Secret in the moonlight | ナノ


▽ 26


「疾風。次の仕事行こう。」
「・・・ああ。」

あれから一か月が経とうとしていた。季節はほんの少し進み、地上に降りると朝晩はだいぶ涼しさを感じられる。疾風に縋り付いて泣き崩れた次の日から優華はその宣言通り何事もなかったかのようにふるまっている。だが、明らかに今まで通りとは言い難かった。何かから目を背けるかのようにただひたすら仕事へと精を出している。それは誰の目から見ても明らかで疾風はもちろんのこと、詳細を知らない他の同僚達も優華の異変に気付いていた。

「優華ちゃん・・・大丈夫?最近明らかに働き過ぎだよ。」
「都筑さんってば心配しすぎ。これぐらい大丈夫だから心配しないで。」

優華はそう言って笑うと疾風と一緒に召喚課を後にした。その笑顔が貼り付けたものになっていることに優華は気づいているのかいないのか。都筑はため息をついた。

「桜月さん・・・どうしたんだろう。」

眉間に皴をよせてそう呟いたのは都筑のパートナーである黒崎だった。

「さあな・・・。あの様子だと疾風は事情を知っていそうだが・・・聞いたところであいつが素直に事情を話すかは疑わしいな。」
「でもこのままにしておくわけにもいかないんじゃないか。あの状態が続くと桜月さんそう遠くないうちに倒れそうな気がする。」
「そうだよなあ・・・ダメ元で疾風に探りを入れてみるか。」

そう言って二人は自分たちの仕事へと戻っていった。

―――――

「ここも空振りか・・・。」

降谷はそう呟くと早々とその場所を後にして次の目的地を目指す。愛車を運転しながら降谷の脳裏に浮かぶのは一ヵ月前の出来事だった。そう、あの衝撃の日から早くも一ヵ月が過ぎようとしていた。あれから降谷はすぐに風見に連絡を入れて桜月優華の調査を終わらせるように指示を出した。風見は急遽の指示に一瞬訝しんでいたものの、それ以上は何も言わず了承の意を伝えてきた。

そして優華は姿を消した。まるで最初からいなかったかのように。

優華がポアロを訪れることはなくなり、梓はそれを悲しがって降谷に事情を知らないかと尋ねたものの、降谷が悲しげな顔をすると何かを察したらしく、それ以上優華について触れることはなかった。

それから降谷は3つの顔を使い分ける多忙な生活の中の僅かな空いた時間を使い、生前の優華に関連がありそうな場所をあちこち調べて回っていた。だが、どこも空振りで優華に会うことはもちろん彼女の情報すら何もなかった。元より優華と会える可能性も何か新しい情報が手に入ることもほぼないとわかってはいた。それでも降谷は優華の情報を求めて彼女を探し続けた。

そして降谷はある場所を訪れていた。その手には白い百合が握られている。降谷の眼前には桜月家と書かれた墓石があった。そう、そこは桜月優華が眠る墓だ。彫られている名前を確認すると、桜月優華、享年23とあった。日付は10年前。墓石に掘られたその文字をなぞる。

間違いない。やはりここが彼女の眠る場所―。

降谷は何とも言えない表情で墓石を見つめ続けた後、花を供えるとそっと手を合わせた。降谷の脳裏にあの日の優華とのやり取りが蘇る。

警察官をやめたくなかった。

そう話した時の優華の気持ちはどれほどのものだったのだろう。切望してなった警察官という職務に邁進している最中、まだ若いその命を落とさなければならなかったその悔しさを降谷は決して真の意味では理解は出来ないだろう。それを真の意味で理解できるのは同じ立場に立った者だけだ。そう、降谷の幼馴染のように―。

知らなかったとはいえ降谷の取った行動は優華の暗い過去を抉った事実に変わりはない。降谷の脳裏から悲しげな優華の表情が離れない。自分がもう生きていない存在だと告げるときどう思っただろうか。己の職務として当然のことをしたとはいえ、どれだけ優華を傷つけたことか・・・降谷はギリと奥歯をかみしめた。

―――――

「こんにちは。」

しばらく墓石の前で立ち尽くしていた降谷はふいにかけられたその声に振り向く。するとそこには若い女性が立っていた。その手には降谷と同じ花束があり、墓参りにきていることは一目瞭然だった。

「こんにちは。もしかして桜月さんの家の方ですか?」
「いえ、私はこちらに眠る方に助けて頂いた者です。」
「もしかして・・・あなたは優華さんが助けた・・・?」
「・・・っ、そう、です。・・・失礼ですが、あなたは?」
「僕は彼女の・・・友人です。」

一通りの挨拶を済ませた後、優華が命と引き換えに助けたその女性はぽつりぽつりと言葉をこぼした。

10年前のあの時、死を覚悟した自分を助け出してくれた優華のこと。何も出来ずにただその場から必死で逃げ出して自分は助かったけれど、その後入院先の病院で自分を助けてくれた優華がその命を落としたことを知った時のあの全身から血の気がひく感覚。他人を犠牲にしてしまったことへの罪悪感とお礼も何も言えなかったことの後悔。そして優華の恩に報いるため、そして自分も優華のように誰かを守るために警察官になったこと。今も定期的にこうしてお墓参りに訪れていること。

瞳に涙を溜めながら墓石から目を離すことなく話す女性もまた過去に囚われたままだった。それを見て降谷の脳裏に優華の姿が蘇る。

きっと彼女ならばーー。

「・・・彼女はあなたを助けることが出来て満足だったと思いますよ。」
「そう・・・でしょうか・・・。」
「彼女は困っている人を見たら放っておけない人でしたからね。それに彼女は以前言っていました。犯罪に巻き込まれかけたときに助けてくれた刑事さんに憧れて警察官になったと。あなたは無意識にも彼女の遺志を継いでいる。彼女の生きた証拠を。きっと彼女はあなたが前を向いて元気に暮らしていくことを喜んでいると思います。」
「はい・・・っ。ありがとう・・・ございます。」

―そうですよね?・・・優華さん。

降谷は空を見上げて優華に問いかけた。

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