Secret in the moonlight | ナノ


▽ 31


優華は一週間前に安室と約束した場所へと降り立った。空には綺麗な満月が浮かんでいる。緊張で潰されてしまいそうな優華の心とは逆に、海は穏やかに凪いでいる。その空間を支配するのはとても穏やかな空気だった。サクサクと音を立てながら砂浜を歩くとその先に安室はいた。真っすぐと海を見つめるその姿は数年前と同じだ。

―――まるであの時のようだ。

優華は少し離れた場所で一度立ち止まると、その後ろ姿を見つめながらそんなことを思った。しばらくそのまま立ち尽くした後、意を決したようにまっすぐと安室の元へと歩いていく。

「こんばんは。」

声をかけるとゆっくりと安室が振り返った。その姿はいつものラフな私服姿ではなく、珍しいスーツ姿だった。その姿はやはりあの日の彼の幼馴染を連想させた。

「こんばんは。」
「お待たせしてすみません。」
「いえ、僕もさっき来たばかりですから。」

安室はニコリと人当たりのいい笑顔を見せる。

「今日はスーツ姿なんですね。」
「・・・ええ。変ですか?」
「まさか。とても似合ってて格好いいです。」
「・・・ありがとうございます。」

直球で誉め言葉を投げる優華に、安室は苦笑いしながら返す。好きな相手に本来の自分としての姿を褒められるのは想像以上にくすぐったく感じてしまうものだ。そんな安室の心情など知らない優華は心配そうに尋ねる。

「あれから体は大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。医者にはかなり怒られましたが、優華さんの術のおかげで怪我の割に出血量が思ったよりも少なくて回復も早いそうです。」
「そうですか。よかった・・・。」

あからさまにホッとした優華の反応に、安室はどこか嬉しそうな顔をする。

「心配してくれてたんですね。」
「そりゃあんな怪我をしていたんですから当たり前です!」

そんな安室に優華はちょっとムッとしたように返す。すると安室は面白いものを見るように笑った後、真剣な顔をした。

「先日も少しだけ触れましたが、僕はたくさんの嘘をついています。あなただけではなく周りにも。それは僕にとって必要なことだから。このことは本来絶対に明かしてはならないことです。あなたが僕の真実を知ることによって危険なことに巻き込まれる可能性も・・・ゼロではありません。それでも僕のことを知ってほしいというのは僕のエゴかもしれません。」
「・・・私、聞きたいです。安室さんが話したくないのであれば無理に聞くつもりはありません。でももし話してくれるのなら・・・もっとあなたのことを知りたいです。」

真っすぐな瞳で安室を見つめる優華のその姿に安室は少し困ったように、でもどこか安心したように笑みを浮かべた。だが、それは一瞬ですぐに真剣な表情に戻ると、衝撃的な一言を告げた。

「・・・僕は生前のあなたと同じ職業の人間です。」

優華は思わず目を見開いた。生前の優華と同じ職業、それが意味するところは――警察官。優華は心底驚いた顔のまま安室の顔を見つめた。その表情は至って真剣で、安室が真実を言っていることは疑いようもなかった。警察官でありながらその身分を隠して生活をし、危険とも隣り合わせの部署といえば―。優華の脳裏に一つの予想が浮かぶ。

――公安。

優華が音には出さず、その言葉を呟くと、安室は頷いた。優華が在任中に彼らと関わることはなかったけれど、そういう部署があることはもちろん知っていた。

「じゃあ先日のあの怪我をすることになった状況も・・・?」
「ええ。そうです。」
「そういうことだったんですね・・・。色々不思議だったことがつながったような気がします。以前私のことを知り合いの警察官に頼んで調べてもらったって言ってましたよね。いくら死んだ人間とは言え警察官がそんなにあっさり個人情報を知り合いの探偵に話すのか疑問でしたが、安室さんも警察官なら調べるのは簡単ですし。」

その言葉に安室は苦笑いを浮かべる。

「・・・初めて会った夜、あなたは安室透と名乗った僕に酷く困惑していましたね。僕はあの時思ったんです。あなたはもしかして本当の僕を知っているのでは、と。もしあなたが僕のことを知っていてあなたから僕の情報が漏れたら困る。だからあなたのことを探るためにもあなたとの関係を続けることができるようにポアロへと誘いました。それからあなたとの距離を縮めるような言動をしたのもあなたの正体を見極める為でした。」

それは優華の予想通りだった。危険な潜入任務中の捜査官にとって自分の情報が漏れることが意味するものは――死。そのため潜入中の警察官の情報は完全に消される。その消された情報は徹底的に管理され、それを知ることが出来るのはほんの一握りの人間に限られる。それにも関わらず、見ず知らずの人間が自分の本当の姿を示唆するような発言をすれば。安室が懸念するのは当たり前だった。けれど今まで優華に優しかったのはあくまで優華の正体を暴くために過ぎなかったとはっきり明言されて、優華は胸の奥がつまるような苦しい感覚を覚え、たまらず視線を落とす。

「・・・そう、そのためだけのはずでした。」
「・・・安室さん?」

明らかに変わった声に、優華は落としていた視線をあげる。そこには困ったような、けれど温かさを秘めた瞳で優華を見つめる安室の姿があった。

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