▼ 15、隣人さんの友人を泣かせた隣人
「萩原が来るっていうから飯作ってたのに来れなくなったとー、お前食いにこねぇ?」
「あ、行く…すぐ行くね」
「家にいるわ」
インターホンが鳴って出たら松田くんで、急なご飯のお誘いだった。嬉しいんだけど…なんていうか普通の友達すぎてこれでいいのかって思ってしまう。昔からの仲良しで、幼馴染とかだったらいざ知らず、つい最近たまたまであった男女…世間的にはきっと噂をされるだろうと。私と松田くんたちにそんな気はまったく無いにしても、だよ、よくないんじゃないかなーと思いつつ薄手の七分丈の上着を羽織ってから隣に行った。ていうか携帯で連絡すればよかったのに…
部屋の中に入れてもらうと、美味しそうな匂いがして、口の中に唾液が溜まった。
もうリビングにあるテーブルの上には親子丼とお味噌汁が乗っていて、松田くんが瓶ビールとグラスを持ってこっちに来た。しかもそれは私にだったらしい
「私、松田くんの中で呑兵衛なの?」
「ああ」
え、即答?とりあえず手を合わせていただきます、をして、親子丼の上にさらに半熟卵が乗っている親子丼をスプーンですくって食べた
「んんんーーーっ…美味い!」
「おじさん、おかわりありますよ」
「ちょ、あれしていい!?」
「どれ」
「あれ!!グルメリポーター?の真似事!」
「なんか嫌だ」
「聞いて」
「お前が聞け」
「まあまあ」
なんて言ってたまごが口の中で蕩けるとか、お肉もいっぱい入ってるし玉ねぎが甘くておいしいとか、一人で語りつつもビールを飲んでいたら松田くんがそのうち吹き出して笑い始めた。何が面白いのかよくわからないけど、さっきのやり取りは私も楽しかった。素早い突っ込みされたのなんて初めてだからボケ通して申し訳なくはなったけど。片付けは私がさせてもらった。
しかもしっかりとおかわりまで貰ってしまって…っていうか私は平然とお世話されすぎている気がして苦笑いを浮かべた。
そういえば二人に決定的な事を聞いてないんだけど、でもこういうのって聞いたら悪い気持ちになったりするのかしら。周りに実際そういう人がいないからわからないし、それにそこまで踏み込むのは許されていないような気がする
ジツと見ていたのに気づかれたか、松田くんがこっちを見てきて、それから口を開いた
「お前、この間」
ピンポーン
という軽快な音が聞こえたと思ったら扉が開く音が聞こえて、直後バタバタという足音
「ごめん松田!」
って言いながらリビングに顔を出した萩原くんは相当慌てていたのか、私の靴にも気づかずに入ってきたんだろう。私と松田くんがいるのを見て動きを止めたし、なんなら顔も止まって、それから眉を寄せて困った顔をした。
え、萩原くん…私ごはん食べちゃったわよ…!?っていうよりも先に、誤解されたかと思い、弁解をしようと思ったら松田くんが萩原くんを見てため息を吐きだした
「お前、チャイムの意味ねぇんだよ毎度!」
「えーごめーん」
「ご、ごめん萩原くんっ…これなくなったって聞いたから私遠慮なくおかわりまで召し上がりました!」
慌てて頭を下げたら萩原くんがいつも通りに笑って「お腹いっぱいになったならいいんだよ」なんて優しく言ってくれた。萩原くんも松田くんもいつも優しい、優しいけど、たとえ女の人に興味ないとはしてもよくないよね、二人の好意に私は甘えていた気がして立ち上がった
「私帰るね」
「なんで?」
「え」
帰る旨を伝えると、柔らかい笑みではなくて少しだけ冷たい表情にも見える萩原くんに問いかけられて出しかけた足を止めた。松田くんはなんでもなさそうに、興味なさそうにしている。え、助けてよ
「あの、邪魔かな…って思って」
「なんで?むしろ邪魔なのは俺のほうじゃないの?」
「ちょ、ちょっとまって萩原くん、誤解しないでほしいんだけど」
「何が誤解?」
いつも優しい萩原くんが、どこか怒っているように見えて息を吸い込んだ。そこでやっと動いた松田くんが、立っている私たち二人を見上げる
「萩原、遊ぶなよ」
「あはは、ごめん。何でそんな気を使うのかなって思って」
すぐに柔らかい笑みになって萩原くんに苦笑いを浮かべた。ほっとしたけどもしかしたら今のは本音なのかもしれない、心臓がうるさくなる中ひきつった笑みを浮かべてしまったのは申し訳ない、目の前にいる萩原くんが松田くんの隣に座った
「俺来れない予定だったんだから本当ごはんの事は気にしなくていいからね?」
ご飯の事は…!
「ありがとう。でもタイミングいいし、明日も仕事だからこのまま帰るね」
平静を装って、また座るのが面倒だとでもいうように松田くんにお礼を言ってから彼の家から出て行った。これはちょっとよろしくないと思って。
バタン、と音を立てて扉を閉めた。
今までずっと彼らの好意に甘えていた。というよりも多分二人とも乗りかかった船状態で色々と気にかけてくれていただけだったのかもしれない
それでも二人きりで会うのはよくなかった。自分だったら、なんて思ってもやきもちの類はした事が無いからわからない。その気持ちはわからないけど、きっと嫌な気持ちにはなるはずで
女の子同士とはまた違うよね…。なんて思ったり、でもどうしたらいいのかわかなくて友達の所に行こうと、すぐさま玄関から出るつもりで勢いよく扉を開けた
「っ!!!」
ちゃんと開かない扉と鈍い音、それから声にならない声が聞こえて。扉から体半分が出ているそれで、そこにいたのが誰かすぐにわかった
「萩原くん!?何してるの!?」
「ちょ、ちょっと待って…ちょうど扉のね、とびっ…」
ほろほろと泣き出してしまった萩原くん。慌てて外に出て松田くんの家のチャイムを連打
「なんなんだよお前らは!」
「松田くん!萩原くん泣かせちゃった!」
「は?」
どうしたらいいかわからずに松田くんに助けを求めると、再び私たちは松田くんの部屋の中へと入った。正座する私。松田くんが萩原くんの事を見るとぷっと吹き出して笑った
「鼻にあたったな」
「ごめんなさいー…」
鼻にあたったらそりゃ泣くよね。なんで目の前にいたんだ云々は一瞬思ったけど、多分私の事を気にして来てくれたんだろうと思うと本当申し訳ない。あと意図してじゃなかったとはいえ萩原くんじゃなくて赤の他人だったらもっと大ごとになっていたかもしれない。土下座する勢いで謝っていたら、萩原くんが落ち着いたみたいで今度は笑い出した。泣いたり笑ったり忙しい…
「いや、俺こそごめんな?俺も一緒に遊びたいなーって思ってて、なまえちゃん呼ぼうって思ってたところに先に陣平ちゃんに誘われてたみたいで先にいたからー…とりあえず子供みたいなやきもちやいた!ごめん!」
今度は私が萩原くんに謝られた。たっぷり考える事数秒、萩原くんと松田くんの視線が私に集まる。え、なんで謝られたんだろう、と思ったけどとりあえず萩原くんは私と一緒に遊んだりするのを嫌がっては…いない?
「あり、がとう…」
言葉を選びに選んで、出てきたのはこんな言葉だけ。二人は私がいたら邪魔じゃないの?とかこうやって聞くのはずるい気がするし。私がドキマギしていると、松田くんがぷっと吹き出して再び笑い出した
「泣くなよ萩原ー」
「鼻を打ったときの痛みは松田もよくわかってるだろ…」
「あぁ、打ったじゃなくて殴られた。だけどな…。あいつ容赦ねぇ…」
どこか、遠くを見ているような二人の瞳と会話、それでも二人の表情が緩んでいる…容赦ない拳…第三者の男!?
私、だんだんとこの二人のおかげでおかしな発想…いや妄想を繰り返すようになったけど大丈夫かしら。いや、でもそもそも拳で語り合うくらいきっと男性の間ではよくある事なんだろう、ちょっと色々と詳しく聞きたいところだけどそれ以上は聞くのをやめた。
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