Secret in the moonlight | ナノ


▽ 30


安室と約束した日。あれから一週間が過ぎるのはあっという間だった。そして今は地上は夜と言われる時間帯になりかかっている。つまり安室との約束の時間だ。それを意識すると優華は落ち着かない気持ちになり、心がさわさわと波立つような感覚に襲われる。そんな時に疾風から放たれた一言に優華は思いっきり声をあげた。

「え!?疾風はいかないの?」
「・・・俺が行く必要がどこにあるんだ・・・。」

てっきり疾風も一緒に行くものとばかり思いこんでいた優華は、俺はいかないという疾風の言葉に焦ったように聞き返す。すると、疾風は優華のネジの飛んだような発言に心底呆れたような顔をした後、この上なく深いため息をついた。

こいつは一体どこまでボケれば気が済むんだ。

ほんの少しだが、疾風は降谷に同情心を覚えた。疾風にはなんとなく分かっていた。この先の展開が。どういう結果になろうとも自分が同行するなど野暮以外の何物でもない。本音を言えばやはり優華にあの男を近づけるのは抵抗がある。優華は死神であの男は人間。その事実が変わることはない。しかもあの男は間違いなく危険な状況下にその身を置いている男だ。だが、それら全部を踏まえてでももし優華が望むのならば――。

「・・・疾風?」

疾風が難しい顔をしたまま黙り込んだのを見て、優華が心配そうに疾風を見上げる。そんな優華を見下ろした疾風は目を細めるとポンと優華の頭にその大きな手のひらを置く。

「優華。」
「何?」
「――逃げるな。奴は並々ならぬ決意でお前に向き合うつもりだろう。お前も目を背けることなく向き合ってこい。」
「・・・うん。わかった。」

優華は疾風の言葉に驚いたような顔をする。あれほど特定の人間との関わりを持ち続けることをよく思っていなかった疾風の口からそんな言葉が出てくるなど正直予想外だった。優華はその言葉に頷くと、そのまま黙って疾風の胸に飛び込んだ。疾風はそれを難なく受け止めるとその背をなでる。

「・・・どうした?」
「ありがとう。・・・疾風が私のパートナーでいてくれて、よかった。」

疾風は自分の胸に顔を押し付けたまま呟かれた優華の言葉に一瞬目を見開くと、口端をあげ笑う。その瞳は悪魔とは思えないほど柔らかく穏やかなものだった。

「疾風、大好きよ。」
「・・・ああ。」

そして優華の頭をあやすようにポンポンと叩くと行ってこい、と声をかける。

「うん、行ってきます。」

それだけを答え疾風に笑顔を向けると、優華は姿を消した。久しぶりに見た優華の心からの笑顔に無意識のうちに疾風の眼差しも柔らかくなる。

「・・・行かせたんだな。」
「・・・ああ。」

優華が姿を消してしばらくして疾風は背後から声をかけられる。そこに立っていたのは都筑だった。都筑がそこにいたことはわかっていたため、疾風が振り向くことはない。ただまっすぐ優華が姿を消した場所を見つめ続ける。

「お前のことだからもしかしたら最後の最後で反対するかとも思ったけどな。」
「散々俺に噛みついてきたのはお前たちだろう。・・・俺はあいつが幸せになれるのであればそれでいい。」
「・・・そっか。お前らしいな、疾風。」

ふと優華の頭をなでたその手を見るとゆっくりと握り締める。

「・・・娘を嫁に出す父親の気持ちとやらがわかったような気がするな。」

予想だにしていなかった疾風の言葉に都筑はポカンとした顔で疾風を凝視する。そんな都筑の様子に疾風は苦笑いすると、踵を返して歩き出した。

願わくば優華がこれ以上悲しい思いをすることのないことを――。

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