Secret in the moonlight | ナノ


▽ 2


漆黒の海の近くで男と女が向かい合っている。
あれは誰だろう?
あれは私だ。対する男は・・・そうだ。あの時の彼だ。

「一つだけ頼まれてくれないか。」

「あいつに伝えてほしいことがあるんだ。」

「−−−−−と。」

「死神は基本的に死者と生者の橋渡しはしません。だからわざわざ私からあなたの言葉を伝えるために彼に会いに行くことは出来ません。けれど・・・もしも運命のいたずらというものがあり、私が彼と偶然出会うことがあれば・・・その時にはあなたの言葉を伝えます。」

「彼の名前は?」

「−−−−だ。よろしく頼む。」

規則的な電子音に意識がゆるゆると覚醒していくのを感じる。うっすらと目を開けると見慣れた部屋の天井が目に入る。

ああ・・・夢だったのか。

そんなことをぼんやりと考えながらゆっくりと体を起こす。朝が苦手な優華はしばらくベットに座り込んだままぼーっとしていたものの、軽く頭を振ると、顔を洗うべく洗面所へと向かう。蛇口をひねり勢いよく出てきた冷たい水で顔を洗うと、半ばどこかに飛んでいた意識が戻ってくるのを感じた。

「・・・久しぶりにあの日の夢見たなあ。」

フェイスタオルで顔を拭いた優華は思わずつぶやいていた。頭の中にはあの日のことがまるで昨日のように浮かんでいく。

その日いつものように課長から言い渡された仕事は、ある男の迎えだった。今回は仕事上のパートナーである疾風はたまたま別任務についていたため、珍しく優華一人での仕事だった。資料を見るとまだ若い男で、死因は自殺。死して時間が経っているにも関わらず、十王庁へとたどり着けていないとのことで召喚課に依頼があったのだ。十王庁へとたどり着けていないということは、ずっと悩み覚悟を決めたうえではなく、どこか心残りがある突発的なものなのだろうか。

どうしてそんなことを。

優華が何とも言いきれない気持ちを抱えながら出向いた場所には、目的の男以外にももう一人の男がいた。そのもう一人の男を身動きもせずに見つめ続けているその姿からは、思わず本当は死にたくなんてなかったのではないかと問いただしたくなるような、そんな雰囲気があった。けれども死神として、一人一人なぜ死んでしまったのかなんて聞きだすことなど出来ないし、それは仕事の範囲外である。優華は淡々と自己紹介をして迎えに来た旨を伝えた。その時に頼まれたのが金髪の男への伝言だった。

優華は驚いた。死神が迎えにきたと聞いての反応は様々だ。怖れる者、嫌がる者・・・お前が近づいてきたせいで自分は死んだのだ。人殺し!などと言われたことだってある。もちろんそれは死神のせいではないのだが、理不尽な死を迎えた以上仕方のないことなのかもしれない。しかし諸伏景光という男は驚きはしたもののすんなりと死神という存在を受け入れ、あまつさえ伝言を頼んできた。とても印象に残る相手だった。彼が伝言を頼んできた金髪の男は幼馴染らしい。その話し方から彼にとってその幼馴染が大切な存在であったことがひしひしと伝わってきた。

だからこそだろうか。伝言なんてものを受け入れてしまったのは。ただそのためにわざわざと相手のもとへと出向いていくようなことは出来ない。それこそ死神の仕事ではない。だから偶然出会えるような「運命のいたずら」があれば、という条件つきではあるが、それでも彼はとても嬉しそうに頷いて感謝の意を伝えてきた。その「運命のいたずら」が起きる可能性は限りなく低いもののゼロではない。けれど優華が受け入れなければ、彼が幼馴染に伝言を伝えることができる可能性はそれこそゼロだ。だからこそ彼は限りなく低い可能性でも喜んだのだろう。

優華は登庁の準備をしながら彼の幼馴染の姿を思い浮かべていた。月の光に照らされて浮かび上がった金髪に、グレーのスーツを嫌味なほどにスマートに着こなした姿。そして哀愁が漂うブルーの瞳。

あの時、諸伏から告げられた幼馴染の名前は。

「降谷零・・・か。」

私が彼に諸伏さんの言葉を伝えることができる日は果たして来るのだろうか。

優華はそんなことを考えながら自宅を後にした。

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