に連絡をし始めたところ

「ったく、携帯取るのも一苦労なんだよなあ…なんだよ、じんぺーちゃん?」

「っ…萩原てめぇ!ちゃんと電話に出ろ!」

「んな事言ったって色々持ってたんだから出るのは難しいだろ!」

ちゃんと解体は終わったらしく肝が冷えた。手がなぜかかなり冷たくて少しだけ震えている気もして情けない。萩原と同じ現場にいる事は多々ある。ただこうして明らかに違う場所にいて、自分が安全なところにいると思い知る、俺らはいつ死んでもおかしく無いって事を。警察のやつらがマンションに住んでいる人らに安全が確認出来るまで少し待っていてほしい、なんて指示を出していた。当然ながら報道陣も来ていて、そっちを一瞬見た時にがやがやとした人たちの中で、一人だけ空気の違うみょうじを見つけて、それからすぐに視線を逸らして自分の仕事に戻った。

「萩原」

「ん?」

「みょうじがいた」

「あぁ…じゃあここ猫谷くんのマンションだったとか?あ、でも通りがかりか」

返事はしなかった。そのかわり、報告書とか色々出してから帰宅した23時くらいに、上を見上げたらみょうじの部屋の電気がついていたのを確認して、萩原がみょうじにおきているか連絡をしたら、「起きてるよ」って返って来たので二人でみょうじの家の前に行き、チャイムを押した。特に行こうか、って話しはしてない。夜に、だとかそんな事を思う前にただ顔が見たかっただけだと思う

扉越しに、何かが擦れる音が聞こえて、扉の向こうからみょうじの声が聞こえた

「どうしたの?」

「うん、なまえちゃんの顔が見たくて」

「私お風呂あがりだから…スッピンだし」

「見飽きてる」

俺が返事をするとみょうじが少しだけ笑った。開けねぇとお前の名前を歌いながらそのへん回るって言うと鍵が開いて、萩原のほうがドアが開いたときに先に見えるところにいて、萩原がみょうじを見た瞬間にみょうじの部屋の中に入ってみょうじに抱きついた。それを後ろから背中を蹴る俺
近所迷惑だからって中に入れてもらえば、みょうじがかけていたのは今日のニュースらしくて、ニュースが次々と変わっている声が聞こえた。萩原が大きいせいでみょうじの顔が見えない。しかも萩原がそのままペンギンのように歩いて、みょうじがよたよたとついていく
声をあげないと思ったら、声があげられないんだろう、バタバタとしているみょうじの手が見えたので、萩原の背中を強く叩いた

「息」

「あ、ごめん」

「っは、窒息するかと思った…」

鼻と目を赤くしていたみょうじが顔を背けて、それからティッシュで目元を拭った。萩原の服に多分涙がついていないか、というのを確認してから、テレビを消してみょうじが座る

「あの」

「俺たちのニュース見てたの?」

「……うん」

「泣くところねぇだろ」

「泣いてない!」

「嘘つけ、不細工な顔してんぜ」

「してないよ、泣いてても可愛いよ」

萩原がそう言ってみょうじの頭を撫でる。たったまま二人を見下ろしていたけど、そのうちそのへんに座った。みょうじが何も話さないから、俺らも黙ってたんだけど、そのうち俺らの顔を改めてみたみょうじが目元にじわっと涙をためた

「違うの、ごめんなさい。二人がそういう仕事してるって知ってたのに、どこかわかってなくて…でも今日松田くんが萩原くんを本気で怒ってるの見たら、怖くなったの。普通に生活してたって、命を落とす事だってあるよ。事故に巻き込まれたり、とかも。それでも死ぬかもしれないって仕事をするのは、私は怖い。それに二人とも優しいから、そのうち誰かのために死んじゃうんじゃないかって。覚悟してるって言われたら、そうかもしれないけど」

そのうち段々声が上ずったみょうじが話せなくなって、下唇をかみ締めているのは見えるけど、前髪で顔は隠れているし俯いているせいで全然見えない。見えるのはみょうじの髪の隙間からこぼれていく雫だけ。それに萩原まで泣きそうな顔をしてみょうじを抱きしめた

「ごめん、そうだよな、待ってるほうが怖いよな……。ごめん、じんぺーちゃん」

「あぁ、今更わかったのかよ」

「愛を感じた」

「気色悪ぃこと言ってねぇで早く放せ!」

萩原がみょうじの頭をよしよし、なんて言って撫でるので萩原の額をみょうじにばれないようにデコピンした。しばらくして落ち着いたみょうじが顔を洗って来ると言って離れていってしまえば萩原が自分の両手を見た後に俺にくっついてきた

「だぁ!やめろっつーの!」

「寒い!」

「しらねぇよ!離れろ!」

そして顔を洗って戻ってきたみょうじが目を見開いて「続けて!!」なんて言ってきたから拳を握ったら萩原が離れていった。そして萩原がまたみょうじに抱きつきにいって、みょうじはもう犬か何かとでも思ってるのか、よしよし、なんて言って今度はみょうじが萩原の頭を撫でている

「彼氏?に拒否されて可哀想に…照れ屋なのよ松田くんは、きっと。めげてないでそのまま続けて」

「欲望丸出しじゃねぇか」

みょうじが可笑しそうに笑って、やっと少しだけほっとした。それからマンションは通りがかっただけで、猫谷の借りているアパートが近くだったらしく、騒ぎが聞こえて、それが爆弾がどうとかだったから心配で来てみたらしい。猫谷は22時ごろまでここにいたらしいが、それでも次の日仕事だからって帰ったとか
萩原はみょうじが拒否しないのをいいことに、みょうじの後ろからずっとみょうじを抱きしめている状態。みょうじはもうぬいぐるみか空気だとでも思ってるのかいないものとして扱っているようで、俺らにビールを飲むかなんて普通に問いかけてくる始末
変に神経を使ったし、明日も仕事だから今日は帰る事にして、また後日みょうじの母親が送ってきたという冷凍されている海鮮類を使って鍋かしゃぶしゃぶをしようって事で話しはついた

prev / next

[ back to main ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -