Secret in the moonlight | ナノ


▽ 32


どうしてそんな目で私を見るの。

優華は戸惑いながらも安室から視線が外せない。安室の手が優華の頬へと伸ばされ、そっと頬を触れられる。そんな安室の行動に優華はビクリと肩を震わせた。けれど安室はそんな優華から手を離すことなく、その青い瞳で優華を見つめたまま動かない。

「あなたに近づいたのはあくまであなたが何者かを探るためでした。でもポアロで一緒の時間を過ごすうちに僕は少しずつ本当にあなたに惹かれてしまっていました。」

安室のその言葉に優華は思いっきり目を見開いたまま、固まってしまった。安室の言葉が脳で繰り返されるもその言葉が信じられなくて、思わず口をパクパクさせてしまう。優華のその姿に安室は思わず苦笑いをしながらも話を続ける。

「それでも僕はその気持ちは見ないふりをして蓋をしていました。こんなものは一時の気の迷いだと。ですが、あなたと一緒に東都水族館に行った時に、弱い者に寄り添うことを忘れずにいたいと言ったあなたの言葉に、僕はあなたが決して悪人ではないことを確信するとともに認めざるを得なくなりました。・・・あなたのことが好きだと。」

真剣そのものの安室の視線に、優華は安室の声以外は何も聞こえなくなってしまったような感覚に陥る。だが、その反面その瞳には戸惑いに溢れていた。

「・・・私のこと、からかってるんですか?」
「生憎そんな趣味はありませんよ。嘘偽りなく、僕はあなたのことが好きです。」

そんなことを口にしながらも、優華自身安室のその表情から彼が嘘をついていたり、優華のことをからかっているとは思えなかった。けれど、告げられた内容があまりにも衝撃過ぎて優華の脳はその言葉を受け入れられなくなっていた。なぜなら二人の間には感情だけで進めない壁が間違いなくあるのだから。

「・・・私は・・・死神です。もう死んでいる人間なんですよ。」
「そうですね。」
「生きている人間とは時間軸が違う。・・・この先安室さんが時を重ねていっても私はずっとこのまま変わることがない。一緒になんていられない!」

優華は安室から顔をそらすと矢継ぎ早に口にする。けれどそれは安室に向かって言っているのではなく、まるで自分に言い聞かせるかのようだった。安室はそんな優華の態度は意に介さず、優華をその腕の中に抱きしめる。

「あ、あ、あむろさ・・・っ!」
「もう黙れ。」
「・・・っ!」

耳元で囁かれた安室らしからぬその強い口調に優華の抵抗はぴたりと止まる。

「人間だの死神だの、そんなことはどうでもいい。僕は一人の男として優華、君のことが好きだ。・・・ただ、それだけだ。」

痛いくらいに向けられたその真っ直ぐな熱い気持ちに優華の目からポロポロと涙が溢れていく。そしてそれと同時に優華の脳裏に疾風の言葉が浮かぶ。

―――目を逸らさずに向き合ってこい。

苦しいくらいきつく抱きしめられて優華は身動きが取れない。体は苦しいのに心は歓喜に震えている。もしも立場なんて放り出して一人の女として答えてもいいのであれば・・・優華の答えは一つしかなかった。

「私も・・・あなたのことが好きです・・・っ。絶対に、言っちゃダメだと思ってた。でも許されるのであれば私もあなたと一緒にいたい・・・!」 
「・・・上等だ。」

安室は見た者全てをとろけさせるような笑みを浮かべると、優華の顔を上に向かせる。そして最初は触れるだけのキス。幾度かそれが繰り返された後、優華が空気を求めてほんの少し口をあけた瞬間、間髪いれず入り込んできた安室の舌にあっという間に優華の舌は絡めとられる。息も出来ぬほど求められ、くぐもった声が漏れるのを止めることも出来ず、優華の頬はますます赤く染まっていく。しばらくして安室が優華の唇にリップ音とともにキスを落として離れたときには、優華はくったりと安室にもたれかかることしか出来なかった。

「っ・・・は、っ・・・。」
「――まあ君が嫌がろうと手放す気なんてなかったけどな。」

ペロリと唇をなめながら意地悪そうな笑みを浮かべる安室に優華はさらに顔を赤らめる。

「あ、安室さん・・・。」
「・・・零。」
「え。」

ぽつりとつぶやかれたその言葉に優華からは間抜けな声が漏れる。

「「安室透」は潜入活動のための偽名だ。本当の名前は・・・降谷零だ。」

降谷零。そう告げられた優華の脳裏に諸伏と会った時のことが一気に繰り返される。

「・・・やっぱり・・・あなたが・・・。」

困ったように笑みを浮かべる降谷を見た優華の心にようやく探していたものを見つけた子供のような気持ちが溢れる。

「ようやく・・・会えた・・・っ。」

その時優華には諸伏が笑った顔が見えたような気がした。

prev / next

[ back to main ]