Secret in the moonlight | ナノ


▽ 24


「何・・・を・・・。」

何を言っている。

珍しく安室の頭の中は目の前の事実を受け入れるのを拒否していた。そんな安室に驚くでもなく優華は淡々と話を続けていく。

「信じてもらえるとも思っていませんし、その必要もありません。でも安室さんは私が何者なのか知りたいんでしょう?・・・桜月優華は間違いなくその時に命を落としました。そしてその後死者の罪業を裁く十王庁へと送られ、死神となりました。今の私は閻魔庁召喚課職員・・・あなた達生きている人間から死神と呼ばれる者です。」

自分はすでに死んでいる。そして今の自分は死神だ。優華は確かにそう言った。

誰がそんなことを信じられる。否、そんな非現実的な事実を認められるわけがない。そう思った安室の脳裏にふと風見の言葉が蘇った。

―彼が言うには彼女は雑踏に紛れて歩いていたそうです。ちょうど信号が赤になり彼女の近くで信号待ちをしていたとき、一瞬目を離した次の瞬間には彼女の姿はなかったそうです。―

風見は確かにそんなことを言っていた。あの時はそんな馬鹿なことがあるわけはないと一笑に付したが、もしかするとあれは本当のことだったのかもしれない。だが、それを認めるということは優華が人間ではないと認めることになる。

「あなたは自分が僕と同じ、生きている人間ではない・・・そういうのですか?」
「はい。」

自虐的な笑みを浮かべながら答える優華に苛立ちを覚えながらも、安室はその細い手首を掴む。優華は一瞬驚いたように体を強張らせたが、振りほどくようなことはせず、されるがままになり動くことはなかった。掴んだその手からはトクントクンと規則的な鼓動が感じられる。

「こうして触れられるし、鼓動だって感じられるのに?」
「死神は鼓動がなく触ることが出来ない・・・なんて誰が言いました?」

そう言って優華は笑った。悲しそうに可笑しそうに。その表情に安室の感情はますます逆撫でされ、眉間に皴が寄る。

「・・・ふざけないでください。」

普段聞いたことのない低い声を出す安室に、優華は彼が真実を受け入れられないのだと察する。だが、優華とてそれを咎めるつもりなどない。信じられなくて当たり前だ。もしも優華が安室の立場だったとしても素直に受け入れられる自信はない。

「じゃあこれで少しは信じられますか?」

ゆっくりと安室の手をほどくと、優華はふわりと1メートル程度まで浮いて見せ、そのまま安室を見下ろす。重力に逆らっているその姿を安室はこれでもかというほど目を見開いて凝視していた。種や仕掛けがあるマジックならばともかく、普通の人間には宙に浮くことなんてできない。それを目の前で至極当たり前のようにやって見せた優華を見て、安室は否が応でも現実というものを叩きつけられた気がしていた。

「これで満足ですか?」

優華はトンと再び地面に降り立つ。

「安室さんが私のことを疑って警戒していたことは・・・よくわかりました。でも心配は無用です。死神は基本的に生きている人間と関わることはありませんから。・・・ついつい生きていた頃を懐かしみ過ぎました。」

薄い笑みを浮かべた優華は海へと視線を向ける。その姿はどこか儚くてこのまま消えてしまうのではないか、安室にはそう思えて仕方なかった。そんな安室の胸中は他所に、優華は真っ暗な海を見つめたまま語る。

「・・・普通は生きている人間は死神の姿を見ることは出来ません。私達が意図して人間に見えるようにしない限り。安室さんと初めて会った日も当然私はそうしていなかった。それなのにあなたは私に気づいた。だからあの時は本当に驚きました。今までこんなことなかったですし。安室さんはひょっとしたら霊感が強いのもしれませんね。」
「あいにく今までそんな経験はありませんが。」
「それじゃなおのこと不思議ですね。でもひょっとしたら自覚がないだけかもしれませんよ。」

ふふと笑う優華は安室の方へと向き直る。

「ポアロで過ごした時間はとても楽しかったです。久しぶりに人間に戻ったような時間を過ごせました。本当に・・・ありがとうございました。けれど私がお話できるのはここまでです。・・・安室さんがなぜ伝言の件をそこまで気にするのかは知りませんが、この件はあなたには話せません。その人に会えた時本人に伝える。それが「彼」との約束だから。本人以外に話すつもりは、ありません。」

「彼」―それが何者かはわからないが、異性を匂わす言葉。そして優華の明確な拒絶の意思に安室の苛立っていた気持ちは臨界点を突破した。

散々自分の気持ちを乱しておいて今更何を言う。

これ以上自分に関わるな。貴方と私は違う存在なのだから。

そう言われているような言葉を受け入れることなど安室には到底出来そうにもなかった。ここまで優華を追い詰めたのは他ならぬ安室自身だ。それを差し置いて甚だ身勝手な言い草だが、そんなことすら今の安室にとってはどうでもよかった。

prev / next

[ back to main ]