▼ 20、隣人に彼氏…?
あいつが帰った後に盛大にため息を吐いた
「なんっであいつほいほいと彼氏作るんだよ」
「俺に言われても…。お試しって事は言いくるめられたんだろ」
「萩原、お前あれ上手い事お試しはよくないって言ってみろ」
「あのね松田…。そう言ったらなまえちゃん素直なんだからそのまま受け取ってお試し期間じゃなくて本当に付き合うってなるだろ」
「……はー」
「悪い人では無さそうだけどね」
「それがまた厄介だな」
「…ねぇ、じんぺーちゃん?」
「あ?」
ちょっとの会話の後、缶をテーブルの上に置いてからベッドに寄り掛かった。頬杖をついて楽しそうに笑う萩原を眉を寄せてみれば、萩原が口角をさらに吊り上げた。
「好きって認めたんだなー?」
「…別に。どうしようもねぇなって思っただけ」
萩原がまたニヤニヤしながら口を開いたので、空き缶を投げつけた。この顔が腹立つ。だいたいこいつも好きだとかなんだとかあるはずなのに、なんで俺にばっかり聞いて来んだよ
萩原が俺の隣に来てベッドに寄り掛かってきた。それからなぜか肩に手を回してくる
「知ってる?」
「なにが」
肩に回してきた手を抓ってから離れようとしたら萩原が衝撃の事実を伝えてきた
「なまえちゃん、俺とじんぺーちゃんが出来てるって思ってるみたいだから、もっと盛り上げておいた」
この期に及んでさらに楽しそうに笑うこいつの顔殴りたくなった。そんな感じの誤解をされていたのはなんとなくわかってる、でもそれをさらに誤解されるような事言ったというコイツをどうすればいいんだろうな、俺は。
その日は萩原は珍しく帰るらしく、みょうじがいなくなってすぐに出て行った。そして入れ違いにピンポンを連打される
「うるせぇ!萩原、勝手に」
なんで急にチャイムを押すんだ、と思いつつ出たらそこにいたのは明らかお風呂あがりの隣人。
「なに、どうした」
「あの、寝てるかなって思ったんだけど物音聞こえたし。遅くにごめんなさい…携帯忘れてたみたいで」
「携帯?」
あったか?とりあえず自分で探してもらったほうがいいだろうと思って部屋の中に入れた。リビングに入っていってからみょうじが周りをうろうろとする。
「あれ…」
「無い?電話してみるか?」
「うん…お願い」
居酒屋を出た後はちゃんとあったはずだ、というのでベッドの下にうっかり入ってしまっても音が鳴るはずだというので聞こえるだろうと思い電話をかけてみた
’もしもし’
「あ、……ん?」
’あ、気づいたっぽい?’
「萩原、お前何してんの」
’なまえちゃんにかわって’
「はい」
「持ってたの萩原くんだったの?」
携帯を差し出すと俺が名前を呼んだからわかったんだろう、そう問いかけてきたみょうじに頷いて、それからそれを受け取っておずおずと耳に当てていた
「もしもし。……あ、そうだったの?松田くんの家に置いててくれるか持ってきてくれても…あ、そっか、うん、わかった」
何の会話をしたのかわからないけど、電話を切ったらしいみょうじが、画面を拭いてから渡してきたので受け取る。化粧水がついたかもしれないから、なんて言うけど気にしなくていいのに
「なんだって?」
「あ、さっき帰り際帰そうと思ったんだけどうっかり忘れてて少し進んじゃったみたいだから今戻ってくるって。松田くんは戻っていいって言ってたわよ」
「……お前部屋で待つの?」
「うん…そうしてって言われたから」
俺は帰ってコレは家にいろ…か。俺がそのまま動かずにいると、「ありがとう、またね」と言って部屋から出ようとしたのでとりあえずここは自分も一緒に待つと言ってこのまま俺の部屋にいればいいと言ったら自分の濡れた髪に触れた
「でも、これだし」
「…こだわりねぇなら俺の貸す」
「じゃあお借りします」
萩原に連絡をしてからみょうじにドライヤーを貸した。どこでしてもいいのだが、脱衣所はまだ洗濯をしていないものがあるし、別に散乱しているわけでも無いが汗をかいていた事もあって、なんとなく入れられない。そんなわけでリビングでかけさせた
テレビを見ながら、ただ風を当てているだけに見えるみょうじ。自分もテレビを見つつも何度かみょうじを見たが、だんだんイライラしてきたのでドライヤーをみょうじから取った
「え。何?」
「そんなんじゃ乾くもんも乾かねぇだろっ!!」
スイッチはつけたままだったので温かい風をあてながら指で軽く髪を梳くようにしたり、とりあえず中までちゃんと乾かすようにして、それから冷風を当てて…を繰り返していった。なんでこいつの世話焼いてんのかまったくわかんねぇけど、みょうじもみょうじで黙ってテレビを見ていたと思ったら頭がガクンッとした
「あ、寝てた…」
「もう終わる」
ちょうど乾かし終わった時に萩原が入ってきたのでドライヤーを片付けた。部屋の中は自分たちが飲んだお酒の匂いから、みょうじの甘い髪の匂いに変わっていたのは脱衣所から出た時に気づく。萩原が俺を見てわざとらしく「ちぇー」なんて舌打ちなのかわからない事を言い、みょうじのほうに携帯を持って行った
「はい」
「ありがとう、わざわざごめんね」
「ううん、忘れててポケットに入れたままだった俺が悪いから…。あ、あと電話来てた。猫谷ちゃんから」
「あ、そうなの?」
「あぁ。で、二回来たから心配するかもしれないから取ったけど、事情は説明しておいたから」
「ありがとう」
みょうじが何度も御礼を言ってから隣の部屋へと戻ると、にこにことしている萩原を見た
「萩原ぁ…」
「うん?」
「お前わざとだろ」
「ああ」
さらっと認めた萩原にため息を吐きだした。多分すぐに連絡寄こすだろう猫谷の電話を取るために知らないふりしていったな…
ふっと笑った萩原が今度こそ帰るといって帰っていったので自分は寝るかと歯磨きをするために脱衣所に入ろうとしたのだが、玄関で靴を履いていた萩原がこっちを見てきたのに気づいてそっちを見た
「なーんにも考えてないのかもしれないけどさ」
「ん?」
「やっぱじんぺーちゃんが一番のライバルだわ」
「あぁ、そう…どうも」
今度こそ脱衣所に入ると萩原が出て行っただろう、玄関の閉まる音が聞こえた。なのに歯磨きをしつつ脱衣所から出て、残りの片付けをしてしまおうと思って扉を開けたら萩原がいた
「なんっ…!」
「やっぱり泊まってく!」
「帰れ!歯磨き粉呑んじまっただろうが!!!」
悪びれもなく笑う萩原に泊まるなら片付けを頼んで歯磨きを終わらせた。萩原の歯ブラシがここに置いてあるのもなんか微妙だな、と思いつつそのままシャワーを浴びていれば萩原まで乱入。ぎゃーぎゃー言って浴び終わるとそのまま布団に入った。なんか今日の萩原うぜぇ…すっごい絡んでくる…。やっと眠れると思ったら萩原がドライヤーをかけて、それでも眠くて眠っていれば朝には萩原はいなくなっていた
窓を開けると隣からベランダを歩く音が聞こえたので、なんとなく悪い気がして扉をもう一度閉めた。眠い、二度寝するか…。何も無い休みの日なので寝るには最適だろうと寝転がったが洗濯物の事を思い出してとりあえず洗濯機を回した。あとは家の中が少し蒸し暑いので窓をやっぱり開けてから目を瞑る
ダメだ、眠れねぇ…。一回起きてしまえばもう一度眠るにはちょっと無理があったので観念して起き上がり歯磨きや洗顔を済ませた。朝ごはんは中にあるものを適当に、と思って作って食べて片付けを終わらせる。食後だったのでまた歯磨きをしているとチャイムがなったのでそのまま扉に近づいてドアスコープを覗いた。俯いているが隣人なのはわかったので扉を開けるとすぐに顔をあげたみょうじ
「あ…あ!ごめんなさい!」
待ってて、をちゃんと発音できる自信は無いしみょうじの前で歯磨き粉垂らす真似もしたくない。そんなわけで手だけで待っててを示してから一度背中を向けたがすぐにそっちを向いた。みょうじの腕を軽く掴んで中に入るように促すとみょうじが入ってきたので洗面所に行って歯磨きを終わらせた
「悪ぃ、どうした?」
「実家から…送りものが届いたんだけど。貰ってくれない?」
「なに?」
「海鮮類とフルーツ…東北のほうに旅行に行ったみたいなんだけど、りんごなんて箱で送られてきた…」
「箱?」
「うん、どーんと」
そう言ってみょうじが玄関の前に箱を置いた仕草をしてきたので、配達してきてくれた人がそうやって置いたのだろう
「彼氏は?」
「猫くん…にも何個か持って行こうかな。でも私がもっていく、猫くんが持っていくっていうところを考えても、私が職場にもっていくのも考えてもだいぶ…辛いわ。三つくらい減らしたってどうしようもないし。それならここに置いておけば松田くんのお友達が来るかなって」
「あー、なるほどな…。お前今日何してんの?」
「ん?掃除?」
「暇なんだな。じゃああれ、アップルパイとか作ったら?」
「うん、じゃありんご渡すからアップルパイにして戻して?」
「お前っ…」
真顔で言うから目を見開いて突っ込もうとしたら、今度は可笑しそうに笑った。みょうじは料理は出来なくな無いが、例えばチョコレートを溶かすとかだと湯煎どころかお湯に入れたいし、生クリームなら電動の泡だて器でやるよりもミキサーにかけたい、なんて色々と言っていた。つまりは面倒な事が嫌なんだな
「はあ…わかった、じゃあ一緒に作るか?」
「うん…座って待ってるわね」
「いや、やれよ」
とりあえず、何かしら作れば大食いのみょうじの事だから全部食べてしまえるだろう。って事はアップルパイを二つ作って一つをみょうじの腹の中に収めたとしてももう一つは萩原と俺で半分にも出来るか…色々考えつつ一度みょうじと離れてから着替えと準備を終わらせて、自分のキッチンにあるものを確認してから隣に行った。親が引っ越す時に色々と持たせてきたので、少しはお菓子を作るものもあると言うので俺がキッチンを見ている間にみょうじが準備終わったらしくこっちに来た
「まあでも、パイ生地売ってるからそれ買えば…あとは伸ばし棒だな」
電子レンジも色々出来るものだったみたいなのでそんなに買うものも無いか。それとみょうじと話しながら玄関へ向かうと、鍵を開けっぱなしだった玄関が勝手に開いた
「あら?」
「お母さん!」
「こんにちは…」
反射的に挨拶をすると、お母さんと呼ばれた人が挨拶を返してきて、そして家の中に入ってきた。
「え、何!?彼氏!?彼氏なの!?やっだーイケメン!」
「いや、ちが」
「こんなに背高くってこんなかっこいい彼氏いただなんてなんで言ってくれないの!?」
「お母さん、あの」
「ねぇ、あなた職業は!?」
「け、警察…です」
「警察!?!?!え、交番勤務!?」
「いや、警視庁ですけど」
「すっごいいい人捕まえたじゃない!」
やばい、俺もみょうじも否定できずにマシンガントークが始まった。何度も口を挟もうとするのに話しが変わったりしつつ、しかも部屋の中まで俺たちを押していき、リビングに座った。みょうじが一生懸命母親の肩を叩いて弁解しようとしていたものの、今度はお父さんも昔イケメンだったんだけどあなたほどじゃないとかの話しが始まり。息継ぎはどこでしてんのかってくらいのトークを初めて聞いた事とみょうじとまったく雰囲気が違いすぎて吹き出して笑ってしまった
「ちょっと松田くん!笑ってないで止めてよ!!」
べしべしとみょうじが俺の頭を叩いて来るが、俺はずっと笑っていた。多分顔をあげようものなら涙が出ているくらいの勢い
「じゃあ松田くん!今度遊びに来てね!?絶対よ!ほら、これで二人で美味しいものでも食べなさい!」
「ちょっと、おかあさ」
「あ、私急いでるの!じゃあね!また送るからーっ」
「あ、待ってお母さんっ!」
とりあえず手は振れたがさっさと帰っていく母親、その間もみょうじが話しかける声が聞こえたがそれが段々遠のいて、俺はそのまま座ったまま待っているとそのうち疲れ果てたみょうじが帰って来た
「だめだ…光の速さなみに速かった…なんなら靴を履くスピードも速いし、そんな大きな声で呼び止められないのが…」
「お疲れ様。面白い母親だな」
「ありがとう…でも松田くん彼氏のままだわ…」
「まあいいんじゃねぇ?やたら会うわけでもねぇだろ」
「まあ、そうね…」
母親はいつもあんな感じなのかと問いかけると、みょうじが首を振った。昔は大人しかったらしい、なんていう話しだが自分が気づいたときにはもうあんな感じだったからよくわからない、と。みょうじが母親が置いていったお金を取れば今日の松田くんとのご飯の材料費にする、なんていわれた事は実行するらしい。やっと出かけて必要なものを買う。一応アップルパイとりんごを入れたカレーにした。カレーなら多く作っても冷凍すりゃいいし、みょうじの非常食にもなるだろ
「そういえば松田くん」
返事はしないが、その代わりと言わんばかりに隣を歩くみょうじを見た。結構な量を買うので今日はあんまり使わない俺の車を出すからそっちに向かって歩いている途中
「反対隣の人って会った事ある?」
「お前じゃない側?そういや…ねぇな」
「…そう」
「いるかどうかもわかんねぇ。なんで?」
「ううん、なんとなく」
月極で借りている駐車場につけば、車の鍵を開けた。そもそもで車を持っている事事態に驚いていたみょうじが俺の車を見るとなぜか意を決したように扉を開けて助手席に乗り込む
「お、お願いします…!」
「んな構えなくても無茶な運転しねぇよ」
「しそうな顔してるもの」
「バカにしてんのか」
みょうじがふふっと笑ってから大人しくなったので車を走らせた。その途中
「…松田くん、の匂い」
「あん?」
「車だと酔うわ」
「お前絶対喧嘩売ってんだろ!」
隣人の彼氏。あいつの母親の中で俺になってた件
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