Secret in the moonlight | ナノ


▽ 27


優華の墓参りをすませた数日後、バーボンに組織からある指示が下った。その内容はある犯罪グループに誘拐された人物の奪還、そして可能であれば情報も奪取してくることだった。指示通り相手グループに接触して探りを入れていくと、ひょんなことから誘拐された人物は既に殺されていることが発覚した。安室が調べていたところによると彼は自ら望んで入ったわけではなく家族を人質に取られてやむなく、という形だったらしく、安室としても何とも言えない心情だった。その後犯罪グループのメンバーとの取引に移ろうとした時、同行していたメンバーの裏切りが発覚した。組織のメンバーは所詮偽りの仲間でしかない。ゆえに安室はいつも決して気を許すことなく、常に気を張っていた。だが、それでもほんの僅かな油断があったのかもしれない。安室は仲間だったはずの男からうち込まれた銃弾を完全にはよけきれなかった。その銃弾は脇腹を掠めて背後の壁へとめり込んだ。安室は何とかその場を抜け出したが、まだ周辺には殺気立った気配がいくつも感じられる。

「ちっ・・!」

安室は脇腹を押さえながら舌打ちをする。不幸中の幸いというべきか、弾は直撃を避けることが出来た。己の感覚からも臓器を傷つけた感じはないが、それでも凶器たる銃弾が己の身をかすめたことに変わりはない。じんわりと広がる赤色に安室は眉を顰めた。

多少の修羅場など切り抜ける自信はあった。それなのに何だこのざまは。安室は自嘲した。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。いずれにしても早くこの場所から離脱しなくては。このままでは出血多量で意識を失うのが先か、奴らに見つかるのが先か。

そんなことを考えていたその時、ふいに人の気配を感じ、安室は咄嗟に持っていた銃を向け、相手を睨みつける。しかし、その視線の先にいた人物を見た瞬間、安室の目は大きく見開かれた。そこにいたのはどれだけ探しても見つけ出すことが出来なかった優華だった。

なぜここに彼女が。

安室が唖然として優華を見つめていると、優華もまた動揺した様子で安室さん、と呟き安室を見つめ返す。以前ポアロで仕事の途中に寄ったと言っていた時と同じグレーのパンツスーツを着ているということはおそらく今の優華は死神としてこの場所にいるということだろう。その背後には優華のパートナーだという疾風という男が眉間に皺を寄せて、鋭い瞳で安室の様子を伺いながら佇んでいる。安室は銃を持つ手を下ろすと優華に微笑みかける。

「迎えに来てくれたんですか?」
「・・・生憎まだあなたを連れていく予定はありません。」

安室の言葉に優華は一瞬悲し気な瞳をしたが、すぐに真面目な表情に戻る。そしてそれだけ言うと優華は足早に安室に近づいていく。そして安室の近くまで来ると懐から何かを取り出す。その手に握られていたものはいわゆる呪符だった。

「動かないでください。」

それだけを安室に告げると、優華は何かを呟き安室の血に濡れている脇腹へと呪符を翳す。すると不思議なことに安室の体から徐々に傷が薄らぎ痛みが和らいでいく。目の前で起きた信じられない出来事に安室は唖然とした顔で優華を見る。

「な・・・。」
「これでとりあえずの出血と痛みはある程度防げます。けれどあくまで一時的なものです。根本的な治療ではありません。すぐに病院に行って治療を受けてください。」
「なぜ・・・と聞いてもいいですか。」
「・・・あなたに死んでほしくない。ただ、それだけです。」

伏目がちなまま優華の口から出た言葉に、安室は胸が詰まるような感覚を覚える。安室は無意識のうちにその手を優華に向かって伸ばしかけるが、その手が優華に届く前に聞こえた疾風の声でふと我に返る。

「・・・優華。囲まれているぞ。」
「うん、そうみたいだね。」

疾風の言う通り、周りには人の気配が感じられる。まだこちら側との距離はあるようだが、こちらに気づかれるのも時間の問題だろう。まさか疾風にされていた気配を感じとる練習というものがこんなところで活かされることになるとは思ってもみなかったなと思いながら優華は内心苦笑いを浮かべる。

「おっしゃる通りここは敵に囲まれています。僕のことはいいからあなたは早くここから離れて―――。」
「命を粗末にしないで!」

安室は初めて聞いた優華の怒声に思わず目を見開く。その目が怒りに揺れているのがありありと感じられる。

「あなたはまだ生きている!なら生きて。その命を無駄にしないで。諦めないで意地で生きようとして!」

安室は何も言えずただ目を見開いたままでいるしかなかった。

何という心からの叫びだろう。志半ばで命を落とした優華だからこその、この上なく重みのある言葉。

「意地で生きろ・・・か。」

安室は口端をあげる。

そうだ。まだ自分は死ねない。安室は素直にそう思わずにはいられなかった。優華の不思議な力のおかげで出血は一時的に止まっており、今なら動くことが出来そうだ。安室は重苦しい体を無理矢理叱咤してゆっくりと立ち上がる。するとそこへ何人かが走って近づいてきている音がする。安室は舌打ちするとせめて優華達だけでも逃がせる道を作ろうと銃を構える。その時だった。

「安室さん!」
「ちょっ・・・!?」

優華はとっさに安室の手を取ると自分の方へと引っ張る。まさか優華から引っ張られるなど予想だにしていなかった安室はいとも簡単にバランスを崩す。二人揃って地面に転がる――と思われたが、次の瞬間そこに二人の姿はなかった。それを見た疾風はため息をつく。そして近づいてくる足音の方へと向き直るとペロリと舌なめずりする。その金色の瞳にはいつもは影を潜めている嗜虐的な光が浮かんでいた。

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