Secret in the moonlight | ナノ


▽ 4


夜も随分と更けた時間帯。優華がやってきたのは今朝夢で見たばかりの海だった。随分と鮮明な夢を見たからだろうか、なぜか無性にここに来なければいけないような気がしたのだ。まるで誰かに呼ばれたかのように。2年もたつというのについ先日訪れたばかりの場所のように感じられる。それほどまでに今朝の夢は強烈だったようだ。

夜だというのに少しじめじめと蒸し暑く感じられ、もうそこまで夏がやってきているのだとわかる。常に桜が咲いている冥府では季節感は感じられず、こうして地上にいるときにああもうこんな季節なのかと感じるのみだ。

「あの日以来だなあ。」

優華は海を眺めながらポツリと呟く。あの日と同じ、真っ暗な海。静けさも寄せては返す波の音も変わらない。違うことと言えば季節ぐらいだろう。今はあの刺すような空気の冷たさには程遠い。優華の脳裏に再びあの時のことが鮮明に蘇る。

あの切なさに埋め尽くされたような空間。

あの時二人はそれぞれどんな気持ちでこの海を眺めていたのだろうか。

そんなことを考えながら優華はゆっくりと海の方へと足を進めていく。サクサクと砂を踏む音がどこか遠くで鳴っているように感じる。まるでこの漆黒の海に呼ばれているようだ、とどこか心の片隅で考える。最も漆黒の海に沈んだところで、すでに人間としての生を終えている優華には関係ないのだが。

その時だった。

「何をしているんですか!?」

ぐいっと腕を引っ張られて砂浜の方へと引き戻される。予想外の出来事に優華はそのままバランスを崩してよろめき砂浜に倒れこみそうになるが、その体はこけることはなく大きな体で抱きとめられ、背後から抱きすくめられているような形になる。

何が起きた。

優華の頭はパニック状態だった。どうして今の自分のことが見えているのか。死神が生きている人間と関わりあう調査をすることもあるが、その時は意図して自分の姿が見えるようにしなければならない。けれど今はそんなことはしていない。つまり今の優華は人間には見えないはずであり、触れられることもないはず。それなのに。優華はそんなことを思いながらチラリと自分の腕を見たが、そこは間違いなく誰かに掴まれている。それを改めて意識した優華の心臓がドクンと大きく波打つ。戸惑いながら振り向いた優華は今度こそ時がとまるような衝撃を受けた。

「・・・っ!」

優華の瞳が大きく開かれる。

視線の先にいたのは今朝夢で見たばかりの姿。風に揺られてサラサラとなびく金髪に、ブルーの瞳。月明かりで照らされた姿は見覚えのあるものだった。あの日と違い、スーツではなく私服だが、そんなことは今の優華にとってはどうでもいいことだった。

私が今朝あの夢を見たのは果たして本当に偶然なんだろうか。

どこか遠いところで考える。その瞬間優華には諸伏の笑った顔が見えたような気がした。

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