Secret in the moonlight | ナノ


▽ 29


『一週間後の夜、初めて会った海で会いましょう。』

安室はそう言って優華が頷いたのを確認すると、微かな笑みを浮かべ、踵を返して暗闇へと消えていった。優華はただその姿を黙って見送るしかなかった。

安室さんは「安室さん」ではない。確かに彼はそう認めた。それでは一体彼は何者なのか。

優華は自分の心臓の音が聞こえそうなくらいバクバクとしているのを感じ取っていた。優華が何も言わず立ち尽くしたままでいると、ふいに頭にポンと手が置かれる。

「・・・疾風。」
「もうここに用はないだろう。帰るぞ。」
「・・・うん。」

優華は後ろ髪をひかれるような思いを隠して疾風の言葉に頷くと、二人そろって闇の中へと姿を消した。

―――――

二人が十王庁に戻り召喚課に向かって歩いていると、目の前に二人の男が現れた。その人物に疾風は眉間に皴を寄せる。そこにいたのは優華が慕っている先輩である都筑と彼のパートナーである黒崎だった。

「・・・都筑さん?黒崎くん?」
「よ、お疲れさん。」
「お疲れ様です。・・・二人ともどうしたの?」

何だろうと首を傾げ耳を傾ける優華にめんどくさそうに眉間に皴を寄せたままの疾風。いつものことだが対照的な態度だ。都筑はそれを気にするでもなく、優華に視線を送ると話しかける。

「優華ちゃん、ちょっと疾風借りてもいいかな?聞きたいことがあってさ。」
「うん、構わないけど。・・・じゃあ私は先に報告行ってくるね。」
「・・・ああ。」

それだけ言うと優華は先に召喚課へと向かう。その姿が見えなくなったのを確認すると、疾風は大きなため息をつき、二人へと視線を送った。

「で、わざわざ俺だけを呼び止めてまで何の用だ。」
「お前のことだ。わかってるんだろう?俺たちが何について聞きたいのか。」
「・・・優華のことだろう?」
「正解。・・・一体何があった?」

二人はしばらく睨みあうように立ち尽くす。しかし話すまで終わらせないという空気を出す都筑に疾風はため息をつくと、優華に起きた出来事をかいつまんで話す。

「――そんなことがあったのか。」
「・・・。」
「それで優華ちゃんはあんなに仕事ずくめでいたってわけか。・・・本気、なんだな。」
「・・・みたいだな。」

苦虫を噛み潰したような顔をする疾風に都筑はまっすぐ視線を送る。

「・・・で、どうする気なんだ?」
「どうもこうもしない。相手は人間、優華は死神。その時点で先などない。今は辛くとも時間が解決してくれるのを待つだけだ。」
「・・・それでいいのか?」

都筑の何か言いたげな反応に、疾風は眉をひそめる。

「・・・何?」
「どれだけの時間を待ち続ける?そもそも時間が経ったとて本当に彼女がその男を忘れられるとも限らない。」
「何が言いたい。」
「別にいいんじゃないか。もちろん相手の男が優華ちゃんの全てを受け入れられないような男なら論外だ。だが、話を聞く限り、そいつは全てを受け入れる勢いで優華ちゃんに本気なんだろう?」

都筑の言葉は疾風にとってあまりにも予想外だった。疾風は信じられないものを見るような目で都筑を見た後、その視線を鋭くする。

「・・・ふざけるな。人間と死神が一緒にいて幸せになれるわけがない。傷つくのは優華だ。」
「幸せかどうかを決めるのは本人達だ。お前じゃない。」
「何を・・・!」

疾風は都筑の胸倉を掴む。その体からは黒く禍々しいオーラすら出ていた。そこまで黙って二人のやり取りを見ていた黒崎が口を開いた。

「疾風さん。あなたはいつもあからさまに過保護なレベルで桜月さんを大事にされていましたよね。――あなたが彼女に望んでいることは何ですか?」

疾風が黒崎の言葉に目を見開く。疾風が優華に望んでいること。それはたった一つしかなかった。優華が幸せであることだ。

「俺達はその人間を知らないから軽々しくは言えないけれど、もしも本当に桜月さんを幸せに出来る可能性がある相手なら・・・一週間後の結果を見てからの判断でもいいんじゃないんですか?」

真っすぐな瞳で自分を見つめながら諭すように話す黒崎に鋭い視線を送っていた疾風は、しばらくするとその眼力を緩め、盛大なため息をついた。

「青二才のお前たちに諭されるとはな・・・。」
「はは、お前は優華ちゃんが絡むと暴走するよな。優華ちゃんに幸せになってほしいっていう根底だけはぶれないみたいだけどな。」
「・・・当たり前だ。」
「まあなんだかんだ言っても――結局俺たちも優華ちゃんに幸せになってほしいだけさ。」

そう、誰もが優華の幸せを願っていた。生きていたときには叶わなかった幸せを―。

prev / next

[ back to main ]