Secret in the moonlight | ナノ


▽ 33


ようやく会えた。

優華が言ったその言葉が示すところは一つしかなかった。もう少し優華と離れたくなかったが、今は先に聞くべきことを聞かなくてはならない。降谷は優華を抱きしめていた腕をそっと離すと、優華をじっと見つめる。

「君が探していたのはやはり僕だったんだな。誰かに伝言を頼まれた、そう言っていたな。・・・そのことを聞いてもいいか?」
「もちろんです。あなたが降谷零さんならそれはあなただけが聞く権利があるんですから。」

そこで優華は一呼吸置くと、背筋を伸ばして降谷と向き合う。その姿は「死神」としての桜月優華だった。

「伝言はあなたの幼馴染である諸伏景光さんからのものです。」
「・・・っ!」

まさか優華の口から諸伏の名前が出てくるなど思っていなかったのだろう。ピクリと体を揺らした降谷は明らかに動揺した顔で凍り付いている。

「ヒロ・・・から・・・?」
「はい。」

降谷の脳裏に幼馴染である諸伏の最期の姿が浮かぶ。拳銃で己の心臓を打ち抜き力尽きたその姿。助けたかったのに助けられなかった。小さな頃から共に過ごしてきた大事な存在だったのに。その諸伏からの伝言。聞きたい。でも――。聞きたい気持ちと聞くのが怖い気持ちが降谷の中でせめぎあう。けれど、二度と会う事の出来なくなった幼馴染みの最期の言葉を聞ける。そう考えると降谷の中でどちらの選択をするかなど決まっていた。

「聞かせてくれ。」

少し震えてしまったその声。だが、今の降谷にはそれを情けないと思う余裕すらなかった。ただただ優華の口元をじっと見つめ続ける。

「『ライを恨むな。お前はお前の信じた道を進んで―――そして幸せになれ。約束だぞ。・・・ゼロ。』」

その言葉を聞いた降谷はその顔を思いっきりゆがめた。

あいつはなんで最期の最期までそうやって人のことばかり。

恨み言や文句もなく、あくまで降谷や赤井のことを気遣う言葉ばかりであることに降谷の胸は苦しくなる。右手で目元を覆うと湧き上がるものを飲み込むように左手で胸元を掴む。

降谷のそんな姿に優華は思わずその手を伸ばし、降谷を抱きしめる。

「本当に、大切な方だったんですね。」
「ヒロは・・・小さな頃からずっと一緒だった。バカやるのも一緒で成長してからも同じ警察官になり、公安として同じ組織に潜入調査をしていた。だが、その途中でヒロは奴らに正体がばれて・・・自殺した。俺はあいつを助けられなかった。あの時俺が間に合っていれば・・・。」
「自分を責めないでください。あなたが自分を責めることを諸伏さんは望んでいないはずです。」
「だが・・・!」

確かに優華の言う通りかもしれない。明るく優しい性格だった諸伏は人を恨むような性格ではなかった。そうだとしても降谷にとっては自分を許せなかった。

「諸伏さんは亡くなられてしばらくしてからも十王庁へたどり着くことがなかったので、私に調査命令がおりました。彼の痕跡をたどって私がたどり着いたのはこの海でした。降谷さんは諸伏さんが亡くなった後にこの海に来られてますよね。・・・あなたは月明かりだけが照らすこの海でまっすぐに海を見つめていた。そんなあなたを諸伏さんはずっと見守っていました。」
「ヒロが!?」
「はい。きっと諸伏さんは死んでからずっと降谷さんを見守っていたんだと思います。だからなかなか十王庁へとたどり着かなかった。それほど彼にとっても降谷さんが大切で心配だったんじゃないですか。」
「・・・ヒロ・・・っ!」

まさかヒロが死してなお自分のことを見守っていてくれただなんて――。

降谷は言い表せない感情で胸がつまるような感覚になる。

「私が彼に迎えに来たことを告げると、彼は私に幼馴染みに伝言をお願いしたいと言ってきました。彼の願いは本来は受け入れてはいけないものでした。・・・でも私は受け入れてしまいました。彼にはなぜかそうさせてしまう雰囲気があった。」
「・・・君が言わんとすることが分かるような気がするよ。」

諸伏は穏やかだけれども芯が強い人間だった。一度決めるとまっすぐと目標に向かっていくその姿を降谷はずっと側で見てきた。そして諸伏にはその話術で他人を自分のペースにうまく巻き込んでいくようなところもあった。それも彼の魅力の一つだった。

「もちろん本来は死者と生者の関係を交えるわけにはいかないので、「もしも偶然降谷さんと出会えることがあったら」という限りなく低い条件付きではありましたけど。」
「そういうことだったのか・・・。」
「降谷さんとここで出会ったあの日、私は諸伏さんと初めて会った日のことを夢に見ていたんです。それで無性にここへ来なければいけない気持ちになりここへきた。そしてあなたと出会った。・・・諸伏さんの願いの強さが私達を引き合わせたのかもしれませんね。」
「ああ・・・そうかもしれないな。」

きっと本来ならば出会う可能性は限りなく低かったであろう降谷と優華。いくつもの偶然を得てこうして出会い、そして想いを通じ合わせた。けれど二人の想いが通じたことは決して偶然ではない。二人にはそんな妙な確信めいたものがあった。

優華は降谷をじっと見つめるとその頬に手を伸ばす。降谷はその伸ばされた柔らかい手にそっと自分の手を重ねる。

「・・・どうか自分を責め続けないで。振り返らないでとは言いません。それも今の降谷さんを形作った経験だろうから。でもそのことに囚われ続けないで。誰よりも降谷さんの幸せを願っていた彼のためにも。」
「・・・僕はあいつを見殺しにした赤井が許せなかった。・・・でもそれより何より・・・ヒロを助けられなかった自分が一番許せなかった。」

降谷は自分の頬に伸ばされた優華の手をギュッと握る。

「一つ聞いてもいいか?ヒロは・・・どうなったんだ?」
「きっともう転生への道を歩んでいるはずです。」
「・・・そうか。あいつも新しい道へ向かっているのか。」

転生。つまり新しい人生へと向かっている。その先に待ち受けている人生がどんなものなのか知る由はないけれど、今度は穏やかな人生を送ってほしい。降谷はそんなことを心の底から願う。

「決して忘れることも自分を許すことも・・・出来ない。けれど優華・・・君となら前を向いて行ける気がする。」

諸伏のことを忘れることなど出来るはずもない。そんな簡単なことではない。けれど、決して触れることが出来ないはずだった彼の最期の想いを届けてくれた優華となら、後ろばかりではなく前をむけるような気がする。

「降谷さん・・・。」
「零。」
「え?」

ぽつりと零された言葉に優華は目を丸くする。

「名前で、呼んでくれないか。」
「・・・零、さん・・・?」
「・・・君のパートナーが呼び捨てなのに僕はさん付けか?」

この上なく熱を孕んだ瞳に見つめられて優華の心臓が一際大きな音を立てる。頬は熱く、まるで体中の熱がそこに集まってしまったかのようだ。

「っ・・・れ、零・・・。」
「優華。ありがとう。ヒロの最期のメッセージを届けてくれて。」

降谷の言葉に優華は瞳に涙を溜めながらも微笑む。そんな優華を降谷は愛おしそうに見つめるとそっと抱きしめた。

「「―――愛してる。」」

重なった言葉に二人は見つめあった後に柔らかく笑いあう。そして二つの影はゆっくりと近付き、やがて一つに重なった。

二人が初めて出会った時と同じ、海と月だけが優しく二人を見守っていた。


Fin・・・

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