▼ 14、隣人は怖いものなし
萩原くんに回収された日、私はどうやら駅で完全に眠っていたらしい。すごく心地のいい風と、いい感じに聞こえる人の話し声や雑音がやけに落ち着けたのも覚えてる…
萩原くんの家についた時、頭はおきていた気がして、頼むから起こさないでくれってずっと心の中でだけで思ってたけど、そのうち観念して起き上がった。
化粧がどうとか言ってたから、松田くんだと思って問いかけたら、萩原くんって返ってきたことにはびっくりした。松田くんの家なら隣に帰るだけでいいけど、萩原くんの家は知らないし…。泊まっていっていいよって言われたときにはたっぷり考えた
どういう意味?なんて色々と考えないほど子供じゃないし、一応この人男性だし、そこまで自分に魅力は無いだろうと思ってはいてもよ?女の人だったらまあいいやっていう…いや、この人は男の人、しかも松田くんが好きなのであって?って事は私がいるのなんてどうでも無いのか、男の人が好きならば女の人なんてそのへんに転がってる石ころと同じって事?そうなのね萩原くん!でも私は松田くん以外とイチャイチャする萩原くんなんて信じないからね!
なんて一人で勝手に思いつつ睨むように彼を一度見てみたけど、きっと睨んだとは思われていないだろう。彼の好意に甘える事にしてその日は泊まらせてもらった。萩原くんの家はタバコの臭いが少し…それと松田くんの甘いような匂いとはまた違って…そう、なんかマリンブルー!って言いたくなる匂い爽やか柔らかい印象を受けますこの香り!
で、二人が混じるとあんな匂いになるわけで…。なんて一人でニヤニヤしていたらお見送りに駅まで送ってくれた彼に突っ込まれた
「疲れてるならたまには休むことも大事だからな…?」
いや、心配されたの間違いだわ…
苦笑いを浮かべて誤魔化して、それから始発の電車で一度家に帰って、始発とはいえ人もいたし、いつもと違う匂いをさせていたら女性社員に何を言われるかわからないからシャワーを浴びて、違うスーツに身を包んで出るつもり。
あの後の仕事は、褒められすぎてまた違う仕事を任されて…再びみんな、前と同じような生活になったわけだけど、それでも一回あんな事があったからか、わりと慣れてしまっていたので最初よりは早めに終わった。その仕事の途中に松田くんたちから飲みに誘われてたけど、忙しいからって断っていたら落ち着いたらでいいって言われたので、この間の萩原くんの事もあるから一応終わった事は連絡しておいた。
「かんぱーい!お疲れ様でーす!」
「お疲れ様ー、みんなよく頑張ったー!」
終わったその日はみんなでお疲れ様会、各々仕事の話しや彼氏に仕事仕事ってーって振られそうになった今では笑い話などなど話していた。お手洗いに行くついでに携帯をチェックしたら松田くんからの連絡で、今日誘われたので今飲み会中だと伝えるとトイレにいる間に返事が来た。早い…
’俺と萩原今飲み屋。二次会とかねぇならお前も来たら?’
二次会…多分無いだろうな…。無かったら、と一応返事をしてから席に戻った。案の定盛り上がった一次会でわりと潰れる人も続出し、私も疲れと寝不足もあってわりと酔いがきている。ただ仕事の飲み会!って思うとしっかりしないといけないっていう気持ちもあってわりとお世話に回っていた。みんなを返してから一応松田くんに連絡をすると’どこにいんの?迎え行くわ’って返事が来たので一応返事を返す。返したのに電話が来た
「も、もしもし?」
’どっかの店に入って待ってろ、10分で着く’
「ううん。お店教えて貰ったら自分で行けるから。どこにいるの?」
’…じゃあタクシー乗って来い。たかだ屋ってところ’
「わかった」
電話を切ってから手をあげてタクシーを停めてもらい、言われたところをおじさんに言うと、すぐにわかってくれたらしくそこまでタクシーを乗っていき、ちょうどついたところで萩原くんが出てきた。そっちを見てからおじさんを見て、お金を聞いて財布からお金を取り出そうとした時に助手席が開いた
「ありがとうございます。あ、お釣りはいいんで」
「え!?萩原くん!?」
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございましたっ」
後ろの席が開いたのでここでぎゃーぎゃー言うよりも降りようと思ってタクシーから降りつつおじさんにお礼を告げた。タクシーを降りた場所から踵を返して萩原くんのほうを見る、萩原くんは口角を吊り上げて笑った
「いらっしゃい」
なんて。
「いらっしゃい…じゃないわよ。お金」
「いいよ。急に呼び出しちゃったし、そのぶん」
「でも、この間のもあるのにっ…」
「女の子一人で歩かせた俺らの謝罪って事で」
絶対手を出してくれない萩原くん。そのまま先にお店に行ってしまったので慌てて追いかけたのに、扉を開けて待っていてくれた。虫が入るわよ、なんて意地悪な事を言うのはだめだよね、からかっちゃだめだ…って思いつつ軽く頭を下げて中に入った。萩原くんの案内してくれる場所に行くと、松田くんが串焼きに噛み付いて…いや、かじりついていた
「よぉ」
「こんばんは…美味しそうね」
「あぁ、ここは串焼きが美味い。やっぱ萩原そっちに行ってたか…人がトイレ行ってる間に格好つけやがって」
「なまえちゃん、ビール?」
「あ、ビールは飲んできたから…カクテルにする」
なんか萩原くんがさらっと流した。それから松田くんと萩原くんが並んでいる向かい側に座って飲み物を選ぶ。
「食い物も頼め。この端から端まででもいいぜ?」
「そんなに食べられないわよ」
「やったことあんの?」
「無いけど…」
「じゃあ今度挑戦だな」
ふっと笑った松田くん。その挑戦心買うわ。とりあえずおすすめの串焼きとかも頼んで、二人も飲み物を新しく頼んだのでそれが来たら改めて乾杯にしようってなった
「ねぇ、最近ずっと飲みに行こうって誘われてたけどなんだったの?」
「いや、萩原がさ」
「ん?」
松田くんが萩原くんのほうを一度見てから眉を寄せた。私が聞き返すと、萩原くんが目元を緩めて笑う、その顔が凄く優しい
「この間凄く疲れてたし、何か急に時間が止まったように動かなかったりしたから、なんかあったんじゃないかなって思ってさ。でも松田が強引に誘ってたみたいでごめんな…」
「あ、そこはいつもの事で」
「はぁ!?んなことねぇだろ!」
そんな話しで笑っていたところにお酒とおつまみが運ばれてきて、改めて乾杯した。乾杯というよりもお疲れ様ー!っていう感じで。心配されていたみたいだったので仕事の話しをしたり、萩原くんと松田くんの昔話しを聞いていたら自然とお酒も進んでいくしで…私は完全に酔った、もう楽しい気持ちでいっぱいで、ちゃんと理性はあるけど、でも楽しい気持ちでいっぱいだった
そういえば…そう、友達が言ってた。受けと攻めがあるって。いうなれば男役女役みたいな…って事よね、うん。
「ファーストキスっていつ?」
私の唐突な質問に萩原くんが咳き込んで、それから松田くんが眉間に皺を寄せた
「はあ!?お前何言ってんだよ」
「はっ…まさか、まだなの!?」
「んなわけねぇだろ…なあ、萩原?」
「え!?俺に振るの!?そ、うだな…」
「萩原くんが下!!!」
「ん?」
「お前大丈夫か?」
「あ、陣平ちゃんと俺?あー…そうかも?結構俺のほうが陣平ちゃんの手綱握ってんの?って聞かれるけどね、俺のほうが握られてる感じもたまにはある」
萩原くんが急な発言に問い返した後に、松田くんに頭の心配をされた。それから真面目に応えてくれる萩原くんに酔いもあわせて私は胸がしんどいことになる、はりさけそう…どうしたらいいのかしらこの気持ち
「はあー…」
お酒を一口飲んでから息を吐き出すと萩原くんがクツクツと可笑しそうに笑った。松田くんは私を見てため息を吐き出して、頭見てもらえ。なんていうけどもう知っちゃったもーん!
「二人とも見詰め合って」
「お前もう飲むのやめろ」
「それでチューとかしちゃって!」
「なまえちゃん大丈夫?」
「いいの!私のことは気にしなくて!もう見てないも同然だから!私なんて空気よ!さあ!!」
「だめだ萩原、帰ろう。こいつを早いところ黙らせないとだめだ」
「なぁーんでよー!大丈夫よ任せて!」
「何が…?」
萩原くんだけは楽しそうに笑ってくれているけど、松田くんが怪訝そうな顔で見ていたのは覚えている。うん、理性はあったよ、あったけどテンション。それから二人に家まで送ってもらって、家に入って一人で着替えてはいたらしいけど、一応布団に入るまでいてくれて、寝転がった私に松田くんが化粧落としをしてくれた後に可笑しな笑いまでしていたらしい…
「ごめんなさい」
「癖になるよ、なまえちゃん酔っ払ってんのたのしすぎるし、また飲もうなー?」
松田くんの家にまだ萩原くんがいると聞いて、朝ごはんを買っていきがてら二人に謝罪した。萩原くんの天使な一言に救われる…ありがとう。その点松田くんはベッドに片足立てて座っている状態で気だるげ…あれ、なんか私邪魔した?
「じゃ、じゃあ帰ります…朝ごはん二人で食べてね!」
何食べるかわからないから、たくさんパン屋さんでパンを買って、それから立ち上がったら松田くんに食ってけって止められた。再び座って昨日のお詫びをしつつ、せめてコーヒーを入れようとキッチンへ行ったら萩原くんも手伝いに来てくれた。こうしてみるとやっぱり萩原くんが嫁って感じがする、うん、エプロン似合いそう…。
やっぱりそう思うと松田くんが攻めって事だよね、萩原くんに松田くんが…?あ、でも私が隣にいる時ってそういうの聞いたこと無いしもしかして遠慮してる?
見せてもらった漫画だと…なんか、ほら…ぎしぎしあんあん…だめだ、考えてるだけで私は頭の中がバカになってくる!
「で、なまえちゃん聞いてる?」
「あ、はい、聞いてる!」
慌てて萩原さんと自分のぶんにミルクだけを入れてリビングにもって行った。その頃には顔も洗って髪も整えたのか、さっきよりもいつも通りの松田さん!って感じの松田さんがパンを広げて待っていた
「食うかー…。っと、お前の昨日はなんだったの?」
「あ。化粧落としてくれてありがとう」
「それはいいけど。すっげぇ絡んでたから」
「萩原さんと松田さんがどんなキスをするのか気になった酔った私の言葉よ」
フォークが無いと食べづらいものだったので、プラスチックのフォークの封をあけて、その先端を松田くんのほうに向けてキリッとしてみた。私はそれが誤解を招くなんて…まあ知らなかったわよね、だって本当のこと言っただけだもの…?
prev / next